組織抜けたい   作:比翼連理

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 一応残酷な描写注意です。そこまでではないですが。


第3話

 俺はいまアメリカにいる。

 

 久々に日本国外での仕事だが、マジでスケジュールが終わっている。

 今からアメリカ・ニューヨークで、組織の謎に近づいてきたフリーのジャーナリストの暗殺。

 これを今日の夕方までに終わらせて、ドイツに渡り、ジンと共にスパイであると判明したリースリングの始末。

 

 また、ジャーナリストの殺し方も組織から指定されていて、いかにも暗殺されたのだと分かるように、自宅マンションにいるところを狙撃しろと言われた。見せしめ的な意味があるらしい。

 

 

 反対のビルの屋上に侵入して、ライフルを準備する。まだ昼前で、日が眩しい。

 スコープで標的の部屋を覗き込むが、角度が悪く、太陽光を反射して部屋の中が見えなかった。

 

 場所を移動して再度狙えば、ちょうど日当たりの良いソファで新聞を読んでいた。

 ソファのひじ掛けに接するようにあるテーブルの上には、マグカップになみなみと注がれたコーヒーと、古びたレコードプレイヤー。

 標的の習慣は当然把握している。この時間帯に、窓際でレコードを聴きながらコーヒーを飲みつつ、新聞を読む。これが標的のルーティンだ。

 時折興味のある内容をメモ帳に書留め、特に大事だと思ったものを付箋に書き写し、仕事部屋に貼る。

 コーヒーはキリマンジャロ。付箋は日本のものを取り寄せ、万年筆は新聞記者時代に贈られたドイツ製を長年愛用している。

 この後は、昔馴染みの友人と会う予定があり、その友人は標的の元恋人と結婚したことを打ち明けるつもりでいる。標的はとうの昔にそのことを知っており、素直に祝福するためにレストランの予約もしてある。

 

 

 やけに重いトリガーを引く。

 不思議と標的に着弾するまで、世界からすべての音が消し去られたように感じられる。

 しかし、スコープの中で標的の頭が高所から落ちたザクロみたいに割けた途端、その音が聞こえた気がした。

 頭蓋骨が裂ける音、その瞬間広がった鉛が脳を潰す音、勢いのままに大きな穴をあけて反対側に抜ける瞬間の、水気を帯びた鈍い音。

 幻聴だとはわかっている。そもそも銃弾は殆ど音もたてずに標的の脳を通り抜けて、その後の衝撃で吹き飛んだだけなのだから。

 

 今聞こえたのは、一昨日人を殺した時の音だ。

 そのことに気が付いた途端に、鉄臭さと生臭さを感じた。

 

 

 

 

 

 警察が来る前に、ライフルを現地の組織の人間に渡して、ヨーロッパへ向かう船へと乗り込む。

 俺に割り当てられていた個室に戻り、盗聴器とトラップの有無を確認してから、トイレへ向かい、吐いた。

 

 昨日から何も食べていなかったので、吐こうとする身体の反応があるだけで、実際には胃酸が少し口まで上がって来ただけだった。呼吸が出来なくなり、口内には不快感が広がる。

 

 

「……早く組織抜けたい」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「マジで疲れた。いや、やっぱ俺ジン嫌いだわ」

「それには同意できるけど……組織から好きなタイミングで日本に戻って来いって言われたからといって、シルクロード歩いて帰ってくるなんて……」

「や、ラクダ使ったけど?」

「そういう意味じゃないわよ」

 

 

 

 ドイツについた時、既にジンがリースリングを始末していた。

 

「えぇ、なんで? 俺来た意味ないじゃん……」

「疑わしきは罰する……それが俺の流儀だ」

「あ、そう……」

「なんです? ウェルシュさんよ? あんたがやりたかったのですかい?」

「いや、もう疲れたから帰る」

 

 と、ジンとウォッカとの会話を切り上げて、組織からは「暫く好きにしていいから、その代わり自力で勝手に日本に戻ってね」なんてふざけた指示が来たので、シルクロードを横断してきた。

 

 

 

 

 

 組織に帰ったことを報告しつつ、シェリーに久々に会いに行ったら、まるで幽霊でも見たような顔で驚いていた。どうやら、半年間全く連絡がつかなかったこともあって、組織内で俺が死んだという話が広まっていたらしい。ワンチャンそういう抜け方もあるか? 探されると面倒だし、明らかに死んだと思われる状況づくりが大変だけれど。

 

 警察に捕まりそうになって自死――そう見せかけて保護されるのが理想かもしれないな。考えておこう。

 

 

 警察に保護されることを目指しているわけだが、じゃあ自首したらいいのかというとそういうわけではない。

 

 やはり、裏切った場合は殺されるのは明白なので、捕まった風を演じる必要がある。また、その後奪還されたり、口封じに殺される可能性も減らしておきたい。

 俺の処遇について、例えば拘束する場所、そこへの護送方法など、俺が組織の行動を読んで判断したいわけだ。それで確実に逃げ切れるとは言い切れないが、他人に運命をゆだねる事だけはしたくないし、まあ、とにかく、俺自身に発言力がある状態を作っておきたいのだ。

 

 そのためにも、組織に潜り込んだ捜査官と交渉したかった。

 そんな訳で、潜入捜査官を探していたら、何人か見つけることが出来た。それぞれミスをしていたために判明したので、ちょっとそんな奴らと交渉するのは不安があったが、まあいいだろうということで全員にちょっと話がしたいとメールを送った。

 

 

 そしたら、下っ端の一人が警戒して逃げて、あっさり殺されて、履歴から俺と会う予定だったって知られて、問い詰められて、素直に潜入捜査官だと分かっていたと話して、殺す予定だったと誤魔化して、じゃあ他の奴らも見つけてんのか? となって――――――いや、もうここまで言えばわかるだろうけれど、俺が特定した潜入捜査官は全員殺されて、俺の評価はさらに上がった。

 いや、俺が馬鹿だったけどさ。でも、メール送っただけで逃げるとは思わないじゃん……?

 

 この間のリースリングで粗方消し終えた訳だが、それまでほぼ毎日殺しの仕事ばかりで、マジで疲れた。

 

 

「それより……」

 

 黄昏ていると、シェリーが妙に神妙な声で言った。先ほどまで死んでいたと思われていたらしい俺がやってきたことへの驚きやら、これまで何をしていたのかへのあきれやらで呆けていたが、回復したようだ。

 

「何? お土産ならあるよ? 一応立ち寄った国の民芸品とか――」

「そんなの良いから!」

「……何かあった?」

「あなた、まだ聞いてない? 半年間本当にシルクロード歩いて帰ってただけなの?」

「いや、歩いてって言うか……」

 

 先ほどみたくラクダを使ったけどと惚けられる空気ではなかった。

 

「ごめん、組織との連絡は本当に断ってたから。一応たまに組織の人とは会っていたけど」

 

 会っていたというかは、俺が裏切らないか探りに来たのだろう。大きな都市に入るたびに、決まって声をかけられた。ワンチャンこのまま組織から消えられねぇかなぁ、とか考えてただけにビビったし、やはり上手い抜け方をしなければ危険だと再認識した。ただ、本当に声をかけられただけで、ほとんど話してすらいない。

 どうやら組織に関することで何かがあったらしいが、全く情報は入っていなかった。

 

 

「お姉ちゃんの彼氏……諸星大って言ったかしら、コードネームはライ……」

「ああスコッチを取り逃がした奴か」

 

 ライとはスコッチの一件以来あっていない。スコッチも、しばらく探していたが、やけにバーボンが俺の捜索状況を気にするので、「しょうがない、スコッチはバーボンに譲るよ」とだけ言って諦めた。逃げた捜査官と接触するのは、組織が仲間だと思いこんでいる潜入捜査官とこっそり会うのと違ってリスクが大きいし。

 ライといえばスコッチを逃しやがったやつという認識だが、そこそこ優秀だったはず。何かあったのかと目で続きを促す。

 

「彼、FBIの捜査官だったのよ!」

「!?!?!?」

 

 え? そんなビッグイベントに俺は乗り遅れたのか? ラクダに乗っていたばかりに? いやこんなつまんないこと考えてる暇じゃない。

 

 というか、色々繋がってきた。

 

 スコッチが逃げた時、ライが取り逃がすなんてちょっと意外だとも思ったが、寧ろ逃がしてやったのか。

 

 

「クソッ――ライはスパイだったか……」

「……彼は、もう逃げたそうだけど、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが組織に引き込む形になっていたから……」

 

 シェリーが震える声で言う。

 つまりは、結果として組織にスパイを潜り込ませる手伝いをしてしまった彼女の姉、宮野明美の立場が悪くなっているらしい。

 

「あなたなら……何とかお姉ちゃんを――」

「無理だ」

 

 すがるような声で言うシェリーを、きっぱりと突き放す。

 

「俺の発言力は低い。短期的な方針や、暗殺なんかについては聞いてくれるだろうが、組織のやり方に口を出せるほどじゃない。幹部といっても、生まれつき組織の人間である俺は、彼らにとって道具に等しいんだからな」

 

 何とかすると口だけで言うことは出来たが、それをするほど薄情ではない。

 だからといって、自らの危険を顧みずに明美さんを逃がしてやるほど優しくもない。

 

 

「……ごめんなさい。気にしないで」

「気にしないってのは無理だ。ライを殺す」

「……え?」

「明美さんがどういう処遇になるかはわからない」

 

 半年前なので最近という感じもしないが、前回の俺の殺しは、見せしめの殺しだ。組織は見せしめに人を殺すことがあるのだから、内部の引き締めも兼ねて、明美さんを殺す可能性は高いのではないだろうか。

 

「ただ、ライを殺せば少しだけ状況が改善する可能性もある」

 

 明美さんのミスを清算するほどの効果はないだろうけれど、ライを殺したうえで、助命を嘆願すれば、ある程度は俺の我がままでも聞いて貰える可能性は残る。どうあれ、ライを殺さねばならない。

 

 

「リア充は爆殺だ!」

 

 俺の中で再びいろいろとつながってきた。

 

 

 事前に明美さんを助けてもらうよう組織に言っておく。なるべく大勢の人にそうしたことを伝えて、組織が英雄的な死に方をした俺の願いを聞き入れざるを得ない状況を作ることも忘れずに。明美さんを殺すメリットよりも、殺すデメリットの方を大きくするのだ。俺を英雄視する人も出てくるだろうし、俺の願いを守る方が得だと思わせる。

 

 その後、まずライをどっかに追い詰める。他の人がいたら巻き込んでしまうので、二人きりの状況をつくらなければならない。

 そこへ俺が爆弾を持って突っ込む。

 何とかしてライと一緒に逃げる。

 ライは俺に助けてもらえたわけだから、多少なりとも話を聞いてくれる。

 組織は俺とライが死んだと思う。

 明美さんは殺されなくなる。

 ライと俺は組織から追われなくなる。

 皆助かってハッピー。

 

 

 唯一の問題は、組織の追っ手を警戒しているであろうライと二人きりで会う状況をどうやって作るかなのだが、そんなものは――――?

 

「どうやったらこれ出来るんだ?」




 主人公はこの先段々バカになっていきます。
 脳が委縮し始めているのかもしれません。
 ストレスが原因かもしれません。

 シェリーといつの通りのやり取りができてたらちょっとは回復できたかもしれません。もう手遅れですが。
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