ゆかり先輩の機嫌が悪い。
普段からクールで近寄りがたいけど、今日は何時にも増して……なんというか、オーラが強い。
「ゆかり先輩ー?」
「何でしょう」
「……ナンデモナイデス」
返ってくる返事すら冷たい。クール通り越していっそブリザードだ。
机に向かってアナウンス用の原稿を作っていた先輩は、こっちの問いかけに視線すら動かさない。いつもなら顔くらいはこっちに向けてくれるのに。
どうしよう、と同級生に視線で問うても、返ってくるのは困惑の表情だけ。
私たちが同じ部活に入ってまだ一ヶ月も経っていないから、どうしてこんなにゆかり先輩が不機嫌なのか分からない。
三年生の先輩たちは半ば諦めたような顔で自分の作業を進めている。
そんな状況で書いては消し書いては消し。進まない作業にイライラしたのか、先輩が立ち上がって。
机に髪留めがぶつかって、呆気なく二つに別れて落ちた。
「――えっ?」
愕然。次いで驚愕、そして絶望へと目まぐるしく表情を動かして。
ゆかり先輩が、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
「!?」
落ちた髪留めを握りしめて泣き出すゆかり先輩。
「先輩、ゆかり先輩!」
声をかけても返事はない。視線は髪留めだけに向けられて、私達の事なんて見えていないみたいだ。
どうしようかと慌てる同級生をなだめていたときにふと思い出したのが、前のお花見のときにマスター先輩が言っていた言葉。
『幼稚園の時からの腐れ縁だかんな、色々と知ってる事も多いんだよ』
そうだ、きっとマスター先輩ならどうすればいいか分かるはず、だけど。
私はマスター先輩と連絡先を交換していない。だから。
『マスター先輩の連絡先知りませんか!ゆかり先輩の髪留め壊れちゃったんです!』
マキ先輩へとLINEを送る。返信を物凄く長い時間待っていたような気がするけど、時計を見ればまだ数分しか経っていない。
そうして、待ちわびた返信の中身は。
『連絡した。あたしもそっち行くね』
ひどく素っ気なく見えるけど、やがて走ってきたマキ先輩の顔を見ればそんな文句も吹き飛んでしまった。
「ゆかりん……」
部室まで走ってきたくれたマキ先輩がゆかり先輩に声をかけるけれど、それすらも聞こえてないみたいで、髪留めの上に涙だけが落ちていく。
誰もゆかり先輩の涙を止められず、時間だけが過ぎていく。そんな時だった。
「結月っ!!」
凄い勢いで部室のドアが開いて、息を切らせたマスター先輩が突っ込んできた。
「え、あ、マスターせんぱ」
「ます、たー」
「結月、悪かった」
嘘でしょこの人ゆかり先輩しか見えてない……。ゆかり先輩もなんでマスター先輩にだけは反応するの……?
私達の視線も呼びかけも全部スルーして、ゆかり先輩の前に跪くマスター先輩。
「白馬の王子様ご到着ー、って感じー?」
マキ先輩の茶化しすら聞こえてないようで、マスター先輩は真剣な顔のままゆかり先輩に新しい髪留めを着けてあげていた。
泣き止んだゆかり先輩をそのままにして振り向いたマスター先輩が、やっと私達に気づいたのかそのままフリーズした。
「マスター先輩ってゆかり先輩のこと大好きですよね」
「……………………違ぇよ」
親指でこめかみをかくマスター先輩。よく見ると顔も赤くなってるような。
お花見の時は『話十分の一くらい』なんて言ってたくせに、本当に素直じゃない人だ。
放送部員の生暖かい視線から逃げるように走っていくマスター先輩と、打って変わってとてつもなく上機嫌になったゆかり先輩を見ながら、私はそう思ったのだった。