放課後。弁当箱と水筒、あと出された課題くらいしか入ってないカバンを持ち上げ、下校の準備をする。置き勉バンザイ。テスト?知らない子ですね。
ちなみに朝渡されたずんだは昼休みに食い終わって、タッパーは洗って返してある。食わずに突っ返すと東北が滅茶苦茶しょんぼりするから仕方なくだ。ずんだ餅が美味いのがせめてもの救いだろう。
伊織は先に帰ったし、東北と弦巻はそれぞれ部活。俺はと言えば――。
「マスター!私今日部活なんで終わるまで待っててくださいねくれますねくれますよね!」
「悪い無理。バイトあるわ」
「ぐぬぬ」
これからバイトなのだ。学校から程近い、個人経営の喫茶店。この四月から始めたばかりだ。
接客業が俺に出来るのかと両親にも結月にも心配されたし、何なら自分でもちょっと不安だったが、意外と性に合っていたらしい。当面は常連客の『いつもの』を覚えるのが目標だ。人数がそこそこ多いから結構大変である。
「お前が部活終わるくらいまではシフト入ってるから、来たけりゃ後で店まで来い」
「マスターの愛の一杯が飲めるんですかやったー!」
「お前に対する哀をお届けしてやるよ」
とはいえ俺はフロア担当。キッチンは店長ともう一人がメインで、俺が商品を作る事はない。……今のところは。そのうちコーヒーやら紅茶やらの淹れ方は教えてもらえることにはなっているのだが、まずはフロアが問題なく回せるようになってからと店長からは言われている。
「部活の疲れをエプロン姿のマスターで癒せるのであれば今日のゆかりさんは無敵です」
「弦巻ならまだ分からんでもないが、俺のエプロン姿とか癒やしとは程遠くねえか」
「マスターはおっぱい大好きですもんねぇ」
「…………、いや、違ぇよ?どうせなら男より美人の方がいいだろ?」
「――そういうことにしておいてあげましょう」
クソが。墓穴掘ったわ。こいつの前で胸の話はするもんじゃねえ。胸の話に持ってったの結月本人じゃねえかちくしょう。
……弦巻の名前を出したのはあいつの胸がでかいからではない。断じて違う。バイト先があいつの実家だったのだ。
偶然である。本当に。弦巻の家だとか知らなかったし。そう言ったのだが、『店の名前で気づけ』と怒られてしまった。『喫茶 マキ』ってだけで分かれってのはちょっと厳しくねえか…?あの時点では弦巻とそんなに話してなかったし。
しばらく結月からの視線が痛かったが……こいつの事だ、どうせ自分を放っといてバイトに行くのが納得いかなかっただけだろう。
「とーにーかーく!ゆかりさんが行くまで待っててくださいね!そして一緒に帰りましょう!」
「閉店後の後片付けっつーもんがあるの忘れてねえかお前……」