組織抜けたい   作:比翼連理

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第8話

 降谷は部下からの連絡を受けて現場に向かったが、そこには男の死体が一つ転がっているだけであった。

 

「宮野明美は?」

「既に立ち去った後ですが……ただ、何人かが毛利小五郎の追跡をしているのでそれを追えば」

「毛利小五郎?」

「私立探偵で、宮野明美からの依頼で動いているようです。彼を追えば辿りつけるかと」

 

 正式ではないとはいえ、FBIから宮野明美の保護を要請されている。組織に関係する人物で、FBIの潜入捜査官である赤井秀一が利用した女だ。FBIの不始末を片付けると思えば気が進まないが、その内容が日本人の保護であるのなら話は別である。

 

 ただ、動き出した時にはすでに簡単には追跡できない状況にあった。警察を警戒して、半ば病的なまでに、おそらくは組織に存在するノウハウを利用して、徹底して痕跡を消していた。

 

 十億円強盗事件の首謀者が宮野明美であることに気が付けたのは幸いだった。

 どうにか行方を掴んでは追っているが、今のところ後手後手。

 

「組織の幹部を捕まえられたなら理想的だが、人命優先で頼むぞ」

「はい!」

 

 これ以上捜査に関われば、組織に降谷が捜査官であると知られるリスクも高まる。

 

 部下に一度念を押して、降谷は清掃員に変装して現場を離れた。

 

 

 組織内部での宮野明美の立場は複雑だ。

 幹部のウェルシュが宮野明美を守ろうとしていることは知られているし、その理由が彼女がシェリーの姉であるからだと考えれば、じゃあ殺さなくてもいいかと考える人間は多い。以前小声でウェルシュがぼやいていた記憶があるが、変な所で情を感じさせるのが、組織の嫌な所だ。

 

 ウェルシュ本人は発言力がないと誤解しているようだったが、もしウェルシュが宮野明美の処分に頑なに反対していれば、おそらく簡単に宮野明美の命は守られていた。ウェルシュは組織の重要な情報を多く握っているし、何より、一度覚えればもう忘れない優れた記憶力もある。組織に対して反抗的になった場合、どれほどの被害が出るか分かったものではない。

 

 ウェルシュが宮野明美を守りたがっているという情報だけで、処分しないという方向に行きかけていたのだから、より強くウェルシュが主張していれば間違いなかっただろう。

 

 

 それが一転、宮野明美に無茶な任務を出し殺す事になったのは、ラムの判断だ。

 

 ウェルシュを消す準備段階らしい。

 

 

 ウェルシュの様子がおかしい事に、降谷は気が付いていた。記憶障害があるし、そもそも精神状態がおかしい。便利な道具が、一転し、突然暴れてこちらにとびかかる恐れのある危険な道具へと変わった。もし彼が完全に壊れて警察に捕まったら。その後少しでも回復して、組織の情報を話したら。

 

 近々、ウェルシュを始末するとラムは決めた。それをやりやすくするためにも、まずは宮野明美を消して、少しでも組織に反抗的な姿勢を取らせるつもりだろう。

 

 

「それには……僕の言葉も影響しているか」

 

 もともと、ウェルシュについて組織に報告を入れたのは降谷だった。明らかに言動が以前の彼とは異なっていて、殺しの任務の後には隠れて嘔吐するようになっていた。突然笑いだしたかと思えば、次の瞬間には真顔になって、どうしたのかと尋ねてみれば笑っていたことを忘れている。

 どう考えても尋常な精神状態ではなかった。

 

 降谷が報告せずとも、すぐに組織も気が付いてはいただろうが、まったく気にしないということも無理だった。

 ウェルシュに罪がないとは言えないが、生まれた環境の悪さ、彼の年齢、置かれた状態を考えれば、いくらでも同情できる。ウェルシュと接する時間が長かったことも影響してしまって、どうにも自分の報告のせいで彼が殺されることになったというのは、気持ちのいい話ではないのだ。

 

 

「もう、関係のない話か」

 

 おそらくもう、ウェルシュと会うことはないだろう。彼ならきっと、宮野明美を助けに現れるだろうから。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 赤井はライフルを構えて、港をスコープで覗いた。すでにジンとウォッカの姿が見える。ちょうどコンテナの影になって見えない場所にいる誰かと、話をしているようだった。

 

 

 すでにFBI捜査官が数名辺りを囲んではいるが、この人数ではジンを制圧するには足りない。宮野明美の居場所を突き止めるのがもう少し早ければ万全の体制を取れたかもしれないが、これが限界であった。

 

「……」

 

 もし射殺するとすればジンの方だろうか。ウォッカを撃ち抜いたとしても、ジンならばすぐさま射線を躱して宮野明美を撃ち殺し、そのまま逃亡することくらいの事はやって見せるだろう。

 ただ、宮野明美の命を守ることだけを優先するのならば、その判断も正しいのだろうが、ジンを殺害するということは、組織のボスへの重要な足掛かりを無くすことになる。FBIとしては、取れない手段だった。

 

「赤井さん!」

 

 と、こっそり日本に入ってきているFBI捜査官の一人である男が、慌てて駆け寄ってきた。

 

「何があった、キャメル?」

 

 この状況で声をかけてくると言うことは非常事態だろう。スコープを覗き、ジンに照準を合わせつつも、赤井はキャメルの話を待つ。

 

「ウェルシュです! 包囲していた捜査官からウェルシュが現れたと報告があり、その後連絡が取れません!」

「何?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 なぜか俺を見るなり襲い掛かってきた外国人。

 頭をコンテナに打ち付けて気絶させる。しっかりと手加減したので、死んではいないはずだ。万が一意識が戻っても、しばらくは脳震盪で動けないだろうし。

 

 その音を聞きつけて、更に近くにいた外国人がこちらに銃を向けてきたので、ポケットからコインを投げつけて目に当てる。怯んだすきに接近し、肩の関節を外して引き倒し、両足の骨を折る。

 

 

「悪いんだけど急いでてさ」

 

 

 慰謝料代わりに札束を背中において、念のため銃を借り、シェリーの姉を探す。

 

 

 ここ数日、俺はシェリーの姉を探していたようで、探していること自体すらもを頻繁に忘れるものだから、相当に苦労していたらしい。何度も忘れながら情報を集めていた痕跡が部屋にあり、それを頼りに情報を集め、次の俺に継ぐ。シェリーの姉であるという情報だけで探すことが出来たのは、PCに入っていた謎のソフトのお陰だった。

 シェリーの顔写真を認識させて、それとある程度一致する人物を探す。そうしてどうにかシェリーの姉の顔を特定して、今度はその人を探す。顔だけでも、辺り一帯の防犯カメラをハッキングすることで、あっという間に見つけることが出来た。明らかに非合法なソフトだと思うのだが、俺はいったいこれで何をしていたんだろう。

 

 なんだかそのシェリーの姉なる人物の命が危ないらしいので、俺はそれを守ろうとしていたらしい。

 

 

 

 

「あ、いたいた! よかったー見つかった!」

「あ、あなた……確か――」

「ウェルシュ!?」

 

 コンテナが立ち並び、なかなか見つけにくかったが、ようやく探していた人物を見つけることが出来た。

 

「シェリーのお姉さんですよね?」

「え、ええ……」

 

 ずっと苦労していた努力が報われたような気持ちだ。

 

「ウェルシュ、まさかここに来るとはな」

「? 俺に言ってるんですか? あなたは?」

「……ラムの言っていた通りか。いや、まあいい」

 

 長髪の大男と、サングラスの男。夜にサングラスって、何も見えないんじゃないのか?

 長髪の男の方は俺に対して殺意を向けているが、サングラスの男の方はどうやら混乱しているみたいだ。

 

「ウェルシュ! どうしてここに!?」

「あー、うぇるしゅ? ウェールズ人ってこと? 俺日本人っぽいんだけど」

「な、なにを言って……」

「ウォッカ、構うな。裏切ったからには始末するだけだ」

 

 と、言うなり長髪の男がこちらに銃を向けて発砲する。

 

「っと」

 

 咄嗟に躱すが、あまりにも躊躇せずに撃ってくるのだから流石に驚いた。

 

 

「あー、なるほどね……」

 

 殆ど曖昧な記憶ばかり。確実に覚えている事は一つ。シェリーの事。シェリーは何かの組織に入っていて、姉は今まさにその組織に狙われている。

 しかし、シェリーのお姉さんが宮野明美なのに、なんでシェリーはシェリーなんだっけ?

 

「……だめだな。頭がぼうっとする。まあ、でも、やることは決まっていて楽だ」

「あ、兄貴……ウェルシュの野郎……!」

「ラムには疑いがあるとしか聞かされてなかったが、本当に記憶を失っているらしい」

「ですが、ウェルシュを相手にするのは」

「奴の手を見てみろ」

 

 男二人の会話に、俺も自分の手を見る。ガタガタと、粗末な機械のように小刻みに激しく震えている。

 

「震えて……?」

「薬物の禁断症状だろう……相当身体にもガタが来ているはずだ」

 

「ふぅん……なるほどね。俺ってそういう感じか。まあ、まともじゃないし悪人だろうなとは思っていたけれど」

「どうするウェルシュ。今からでもその女を始末するならば――」

「俺の命もついでに消すんだろ? わかんないけど、たぶんメリットないだろ。おそらくは犯罪組織の中でもそこそこの立場のあった俺、そいつがなんも覚えてないってのは、普通に怖いからな」

 

 俺が相当悪い人間であったのだろうことは確信している。

 正直何をやって来たのかなんてまるで覚えていないから、悔いることも反省することも出来ない。

 なら、やることは決まっている。

 せめて俺の信じた善行を。

 

「とりあえず、あんたらは倒すよ」

 

 先ほど外国人から奪い取――借りた銃を懐から取り出して、即座に長髪の男に向けて一発。不思議なことに、手が震えていても、感覚で狙いを付けられた。揺れることを踏まえてこの辺と、勝手に考えることが出来た。

 膝を狙ったが、掠っただけだ。わずかにずれたらしい。

 

 それと殆ど変わらず、コンテナから甲高い音がした。銃弾の当たった音だとは思うが、俺の撃った弾でもなければ、長髪の男は銃を撃ってすらいない。

 

「チッ!! ウォッカ! 狙撃だ! 急げ! 宮野明美を始末しろ!」

 

 狙撃? やばい。マジで状況がわからない。人探しをやり遂げたと思えば、外国人に襲われるし、探していた人――シェリーの姉は殺されかけているみたいだし。

 

 なんとなく慣れているという感じがするが、ここまで訳の分からない状況になると混乱してくる。

 

 その混乱が、俺の行動を遅らせた。

 

 サングラスが長髪の男の指示通りに銃をシェリーの姉に向け発砲する。走っても庇いきれない。弾丸は真っ直ぐと彼女の腹部に当たり、すぐに血が流れ始めた。

 

 

「あ、あああ……!」

 

「ウェルシュ、お前もすぐに送ってやる。あの世でその女のナイトを続けるといい……」

 

 

 長髪の男がシェリーの姉を抱き起そうとした俺に銃を向ける。しゃがんでしまった体勢では避けられない。銃口は正確に俺の頭に狙いを定めている。

 

 俺も咄嗟に手にしていた銃を男に向けて、同時に発砲。俺の撃った弾はどこかへと逸れていったが、男の撃った弾は――――――

 

 

 

 ☆

 

 

 

 コナンが港について目にしたのは、血まみれで倒れる二人の人間。ウェルシュと広田雅美だ。両方とも腹部を撃たれたらしく、大量の血を流していた。

 

「ま、雅美さん! ウェルシュ……!」

 

 

 咄嗟に広田雅美の方へと駆け寄ったコナンに、雅美は掠れるような声で、「私は良いから、彼の方を……」と。

 彼女の方は、幸い急所を外れているようですぐに治療すれば十分に助かるだろう。コナンは、ウェルシュの方へと駆け寄った。

 

「おい、おい! しっかりしろ!」

 

 こちらも急所からはずれていたが、出血の量が多すぎる。今から救急車を呼んだとしても間に合わない可能性が高い。

 

「……? 君は? 子供がこんなところ、危ない」

「俺だ! 工藤新一だ!」

 

 

 あとから駆け寄ってくる警察、毛利小五郎、毛利蘭に聞かれないように声を抑えつつも、耳元で声を上げると、

 

「あ…………思い出した……そうか、あなたは工藤新一だったか。俺は良いから……シェリーの姉を」

「シェリー?」

「シェリー…………俺……守ってくれると……嬉しい」

 

 か細い声で、そう呟いて、ウェルシュはがくりと意識を失った。

 

「シェリー……酒の……組織のメンバー!? おい誰なんだその――お、おい! 起きろ! 起きろよ!!」

 

 

 コナンの必死の叫びは、鳴り響く救急車のサイレンに打ち消されるようにして消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮野明美、ウェルシュ、両名死亡確認。

 宮野明美は警察病院にて死亡。

 ウェルシュはジンの報告通り、腹部に被弾していた。ジンの言葉を信じるのならば、頭に向かって放たれた弾丸に自分の撃った弾丸を当てて逸らしたことになるが、それでも致命傷に変わりはなかったようだ。警察病院にて死亡確認。遺体は公安がすでに移動させた模様。

 

 報告は以上。バーボン」




 久々。
 
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