組織抜けたい   作:比翼連理

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 やはりそう大したものではありませんが、一応、残酷な描写、不快な描写注意です。
 隠れているので、苦手なら飛ばしても大丈夫だと思います。


第7話

 衝撃的な出来事にしばらく茫然としてしまっていたが、すぐに頭を回転させる。

 目の前で人が死ぬと覚悟していたこともあってか、やけに頭が重い。海中にいるみたいに辺りの音が遠くに聞こえ、考えているのか考えていないのかすら判然としない。

 

 ただ、工藤新一という存在が最大のジョーカーに化けたことは間違いない。組織の存在を知り、おそらくは組織から捕捉されなくなった者。俺に話していなかっただけかもしれないが、シェリーはあの薬にこんな効果があるとは言っていなかった。余程のイレギュラーと捉えていいはずだ。

 

「メモ、残して、一旦手を引く……?」

 

 ここでのミスは命取りになる。このまま工藤新一が目を覚ますまで待つか、メッセージを残して放置して去るか。

 万が一にでもウォッカが戻ってきたら工藤新一は殺されてしまうだろう。

 いったん離れるメリットは、工藤新一の警戒がほんの少しだけ下がるかもしれない事。殺しもしない、薬の効果の良い被検体として拉致するでもない、ただ見逃したという事実を、工藤新一がどう受け取ってくれるか。今の俺では考えつかないが、マイナスに働くこともあるか?

 

 

「どうあれメッセージは持たせておくか?」

 

 ひとまずメモ帳に「一か月後、ここで」とだけ書いて、上着のポケットに入れておいた。上着を置いて帰ってしまわれると困るけれど、このメモだけならばもしも組織に見つかってもそこまで問題はないはずだ。

 

 

 暫く隠れて様子を見ていると、警官がひとり、こちらへ歩いてきたのを見て、俺も引き上げた。

 

 

 

 

 セーフハウスに戻り、シェリーに貰った睡眠薬を飲む。

 たった五錠しかもらえなかったのが痛い。あと十倍くらい貰っていれば、一か月くらい寝続けることも出来たのではないか。起きている時間を少しでも、減らしたい。

 

 

 幸いというべきか、しばらくは仕事がない。まるで俺に動かれたら困るからそうしているのではないかと変な疑いを持ってしまうが、考えすぎだろう。というか、そうだったとしても、もうあまり考えたくない。

 

 

 

 

 ふと目が覚めると、辺りは真っ暗だった。日付感覚はとうの昔に失われている。シェリーの言っていた通り、アルツハイマー病なんじゃないかと不安を感じるが、一度日付を見てしまえばその日は忘れない。最も、次に意識がある時が、日付を見たのと同じ日なのかは怪しいものだが。

 記憶が飛ぶというのは、思った以上に恐ろしい。自分という存在が欠落していくみたいだ。

 自分の名前や、シェリーの顔と名前。確かなのはそれくらいか? 組織を抜けるという目的と、シェリーの姉、宮野明美を守りたいということも覚えている。ただ、組織を抜けるために色々と行動してきたということを覚えてはいても、具体的に何をしてきたかが定かでない。

 

 ノートを広げる。ここには俺が殺してきた人と、覚えている場合はその背景を記している。もともと名前も顔も、癖も声も、殺した人について知っていることはすべて、完璧に記憶していた。それが薄れているのに気が付いて、なるべく書き留めておくことにしたのだ。今俺が確実に覚えているのは、最初の殺し。あとは、警察を殺してしまったということだけ。警察は、何人を、どんな状況で殺したのかすらわからない。

 この世で最も赦されないことは、殺人。この世で最も罪深いことは、その罪を忘れる事。自分のしてきたことを忘れる何て、許されることではないのだ。絶対に、忘れてはいけない。苦しくても、必ず覚えていなければ。

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、ベッドに寝転がっていた。数あるセーフハウスのうちの一つだが、俺の最後の記憶と場所が違う。

 枕元にノートが一冊。ウェルシュと記名してあり、表紙に付箋で「見るな!」と大きく書いて貼っていた。

 

 

 状況がわからず、しばらく考え込んで、自分の記憶が飛びがちだったことを思い出した。

 恐ろしかった。今の瞬間まで、記憶に連続性がないことを、特に気にせず受け入れていた。いつ、自分の記憶が飛んだことにすら気づけなくなるか分かったものではない。

 このノートについても思い出した。俺が殺しの罪を忘れないようにするためのもの。

 

 ノートを手に取り観察する。見るなと書かれているからには、中身はまだ見ない。

 裏表紙には「T、K」と、イニシャルがあった。シェリーではないし、それ以外に誰かのイニシャルを書くとも思えないのだが。

 

「どっちが苗字だろう? K? 加藤、金田? 工藤……? あ、ああ! トロピカルランド、工藤か! やべぇな、忘れてた」

 

 

 組織を抜ける。そのために工藤新一に協力を仰ぐ。あの日からもう二週間も経っている。せめてあの後の事を調査するくらいの事はしていて欲しいのだが、それらしい資料もない。記憶していたのを忘れていたのなら最悪だが、とにかく、調査するようにメモを残す。「工藤新一について調査。会う前に」と、この内容なら組織に見られても言い訳できるはずだ。トロピカルランドで会う前に、調べることくらい普通のはずだし。

 

 

 

 息を吐いて、吸って。意を決してノートを開いた。

 

 見たところで忘れるのかもしれない。次はもう本当に何も覚えていないかもしれない。むしろ自分はそれを望んでいるのではないかとすら思えてきた。きっとすべて忘れたら楽になれるから。あるいは自分を苦しめて、自分自身を同情したいのかもしれない。これだけ苦しんでいるのだから、どうか人を殺したことなんて許してやれと、自らに訴えかけているのかもしれない。

 記憶が確かでないように、自分の性格すらもあやふやだ。俺は殺人を悪だと感じる人間だったか? 今まで笑顔で人を殺してきた、最低最悪の、人間らしい苦しみを味わう権利すらない、外道だったのではないか? 今俺は苦しんでいるふりをしているのではないか?

 

 常にそんな疑問と自分自身への疑いが頭の片隅に居座っていたからか、読み終えても意識がある。それとも、今までも読み終えた後も意識があって、この後消えていたのか。

 突然、セーフハウスのドアが開け放たれて、黒い影が入ってきた。油断なく見据えると、その黒い影が、殆ど煙のように不定形で、けれど顔だけははっきりしていることに気が付いた。俺だった。ああ、そういえば俺は幻覚にも悩まされていたのか。シェリーに眠れないことを話していたおかげで思い出せた。シェリーに話したことなら何とか覚えているが、幻覚について相談しておけばよかった。

 

 幻覚に悩んでいたことを思い出した途端に、床が一面、内臓に覆われた。このセーフハウスに移動してきた理由も思い出す。カーペットのある場所だと、その絶妙な弾力が、内臓の幻覚と合わさって不快だったから。フローリングの床の場所を選んできたのだ。恐る恐る床に足を付けると、幻覚だと理解しているのに、感触があった。生暖かく、ぬらりとした、血と油の混じった滑らかさ。広がった腸が、蛇みたいに、蠕動運動によってびたびたと跳ねて、足に絡まってきた。続いて、その腸からボコボコと顔が出て来て、俺を睨み、「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」と呪詛のように囁き始める。俺も、必死に謝るしかなかった。謝っても許されないと知っていても、謝る以外に方法が無かった。

 こうなってはもう、強制的に眠る以外にない。シェリーに貰った睡眠薬はとうに切らしていて、市販品も効かなくて、普通に法律上アウトな奴を用意していたはずだ。震える手で、注射を打った。

 

 

 

 

「んー?」

 

 ベッド横にある電子時計で日付を確認すると、最後に見た時からまた数日過ぎていた。

 

「まあ、でも、今回は気分が良いな。記憶もばっちり……?」

 

 殺人の罪を忘れないために残しているノートの存在と、トロピカルランドで工藤新一と約束をしている事をしっかり覚えていた。約束といっても、彼が本当にやってくるかはわからないが。

 

 警察を呼ばれていたとしても、逃げ切れるはずだし、たぶん問題ないだろう。

 

 

 スマートフォンで情報収集しようとしたけれど、充電が切れていて使えなかったので、テレビでニュースを流す。

 工藤新一についてはもちろん、謎の組織についての話もなし。10億円強盗の話題ばかりだった。

 

 幼児化した、と仮定しているけれど、その場合、工藤新一のDNAと同一だろうし、組織の存在を大々的に暴露することも出来たはずだ。それをしていないということは、しっかり警戒しているらしい。規模も不明な相手に、不用意な行動をとるわけもないが。

 警戒されているのは当然承知の上だが、これでトロピカルランドに来てくれなかったら終わりだ。

 

 

「とりあえず色々調べられるだけ調べるか」

 

 工藤新一と一方的に待ち合わせをした日付まではあと一週間。やれるだけのことをやるべきだ。

 またすぐに忘れてしまうかもしれないが、ウォッカと危険な誰かの二人組が、宮野明美に危害を加えるかもしれない。そのことだけは忘れるはずもないし、注意を払っておこう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 目の前で人が縮むという超常的な現象を目の当たりにしてから、ちょうど一か月。工藤新一が殴られ薬を飲まされた場所で待っていると、サッカーボールを手にした少年が現れた。時間指定してなかったから開園同時に待っていたのだが、殆ど待つことはなかった。

 

「や、よく来たね? 俺が言うのもなんだけど、不用意過ぎないか?」

「そうでもないさ。ついさっき適当な理由で通報済みだ。数分もしないうちに警官が大量に押し寄せる」

「子供のその声で? 工藤新一ならまだしも――」

この声ならどうだ?

「お、おぉ!」

 

 目の前の工藤新一(子供の姿)が、蝶ネクタイを引っ張りながら声を発すると、普通子供からは出ないような低い声が。

 

「すげーなそれ。なんか、あなたを頼る選択をしたの正解だった気がした」

「頼る? どういう意味だ」

「組織……あなたをそんな目に合わせた組織から、抜けたいんだよ」

「はっ、んなこと信用しろったって無理に決まってんだろ?」

「それでも来るなんて、思ったより認識が甘いな……いや、話を聞く価値があると思ってきたのか? 組織の事がお前の口から漏れないように殺すこともせず。例えば幼児化した事が殺さない理由だったとしても、拉致する事すらせずに、置手紙一つで放置するというのは不自然だからな」

「確かに不自然だったが……犯罪組織を抜けたいんなら、警察を頼るべきじゃないか? なに、今に来るさ! 持ち物検査くらいはされるだろうし、どうせあの時の発言からして銃くらい持って――」

「ないんだなぁこれが」

 

 銃を持っていなくても大概の相手なら何とかなるし、職質されたら面倒だし。ウォッカとか職質されたらどうしているんだろ? あいつ結構ドジだし。

 

「ちなみにだが、軽く組織の紹介もしておこうか? もし俺が今から来るという警察に捕まったとして、護送中に事故って警官は死亡。俺は逃亡先で謎の死を遂げると言ったところかな。本当に、小説に出てくるような犯罪組織を相手にすると思っていて欲しい。それに、俺はちょっと警察何人か殺しちゃってるから――」

「は?」

「あ、まあ、うん。たぶん殺すつもりはなかったって言うか、ちょっと覚えてなく――――」

 

「ふざけんな!!! てめー、人の命を何だと思ってんだ!!?」

「…………仕方ないだろ。本当に覚えていないんだから。ああそうだ、あなたにこのノートを渡しておくから」

 

 

 少し軽率だったか。探偵にとって俺の存在は度し難いものだとは想像していたが、やはりというべきか、工藤新一は激昂して叫んだ。

 これ以上この話を続けると、おそらく話をする前に交渉決裂だ。無理やりにでも話を変えた。

 

 ノートを渡そうとしたが、工藤新一はサッカーボールを持ったまま、近づいては来なかった。仕方ないので、彼の足元へと投げる。

 

「俺の指紋もついているし、事細かに殺人の記録もある……はずだ。それは、俺を捕まえる証拠になり得るだろう。最後のページには組織の研究所と施設の場所を暗号にして書いてあるけど、すぐに解けても軽はずみな行動はよした方がいい」

 

 工藤新一は、こちらを警戒したまま、ぱらぱらとノートのページを繰って。

 再度強くこちらを睨んできた。俺が殺してきた数は、きっと工藤新一の想定を超えていただろう。

 

 しばらく沈黙が続くが、工藤新一が長い息を吐きつつ。

 

「……仮にお前の話が本当だったとして、どうしてオレを頼る? これをオレに渡して何がしたい?」

 

 工藤新一はそう言いながら、ちらりとノートの一部に視線を向けた。おそらくは、彼の知っている事件があって、ノートと俺の話の信憑性が上がったか。

 

「もう少し自分の立場を自覚しておけ。今のあなたはシルバーブレッド。子供相手でも組織は容赦ないだろうが……工藤新一が幼児化して組織を追うという状況は理想に近い。最初から組織に関係する捜査官が幼児化した方がより理想的だが、ともあれ今のあなたは組織を滅ぼすジョーカー……のはず?」

 

 半分は本心だ。

 こっそり捜査官に協力するのも、スパイを見つけて仲間にするのも、簡単ではない。ただ、工藤新一は、ある程度個人の判断で動ける、正義心が強い、警察にコネクションがある、と条件がいいのだ。

 

 もう半分は、たぶんここがラストチャンスだから。

 

 振り返れば、もっと安全に抜けられた可能性のある状況はあったようにも思う。僅かなリスクを嫌った結果、どんどん余裕がなくなってきた。

 もう、三日記憶が続くことはない。今この瞬間の記憶も残っていればいいが、明日にはすっかり忘れているかもしれない。

 

 

 リスクは大きいが、多分もう、これしかない。

 

 

「そのノートだけでも、充分組織の内情に近づけるはずだから。ああ、あと、できれば表紙は切り取って焼却してくれ、パッと見えるところに俺のコードネームが入っているから」

「コードネーム?」

「組織の人間は酒の名前をコードネームに使っている。俺が覚えている範囲で、ウォッカ、ベルモット、バーボン。他は忘れた。そして、ウェルシュ……これが俺のコードネーム。ああ、あと本名は田中太郎なんだけど、信じてもらえなさそうだし覚えなくてもいいよ」

「酒、か。あの日オレに毒薬を飲ませたのは?」

「ごめん。本当に覚えてない。けど、ウォッカと一緒にいる奴だから……」

 

 確かウォッカと常に一緒にいる奴という覚え方をした記憶がある。どうしても出てこないが。

 

「ジン」

「え?」

 

 突然、工藤新一が言った。スッと、沼から引き揚げられた物みたいに、泥にまみれてやはりはっきりとはしないが、ジンについて一瞬だけ思い出せた。

 

「表紙の裏に、書いてある……ジンとウォッカが動いている、宮野明美を守れ、って」

「…………マジかよ」

 

 

 

 咄嗟に駆けだすと、すぐ後ろから工藤新一が呼び止めるように叫んできた。それを無視して、次は大勢の警察官が目に入った。おそらくは工藤新一が呼んだという奴だろう。どんな通報したらこんな大人数でくるんだ? 

 彼らは大慌てで走っている俺を怪しく思ったのか、数人が詰め寄ってきたが、振り切って走る。

 

 しばらくして、何のために走っているのかわからなくなったが、それでも俺は走るのを止めなかった。

 

 走っているとまた思い出してきた。

 誰かと誰かから、誰かを守る。

 守る相手が、シェリーの姉だということだけは覚えていて、それだけで十分だった。




 わーい! 高評価くれって言ったら増えた。
 もっとくれといえば増えるんでしょうか? くださいじゃなくて、いただけませんでしょうか、の方が増えるんでしょうか? データ取りたいけどちゃんとしたデータにはならなさそう。高評価くれくださいただけますでしょうか?


 実際コナン君って、死体損壊とかは非常時(巨悪を打ち砕く目的とかの時)はOK。でも絶対殺人は駄目! って感じのスタンスだと思うんで、主人公を受け入れるのは無茶があるんですが、ノートの日記見たら変わります。今回ちらっと見ました。

 次回は少し遅くなります。

 
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