組織抜けたい   作:比翼連理

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第10話

「約束通り、ウェルシュの書いた紙の写しを持ってきたけれど……コナン君。どうしても欲しいのかい? これが何かわかっていない以上危険が――」

「ごめん安室さん。どうしても必要なものなんだ」

「……それなら、ほら。一応公安でも調べてみたけど、何らかの毒のデータじゃないかという事だし……気は進まないんだけどね」

 

 

 君には重要な証拠を提出してもらったし、約束もしたから。

 

 

 

 と、仕方なさそうに安室は言った。

 そこには交換条件を出してきたコナンに対するちょっとした非難が含まれているように感じられた。

 

 コナンはそれに苦笑してから。

 

「あ、ノートを渡した時に言いそびれたけど、表紙のシールはボクが貼ったもので……」

「シール? ああ、はがしてみたらウェルシュの署名があったな」

「ウェルシュが表紙を捨てるように言ってたから。たぶん万が一にでもボクがウェルシュの名前の書かれたノートを持っているのを。組織の人間に見られるリスクを考えていったんだろうけど……ちょっと過剰だとも思って。一応シールを貼るだけはしておいたんだけど」

 

「まあ、ウェルシュは石橋をたたいて破壊した後に、やっぱり石橋は危ないなどと得意げに言って、鉄橋を立てるタイプだったから。ここ数年は軽率な言動が増えていたが、判断能力を失っていたのだろう」

 

 そういう安室に、コナンはふとウェルシュの状態を尋ねた。

 

「前にも聞いたけど、ウェルシュはまだ記憶を取り戻してないの?」

「ああ、ここ数日、ピスコ――桝山憲三や、かつて組織に潜入していた公安の仲間とも合わせてみてはいるが、まったくだよ。今日は宮野明美と引き合わせる予定ではあるが」

「あ……そういえば、明美さんとの面会はまだ駄目なの?」

「……ウェルシュ同様、死んだことになっているからね。いくら君でも、同伴者を認めての面会は……」

「そう……」

「まあ、君が宮野明美と会わせたがっているのは、あの子だろう? となると、彼女が――――いや、今はよそう。ともあれ、もうしばらくの辛抱だろう。君はどうせFBIの方からも聞いているかもしれないが」

「もうすぐ、全面捜査が始まるんでしょ?」

「ああ……素直に喜びづらいことに、ウェルシュのおかげでね」

「やっぱり、ウェルシュが流出させた情報っていうのは」

「いや……確かにウェルシュの行動は組織からしても想定外だっただろう。まさか自分の死亡報告が提出された瞬間に、内部データを直接世界中の捜査機関に送り付けるシステムを仕込んでいたなんてね。ただ、一番はピスコの情報だ。彼の自宅からは組織の内部情報が山のように押収できたからね」

 

 組織の規模も明らかになり、そのメンバーも、目的も、今や世界各国の捜査機関が共有している。

 

 このまま一年と待たずに、組織の牙城は崩されるだろう。

 

 とはいえ、コナンも指をくわえてみているだけというのは我慢ならない。

 

「あの、安室さん。ボクをウェルシュに会わせることは出来ない?」

「え?」

「まだ記憶が戻らないんでしょ? ボクはそんなにウェルシュとは関わってないけど、明美さんを救いに行った時に少し会話しているし、ウェルシュにとっても重要なタイミングで会っていると思うんだ」

 

 

 コナンの言葉に、安室はしばらく考え込んだ挙句、

 

「強化アクリル越しになら……」

 

 と渋々答えた。

 

 断られるかもと思っていたが、おそらくこれからいよいよ組織との決戦が始まる前に、ほんのわずかな情報でも手に入る可能性を捨てきれないのだろう。

 

 

「強化アクリルって……記憶は失っているんでしょ?」

「ああ、とはいえ、それが嘘かもしれないからね。それと、分かっているとは思うけど」

「ウェルシュの生存は誰にも言うな、でしょ?」

「ああ。特にFBIはウェルシュを是が非でも自分たちで処理したいらしい」

「処理?」

「…………そうだね、君には今のうちから話しておいた方が良いかもしれない。捕まった幹部の処遇を」

「……」

 

 安室の重々しい声色に、コナンも思わず息をのんだ。

 

「おそらくそのほとんどが難しい裁判になるだろうし、それこそウェルシュなんかは記憶が残っていても裁判すら行われないだろう」

「裁判すら……? どうして」

「組織の全貌が明るみになるにつれて、各国にとって都合の悪い情報が次々に出てきた。政府の高官やある国の首相といった社会的地位の高い人間が所属していた事や、その研究内容と経済力も、とにかく一般人に知られてはならない事ばかりだ。裁判なんて出来るはずがない。何をしゃべられるか分かったものじゃない。逮捕すらできない人間もいるくらいだ」

 

「そんな…………」

「捕まえられない場合は、今度は口止めだ。もしも組織のことをばらそうとしたら、今度は国の方が口止めをすると脅しをかける。現に公安も数名の組織関係者だった政府の高官に、捕まえない代わりに組織について喋れば消すと脅している」

 

「じゃあ、他の幹部も?」

 

「……政府関係者への対応はどこも似たようなものだろうけど、社会的に地位のない幹部に対しての対応は違う。

 公安が……例えば、ジンを押さえたとしようか。その場合は、秘密裏に専用の監獄へと送られる。だが、ウェルシュが記憶を取り戻したとしても、おそらくは解放される。彼自身の出自の特異さと置かれた環境を鑑みて……言ってしまえば情状酌量だ…………寛大すぎるように思うかもしれないけどね。ウェルシュの想定される危険度は他の幹部と比べて極めて小さいし、彼の犯罪の殆どが事件化していない事や、心神耗弱状態にあっただろう事。組織壊滅に必至をかけた点でも、そういう扱いは間違っていないと思っている。

 逆にアメリカの方は、ある程度幹部の身元が割れた時点で、射殺許可を出している。射殺許可とはいっても、元々組織の幹部を殺したところで事件化しないはずだった。日本側もアメリカの行動を黙認することですでに合意していて……要は、奴らは積極的に射殺するつもりだ。特にFBIは……もうずっとウェルシュを殺したくて殺したくて仕方がないらしい。

 

 いいかいコナン君。間違ってもFBIにウェルシュの生存がバレないように気を付けてくれ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「こんにちは」

「あ、えっと……こんにちは」

 

 

 部屋から出すのはリスクだと理解しつつも、降谷からの指示で、風見はウェルシュを面会室へと連れてきた。

 

 ロケットランチャーの直撃にでも耐えられるとの触れ込みの強化アクリル――会話のために穴をあけているため強度はだいぶ損なわれているだろうが――の向こうに、長髪の女性。

 十億円強盗事件の首謀者、宮野明美だ。

 

 彼女はウェルシュを見るなり朗らかな笑みを浮かべたが、対してウェルシュは困った様子だった。

 

 

「えっと……すみません、()は、今……」

「大丈夫よ。聞いてるから。ただ、お礼を言わせてほしいの。今のあなたには分からないかもしれないけど、いつも志保を気にかけてくれて、あの時私の命を、助けてくれて……」

「はあ、えっと、僕があなたを助けたんですか? それなら、良かったです」

 

 背後から観察している風見にもわかるほどに、ウェルシュは大げさに嬉しそうにした。

 内心の不審を隠した風見だったが、宮野の方は不思議そうな顔を浮かべる。ウェルシュは宮野から顔を逸らして、言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

「えっと、たぶんなんですけれど、僕は何か重罪を犯した人間なんですよね。

 記憶がないので、僕の最古の記憶になるんですけれど、目を覚ました時、僕は手錠と革ベルトでベッドに拘束されていました。何度も厳しく取り調べられましたけど、記憶がないと分かった途端に少しだけ待遇が良くなったところから、扱いに悩む……例えば政治犯かとも思いましたが、けれどそれで納得できない程度には特別な扱いをされているみたいで。とんでもない国家機密を偶然知ってしまったという可能性も考えましたが、それならさっさと殺せばいいはずですし、こんな風に他人と自由に話せる機会も与えないでしょう。

 今まで僕が考えた中で一番ありえそうなのが、国民にその存在を明かせないような、テロリスト。それも相当組織内部で地位の高かった、人間。きっと僕は、考えるだけでゾッとするような、犯罪者なんだろうって……だから、僕の記憶を取り戻させて、何かしらの証言をして欲しがっている……」

 

 

 思わずウェルシュから目が離せなくなった風見だったが、ふと視線を感じると、強い困惑を浮かべて宮野がこちらを見ていた。どうしたらいいかと風見に指示を仰いでいるようだった。

 

 風見が何かを言うよりも、ウェルシュが言葉をつづける方が早かった。

 

 

「ですから、今少しだけ、嬉しいんです」

 

 その言葉が本心である証拠に、涙声で喉を震わせて、

 

「あなたは、たぶん悪い人じゃない。僕のように後ろに警察がいないし、僕の予想が正しいのなら巻き込まれてしまった人でしょうか。そんな人が、僕に命を救われたというのなら、前の僕のことも信じられそうだ」

 

 と、これは思わぬ収穫だった。

 

 精神科医の先生曰く、本人が記憶を取り戻すことに抵抗があるほど思い出しにくくなるという。

 この後、ウェルシュと関わりのある少年との面会も控えている中で、良い流れになったと言えるのではないか。

 

 

 

 

 ウェルシュと宮野明美は、その後も、主に幼少期に会った時の話をしていたが、それでウェルシュが記憶を取り戻すことはなかった。

 

 

 風見は、やはり本当にウェルシュの記憶を取り戻してもいいのかと疑問を持ちながらも、次に面会する予定の少年の到着を待った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「灰原!!」

 

 阿笠邸に駆け込んだコナンは、大声で灰原を呼ぶ。

 

「なによ?」

 

 玄関からは見えなかったが、ソファに座っていたらしく、いつも通りのどこか面倒そうな言い方で返事をした。

 コナンは灰原の元へ駆け寄ると、抱えていた紙袋を押し付けるように渡して。

 

「ほらよ!」

 

 不審そうにしていた灰原だったが、紙袋の中から数枚の紙を取り出した。

 

 筆で書かれて、潰れかかった文字は判読困難。特徴的な筆跡がそれに拍車をかけている。

 とはいえ、ある程度慣れれば読めるし、漢字なんかは誤魔化すように潰れていることが多くとも、化学式ははっきりとしていて読みやすい。

 

 コナンが灰原に見て欲しいのは、寧ろそこの部分だった。

 

「…………こ、これって……!」

「やっぱり、あの薬のデータみたいだな」

「こんなのどこで…………しかも、どうして手書き?」

「わりーけど、説明はまた後でな! この後用事があるからよ!」

「あっ! ちょっと、工藤君!?」

 

 

 

 

 

 まるで台風のように去っていったコナンに、けれど流石に慣れているので、灰原哀は誰かが見ているわけでもないのに(正確には聞いている人はいるが)、わざとらしくため息を吐いて、データを改めて見た。

 

 間違いなく、過去に自分が書いたことのあるデータ。書きおぼえがあるし、見せたことがある。

 

 特徴的な筆跡。

 

 どうして筆で書かれているのかまでは分からないけれど。

 

 

 

 心は落ち着いているはずなのに、膝から力が抜けて、その場にペタリと座り込んだ。

 

 

「やっぱり……生きていたのね」

 

 

 

 灰原のその小さなつぶやきは、また別の誰かに、ウェルシュの生存を確信させた。




 ☆9がついに黄色になりました。ありがとうございます。その先の色も見たい(高評価くれ)です。調整平均評価赤バー維持が安心できる数字になりたい(高評価くれ)です。

 この先は真面目な話かっこ笑いです。


 名探偵コナンという作品における黒の組織の謎が、もちろん考察できる要素はちりばめられていますし、筆者もこうじゃないかああじゃないかと日々悩んで楽しんでいますが、やはり現状まったくわからないと言っても過言ではないでしょう。
 この作品では、そのあたりふわっとした感じのまま進めます。登場人物たちは知っている前提で書きますが。




 主人公の行動の結果として。

 灰原(宮野志保)は、ウェルシュと姉の死をきっかけに強く組織に反発し……以下原作通り。

 キール登場前後の頃(キールが事故った話の、暗殺計画とかもなし)は、組織がだいぶ余裕がなくなって、キールもしれっと撤退。CIAとして組織の捜査に参加。


 といったように、原作通りの流れの場所と、変わっている場所もあります。
 キールは出ない予定なのでここで書きましたが、ある程度作中で変更点がわかるようにはしたいですが、無理ならあとがきで書きます。


 今回の場合だと、赤井秀一は死んだふりをしていないです。宮野明美生存を知りませんでしたが、ウェルシュ生存を知って、可能性を感じている段階です。宮野明美が死んだと思っているので、哀ちゃんをせめて守ろうと思ってました。

 追記。思った方向と違う捉え方をさせてしまったためちょっとした余談削除。


 完結まで書いてから毎日投稿するので、忘れて待っていてください。


 20231021 追記。

 期間がだいぶ空いたので。書いてます。のんびりですが。

 20240416 追記。
 結末だけは決まってます……最初から……
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