朝飯食い終わって皿も洗って、俺は部屋に戻った。俺の洗った皿を拭いてた結月がやたらとしまりのない顔だったのは、まあ置いといて。
いつもの休日なら、ベッドの上でダラダラとスマホをいじるかマンガでも読んでんだが……今日に限ってはそうもいかねえ。なぜかというと。
「マスターに包まれてるみたいでものすごく安心しますね……このお布団貰って帰っていいですか」
「いいワケねえだろうが何言ってんだお前」
このアホが俺のベッドで寝てるからだ。何してんだ……とは言いたくなかった。雷さえ無けりゃ叩き出してたけど。
「えー……残念です」
――少しづつ、雨は強くなっている。
「この天気じゃそもそも持って帰る前にぐしょ濡れだろうがよ」
――窓の外に目を向ける。灰色の空。
「ゆかりさん雨に降られたくないです」
――窓に雨粒が打ちつける。
「知ってるよ。何年付き合ってると思ってんだ」
――空が光った。遅れて遠くで聞こえる音に固まる結月を見て。
「……馬鹿が」
――震える結月が、布団を被ったまま近づいてくる。
「ますたー」
「おう」
――床に座り込んだ俺の正面から。
「ますたー」
「どうした」
――布団の暗がりで、あいつの瞳が揺れている。
「ます、たー」
――消え入りそうな声で、結月が俺を呼ぶ。
そこにいる事を確かめるように。縋り付くように。不安に押しつぶされまいとするかのように。
「……安心しろ、怪我なんてしてねえしいなくもならねえよ」
ガキの時。俺たちがまだ幼稚園だった時。
よりにもよって……結月の誕生日だったってのに。
『離れろこのガキャぁ!!』
洞穴のように開いていた車の後部座席。
抑えつけられた結月。
『かえせ、かえせよっ!』
雨。雷。
握りしめた紙袋。
銀。血。
『ゆかりちゃんがぶじで――』
布団の中から伸びてきた結月の手が、俺に触れる。
「ごめんなさいますたー」
「何でテメェが謝る必要があんだよ」
しょぼくれた結月は、布団にくるまって。
……クソ。クソが。クソッタレ共が。ふざけんじゃねえぞクソ!
「ますたー、ますたー……っ!」
「おう」
簡単に消えるものじゃないと分かっちゃいる。
そうそう忘れられるものじゃないとも知ってる。
巻き込まれただけの俺でさえ、未だに。だから。
「いや、おいてかないで……ひとりにしないで」
「しねえよ」
伸ばされた手を取って。俺は。
「あん時だってそうだったろうが」
ガキの無鉄砲だと、今なら言える。
勇気ではなく、無茶で無謀な大馬鹿野郎だったと。
だけど、そうしなかったら。コイツは。
右のこめかみが、僅かに痛んだ。
あの時斬られた、古傷が。もう痕しか残ってねえってのに。