囚われのバゼルギウス   作:貝細工

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7話 最終防衛ノースライン

爆鱗竜バゼルギウス敗北。ギルドに飛び込んだ報告の直後から、現大陸を巡る戦乱はマガイマガドによって統一され、新たに怨虎竜を中心とした歯車が回り出す。

谷底に落下したバゼルギウスの上空を悠々と追い抜くのは、かつて新大陸で出逢った好敵手イヴェルカーナの姿だった。

傲岸不遜、己自身こそが大陸の主たらんと願うバゼルギウス。

敗れながらにして首の皮一枚で繋がった非道の怒りを掻き消すほど、巨大で苛烈な怒り。

マガイマガドは、バゼルギウスとは桁違いの衝動を抱えていた。

それは、一族の終端に位置する雄の怒り。

魂に刻まれた生物としての役目を自覚しながら果たせないやるせなさ。

 

「俺は選ばれなかった!!」

 

同門の虎が高らかに示すのは、本来マガイマガドが作るはずだった群れ。一頭の雄が広大な縄張りを作り、複数の雌と幼体を匿うハーレム。角の折れた雄は、雌に厭われ、蔑まれることになる。

力の象徴としてセックスアピールに用いられる縄張りの拡張すら、雌に気に入られなければ意味を持たない。命のバトンの袋小路。

太古から受け継がれたDNAの緩やかな死。

分かっていても避けられない絶望を前に、角より深い傷を負うものがある。

 

人間はそれを《プライド》と呼ぶ。

 

「ならば!!」

 

与えられるはずのものを奪われたことへの、晴らすことのできない絶望。

この理不尽に対して、生きた証を刻み込むのは際限ない縄張りの拡張。

現実の、否定。

 

果てしない支配、その野望を同じくするのは奇しくも昨日破った銀翼のノマド、バゼルギウス。だからこそ、これでよいのだ。

これは生物として、そして雄として与えられるはずだったものを奪われた獣の復讐劇。

気高き者を粉砕することで、同じ絶望に引きずりこむことができる。

角のある同種の雄でも縄張りなど持つことは出来ず、己を選ばなかった雌は平等に朽ちる。

それが禍威が無敵でなければいけない理由。

生命ある者たちへの、断罪である。

 

〜龍結晶の血

 

赤熱の結界と呼ばれる、炎王龍テオ・テスカトルの寝床。地中からマグマが噴出し。立ち入ったものは熱だけで溶かしてしまう驚異的な気温が一年中続いている。

煉獄の火の中から、赤き獅子が姿を現し、王たる威風を漂わせながら闊歩する。

碧眼に真っ赤な立髪、長く伸びた角。

炎帝という異名を持つ炎の主は、神話の生物を思わせるほど神々しい。

 

龍結晶の地は、五感に頼らずとも感じるほどの古龍の生体エネルギーで溢れかえっている。

そのエネルギー量に乱れがあれば常人でも察知出来るほど、確かな感覚だ。

 

侵入者がいる。古龍種だ。

龍結晶の地に生息する古龍たちは、互いの強力な力を恐れて自分の縄張りから出ようとはしない。衝突すればエネルギーが迸り、腹を空かせたネルギガンテを誘き寄せてしまう。

炎王龍は溶岩地帯を支配し、鋼龍は竜巻が吹き荒れる高所を縄張りとしている。

それは彼ら古龍たちの不可侵の世界であり、余所者の古龍が侵入することは事実上の宣戦布告となる。

 

炎王龍は統括する溶岩地帯を徘徊する。

王は静かに、込み上げてくる憤りを感じた。

七色の光沢を放つマグマを纏う龍。

それは煉獄の中で白い北風を纏う貴人だった。

氷結する熱気。すらりとした長い体で背筋を伸ばし、首を立ててゆっくりと翼を広げる。鳥の羽毛のように無数の細長い鱗が伸びている。

外殻を構成するマグマは一種の火山ガラスだ。長年の戦闘で傷ついた外殻を修繕するために、気温の高い龍結晶の地に姿を現すのだ。

 

炎王龍は身震いしながら吠えた。

地獄を統べる閻魔大王を彷彿とさせる王の佇まいだ。

立派な翼を広げて、禁断へと距離を縮める。

 

生まれて初めて感じる寒気。

一夜にして砂漠を焦がす獄炎の鎧を着込んだ陽炎の武将は、遮断していた冷気と遭遇した。

溶岩を冷やし固めて体に纏う奇妙な行動。

荒ぶる獅子の前に立つ獲物にしては、極めて冷静。大きく口を開けて唸りながら歩み寄る炎王龍に対して、怖気つかず、むしろ苛立つ様子さえあった。

白い霧の中を橙色の粉が舞う。

体内に保有する過冷却水をミストとして噴射、空中に大きな氷塊が出現する。

 

睨み合いは静かに激化する。既に戦いが始まっていることを両者が理解している。

白銀の支配者、冰龍イヴェルカーナ。

獰猛なる煉獄の主と相対す。

 

今更殺気を感じ取ってももう遅い。太く発達した四肢が熱で溶けかけの大地を力強く捉えた。

陽炎を帯びた爪は、触れただけで地面を燃え上がらせる。炎帝に用意された赤い絨毯だ。

闇を照らす真紅を焔の神が通る。

 

その眼前に壁。分厚い氷壁。

炎王龍の熱でドロドロと溶けたその向こう側から、針の穴を通すような正確無比な一突きが炎王龍の首を狙う。即座に屈んで回避した炎王龍、鬣が頸部のシルエットを隠す。

耳元で水が流れる音が聞こえる。冰龍は尻尾に氷の槍を形成することで刺突のリーチを伸ばしていたが、獄炎の鎧に阻まれて溶けたのだ。

 

両者の動きがピタリと止まった時、身を屈めて攻撃を回避した炎王龍は貴人の前で頭を下げるようなポーズを取っていた。謁見。

見下すイヴェルカーナ。攻撃的な形状に作り出された氷のマスクが表情を隠す。

炎王の口元をみて真上に飛び立つ。

 

獅子が口を閉じる。

 

その直後、巨大な粉塵爆発が煉獄の大地を一瞬で焼き払った。冰龍の痕跡すら焼き尽くす一撃、先程の攻防はこのタイミングのために張り巡らされていたトラップ。いわば炎王龍に関心を誘導するための演武。

空間中に充満していた炎龍の塵粉。翼の古びた角質が高い発火性を持ったものである。

炎龍の塵粉には細かな動きで空気中に拡散していく性質がある。

睨み合いや攻防の間に少量ずつ翼から塵粉を放出することで冰龍を爆発の範囲に収め、威嚇と思わせて大きく開いた口を閉じる際に牙を打ち鳴らして着火させた。

火花は雲の中を突き抜ける稲妻のように広がり、地中の天空に牙を持つ太陽を出現させた。

弾ける色鮮やかな火の粉。冰龍の氷のアーマーがダイヤモンドダストのように砕けて降る。

 

獅子の威を放つ龍は太陽の化身。

土煙が晴れるまで隠れるはずもない。

その存在を高らかに誇示するかのように、長く伸びた角から照りつける熱波を放ちながら爆風に巻き込まれた冰龍を探す。

鋭く尖った貴人の尾の先端が炎王龍の肩に擦れて火花をあげる。砂埃を利用した奇襲攻撃、恐るべき精度とスピードだ。

 

息を呑むほどの緊迫した攻防が繰り広げられたのも束の間、戦塵と余韻を払う悪党がシャウトと共に乱入する。

 

爆鱗竜バゼルギウス。古くから龍結晶の地に住み着いている竜。現大陸に出現した個体とは別の個体だ。炎王龍の作り出した炎の獣道を爆風で消し飛ばし、冰龍が放つ冷気が作り出した霜の大地を爆炎で溶かし尽くした。

特濃のエネルギーに、とびきりの爆音。この地の主たらんとする非道が聞き逃す筈がない。

龍結晶の地に君臨する強者たちが逃げ失せる古龍すら、非道は王の責務として排除する。

 

切った張ったの三つ巴。

非道の周りから爆音が鳴り止まない。

爆撃を得意とする二頭の尊大な怪物が余裕を見せつけながら闊歩する。

龍の荒れ狂うこの地を生き抜いてきた修羅に、恐怖の感情はなかった。

焦熱の中で確かに感じるものがある。古龍を食い殺そうと忍び寄る滅尽龍の気配だ。

既にすぐ近くまで来ている。

 

既に目当ての火山ガラスを手に入れていたイヴェルカーナは、全身から凄まじい冷気を放ち、龍結晶の血を後にした。

 

〜戦闘街

 

新大陸の白い風は、静かにドンドルマに降り立つ。古龍骨の持つ古龍の生体エネルギーに惹き寄せられたのだろう。急激に冷え込んだ空気の中を氷の擦れる音と共に歩く。

 

戦闘街は怨虎竜マガイマガドを招致するための準備で賑わっていた。そんな戦闘街に前触れもなく降り立った一頭の古龍種。

しかし、その存在は運命のように怨虎竜を誘き寄せる。渡りの凍て地に住み着いていることから、現大陸ではほとんど目撃例のないイヴェルカーナ。

溶岩の番人だったテオ・テスカトルとの激闘を経て、現大陸では初めての接敵だ。

獅子に次いで虎、かつてテオ・テスカトルに敗れた獣と侮ることはできない。

冰龍が感じ取ったのは、古龍骨を大幅に上回る激しい生体エネルギーの奔流。

まるで、無念のうちに食い殺された犠牲者たちの怨恨が漂うような重苦しい雰囲気。

冷え切った青い街を揺れて灯す鬼火。

 

「怨虎竜マガイマガド、戦闘街に侵入しました。しかし、あの古龍がいる限り狩猟許可は出せません」

 

「発生してしまうのか.....?」

 

大陸を賭けた縄張り争い。

 

「我々との戦いを控えているのは勝者です。残った方が我々の敵になります。今はただ、傍観しましょう」

 

全長約25メートル。大型古龍種の中でも一際大きく、美しい容姿を持つイヴェルカーナ。

氷のドレスで気高く着飾ってもその危険性は誰の目にも明らかだ。

貴人は行き場のない破壊衝動を抑えて上品に佇んでいる。体内を巡るマイナスエネルギーの流れは一周ごとに増幅され、やがて四肢に触れた地面が凍てついた。

華奢で繊細な龍は仮初の姿であり、美しくも冷酷な殺戮者こそ冰龍の本性だった。

百合の花弁のような白い甲殻に差したアビスマリンのような青色は、過冷却水の生成能力に優れた優秀な個体であることを物語る。

 

「あの牙竜.....戦いを求めているんだ」

 

摩訶不思議な魔力に対する武力の挑戦。

どうして持たざるものが生まれたのか。

持つものが持たざる者になる絶望は浅い。

恐るべきは、持たざる者として生を受けた雄の手荒い反逆である。

 

「自分を殺せる者を探してる」

 

矛と刃を携えた武者と気品に狂気を隠した魔法使いの邂逅。融解する異世界の幽世線。

禍威の咆哮を皮切りに、敵意が交錯する。

神と呼ばれし者を己が復讐の糧とするため。

不可触の覇者として威厳を示すため。

 

禍威は、冰龍の圧倒的な立ち姿にかつて争った天廻龍を重ねていた。

向こう傷だらけの肉体を携え、颯と身構えて全身の孔から紫のプラズマを噴き出す。

冰龍は立ち止まって体を動かさないまま、空中に無数の氷塊を生成した。

氷塊は生成と落下を繰り返して冰龍の周りを弾幕のように降り注いでいる。

迂闊に近寄れば巨大な氷の雨に打ち砕かれる。

難攻不落の苛烈な悪天候。

禍威は両腕と槍刃尾に鬼火を纏い、フェイントを重ねて冰龍の注意を三つの部位に誘導すると静かに尾を軽く振って鬼火を飛ばした。

 

回避に困ることのない一つの鬼火。

怨虎竜は俊敏なサイドステップで冰龍の側面に回った。冰龍は口腔から過冷却水を放射し、巨大な壁を作り出して鬼火を防ぐ。

怨虎竜はその間に尾をクルクルと回してガスを掻き混ぜることで鬼火の渦を作り出す。

 

『怨禍・尾槍螺旋突き』

 

紫電一閃。大輪の魂魄が冷気を穿つ。

氷塊の雨ごと打ち砕く爆砕の開花。

それは自ら氷壁を作り出したことで回避の方向が制限された冰龍に対して、無慈悲に繰り出された広範囲への爆撃。

万全な防御体制に対する崩しである。

 

氷のベールから飛び出した先に待ち受けていたのは、恐るべき怨念の無法地帯。

眩い爆発の影で空中に設置された無数の鬼火が移動を阻む。まるでゲリョスを捕縛するネルスキュラの糸のように、一瞬にして作り出された鬼火の手枷。

たった一瞬、判断を遅らせるための囮。

 

背後。

 

鬼火を炸裂させて加速、残像を残すように複数の鬼火を配置して背後に回り込む。

『怨禍・尾槍螺旋突き』の閃光から逃れた冰龍の視界に入り込むのは、怨虎竜が残した鬼火。

それは長期戦で作動させるための撒菱ではなく冰龍の判断を鈍らせるための威嚇。

真の狙いは、鬼火を配置していない背後からの突進である。

 

正面と左右に鬼火が配置されていることを知ったイヴェルカーナは鬼火に触れず禍威の射程距離から離れるために頭上と後方を確認する。

その一瞬の隙を突いた突進攻撃だ。

仕掛けられたことを察知した冰龍は後脚で立ち上がり、前脚を使って突進を抑えこもうとしたが、鬼火の推力に突き飛ばされてしまう。

一秒を緻密に、どこまでも濃密に。時の流れが細やかになるほど、狩猟の中で洗練されたテクニックが光る。

 

古龍種の生命力を確実に断つべく、槍刃尾が静かに伸びて冰龍の首に狙いを定める。

死角から腕刃。音もなく風を切って鱗の内側の薄皮に到達した刃は、龍殺しの殺傷能力を貴人に知らしめる。

 

「離れた!?」

 

介錯が中断された。

斜め下から振り上げられた槍刃尾。同じ方向に回転して受け流す冰龍。

禍威の頭があった位置を氷の棘が通過した頃には、禍威は少し離れた位置に移動して尾をクルクルと回していた。

不意をついた冰龍のカウンターは怨虎竜の目を的確に狙っている。鈍い光を放つ眼球は冰龍を捉えて離さない。

仕切り直しとなった二頭の間に、今度は包むような低い冷気が広がる。

冰龍は自らの足元に冷気を吐き、空気中の水分を凍らせているようだ。

 

右腕を突き出しながら突進したマガイマガドに対して、イヴェルカーナは少し上に傾けて鋭い尻尾を伸ばす。腕刃で冰龍の尾を逸らし、その拍子に地面に手をつくと、その衝撃で白い冷気の中に含まれていた過冷却水が凍結した。

これによって怨虎竜の腕が地面と結合された。

 

怨虎竜が腕の孔から鬼火を噴き出して氷を吹き飛ばそうとすると、冰龍は一糸乱れぬ怒涛の連続突きで怨虎竜の甲殻を突き、傷口の再生を妨害するように冷気を吐きつけて巨大な凍傷を作り出した。古龍以外には決して使いこなすことのできない氷の妖術だ。

 

年中生物の快適な温度で保たれている大社跡には強力な生物が揃っているとはいえないが、多彩な手段で身を守ろうとするテクニカルな曲者たちが生息している。

種類の異なる柿を投げつけ、多様な効果を使いこなす天狗獣ビシュテンゴ。

泥の壁を作り、老獪ともいえる知恵で敵を追い込む泥翁竜オロミドロ。

泡立つ体液で摩擦を減らし、柔軟な動きで攻撃を受け流す泡狐竜タマミツネ。

魑魅魍魎の住まう大社跡の頂点に君臨するマガイマガドは、彼らが日夜行う知恵比べを押し潰す無敵の武人だ。

無数のモンスター達が知恵を絞り編み出す戦いのギミックを正面から攻略し、突破する。

知恵比べにも打ち勝つが決して知恵の戦いに執着せず、荒々しく力押しで仕留めることも珍しくない。

血の滲む戦いの純度の高い結晶こそが、爆鱗竜バゼルギウスとの戦闘で極まったのだ。

難攻不落の防御力と不可避とされる爆鱗の雨に対して、鎧を穿つ攻撃力と大社跡で培った機転が突き刺さり、勝利を掴み取った。

今対峙する相手はそれ以来の強豪。奇しくも、爆鱗竜とは同郷の新大陸の覇者だ。

群雄割拠ではない大社跡で鎬を削り続けたからこそ、強者の中で勝ち続けたモンスターには分からないことがある。

窮鼠の牙に抗い続けたからこそ、確実に仕留められる牙がここにある。

 

怨虎竜は苦痛に耐えながら冰龍の尾に齧り付き、高い咬合力で尾についた氷を噛み砕くと飛んで逃げようとする冰龍を地面に叩きつける。

息つく間もなく入れ替わる攻守、それは攻防一体の戦闘。イヴェルカーナの扱う氷結という危険な能力に対して、武による制圧を試みるマガイマガド。

接近戦では頑強な甲殻に守られながら巨大な腕刃を振り回す禍威が有利なはずが、冰龍に触れている間は体温が急激に低下する。

長時間の接近戦は体力を奪われ、危険だ。

地面に接し続ければ立ち所に足が凍りつき、まるで雪山そのものと戦っているかのような寒さが全身を襲う。

冷気を操るモンスターはカムラの付近にも生息しているが、イヴェルカーナはあらゆるモンスターの中で最も低温の活用に長けた種だ。

極寒の戦場の中、まばたきすら戦闘のリズムと調和する。油断なく見つめる瞳は氷と火山ガラスという二層の鎧の奥に眠る身体構造まで見透かさんとする。

 

伸縮を繰り返す肘の関節は、跳躍のフェイントを繰り返すことで冰龍の大きな動きを誘う。

冷静沈着な冰龍は、頭部を禍威の方向に向けることで、跳躍を回避せずにブレスで撃墜する作戦を立てることでフェイントを無力化した。

冰龍の作戦を見抜いた怨虎竜は槍刃尾から小さな鬼火を繰り返し放ち、細々とした攻撃で粗を引き出す。すべての古龍種は全身がエネルギーの塊といわれるほど膨大なエネルギーを体内に秘めているが、鬼火の量には限界がある。

冰龍の作り出す冷気のフィールドは怨虎竜の体力を奪っていた。

 

迂闊に攻撃すれば隙を見抜かれ、尾で串刺しか、ブレスで氷漬け。

攻撃を出し渋れば冷気による消耗に加えて、加速する戦闘のリズムに飲み込まれてしまう。

地面を蹴る。鬼火のガスは、振り乱す長髪のように光の筋となって怨虎竜の背後に伸びる。

掌は衝撃で破裂音を鳴らし、腕刃は空気に擦れて氷を斬り捨てる。異様な形状の甲殻の内側で発達した僧帽筋は、腕刃の重みをものともせず岩石すら豆腐のように断ち切る。

 

接近してしまえば主導権を握るのは禍威だ。

尾先の槍しか持たない冰龍と両腕に双剣を拵えたマガイマガド。手数の差は明白。

しなやかな動きで斬撃の軌道を掻い潜る冰龍に対して、尾の刺突を体の角度で弾きながら前進して怒涛の斬撃を繰り出すマガイマガド。

古龍種とはいえ、このまま防戦一方では限界が近い。

 

至近距離から絶対零度のブレスを吐き出し、兵器や防壁を凍らせながら薙ぎ払う。

空中を飛び回る翼竜たちを一瞬にして一掃するほどの威力。あのマガイマガドが攻撃を中断して上半身を後方に逸らし、スウェーバックの体勢から鬼火を炸裂させて離れていく――

 

――冰龍が追い討ちを仕掛けた時、視界の外側。顎の下の死角から槍刃尾を振り上げる。

十字に展開された凶刃が冰龍の下顎を深く斬りつけ、頭部まで串刺しにする寸前で冰龍が空中に逃れる。意識外から顎を打つ衝撃。

まるで狩人のハンマーのように脳を揺らし、視界がぐにゃりと歪む。

スタン。過冷却水のブレスに身の危険を感じながらも先制点を奪ったのはマガイマガドだ。

 

冰龍は飛行を維持できず、あえなく墜落。

思うように足に力が入らないことを感じつつ、のらりくらりと攻撃をかわしながら禍威から大きく距離をとろうとするが、怨虎竜はぐいぐいと前進して腕刃を振り回す。

イヴェルカーナは冷気を漏らしながらバックステップで攻撃をいなし、足元に冷気を吹き付けることで大きな氷の壁を形成して禍威の攻撃の手を止めた。

 

畳んでいた翼を開き、猛吹雪のような風圧を発生させて怨虎竜を威圧する。

氷壁による防御は安全な時間稼ぎではなく、反撃の糸口を掴むための一つの選択。

そんな矛を弾く盾をも穿つのは、このほど二度目となる飛び道具。

 

『怨禍・尾槍螺旋突き』

 

急襲。コンパクトにして、その威力は絶大。

守りを崩す突撃と本体を砕く衝撃を一つの所作に収める。防御に対する突破口を探らず、崩壊と攻撃を兼ねた一撃で葬る大技。

百戦錬磨、無敵の禍威が威を示す。

紫色に燃える光の渦に巻き込まれたイヴェルカーナ。身に纏っていた氷が砕け散り、青みを帯びた甲殻が露出する。

ときに窮地と好機は一度に押し寄せる。

氷壁の守りを破られた冰龍は怨虎竜の足元を凍てつかせ、城壁すら貫く靭尾を伸ばす。

傷跡の残る深く刺した一撃。同時に全身から全方位に向けて大量の鬼火が噴出され、怨虎竜の周りにドーム状の爆発が発生する。

 

後の世に名を轟かせる魔王――

――怨嗟響めくマガイマガドは傷に塗れた肉体で天地を統べるという。

マガイマガドだけではない。イャンガルルガ、イビルジョーなどといった凶暴性の高い面々は、傷の数が多いほど強大な敵に打ち勝った危険な個体とされている。

しかし、特異個体として知られる無傷のイャンガルルガが傷ついたイャンガルルガより畏れられているように、少量の向かい傷で外敵を殺傷する強さを以て魔王を目指す個体がいる。

ただ只管に敵を求め、遂には強大なエネルギーを持つ古龍すら手にかけても未だに満たされることのない敗退した雄の怨恨。

龍にも人にも平等に牙を剥く、狂気の修羅。

 

「そんな...こんなことが.....」

 

甲殻を滴る浄血。その光景が表すもの。

雪は血に代わり、禍威に与する。

爆風に続く一手、それは腕刃を利用した古龍すら揺るがす一撃。膨大な量の鬼火を一点に集中させ、これまでとは比べ物にならないパワーと速度で標的を斬り伏せる。

幾多の獲物を切り捨てることで切れ味を増し、斬れぬ物など存在しない無敵の業物と化す。

 

冰龍、陥落。

 

ドンドルマを守る人間たちとの戦闘に備えて、短期間に鬼火を乱発することはないと信じ込んでいたイヴェルカーナ。最期にその視界に映り込んでいたのは、紫煙の燻る魂魄結晶。

犠牲者たちの怨念と噂される怨虎竜の魂魄結晶の正体は、濃縮されたガス結晶だ。

本来、マガイマガドは呼吸により冷却したガスを圧縮して体内に溜め込む生態を持つ。

皮肉なことに、イヴェルカーナの放つ冷気はマガイマガドの体内に眠る鬼火を冷却することでガスの効率を高めてしまっていたのだ。

 

「イヴェルカーナの死亡を確認しました。

クエストを受注したハンターが来るまで持ち堪えてください」

 

切断した神の亡骸を喰らうより疾く、要塞から飛来する無数の大矢、砲弾。

歩兵の全てが大楯を備える、防衛戦に特化した近衛兵の兵装。

かつて、ドンドルマをゴグマジオスが襲撃した当時と光景が似る。

神を叩き切る宣戦布告は、人類とマガイマガドの全面戦争、その皮切りであった。

 

「これより、全ての兵器の使用を許可します。

標的はマガイマガド、生死は問いません。

狩猟してください」

 

防御のための装備に、視界を制限しない火力の遠距離攻撃。

犠牲者を出さず、徹底的に削るつもりだ。

怨虎竜が吠える。

 

〜アプトノスに引かれる車

 

到着の直前。既に戦火がみえる。

冬季でもないのに、短い間に空模様が変わり、そして元に戻ったことが何を意味するのか、それは搭乗者全員がよく分かっていた。

それでも、一度受注したクエストが破棄されることはない。ついに魔王として顕現したマガイマガド、イヴェルカーナに次ぐ挑戦者がその現場へと飛び込む。

アプトノスに跨る老齢のアイルーが、車の中にいる狩人に話しかけた。

 

「こうやって君を運びはじめてからもう何年も経つが、狩人を初めてこれだけの短期間で古龍の討伐に赴くとは異例の早さだ」

 

「皆、それを望んでいるからね」

 

「武器は変えなくていいのか?

ガンハンマーだと色々不便だろう。君が必要とするなら、我々はいつでも独自に開発した高性能の武器を支給する」

 

「私は好きな武器で戦いたい」

 

ガンハンマーの手入れをしながら、ハンターノートのモンスターリストに記されたマガイマガドの情報を読んだ。

 

「相手は古龍を上回る脅威だ。命の保障はしかねる」

 

「この職業を選んだ時から、命を保障してもらったことは一度もないよ」

 

「人々は君を過信しているが、このクエストは本来君が受注できる難易度ではない。

正直なところ、君は撤退するべきだと思っている。古龍を超えた大型モンスターの狩猟など、誰も成し遂げたことがない。

ここで逃げても、誰も君を責めやしないよ」

 

「勝ちたいんじゃなくて、狩りたいんだよ。

負けることも死ぬことも怖いけどね」

 

「怖いか?」

 

「もし勝ったとしても、その先にこれまで通りの生活があるとは限らない。

体が動かなくなるかもしれないし、腕や足を斬られる覚悟もある」

 

「.....我々ギルドが赤衣の男と呼ぶ存在。彼が君のことをいつも気にかけていてね。

長い間、君を近くで見守ってきた私は、君がその後を追ってしまいそうで怖いんだよ」

 

「.....正直、モンスターに殺されることへの恐怖はないよ。でも、負けてもいいとは思ってない。私は相打ちでも勝つよ」

 

車から降りる。到着を待っていた2人のガーディアンが戦地に向かうハンターに辞儀をする。

 

「この先に待ち受けるのは、前人未到。

神々を超えた武の世界だ。幸運を祈る」

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