囚われのバゼルギウス   作:貝細工

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9話 龍天災禍怒草紙 雷電の章

巫女に選ばれた竜人は、共鳴によって祖龍と交信するための装置にされてしまう。

共鳴が発生する可能性を少しでも高めるために巫女には竜人の中でも情動的共感性が高い少女が選ばれることが多い。

祖龍から送られる僅かな信号も見逃さないために、次の巫女が決まるまで常に監視付きの牢に閉じ込められる。

 

巫女に選ばれた時点で、村のしきたりによって夢を諦めることを強制される。

村長の家に連れて行かれた少女は、ハンター稼業を辞めなければいけない。

少女がモンスターの爪や牙から離れたことに安堵する気持ちもあったが、少女が自由を奪われることが許せなかった。

 

夜。粗い記憶。口喧しく鳴り響く善意。

泥のついた足のせわしい動き。焦げる匂い。

呼吸は一定のリズムを保ち、事件の全容に脳が追いつかず、冷静を保ったまま煙を眺める。

 

「これで十件目だぞ。まだ手掛かりは掴めないのか!」

 

「こっちは駄目だ。焼け爛れてボロボロで、身元の確認が出来ない」

 

瓦礫の隙間から、汗を垂らして動き回っていた一人の男と目が合う。男は悔しそうに歯軋りをすると、居ても立っても居られない様子でこちらに駆け寄り、鬱血した体を縛り付ける瓦礫を剥がして放り捨てた。

 

「この子、まだ息があるぞ!誰か!救助を手伝ってくれ!」

 

ようやく思い出す。はじめてサイレンが間に合わなかったその日のこと。見たことのない飛竜が村の上空を通過して、何かを落とした。それからたった数秒で村は焼け野原になった。

数人の男が慌てて駆け寄ってきた。

 

「坊主、辛抱しろよ。今助けてやるからな」

 

男は薄らと涙を浮かべて、必死に瓦礫をどかした。感謝の言葉を伝えようとしたが、うまく声が出せない。

 

「旦那!こっちですニャ!」

 

アイルーが運んできた担架に乗せられて運ばれた先は、救護のための道具が揃えられた小さなテントだった。男は俺を運ぶアイルーに向かって力強く頷き、悔しそうに空を見上げた。

黒煙が雲にも届きそうなほど高く登っていた。

土は焼けていて、シートを被せられた死体が放置されている。

男は、絞り出すように言葉を吐いた。

 

「俺はお前を許さない」

 

 

入眠。消え入るように、不満が体中に回る。

息が詰まりそうなほど狭かった世界は、あの日ようやく動き出した。

ただ後悔に咽ぶ運命が壊され、鎖に繋がれていた不安が翼を得て、そしてもう一度――

 

君に会えた。

 

その日、爆弾が落ちた。

階段を駆け上るような疲労と期待。

決められた道を進めば君と交わることはない。

どうせ終わりは来るだろう、それでも誰かを愛する勇気をくれた。

 

あの日の会話が原動力だった。

 

忘れていた目的を思い出す。紺碧の空、銀色の太陽、黄金の月、ただサイクルを美しいと眺めて星に手が届かない人生がぶっ壊された。

足は風を生んで動く。産土の柔らかさに嫌気がさした。もっと確かな足音を聞きたかった。

体が進んでいることを確かめたかった。

眺めるだけでもこの世界は美しい。人間よりよっぽど無垢で、玲瓏だ。

人里を焼き払い、体を高潮させて飛び去るあの恐ろしい飛竜でさえ、憎たらしいほど美しかった。だってこの世界が、君を生み出したから。

 

「相棒は、どうして新大陸に?」

 

モンスター級の実力を誇るハンターこそがモンスターハンターだとすれば、その力は何のために揮われるのか。

超人的な力で戦う狩人たちが、皆同じように大義を持っているといえるのか。

 

「好きなモンスター、だったんでしょ?

だから、負けることなんて知りたくなかった」

 

「ねえ、そうなんでしょ?」

 

 

「そのずっと前から」

 

「苦しいよ」

 

しなびた服の胸のあたりを掴んでくしゃりと握り、ゆっくりと手を開く。

 

雑踏。流れる足、ゆっくりと視線を上げる。

記憶の砂嵐、ぼんやりと灯る。確かに見た。

およすく憂う表情の、赤い星。

白い光に包まれて、君が僕を置いて去っていったように。信頼だけを残して、輝きを放つ。

 

「どうして」

 

「なんでこんな時に、まっすぐ笑えるんだよ」

 

「幽世線を越えるっていうのに、恋しくなっちゃうじゃないか」

 

夢うつつ、居眠りの記憶が途切れる中で、確かにそう聞こえた。

立ちこめる怒りを、静かな決意に浸した。

微かな笑みを浮かべて。

 

バゼルギウスが無敵の存在じゃないことは分かっていた。生き物には必ず終わりが来る。

バゼルギウスが負けたから、この物語ももう終わりだ。小さな手足で足掻いた少年と少女が、現実と折り合いをつけて終わろうとする。

人生はうまく行かないものだ。新緑が決意を包み込み、思い出の中で直立する。

心の弱さと悔しさで気が触れそうだった。

 

木立の間に立って、目一杯そよ風を飲み込んだ君は、微笑みながら振り返る。

 

「でも、楽しかったよね」

 

赤い電撃に空っぽの胸が貫かれた。

作り笑顔で頷き、涙で視界が歪み、置いて行かれた僕のただの妄想だったと気づいた。

無理に押し上げた口角が下がり、涙を掬い上げるように空を見上げて声を絞り出す。

 

「でも、もう少しだけ夢を見せておくれ」

 

銀色の鱗が直射日光を反射して、ギラギラと眩い光で応答した。空はもう、青くない。

 

漣が鳴る。マボロシモルフォの鱗粉が、昼間の森丘で金色に煌めいていた。

 

ねえ。たわごと言っていい?

あたし時々思うのヨ。

古龍って本当は存在しないんじゃないか、って。

あれは圧倒的過ぎる現象で、理解しようにも理解しきれない奇妙なエネルギー塊で、あたしたちを始めとする あらゆる生物の脳は、この現象を処理しきれない。

とりあえず、理解できる範囲で処理した結果、

古龍という「形」として幻を見せているのだ、って。脳って、無いものを有ると簡単に錯覚するから。結構いい加減なのよネ。

 

〜新大陸調査団三期団の期団長の発言より引用〜

 

 

 

「アンタ、いや、貴方は......?」

 

「ミラルーツ?」

 

自然に対する憧憬。セルタスシリーズの装着により、身も心も兵器と成り果てた狩人の中に最後に残っていたハンターの初期衝動。

言葉はなくても心で繋がり、心の底から湧き出た強力な共感と同調が、遠く離れた地に眠る祖龍に僅かな時間を与えた。

他の古龍とは反応が違っている。ぼんやりと赤い光を放ち、放電現象のように刺激的な感覚がランサーとマガイマガドに伝わっていた。

狩場に沈黙を生み出す異様な光景は、ミラルーツの沈黙に始まり、微量の雷属性エネルギーを発生させて沈黙のまま終わりを迎えた。

共鳴。それは他者への強い共感と同調を稀に発動する竜人族の特性。太古の記録では、その期限は祖龍にあるという。

幻獣キリンは体内にライトクリスタルやピュアクリスタルを持ち、水晶振動子の応用によって神経を伝う電気信号を操作する。

クリスタルの代わりに眼球の水晶体を使用して、振動を一定の幅を持った電気信号の矩形波に変換することで脳内に情報が流れ込む。泡沫夢幻の共鳴。

 

パオウルムーの超音波やゴア・マガラの鱗粉が周囲の地形の確認に使われるように、神経を流れる雷属性エネルギーによって通信することで情報を取得、伝達する。

その仕組みは、屍套龍ヴァルハザクや滅星竜エストレリアン希少種が眷属に指令を送る仕組みと似ている。

 

「ありがとう、ミラルーツ。あいつ、そんなに囚われてたんだ」

 

対するは無敵。神々に見放された大社跡から、生存競争の激しい溶岩洞にまで君臨し、無数の武勲をたてる不死身の禍威。

最新鋭の武器の性能は十分。この戦場には背中を預ける仲間も居る。

全身全霊をかけた狩猟の第二ラウンド。

生き残りを賭けた狩りは、静かに始まった。 

綴じる物語に手向けの花を送るためだ。

優しさの中で吠え続けた一人の男の物語を、これ以上惨めに終わらせたくない。

 

《じゃあ、私もイビルジョーより強いハンターになったら君の事を守ってあげるよ》

 

《だから》

 

ブラストダッシュによる加速。ガンランスと同時期に設計され、技術の共有が行われたガンハンマーだからこそ到達した初速。

怨虎竜マガイマガド、二度のブラストダッシュを見てその仕組みを理解し、ブンブジナ狩猟の経験を以て、これを躱す。

 

動きを見切られた。次はカウンターが来る。

 

着地と同時に体を捻りながら前方に跳躍、胴体の回転によって跳躍は側転へと派生し、着地の隙を狙った攻撃を回避する。

マガイマガドの動きを模倣して編み出した獣のような身のこなしだ。

ビタンと音を立てて足が床を叩き、背中を丸めて少し屈んだ姿勢で狂気と対座する。

 

「納得いかねえよ」

 

「お前が縄張りを拡大する理由は家族を守るためだろ。角が折れて雌に見捨てられたお前の殺戮の目的はなんだ?」

 

「死体が散乱している」

 

まだ温かい、名前も知らない勇士たちの亡骸。

それぞれが決意をもって戦いに臨み、禍威の強力な攻撃に敗れて命を落とした。

 

「食べるのか」

 

「食べないのか」

 

「はっきりしろよ」

 

「八つ当たりでみんなを殺したのか?」

 

音より速く人体の頭部に到達した物質は、腕刃。言語道断、殺意による問答の強制終了。

狩場において、知能の高い獣人種を除き、異種族間での会話は成立しない。

 

無意味な鳴き声だ。

 

回転するリボルバーから放たれた散弾。腕刃が空気を裂くより疾く、奇跡的な反射神経によるダッキングで回避すると、顔面目掛けてカラの実の弾幕が飛ぶ。

 

ギルドのマニュアルによると、居住地に警報が発令される危険度は五つ星に指定されている。

飛竜の王者、火竜リオレウスの出現に比肩する脅威である。五つ星は、人類が通常の避難勧告で対処することができるギリギリの区域だ。

蒼火竜や黒角竜の襲来など、六つ星に指定される異変の発生では、死者を出さずに対処することは不可能とされている。

マガイマガドの危険度は六つ星に指定されているが、これはギルドの被害認定が遅れる極東にしか生息していなかったことを意味する。

かつて、固有の狩猟技術と優れた製鉄技術によって栄えた禍群を半壊に追い込んだ実績はギルドの危険度では「7つ星」。

これは、都市を根刮ぎ破壊する大規模な自然災害や、古龍種の襲来に匹敵する。

危険度7に指定されるモンスターが現れた場合、管轄のギルドにはハンターの派遣は指示されず、出没が予想される区域の閉鎖と怪我人の救出が優先される。

 

古龍種が降臨した場合、一帯に大量の地脈エネルギーが充満して、共鳴能力を持つ竜人族が何かしらの反応を示すことが多い。

古龍から身を守る避難所を建設する技術のない村落では、エネルギーを感知する能力に長けた巫女による交信によって早期の避難を目指すこともある。

しかし、古龍種ではないバゼルギウスやマガイマガドは強大な力に反して巫女の反応が弱く、襲来に気付けずに村落の壊滅に追い込まれることもある。

彼らは、ギルドから討伐可能な狩猟対象との扱いを受けていない。

気まぐれに発生して罪のない多くの命を奪い去る自然災害と同一視される。

 

捕獲や討伐を目的とする作戦が敢行されることは稀である。表向きは討伐作戦の形をとっているが、真の目的は世界中に分散した戦力の集合と住民の避難までの時間稼ぎだ。

調査が遅れたことで偶然指定された六という危険度にあやかった人の道を外れたクエスト。

参戦したハンターの命は保証されていない。

 

「どうして私たちが、モンスターの力に怯えないといけないんだよ」

 

単独行動で歪んだ世界への復讐を成し遂げられる実力を備えた規格外のモンスターに対して、人類が総数を保つことのできる唯一の手段だ。

 

「次はお前が私を恐れる番だ」

 

ハンマーを振りかぶり、クラッチクローで頭殻を掴んでブラストダッシュで離脱。

背中を向けて着地した後、背後の確認と同時に鎚を振り回す。クリーンヒット。

しかし、効いていない。押し潰す右腕、斬りつける左腕刃、突き殺す槍刃尾。

流れるような三連撃を全て直前で回避したところに、展開した牙で食らいつく。

伸び切った喉を目掛けてスタンガンランスが伸びて突き刺さり、電流を流す。

 

「次は!」

 

反撃を防ぐために向けられた盾を羽虫を祓うかのように引きちぎり、二つの人影を視界から消すべく鋭利な刃のついた尾で薙ぎ払う。

 

空振り。武器を捨て、背中を向けて逃げたのはランス使い。闘志を保ち、ガンハンマーの引き金を引いた方を仕留めれば戦いが終わる。車輪が擦れる音を角笛の太い音色が掻き消す。

フルフルの生白い皮で出来たフードが目線を隠し、目的が読めない。

銃口が顔に向いていたため、腕で顔を覆い隠して銃撃を防ぐ。

 

銃声で聴覚が少し麻痺して、鼻腔に火薬の臭いが広がる。感覚器官を触覚に限定された。しかし、予測していた追撃が来ない。

攻撃の予兆はブラフ。広範囲を斬りつけるために頭部の位置に合わせて一閃しても、そこにハンターの姿はなかった。

この短い時間で、ガスの噴出を利用した高速の斬撃の射程外に逃れることはできないはず。

警戒心の隙間に動揺が入り込む。

 

足元。

 

シビレ罠だ。

 

高い機動力で動き回り、二人がかりで攻撃出来るという強烈なイメージを与えることでマガイマガドに攻撃の後隙を警戒させ、攻防の間隔を短縮。矢継ぎ早に攻守が入れ替わる攻防の中で、ランス使いを撤退させることで決着を急がせつつガンハンマーの特性を活かしてハンターの居場所が分からない状況を作り出す。

場所が定まらない相手を攻撃するために横向きの一閃が繰り出されることを見抜いて頭部の高さが変わる行動を選択。

死角から放たれる高速の斬撃を模倣した反撃。

圧倒的な力を持つモンスターに対して、捨て身で食い下がる執念からうまれた変幻自在の狩猟スタイルは戦闘の中で進化を続ける。

戦いが白熱し、怨虎竜が隠していた力を解放するほど複雑化する敵味方の行動を学習して隙が無くなるのだ。

 

展開すれば即座に対象の動きを止めるシビレ罠は、動きが素早い牙竜種のマガイマガドに対して有効な罠だ。

クロガネノミコトが宿ったかのような激しいハンマー捌きで刀殻を殴り続ける。

死屍累々の戦闘街に、無情な鬼神が顕現する。

 

シビレ罠の高速を膂力で破り、紫色のガスを飛ばしながら大きく退いたマガイマガド。

かつてブンブジナを狩猟した経験からブラストダッシュに対応したように、戦闘に特化した脳で荒れ狂う鬼神を止める手立てを構想する。

隣国の領土を滅浄した気高き吸血鬼(メル・ゼナ)か。

人の身に鬼蛙の如き力を宿した伝説の竜人(ゴコク)か。

体が痺れるような闘気と、気骨すら打ち砕くほどの凶悪な打撃。

記憶から呼び起こされたのは、羅刹天。

金獅子ラージャン。

 

絶大な力を誇る金獅子の中でも激昂した個体は、拳から放出した電流を地面に走らせて広範囲を破壊する。体内を迸るエネルギーが、意思を持って地中を掘り進むような《イメージ》。

体内に溢れる膨大なガスの排気を一点に集中させ、古龍すら断ち切る斬撃を完成させる。

現実と虚構は表裏一体。雄として死を迎えた時に復讐を誓った、神を討つための刃。強さの象徴である鬼神すらも怨情が破壊する。

 

禍根極まりて。

 

『鬼怨斬』

 

超古龍級生物、怨嗟響めくマガイマガドに肉薄する力を持っていながら、あまりの強さにその身体の形を変えるほどの怪我を負っていない。

外殻の変形を経験していない肉体に強さだけが凝縮され、その業は結晶として晩成する。

途中、出逢った数々の強敵。金獅子、恐暴竜、そして天廻龍。

移り変わる最強の脅威に幾度となく刃向かい、善戦し、そして敗北する度に増えていったのは怨虎竜という種の限界に対する失望。

それでも生物として、子を成すことさえ出来れば強さなど要らないという強い希望。

 

繁殖の機会を失ったことで逃げ場を失った二つの感情が衝突し、絶望は怨みとして開花した。

生物としての役割を失い、仲間や命を守る必要が無くなった肉体は自ずと強さを求める。

そして大社跡にバゼルギウスが侵入した時、怨虎竜のリミッターが外れた。

その武力は天下無双。

気高き非道(バゼルギウス)立花の貴人(イヴェルカーナ)を失脚させても衰えることを知らない怨みの炎は、殺して喰らい続けた犠牲者たちの叫びを殺戮によって代弁する。

 

「戦力に取り込んだかつての強敵たちの力が、禍群の魔王にも届くことの証明。

命を奪う狩人として、決して負けられない。」

 

マガイマガドだって同じだ。

数々の戦いの中で打ち滅ぼしてきた同種。

草食種、貪食な青熊獣から巨大な泥翁竜まで。

大社跡の生態系を統べる覇者として、思いがけなくも頂上決戦に臨んでいるのだ。

 

断裂。

 

目を丸くして烈風と共に浴びる絶望。

近衛隊機械鎚【撃鉄】。

希少なメランジェ鉱石とエルトライト鋼で作られた工房の最高傑作が、絶対者のエネルギーの前に散る。人体のような柔な物体では、触れただけで塵になる威力。声も出ないほどの恐怖。

 

「負けた...のか...」

 

ハンターにとって武器が破壊されることは、狩猟の失敗を意味する。

再び前を向くと、狩猟の対象だったマガイマガドは捕食者になっていた。

食うか食われるか、人間とモンスターの生存を賭けた大勝負。もし人間が負ければ、怪物に食い殺されるだけだ。

古龍級生物。マガイマガドの脅威に対するギルドマスターの評価には偽りはなかった。

 

「丸腰の人間とモンスター、セルタスシリーズを装着していない私は徒手空拳ではモンスターに勝てない」

 

マガイマガドとの激しい戦闘で、体が限界を迎えていた。

 

「楽しかったけど、ここまでか.....」

 

両手を広げて運命を受け入れたその時、赤黒い雷光が影を伸ばした。

死の間際に滑り込んだ希望に、思わず歯を見せて笑った。戦いに負けて、賭けに勝った。

 

「間に合った.....!」

 

赤い光が射す砲身から放たれたのは、禍々しく渦巻く龍殺しの力。

太古の昔、栄華を極めたシュレイド王国の兵器をも大きく上回る超兵器は、昼間の狩場に、宵の恒星を出現させた。

 

『巨竜砲』

 

高密度滅龍炭。一つ製造するだけでも数日はかかる人類最強の対古龍用決戦兵器だ。

 

真っ赤に赤熱化した鋼鉄の砲身は溶け出しそうなほど熱い。

空中に出現した強大なエネルギー塊は一瞬にして落下。勝利を確信して今にも獲物に襲い掛かろうとしていた怨虎竜を巻き込んで龍属性の大爆発を起こした。

耳を塞ぎ、目を瞑むほどの衝撃。

これが巨戟龍を粉砕した悪魔の技術。防衛用としてさえ危険極まりない過剰な戦力に、政府が運命の戦争(ミラボレアス)の準備をしているとまことしやかに囁かれているのも納得だ。

 

「どうだ.....思い知ったかよ.....」

 

安堵で緊張が決壊し、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。

 

 

砲撃の効果を確かめるために高台から降りて狩場に向かうと、目の前で少女が倒れた。

祖龍を降ろす力があるという凄腕のハンターで人類の希望だ。

 

体はまだ動く。傷はひとつもない。ハンターとして何もしていない。

目の前にいるのは、伝説的な英雄による討伐報告しか残っていない二頭のモンスター。

いくら巨龍砲で弱らせたといっても、どんな手段を使っても勝ち目がない。

 

どうやってここから逃げ出すか。一瞬だけそんなことを考えた。恩を返したかった兄貴分は既に死に絶えた。

殺されたのだ。自分なんかが残って何をしても犬死にするだけだ。

古龍級生物(こいつら)は生物としての格が違う。そんなことは分かっていた。心臓の鼓動が聞こえる。

 

「くそったれ......」

 

震える指でランスを拾いあげて、槍に電流を流した。

死がすぐそこに迫っている。

ハンターになることを決意したのは、十年前。故郷の村は村にハンターを雇っていなかったため、ゲリョスの襲撃で壊滅した。

それからずっと恐怖として付き纏ったのは、モンスターの圧倒的な力で自分の家が崩されていく光景ではなく自分がゲリョスに立ち向かっていれば救えたかもしれない村の老人や子どもたちの姿だった。

 

「なんで」

 

 

 

「なんでこれでも、足が前に進むんだ.....!」

 

自分の装備に問いかける。難しく、楽しかった時代を振り向いて、涙を堪えて前を向く。

ああ、そうだ。死んでいった仲間も、みんなそうだ。俺たちは、敵に背を向けて逃げ続けるためにハンターになったわけじゃない。

俺は、非力だった。モンスターに故郷を奪われ、仲間を奪われ、遂には尊敬していた兄貴分まで殺されてしまった。

誰も守れない俺を、俺自身が認めてやることが出来なかった。

 

俺がハンターになった理由。

弱いのにハンターでありつづける理由。

 

「強くなりたいから?」違う。

 

「お金がほしいから?」違う。

 

「皆に認めてほしいから?」違う。

 

 

「目の前の人を、自分の手で守りたいから...」

 

俺はハンターには向かなかったから。

 

アンセスが殺されること、それがきっと人類にとって最悪の未来だ。

共鳴が終わった龍人族がいつ目覚めるかなど分からない。それでも、目覚めるまで誰かが守らなければ、みんなあいつらに殺されてしまう。

勝ち目がなくても、命を賭けて守り抜く。

皆なら、きっとそうしたはずだ。

 

呼吸が乱れたまま、角笛を吹いた。

 

「来いよ。石ころがお前達を跪かせてやる」

 

気合を入れて、微かに希望が見えたと思った矢先、体が空中に打ち上げられていた。

どうやら、死角からマガイマガドに斬りつけられたようだ。

当然だ。戦うことはできなかった。

意識が薄れていく最中に、アンセスが目を覚ましているのがみえた。

一瞬の隙しか作れなかったが、これで十分だ。

 

 

「命は繋いだぞ!」

 

 

狂走薬を口に流し込んで我に帰る。

意識が戻ってから訪れた刹那の静寂を、名前も知らない狩人の叫び声が吹っ飛ばした。

彼は空中でマガイマガドに丸呑みにされて、返事をする時間もなく息絶えた。

ギルドの傑作、セルタスシリーズを倒したマガイマガドに下位のハンターが挑んだのだ。

私に繋ぐために。

マガイマガドは全身からガスを噴射して紫色に燃え上がっている。

武器は既に砕けて、体も限界だ。それでも命を賭けて無謀な戦いに挑んだハンター達の勇気を無駄にしてはいけない。

 

「何か...何か戦えるもの...」

 

音爆弾。効果がない。

毒投げナイフ。仕留めきれない。

大タル爆弾G。仕留めきれない。

青く光る石...この石はあいつから受け取ったもの。こんな時にこれまでみたことがないほど強く、青い光を放っている。

 

「君を信じてる」

 

「そうだ。私は信じてる」

 

私を残酷な運命から助け出そうとしてくれた一人の勇敢な少年を思い描いた。

あの体が弱い小さな少年だけは、ミラルーツではなく私だけを見てくれていた。

今もずっとそれが嬉しかった。

 

「武器、借りるよ!」

 

転がっていたスタンガンランスを手にとって顔を上げると、信じられない光景が待っていた。

 

全身の孔から赤紫色の光を放ち、周囲を明るく照らす端麗な終焉。

キラキラと魂魄を散りばめる不死の餓竜。

祟りの紅桜、二極に龍を帯びる東の虎。

 

悪逆無道。

 

怨虎竜マガイマガドは、鬼火臨界状態へと変貌を遂げた。

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