これは、導きの青い星が浮かぶ大陸の神話だ。
その竜の故郷は、大陸で最も厳しい所だった。
生命の芽吹く古代樹の森。色とりどりの生物に彩られた陸珊瑚の台地。神々の聖遺物が新たなサイクルを生み出す障気の谷。
新大陸の全てを一望できる究極の大地。
玄武岩で覆われた漆黒の土壌から透き通るような白銀の龍結晶が伸びている。
古龍の王たるムフェトジーヴァが長年かけて生み出した魅惑の戦場である。
古龍渡りを完遂し、新大陸で力尽きた古龍たちの膨大な生体エネルギーは地脈を通ってこの地に流れ込む。
光り輝くほどにエネルギーの溢れるこの地では、モンスターの体内に古龍のエネルギーが溜まりやすかった。
古龍の死に場所に選ばれている新大陸は、そのエネルギー量から現大陸より強力なモンスター達の棲家となっている。
その中でも特にエネルギーが豊富なこの龍結晶の地は、世界有数の強者の宝庫だ。
空中に渦巻くバルノスの群れ。
敵の体を溶かす酸を吐く肉食性の翼竜だ。
彼らを押し除けて空を飛び回るのは通常種に輪をかけて飛行能力が高いといわれているリオレウス亜種。
煮えたぎる溶岩と業火の噴き出す地上では、溶岩竜ヴォルガノスと爆槌竜ウラガンキンが縄張り争いを繰り広げる。どちらも現大陸の火山地帯では頂点に君臨する生物だ。
しかし、彼らはこの地の支配権を巡って争うほどの立場のモンスターではない。
茨の道を行けば、そこは、疾風と業火が混ざり合う結界の境界線。
そこはもはや竜ですらなく、古龍が鬩ぎ合う修羅の世界。
溶岩地帯の奥地にはテスカトが眠り、高所に複数の竜巻と共に鎮座するクシャルダオラと小競り合いを繰り広げる。
中央部には滅尽龍ネルギガンテが先住民族ガジャブーを追い出して縄張りを形成している。
炎王龍、鋼龍、そして滅尽龍。
彼らは龍結晶の比類なきエネルギーを巡って争い続けたが、時が経つにつれてテリトリーが定まり、やがて滅多に争うことは無くなった。
そして戦争は三つ巴ではなく、太古よりこの地を支配する先客との死闘へと突入する。
爆鱗竜バゼルギウス。
古龍たちのエネルギーが堆積した龍結晶の地という特別な環境が、この規格外の強さと危険性を持つ大型飛竜種を生み出したのだ。
その破壊力たるや唯一無二。
古の龍すら敵視する程に誇り高く、傲慢で執念深い新大陸の絶対的な君主だ。
滅尽龍の棘を焼き払い、炎王龍に掴み掛かり、鋼龍に向かって火を吐いた。
神罰を恐れず、並外れた殺意を放ちながら古龍に挑み掛かる獰猛な飛竜として、人知れず古龍たちと縄張り争いを繰り広げていた。
そして新大陸の全てを高所から監視し、自らを脅かす強者を排除していた。
ゾラ・マグダラオスが上陸するまでは。
漣が鳴る。
波打ち際、モルゲンロートが黄昏に暈す。まだあと少しだけ、寝そべっていたい。
漣が鳴った。
事件は西に流れてゴルド渓谷。
街の隅、見張り台の近くに人集りができる。
直面する超弩級。
揺れる触角を垂らして堂々と歩く甲殻の王。
塔のような四本の脚と、鋏のついた二本の腕。
神秘すら感じさせるほどに長大な脚の一つ一つが、山道を叩き割る音を立てる。
ショウグンギザミのように鋭く尖った頭部は、地球の生物とは思えないほど異様だった。
背中に背負う立派な殻はなんとあのラオシャンロンの頭骨。威張らずとも荘厳な蟹の怪物が人々に目もくれず歩き続ける。
体高20メートルを優に超える。
「あれは.....砦蟹シェンガオレン!?」
古龍に匹敵する危険性を持つ生物に分類される超大型の甲殻種。超大型モンスターとは、その体格から大型モンスターとは一線を画する力を有するモンスターのことだ。
現存する超大型モンスターはすべて大型古龍と同等以上の脅威と看做され、一度出現すれば総力を上げた防衛戦が行われる。
このシェンガオレンは甲殻種の中で唯一超大型モンスターに指定されているモンスターだ。
目撃例は極めて少なく、その巨体から罠による拘束は不可能であることからその生態はほとんど分かっていない。
数少ない報告によれば、背負った頭骨の口の部分から酸性の液体を発射するという。
その酸性は恐暴竜や棘茶竜はおろか、覇竜の唾液すらまるで比較にならない。
人体を溶かし尽くすほどの強酸性の体液の射程は百メートル以上とされているため、防衛戦では鉄則とされている遠距離からの射撃が通用しない。
「それと――」
「――あれは一体?」
雲間を抜ける体色はバルファルクのものに近いが、形はがっしりとした飛竜の骨格だった。
脇目も振らず、体を動かさず、時折、体から何かが剥がれ落ちている。
シェンガオレンはその存在に気づいていない。
双眼鏡越しに見える巨大な影が二つ、人間の常識と想像を超えて、現実を戦場に変える。
「まさか、戦うつもりか!?そんな無茶な!体格差がどれだけあると思ってるんだ!」
シェンガオレンの胴体を覆い隠すラオシャンロンの頭骨が震える。
強者にしか見えない引力が、大陸を超えて神話の物語を繋げる。
赤熱の凶漢、バゼルギウス。
新大陸を牛耳る誇り高きエリートが熱望する未来は、実力行使による完全な支配。
現大陸の生態系の頂点に限りなく近いとされる金獅子ラージャンと伍しても満ち足りぬというのなら、最早その道に終わりはない。
由緒と伝統の現大陸で、世界中に君臨する覇者を焼き払い続ける。
非道の進む道は無間地獄。地上の全てを巻き込んで死中に活を求めた。
全高6メートルのバゼルギウス。
全高31メートルのシェンガオレン。
さながら像に立ち向かう獅子。
「さぁ、どうなる?」
飛竜の中でも特に大きいバゼルギウスの体長より長い腕が鉄塔のように伸びて空を切る。
シェンガオレンの瞬発力ではバゼルギウスを捕らえられない。
砂山のように掬い取られた岩や木では鋏の進撃は止まらない。
渓谷の地形は腕の一振りで崩壊した。
自ら発生させた土砂崩れの直撃を受けるシェンガオレン。しかし体は流れない。
腕しか動かしていない。
いくら耐久力に優れているバゼルギウスでも、一撃で地形を書き換えるほどのパワーで攻撃を受ければひとたまりもないだろう。
砦蟹の白目のない瞳が四方八方を見渡し、空中を漂う無数の黒い粒を見つけた。
逃げ場はない。すでに包囲されている。
閃光玉のような煌めきは熱の波となり、一斉に花開くように広がる。
回避動作の間に爆鱗がばら撒かれていたのだ。
体高30メートルの巨大な体が、一瞬にして爆炎に覆われる。
火炎を苦手とするシェンガオレンにとっては、思いがけない屈辱の悪夢だった。
「まるで城を火攻めで落とすような.....シェンガオレンを相手に、そんなことが可能なのか?」
重たい体を支えていた四本の足から力が抜け、シェンガオレンの胴体が地上に落ちる。
攻撃が効いたことを確信したバゼルギウスは弾丸のようなスピードで滑空。
殻に覆われていない砦蟹の腹部に狙いを定め、爆炎を伴って突撃した。
空中から焦げるような焦熱の雨。
大地から立ち上る黒煙が甲殻を燻す。
重量を持ち、落下する爆鱗はバゼルギウスの脅威の一つだ。
燃焼によって地上から酸素を奪い、新たに発生した一酸化炭素は外敵の血中を流れるヘモグロビンと結合して酸素低下状態に陥らせる。
激しい戦闘によって脳ではなく筋肉に酸素が送られた外敵は酸欠を起こしてスタミナ切れを起こす。しかし、血中にヘモグロビンを持たず、代わりにヘモシアニンによって酸素を運ぶ甲殻種は火から発生する一酸化炭素によって酸素低下状態に陥らない。
では、バゼルギウスとの戦闘ではシェンガオレンはスタミナ切れを起こさないのか。
答えは否だ。
ダイミョウザザミやショウグンギザミなど、甲殻種は主に地上で活動することが知られているが、どちらも水辺に住んでいることが分かっている。
ダイミョウザザミは砂漠のオアシスや密林。
ショウグンギザミは水没林や沼地。
鰓呼吸を行う彼らは鰓室と呼ばれる部位に膨大な水分を溜め込み、地上で鰓呼吸をしていると考えられている。
その証拠にハンターとの戦闘で興奮状態になった甲殻種は泡を吹く様子がみられるが、これは蟹などが体内の水を空気に触れさせて酸素を取り込むために行う行動だ。
シェンガオレンも同じように、興奮状態では体内に溜め込んだ水を積極的に空気に触れさせて酸素を取り込もうとする。
古龍級生物であるバゼルギウスの爆撃は近づいただけで身が焦げるような高熱を広範囲に発生させる。
まるで火山の主テオ・テスカトルのように、各地に猛暑を作り出す。
液状の水によって呼吸を行う甲殻種にとって、高熱で水を蒸発させるような攻撃は致命的だ。
強敵を排除すべく興奮状態となり、鰓室に蓄えた水分を体外に出すたびに熱で奪われ、急激に体力を奪われる。
長大な足を折り曲げて、自分より遥かに小さな天敵を見上げるシェンガオレン。
戦闘の合間、たった一瞬だけ訪れた砦蟹の屈するシーン。人類が総力をあげた防衛戦の際、英雄と呼ばれるハンターが斬撃を浴びせたあの時の映像が蘇る。
外来の異端が、土着の神秘を崩す。
新たな風の訪れを象徴するかのように。
寒冷群島を制圧した燎原の火は今でも赤く燃えている。
シェンガオレンの背負う老山龍の亡骸。
その膨大なエネルギーに誘き寄せられたのはバゼルギウスだけではなかった。
怨恨は西に流れたゴルド渓谷。
天空山、禁足地の悲劇が西方に揺らぎ、波紋は広がり大社跡に天廻龍シャガルマガラが出現。
その地の頂点に君臨する守護神、怨虎竜マガイマガドとの激突に至る。
脱皮を遂げて完全体と化したシャガルマガラの力は想像を絶し、かの無敵の禍威でさえ手に負えなかった。
神に挑んだ代償は、セックスアピールの役割を持つ孤月型の兜角の欠損。
繁殖の機会を失った怨虎竜は無数の血肉と骨を喰らい、徒に力をつけた。
誰の耳にも届かない慟哭。湿った唸り声。
僅かながら、空気中の龍気の増加。
バゼルギウスは確かに見た。
志半ばで喰い殺された犠牲者たちの叫び。
それは乾かない傷痕となって怪物の代表に浮かぶものだ。
宿敵イビルジョーに勝るとも劣らない濁り切った狂気が充満する。乱入者だ。
怨虎竜 マガイマガド。
全身の孔から鬼火と呼ばれる可燃性のガスを噴射して高速で動き回る牙竜種の最強種。
全長18メートル、体高6メートル。
小柄なモンスターが多い牙竜種の中では、唯一滅尽龍ネルギガンテに匹敵する巨大な体を持つモンスターだ。
既に、平穏を終えて立つ。
バゼルギウスはこの牙竜種を知っている。
以前、大社跡を訪れた際に侵略を諦めた理由があった。
あれは起伏の激しい山間部。殺気立つ気配。
突然あらわれた正体不明のモンスターになす術なく一蹴された屈辱の戦。
プライドの高いバゼルギウスにとって、シェンガオレンが視界から消えるほど許せない敵。
砦蟹が起き上がる前に、邪魔者を殺せ。
ゴルド領空、シェンガオレンの正面。
超危険生物の正面衝突。
赤と紫の火炎が前方から、後ろから、嵐のように吹き荒れる。
山間部は牙竜種のフィールドだ。戦場の起伏が激しければ激しいほど、立体的な動きを得意とする牙竜種が真価を発揮する。
マガイマガドは牙竜種の中でも屈指の実力を誇るモンスター。
鬼火を利用した空中での機動力は、飛竜の飛行能力すら比にならない。
急激に高度を上げる飛行を苦手とするバゼルギウスは上下の移動では勝ち目がない。
至近距離では上下への回避を使えない分、インファイトでは分が悪い。
そのため、爆鱗を飛ばしながら滑空を利用して距離を取ることで対抗する。
しかし、飛行速度においてもマガイマガドはバゼルギウスを上回る。
鬼気迫る表情で突進するマガイマガドを体当たりで弾き飛ばすが、これは距離を取ろうとするバゼルギウスの動きを読んだ罠だった。
十文字槍のような形状の槍刃尾が振り下ろされ、斬撃に対して耐性の低い爆鱗竜の甲殻をザックリと切り刻む。
激痛に飛行の制御を失い、谷底へ落ちるバゼルギウス。
飛竜の集う渓谷、シェンガオレンが離れていく。横目にジンオウガ、更に深く。
マガイマガドは鬼火を噴射した勢いで近づき、バゼルギウスに組みついて加速した。
衝撃を吸収する爆鱗竜の甲殻がクッションとなり、上をとったマガイマガドは落下の衝撃を受けない。
一気に叩き落とされたバゼルギウスは傷口から血を滲ませながら怨虎竜と地面に挟まれ、形勢逆転を図ってブレスを放つ。
しかし、マガイマガドはこれを予測していたかのように全身から鬼火を放出。
点火した腺液は爆炎を発生させ、さらに引火した鬼火による爆発を目眩しに使ってマガイマガドがバゼルギウスを投げ飛ばす。
谷の壁面に叩きつけられたバゼルギウスはそのまま崩れ落ちた壁面の瓦礫の中に埋もれる。
突進、槍刃尾、落下。立て続けに強烈な攻撃を受け続けたバゼルギウスに反撃を仕掛ける体力は残っていなかった。
リベンジなど望むべくもない。
一度の攻撃も許されない完敗。
飛竜の中でも頭ひとつ抜けた危険性を持つあのバゼルギウスが、並の飛竜のように敗れた。
どれだけ怒りを煮えたぎらせようと、結果は変わらない。
たった一瞬のうちに罠にかけられ、行動を読まれ尽くした攻撃。
斜陽の神話が終わりを告げて、中途の物語を鎧武者がジャックする。
残酷な現実を叩きつけたマガイマガドはバゼルギウスに関心を示さず、縄張りを拡大すべく追撃せずに立ち去った。
爆鱗竜は怒りで再び己を奮い立たせた。
谷底では、腹を空かせた死肉漁り達が岩や草木の陰から余所者を覗いている。
ドスゲネポスやオドガロン、ガブラス。誰もが手負いの竜が死ぬ時を待っていた。
〜地下洞窟
舟から降りて少し歩くと、洋風の大きな館があった。
ドアを開けると、綺麗に整えられたカーペットの脇に綺麗な宝石が飾られていた。
ひときわ目を引いたのは、紫の宝石だった。
宝石が放つ明るい紫色の光は、鬼火臨界状態の怨虎竜のガスにもよく似ていた。
宝石は、死地に向かう私に警告するかのように振動した。
宝石の名は「絆石」と書かれていた。
私が招かれたのは小さな一室で、窓からは洞窟のさらに奥が見える。どうやら、この先は緑豊かな生態系が広がっているようだ。
窓際に置かれた立派なソファには、懐かしい表情で私を見る彼の姿があった。
壁に貼られた紙には、スケッチのようなタッチの絵が描いてある。イビルジョーの首を刎ねるディノバルドの絵だ。
木製の椅子に腰掛ける。
「もう私よりもずっと大きくなったんだね」
私の声が少し小さかったのか、彼は私の言葉を気にかけずに話題を振った。
「バゼルギウスが暴れていると聞いた。君が行かなくていいのか?」
「ジーヴァの繭を保有する赤衣は古龍級生物と同等以上の脅威。それに私が黙っていてもモンスターを使って邪魔するつもりでしょ?」
「バゼルギウスは計画に必要なモンスターだ。
彼なら必ずマガイマガドを倒せる」
「そのバゼルギウスは.....負けたんでしょ。
大社跡で」
彼は一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、束の間の沈黙の後、ゆっくりと口を開けて話題を変えた。
「そうか。その情報を知っているということはマガイマガドの狩猟も君に任せられたんだね。
それなら知っておくべきだ。
今のマガイマガドは手負いの獣だ。体は大きく恐ろしい。古龍たちよりも強い。
危険なモンスターだ」
モンスターのことに詳しい彼がいうのだから、マガイマガドはそれほど強力なモンスターなのだろう。大社跡を管轄しているカムラの里では、マガイマガドの扱いは寒冷群島のゴシャハギや砂原のオロミドロといった大型モンスターたちと並んでいる。
しかし、近年のギルドの調査では、マガイマガドが里が認識しているよりはるかに強大な脅威として君臨している可能性が明らかになった。
彼はきっと、ギルドよりもマガイマガドの脅威を正確に分かっているのだろう。
多くの大型モンスターに通ずる筋力や属性エネルギーだけではなく、戦いのセンスに富んでいるのがマガイマガドの特徴とされている。
「だったらどうして私の邪魔をするの?」
「燃えゆく貴女が、自分を犠牲にしなくても生きられるように」
彼はそう言い放つと、かつてモルゲンロートと私を重ねて見ていたときのように眩しそうに目を細めた。それは、微かな笑みとは裏腹に悔しがっているようにもみえる表情だった。
「私が戦火を選んだ」
自分に言い聞かせるようにそういった。
行く先が鬼火を待とう修羅の武者だろうと、私の選択が変わることはない。
もうギルドには怨虎竜討伐のために人選をしている余裕はない。
私がやらなければ、怨虎竜を止められるハンターはいない。
「君じゃない。大いなる意思だ」
彼もまた、自分に言い聞かせるように言った。
一度は細めた目を見開いて、私の中にいる龍を追い出そうとしているようだった。
「それ本気?赤衣の嘘に騙されてるの?」
「じゃあ教えてくれ。エスピナスに焼かれた森をどうやって抜けた?どうして君だけイビルジョーに食われなかった?
夜更け前に村長の家に連れて行かれたあの夜、君は何をされた?」
巫女に選ばれた竜人は、共鳴によって祖龍と交信するための装置にされてしまう。
共鳴が発生する可能性を少しでも高めるために巫女には竜人の中でも情動的共感性が高い少女が選ばれることが多い。
祖龍から送られる僅かな信号も見逃さないために、次の巫女が決まるまで常に監視付きの牢に閉じ込められる。
巫女に選ばれた時点で、村のしきたりによって夢を諦めることを強制される。
あの夜。
漣が鳴る。葉が擦れる。
私に贈られた玉は、都市に住む富豪でも手に入れることができないという三大宝石の一つ。
月食の日は光がなくとも輝き、白夜のように森を照らした。
草木を通して、その木漏れ日が微かに照らした下膨れの砂時計。ガララアジャラの鳴甲で作られた魔除けの衣装が涼しく鳴った。
窓の外の河川に映ったするどい赤い雷、それが私の胸を射る。それが私は悲しかった。
体が砕けるみたいで。
「だから――」
やがて月食は大きな穴になる。
長く伸びた白い髭を靡かせて、影の形をした
身体中に酷い火傷。
君は何も知らなくていいから。
その人生から意味を奪うことになったとしてもどうかこの世界を生きてほしい。
そのためには、私が狩らなきゃ。
黒龍は劫火と共にやってくる。
私が私じゃなくなったとしても、あの子を憶う気持ちだけはどうか消えませんように。
今こそ大いなる主を我が瞳の内に。
祈りを受託した。
共鳴を開始する。
貴方は...私のことを心配してくれてるんだね。
でも、私は怖くないよ。
私もこの世界を、いや、君達を助けたい。
疾風が走る。
星明かりが降りる。
「――覚えてないって」
「そう、君は知らない。どうしてハンターをやろうと思ったのか、思い出すことが出来ない」
「それは.....ガノトトスの時に」
「ガノトトスと戦ったのはハンターじゃない。現地の調査に来たギルドの職員だ。
それが紅い月の導きというなら、もうギルドだけじゃない。
俺は世界の敵になっても構わない」
「そんなこと.....私は望んでない」
「こんな作り物の世界なんかどうなってもいい。それだけは分かっ――」
そんな言葉を遮る声があったので、わざと関心のないふりをした。言葉の続きを聞くのが怖かったから、そうするしかなかった。
「ゴルド渓谷にてバゼルギウスとマガイマガドが激突。
バゼルギウスが敗れたとの報告です。
マガイマガドはシェンガオレンに攻撃を加えたようですが効果は見られず、逃走して西へ向かっています」
突然の報告だった。
彼の話によれば、マガイマガドは古龍より強い怪物になっていたのだから、バゼルギウスが負けたとしても不思議ではない。
戦いになれば、必ず敗者が生まれるのだから、今回はそれがバゼルギウスだっただけだ。
しかし、モンスターに詳しかった彼が勝者を間違えるなんて、らしくもない。
「そうか。バゼルギウスは負けたのだな」
彼らの位置を決めたのは、ドラマではなく大自然だった。
あの日みたイビルジョーの暴力、そして幻獣キリンの超常的な力。バゼルギウスが敗れたと言う事実は、それさえ物語の始まりではなく、日常的に繰り広げられる戦いの歴史の一幕だったと思い知らされたのだ。
「好きなモンスター、だったんでしょ?
だから、負けることなんて知りたくなかった」
彼は黙りこくって、そっぽを向いた。
「俺は君と違って特別じゃなかったんだ。
俺の好きなモンスターも特別にはなれなかった。だが君だけは違う」
「そんなことはない。私はただ選ばれただけで.....!」
「ただ、それだけで.....」
「君は俺をおいて特別になった。そのずっと前から、俺の世界でおよずく君は特別だった」
「まだ、モンスターは好きなの?」
「変わらないよ。俺は」
事件の被害者になるなんて、らしくもない。
幻獣に世界を壊してくれと願っていた君が、何者にも成れず、怨嗟に巻き込まれるのか。
こんな箱庭の一角で、時が経つことに合わせて腐ることを良しとしてしまうのだろうか。
そんなところはみたくない。
「じゃあ知りたくもなかったよね。私がモンスターを殺すってこと。でも、さ。全部を失っちゃう人は私達で終わりにしたいから」
「君まで、失えというのか」
臆病な目を目掛けて、臆さずに答える。
「こんな時、君ならどう答えるの?」
白い光が舞い散るような空白があった。
少し潤んだ少し赤い瞳は月輪のように優しく、眼に映った私の姿を光と影で彩っていた。
「君が.....戦わなくてもいい方法を考えた」
私は黙って頷いた。
「だけど、俺は世界を動かせる特別な人間なんかじゃなかった」
今度は頷かず、じっと彼の顔を見つめた。
「それでも君が戦うというなら、この館にある絆石を持っていってほしい。青い光を放っているはずだ」
「絆石って、紫色の宝石のことじゃないの?」
「青く輝く絆石が、心の証明になると思って...」
彼が続きを言おうとした時だった。
窓の外から一本の黒い棘が飛んできて、彼の胸を貫いた。
急いで棘を抜こうと彼の元に駆け寄ると、木造の壁を突き破って見たことのない巨大なモンスターが屋内に侵入してきた。
使用人が部屋に駆け込み、怪物を見て武器を構えた。千本を超える鋭利な棘の鎧に覆われた化け物が、鋭い牙を剥き出しにして咆哮する。破壊と再生の神。
滅尽龍ネルギガンテ。
「ネルギガンテ!ジーヴァの生体エネルギーを狙ってきたか!」
水中に潜伏していたグレアドモスが顔を出し、遠方から水流のブレスを放ってネルギガンテを攻撃する。割れて散った棘がパラパラと落ちると、捕食者の黄色い目玉が、グレアドモスをギロリと睨んだ。
「随分と大物が来たようだけど」
身を翻して水砦竜に飛びかかり、筋力で抑えつけて牙を突き立てる。
腹を空かせた獣が獲物を仕留めるように、エネルギーの多い者から食い殺す寸法だ。
このままでは、洞窟内の生物が全て食い尽くされてしまうだろう。
「今ここでグレアドモスがやられたら勝機はありません。畳みかけます。力を貸していただけますか?」
「ここで倒さないと、私も死ぬんでしょ?」
「アルバトリオンが目覚めるでしょう」
赤い衣に身を包んだ案内人はふっと微笑み、手にしていた操虫棍で空中へと舞うと、一気にネルギガンテに飛び乗った。
猟虫のモナークブルスタッグが手を離れ、空中から付けられた印に向かって直進する。
モナークブルスタッグはクワガタのような姿の巨大な猟虫で、長い顎を使って獲物を両断する戦法を得意とする。継戦能力とスピードにも優れる万能な虫だが、最大の特徴はパワーだ。
「まともにやりあえば命がいくつあっても足りない相手です。グレアドモスの力を借りましょう!」
背後を取られたネルギガンテは腕を振り回して転げ回り、案内人は巻き込まれまいと飛び降りて距離を取った。その間にグレアドモスがネルギガンテに突進を繰り出したが、規格外の筋力で軽く受け止められ、逆に薙ぎ倒された。
血に飢えた機械音を鳴らしてガンハンマーのリボルバーが回転を始める。
「火を吹け!ガンハンマー!」
グレアドモスを押さえつける怪物の右腕に、火薬満載の衝撃を打ち込んだ。
粉々に砕け散った白い棘が周囲に散乱する。
たじろぐネルギガンテの顎にアッパーを叩き込むと、表皮を覆う鱗がごっそりと欠けたが、立ち所に再生して元通りになった。
追撃の前に懐に潜り込むように受け身を取って側面に回り込み、踵を攻撃する。機動力を奪っておきたかった。
ネルギガンテがカウンターとして用意していた強烈なパンチが地面を抉り、脇腹をモナークブルスタッグが斬りつける。連携は好調だ。
「猟虫に頭部を狙って注意を引くように指示しました!ネルギガンテの後方から叩きましょう!」
グレアドモスの放つ水流でネルギガンテがバランスを崩し、その間にモナークブルスタッグが巨大な角に突進する。火花が上がるほど激しくぶつかったが、僅かに表皮が剥がれる程度の傷で、ネルギガンテはあまり気にしていない。
鋭い歯を剥き出しにして周囲を威嚇する。
その間に背後から操虫棍の斬撃とガンハンマーの爆撃が加わり、ネルギガンテは振り向いて距離を詰めた。
周囲に複数の敵がいることを煩わしく思ったネルギガンテは二本足で立ち上がり、腕を地面に深々と突き刺すことで自ら棘を折って広範囲に飛ばした。勢いよく飛散した棘は希少な金属で強度を高めたガンハンマーにも深く突き刺さり、その殺傷能力の高さを示した。
「駄目だ!こいつ頑丈すぎる!このままじゃ持たない!」
硬い岩盤に腕を埋めるの怪力と高速で再生して鎧を貫く棘。一撃でも被弾すれば命は無い。
ネルギガンテは人間の武器の貧弱さに高を括り、反撃を恐れず接近した。
そのまま後退して距離を取ろうとしたが、酸の湖と挟まれて後がない。
「いえ。これで十分です。ご協力に感謝します」
たった一瞬の逆転劇。
ギリギリまで詰め寄り、二本足で立ち上がって拳を振り下ろそうとしたネルギガンテの背後からグレアドモスが体当たりを繰り出し、バランスを崩したネルギガンテは酸の湖に落下。流石のネルギガンテも強力な酸に体を溶かされると再生に時間がかかるのか、そのまま浮上することはなかった。
「一時的な足止めにしかなりませんが、ネルギガンテもこのままジーヴァと連戦というわけにはいかないでしょう。さあ、ネルギガンテが戻ってくる前に我々も退避しますよ」
〜ギルド
「厄介な化け物がいくつも出たが、どうやら化け物同士で潰しあってくれたおかげで仕事が楽になったようだ。
アルセルタスの処理は順調か?」
「新人のハンター達が大変よくやってくれています。しかし、問題はマガイマガドです。
ドンドルマが迎撃のためにガーディアンを送りましたが、全滅。更にマガイマガド自身が体内に大量のガスを溜め込んでいることから、火器を使えば市街地に被害が出る恐れがあります」
空を埋め尽くすほどのアルセルタスの出現に、当初は苦戦が予想されていたが、思いの外対処可能なハンターが多く、また、地元の自警団などが協力を申し出たことで事件はスムーズに解決へと向かった。
一方、アルセルタスの大量発生に反応して遂に動き出したゲネルセルタスはベテランハンターがチームを組んで鎮静に向かっている。
深い絶望の中、人々の暖かみが際立つ。
しかし、怨虎竜はそんな美しい光を遮るように影を大きくしていた。
「空を埋める物量より一頭の曲者の方が対処は難しいということか」
戦うほどに洗練されていく技術と肉体。
今やモンスターという名に相応しい世界規模の脅威となりつつある。
その証拠に、あのネルギガンテがマガイマガドとの戦闘にはエネルギーの補給が必要と判断して狩猟を躊躇い、地下洞窟のジーヴァの繭を襲撃している。
怨虎竜は、金獅子や恐暴竜との戦闘により勢いを増したバゼルギウスを沈黙させ、一躍事件の中心に躍り出たのだ。
「現在のマガイマガドは微量の龍光を発生させるようになったとの報告もあります。対抗できるハンターはアンセス様を除いて他にいないでしょう」
生体濃縮によって獲得されたと考えられる龍属性。これを持つ生物は古龍種すらなかなか手出しが出来ず、自然界の自浄作用に頼るという判断が出来ない。ギルドが処理しなければならない討伐対象だ。
そんな中、実績に乏しいが、エスピナスとイビルジョーの記録的な戦闘を生き延びたアンセスは、ギルドでは唯一の希望といわれていた。
「誰もが英雄的なモンスターハンターの出現に期待するが、あいつはまだリオレイアやアンジャナフに苦戦する腕前だぞ?」
「英雄は不可能と思われていたことを成し遂げて実るものです。クエストを発注しましょう」
「やむを得ないが、アンセスが倒された後のことを考える必要があるだろう。今はバックアップのためにドンドルマと連携して戦闘街におびき寄せよう。少しでも成功の確率を高めるんだ」
戦闘街とは、頻繁に古龍の襲撃を受けるドンドルマが古龍種やそれに匹敵するモンスターを迎撃するために設けた施設だ。
巨龍砲や移動式大砲といった他では見られない迎撃のための設備が大量に配備されており、大型モンスターとの交戦では人類が最も有利になる環境である。
ドンドルマは市街地であり、隣接する戦闘街に誘い込むという作戦にはリスクがあるが、それでもマガイマガドはそこまでしなければならない強敵だった。
「分かりました。すぐに手配します」
マガイマガドは強力なモンスターだが、誘導自体は難しくない。食欲が強いマガイマガドは、ゴシャハギやイビルジョー同様生肉による誘導が有効だからだ。
また、古龍骨のエネルギーに誘き寄せられる性質も持っているため誘導するための装置さえ作れば簡単に誘い込むことができる。
「巨龍砲の用意もしておけ」