組織抜けたい 作:比翼連理
「それでぇー、なんかー、やっぱり俺の事都合よく扱いすぎな気がするんだよ。三十八時間ぶっ続けで監視させるとか、そのうえで裏切っていたら殺せとか」
「便利なものは使うでしょうね。あ、何でも屋さん、そこの紙……そうそのデータの書いてあるもの取ってくれるかしら」
久々に暇なので、シェリーの顔を見に来たのだが、このままではここでも都合よく扱われるのではないだろうか。紙きれ一枚渡すくらい大したことではないので素直に渡すが。
「……ふうん? 前より進んだ?」
「見て解かる……のでしょうね、あなたなら」
「や、流石に専門的過ぎて解かるとは言い切れないけど。なんとなくどういうことをやってんのかとか、前よりかはそれに近づいているかはわかるかなぁ。まあ、このまま上手くいくのかはシェリーにもわかってないだろう?」
研究というものは、もちろん目標をもってやるものだが、そこにたどり着くための手段を探すまでの時間が一番長い。今シェリーがやろうとしていること、その手段を用いた研究がいくら進んでいたとしても、それで本当に目的にまで到達できるかはわかったものではない。科学を発達させるのはセレンディピティだともいうし。
シェリーは何か言いたげにこちらを見たが何も言わず、椅子に座ってデータを見ながら。
「……コーヒーを淹れてもらえるかしら」
「えぇ……本当に俺の事都合良い奴だと思ってないか? まあ、殺しよりかはマシかな」
「……あなたでも……」
「……? どうかしたか?」
「いえ、何でもないわ。ああ、砂糖を入れて頂戴ね。頭使うから」
「えーい」
給湯室に向かいながら、内心で反省する。
いくらシェリー相手とは言え気を抜きすぎていた。
組織を安全に抜ける算段が立つまでは、俺の組織への忠誠心を疑われるわけにはいかない。
俺とシェリー、宮野志保との関係は、深いとは言えないが、浅くもない。
お互い組織の関係者の子供として生まれ、年齢も一緒。小さいころから面識もあり、幼馴染と言ってもいいかもしれない。
仲は、別に良くも悪くも。俺としては、人殺しを何とも思っていない組織のほかのメンバーよりかは、一緒にいて楽だとは思うけど。組織への忠誠心が薄いところも、俺としては高評価。
あと、たぶんだけれど将来的には結婚させられそう。
そう言う風に画策している奴がいるというだけの話ではあるけれど、親の研究を引き継いだシェリーの功績から、最悪シェリーでダメならその子供で、という考えがあるらしい。相手として宛がいやすいのが俺。シェリーの性格上、一般人を巻き込む形で恋人を作ることもないだろうし、まあ、本当にそうなるかもしれない。
その前に組織から抜けるつもりだし関係ないが。
本当はシェリーも一緒に逃がしたいところだけれど、リスクが高いし、悪いがそこまでする義理もない。故に、シェリーにも俺は組織に忠誠を誓う、忠実な幹部だと思われていた方がいい。どこでボロが出るかわからないし。
それなのに、うっかり「殺しよりかはマシ」なんて言ってしまったのは……俺自身で思っていた以上に、シェリーに気を許してしまっていたらしい。
「あい、コーヒー……」
「ありがと」
熱心にデータを見比べているシェリーに、ほどほどに休憩取れよと伝えて、なんとなく携帯を取り出すと、図ったようなタイミングでメールが届いた。
仕事、それも殺しの命令だ。
ちらりとこちらをシェリーが見る気配がした。
「仕事?」
「ああ、内部に入り込んだネズミの始末だってさ」
犯罪を嫌う正義の人にとって、俺は当然悪党だ。これまでに人を殺してきた。言い訳をするのならば、殺さなければ俺が始末されるから仕方がないのだけれど、人によっては、殺すくらいなら殺されるべきだと俺を非難するのだろう。
自分が殺されるくらいなら人を殺す。倫理的にはアウトかもしれないけれど、生物的には正しい。
だから、だから、だから。
ああ、めちゃくちゃだ。
最近は殺しをしようとするたびに、どうにか自分を弁護しようとする考えが頭を駆け巡って、それを倫理観が否定して、それでも言い訳を――と、頭が滅茶苦茶になる。
「じゃあ、さっさと駆除してくるか」
一刻も早くこの状態から抜け出したい。と、そこであることに気が付いた。
「……ん?」
「どうかしたの?」
「あ、いや。公安警察を殺せるなんてワクワクするなって」
「……そう」
俺の両親はどっかの警察組織の罠に引っかかって自殺したので、とにかく警察関係者を毛嫌いしているというアピールは大事だ。実際どうにか警察組織とお近づきになりたいのだけれど。
改めて俺の目標をおさらいしよう。
組織から抜ける。これは意外と簡単だ。マジで逃げに徹すれば、たぶん俺なら逃げ切れる。ただ、それでは普通の生活は送れなくなる。贅沢かもしれないが、普通に恋人とか作ってのほほんと過ごしたい。組織に追われながらでは無理だ。
そこで、証人保護プログラムを受ける必要がある。組織を壊滅させた方が安心だが、簡単ではないので、証人保護プログラムを受けるのが一番楽。
公安と取引するとか、おそらくはいるであろうFBIやCIAの捜査官と接触すれば目標に一歩近づけるのだが。
「それって、この任務で達成できるんじゃね?」
高速をバイクで飛ばしながら、俺のテンションは跳ねあがっていた。
先ほど俺に下された任務は、公安警察からの潜入捜査官だと判明したスコッチの抹殺。以前仕事した時から、いい人そうだとは思っていたので、驚きは少なかった。
どうにかスコッチと二人きりの状況を作って、俺の目的を話す。俺の組織への忠誠心は見せかけのものであり、本当は一刻も早く組織から抜け出したいと思っている事、そのためには組織の情報をいくらでも話す事。
マジでワンチャンあるんじゃないだろうか。
本当はFBIかCIAと直接交渉して、安全な護送ルートも俺に口を出させて欲しいから、正直公安は不安ではある。アメリカの方がそういう融通は効きそうだし。
一応俺の最終学歴はイギリスの大学卒業なので、MI6とかいいかもと考えたことはあるが、スパイに捕まればなんとなくあまりいい末路を迎えそうにない。人命やら人権やらを重視してくれるところが有難い。
そう言うわけで、組織を抜けるにあたって潜入捜査官と接触する際、警察機関で尋問の時にも手段を選んでくれそうということで、FBIか公安との接触が理想的だと思っていたのだ。
辺り一帯の電子機器をハッキングして、自作のプログラムに通す。スコッチの顔、歩き方、声。映像か音声に引っかかればすぐに居場所を割り出すことも出来る。
というわけで、スコッチのいる場所がわかり、そのビルにたどり着いたのだが。
「ウェルシュ……お早い到着ですね」
「バーボン……」
何とバーボンが先にいた。
「バーボン、あなたもすでにここにスコッチがいると知っていたのか?」
「ええ、まあ。しかし流石ですね。スコッチが公安からの鼠だと判明したのはつい先ほどの事では?」
「人探しは得意でね。些か強引な手を使ったが」
バーボンがこんなに暢気に話しているということは。
「もしやスコッチはもうバーボンが?」
「いえ、できればそうしたいところなんですが」
いつも通りの朗らかな、組織ではかえって不気味に映る笑みを浮かべているバーボンだが、その眼は俺を鋭く見据えている。
バーボンは出世欲が高い。スコッチとは友人らしかったけれど、ここで確実にスコッチを殺すことで、自らの忠誠心と有用性を組織に示したいのだろう。何としても自分がスコッチを殺してやるという強い気概を感じる。
俺に対するけん制に、だからといって俺もこの機会を失うのは惜しい。
「バーボンにも命令が下っているのか? 高々鼠一匹、俺に命令を出しておけば十分だろうからな……というか、こんな会話をしている間に逃げられたらどうするつもりだ」
独断で行動しても、組織からの評価が高まるとは限らないよと、そういう意味を込めて話したが。
「スコッチは僕の友人でしたし、その辺の気は案外汲んでくれるじゃないですか」
「……」
一瞬、「あーわかるぅー」といいそうになった。なんか変な所で人情を感じるのがこの組織の嫌な所なんだよなぁ。バーボンの独断専行もそういうふうな配慮で、寧ろ評価されるのもあり得るか。
友人の不始末を、自らの手で付けた的な? その冷酷さと組織への忠誠心は有用だとか言われそう。
バーボンがもうスコッチを捕捉しているなんて、最悪だ。
これじゃあスコッチに組織から逃がしてもらえないじゃないか。
☆
不敵に笑いながらもバーボン――降谷零は、激しい焦燥を漏らさないように必死だった。
ウェルシュがすでに
これでは組織から景を逃がせない。
「ひとまず、中に入りませんか。見つけた方が、狩る権利を手に入れるというのはどうでしょうか?」
降谷は、言外に別行動を提案する。
もちろんこれが通るとは思っていない。向こうの立場からすれば、そもそも既にウェルシュは命令を受けた以上狩る権利を持っているわけで、それでなくとも、敵がいると思っている場所での別行動を受け入れはしないだろう。
まずはちょっとした牽制。隙のないウェルシュから景を逃がすのは簡単ではない。少しでも考える時間が欲しく、それを怪しまれては面倒。
とにかくウェルシュから離れるためには――
「いいだろう。それでいこう」
と、降谷の予想に反してウェルシュはあっさりと受け入れた。
「ただし、俺が中に入る。バーボンは近くで隠れて入り口を見張っていろ」
「……なるほど」
判断に悩む提案だ。
上手くウェルシュを躱すことさえできたのならば、出てきた景を逃がすことが出来るはずだ。
だが、ウェルシュが見逃すとは思えないし、もしうまく逃げられたとしてもそのあとは「バーボン」が怪しまれるかもしれない。
出来れば拒否したいところだが。
「あなた一人で? 相手は追い詰められた鼠……いくらあなたとはいえ危険が――」
「あると思うのか? 俺を猫如きと並べるとは、随分と俺を低く見ているんだな、バーボン」
ウェルシュの能力を知っていれば、傲慢とも慢心とも切り捨てられない。
「……いえ、ですが、場合によっては仲間と合流している可能性もあるのでは? 複数相手ともなれば」
「その場合はお前が一緒にいても変わらない可能性が高いだろう。もしもの時はお前が組織に情報を伝える必要がある。心配するな、捕まるくらいならば何人かを道連れに死んでやるさ」
「……なら――」
「バーボン。そこまで功績を上げたいのならば俺の言うことを聞いておけ。問題はない」
ウェルシュは降谷との会話の時間がもったいないと言わんばかりに――実際そう思っていたのだろう――足早にビルの中へと入っていってしまった。
「……クソッ!!」
ここで追いかけて行き、ウェルシュから報告がいけば組織からの降谷への評価が下がるばかりか、ウェルシュから潜入捜査官ではないかと疑われるリスクもある。それでも降谷は、たまらずビルの中へと駆け込んでしまった。
☆
結論から言えば、既にライが到着していて、しかもあの野郎取り逃がしてやがった。
思わずライの胸ぐらをつかんで叫びかけて、そこで何とか冷静になった。
ライさえ邪魔をしなければ、今頃公安警察と接触できた可能性もあるのに。
こうなったらもう意地でもほかの潜入捜査官を見つけてやる。
ちなみにだが、スコッチの居場所を探そうと思えば探せる。
先ほど使った自作のプログラムをもう一度使えばいいのだが、これには広範囲のカメラや電子機器をハッキングする必要があり、足が付くリスクもある。一応たどり着けないように色々対策してはいるけれど、万が一これで捕まれば、組織から抜ける前にサクッと消されるだろう。護送中に狙われれば俺でも死ぬ可能性が高い。
千載一遇のチャンスだったのだが、絶対バーボンもライも許さねぇ。
バーボンとオリ主の決死の二人ひとり相撲。