組織抜けたい   作:比翼連理

1 / 11
第1話

 これから仕事をするにあたって、バーボンは新たに組織の幹部となりコードネームを与えられた男の事を調べていた。

 本名不詳。幹部になったばかりではあるけれど、だからといってそれまで下っ端だったわけではない。生まれた時から組織にいたため、そのあたりの情報は隠されていた。

 年齢も同じく不明だが、かなり若い。下手をすればまだ十代。

 

 能力は極めて高い。そもそも彼の両親が組織の幹部であり、母親の方は、所謂教育係のような役割を持っていたらしく、彼の組織の人間としての教育は生まれた瞬間から始まっていた。

 高い語学力、交渉術、人心掌握術、老若男女様々な声を出せる特技など、対人関係に関するスキル。狙撃はもちろん近距離戦での対応、単純な重火器の扱いから爆弾の製造まで、戦闘スキルも秀で。ハッキングから暗殺、研究から爆破まで何でもできる。

 彼の「設計」コンセプトはオールラウンダーらしい。

 

 

「……っ」

 

 設計という言葉は、バーボンが手に入れた組織内の資料に記されていた、彼の母親のもの。我が子をただの物としか見ていない。

 彼はこれまでに多くの犯罪を犯してきた。

 ただ、生まれた時からそうなるように望まれて、そうする以外の選択肢を持たなかったことも事実。情報を集めれば集めるほど、卑劣な犯罪者というよりは、憐れな被害者としか思えなくなる。

 いつか彼も救い出したい。それには彼の持つ、狂信的な組織への忠誠心をどうにかする必要があるが――

 

 

「…………」

 

 思わず覗かせかけた、降谷零の顔をそっと薄い布で覆い、バーボンとしての自分を表面に出しつつ、その両方の視点で持って、次の仕事のことを考える。

 憐れな被害者、そう思えば守るべき国民。ただ、そんな同情の念をもって、油断していい相手でもいない。

 万が一にでも公安とバレれば……

 

 

 バーボンは、彼――ウェルシュについて集めた資料を頭の中に叩き込み、残りはすべてシュレッダーにかけたうえで焼却した。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ライは、以前ともに仕事をこなした男の事を思い浮かべていた。

 冷徹な殺し屋。そう聞いていたが、それ以外の側面を見せたあの瞬間のことが、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

 裏切り者の始末という、ありがちで、けれど潜入捜査官としては抵抗を覚える仕事。幸いだったのは、捜査官――組織に対してのスパイを始末するのではなく、組織の情報を持ち出し抜けようとした下っ端の始末だったことか。

 

 生まれた時からの組織の人間。

 組織の恐ろしさを知っている人間としては、可哀想だと思いつつも、根底から組織の純黒に染まっているのだと考えれば空恐ろしいとも思う。最初に彼が殺しを行ったのは十の時らしい。暗殺者を育てるにあたって、一番邪魔をするのが倫理観。人を殺してはいけないという当たり前の常識が、人殺しを生み出す時には当然邪魔なのだ。

 しかし、最初から組織に歯向かうものを殺していいのだと教育していた場合はどうだろうか。

 

 両親が組織の人間だった彼は、生まれたその瞬間から組織への忠誠心と組織のための能力を育て上げられてしまった。

 

 

 

 彼に対して、当初は警戒の方が強かった。

 

 あっさりと標的のいるマンションの部屋の鍵をピッキングし、正面から銃弾を避け、制圧し、毒を注射した。

 

「なぜ毒物を使う?」

 

 すぐに死なずにもがき苦しむ様を見て、思わずライは尋ねると。

 

「え? だって、銃とかナイフで殺したら血が出て汚れるし……後片付けの人も、次この部屋に住む人も嫌じゃない?」

 

 的外れな回答のようにも感じた。目の前でもがき苦しむ人間を冷めた目で見つつも、どこか一般的な感性を有した気遣いをする。

 

 極めつけには、彼がコンピュータを確認した時、標的の今後の予定を確認した時に零した、

「海なんて、行ったことないな」

 とどこか寂しそうに言った言葉。

 

 同情したわけではないはずだが、あの時の事が忘れられずにいる。

 

 

 彼の能力は恐ろしい。情報収集能力や洞察力も高く、いつ正体がバレるか分かったものではない。

 それでも、彼もまた被害者なのだ。

 生まれたその瞬間から、組織のために生きるように強いられてしまった人間。

 

「せめて彼が望めばな……」

 

 FBIならどうにか組織から逃がすことだってできる。証人保護プログラムもあるし、そもそも彼なら独力でも組織の追っ手を躱すことだって出来るだろう。

 

「植えこまれた忠誠心か……厄介だな」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 早く組織抜けたい。

 

 俺がその考えを持つようになったのは、初めて人を殺した十歳の時。

 俺の両親は良くも悪くも? 教育に熱心な人間だった。もはや狂信者と呼ぶべきなくらいに組織への忠誠心が強かったが、あの教育は得難いものだったと今では思う。

 

 

 犯罪を犯すこと前提のコンピュータプログラミング。爆弾を作る知識と、それを持っていても不自然に思われないように、単純に化学関係の知識は網羅的に。対人スキルと、教養人に付いて行けるように大量の知識。普通の人間では簡単には手に入れられない知識や、それを効率的に学ぶ環境が用意されていた。

 

 流石に倫理道徳と常識、哲学などは、バイアスが掛かっていたせいで、おかしなことばかり教え込まれたが。

 

 

 子供の時に教えられた常識と道徳というものは、案外抜け落ちない。

 両親の設計思想が完璧ならば、単なる殺人マシンを作ることも、組織に忠誠な研究マシンを作ることも出来ただろうが、オールラウンダーを目指してしまった。これは設計思想からして間違いだ。

 

 教養を身に着けさせるために、文学を読ませすぎだ。

 ここには一般常識が詰まっている。

 両親から相反する思想を同時に教え込まれる感覚は、今でも覚えている。強い混乱と恐怖。世間に浸透する常識と、それこそがおそらくは正しいのだと理解しつつも、愛する両親からは真逆のことを教わるストレス。

 俺も両親も優秀だったからだろう。俺は両親の教育が間違っていることに気付ける程度に賢く、両親は俺から愛されるように計算して行動して成功し。矛盾はとにかくストレスだった。

 それが爆発したのは初めて人を殺した時。人を殺したその瞬間、人を刺した感触に特に何も感じなかった。ただ、後始末の時に、テレビの番組表で、録画している番組を見た時。新聞の番組表で、その番組に印をつけているのを見かけた時。とたんに、恐ろしい事をしたのだと実感した。そこで漸く、人を殺すことの非道さを実感した。

 

 

 他にもいろいろと理由はあるけれど、まあ、とにかく、そもそも普通の感覚で考えれば、犯罪組織から抜けたいと思うのが普通だろう。

 だから抜けたい。

 

 

「せめて公安とかFBIとかの潜入捜査官がわかればなぁ」

 

 おそらくいるとは思うが、誰かは流石にわからない。数多くいる下っ端の中にいるだろうし、もしかしたらコードネームを持った中にもいるかもしれない。

 俺も晴れて? コードネーム貰えたけど、結構ちょっとしたことでもらえた気がするし。

 

 

 

 次の仕事の資料をざっと読んで覚えて、残りは処分する。

 バーボン、ライ、スコッチ。

 ライは前回仕事したけど、冷徹な目をしてたし、恋人が組織の人間だから入ったって感じだし、俺が抜けたがっていると知ったらあっさり殺してきそう。

 バーボンとかスコッチも、一見優しそうな感じだけど、たまに発言が怖いし。たぶん俺が組織に忠誠心ないって知ったら即行殺される。

 

「……ああ、組織抜けたい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。