マスター。
私のマスター。
大好きな私のマスター。
「――ありがとうございます、マスター」
何も言わなくても分かってくれるあなたに、私は酷く甘えきっている。
「お前はいい加減昔の事を引きずりすぎなんだよ」
「引きずりますよそりゃあ。ゆかりさんは命を救われたんですから」
血まみれのあなたが。私のせいで傷を負ってしまったあなたの顔が。それでも笑顔を向けてくれたあなたの輝きが。私の中から、消えてくれない。
「……バカ言うな。ガキの無鉄砲さで突っ込んで死にかけただけで、実際助けてくれたのは先生達だろうが」
あなたは恩に着せようともしなくて、あなた自身を下に置く。
「でも、マスターが頑張ってくれたから先生達が間に合ったんですよ?それに……」
ゆっくりと指を伸ばす。
黒い髪を掻き上げて、こめかみに触れる。
私のせいでついた傷跡を、そっとなぞる。
「触んな」
私は知っている。
例え弓鶴さんであろうと、その傷には触れさせようとしないことを。
私は知っている。
去年、ふざけてその傷を見ようとした同級生に、あなたが酷く怒った事を。
「ふふっ、言うだけで跳ね除けないあたりマスターはやっぱり優しいですね……傷跡、まだ残ってますね」
私は、知っている。
そこに触れられるのは私だけだと。
「随分ザックリやられたからな……薄れはしても消えることはねえって医者に言われたよ」
白く残った線。
私の過ちの痕。
私たちの始まりの傷。
「今のゆかりさんがいるのは、マスターのおかげですから。そのマスターが望むなら、ゆかりさん何だってしてあげます」
「重いわボケ」
「酷くないですか?美少女が何でもするっていうならもっと色々あるでしょう」
「何でもするってんなら晩飯食ったら帰りやがれ。晴れ間も見えてきてんだからよ」
「むぅ……マスターのツンデレさんめ」
「デレ要素どこにあんだよこの節穴アイ。つーかいい加減離しやがれ」
何度も、何度も。
私の指が、線をなぞる。
「えいっ」
「うおっ」
油断しきったあなたの顔がかわいくて。
あなたを引き寄せようとして、ちょっと失敗。
私の膝の先で、あなたはいつもの顔で私を見つめている。
「膝枕したかったんですけどね」
「ベッドの高さ考えてなかっただろテメェ」
逆さまのあなたの顔を覗き込む。
垂れ下がった髪の毛が、あなたの視線の逃げ場を無くしてくれる。
今のあなたは。他の誰でもなく、私だけを見てくれている。
「大好きですマスター。愛していますマスター。他の誰もいらないくらいに」
「……俺は――そうじゃねえよ」
寂しがりなあなたは、それでも私の愛を拒絶しない。
私を拒まない。受け入れてくれている。
その優しさに、私はどこまでも甘えている。
「ええ、マスターは寂しがりですから。口では色々言いますけど、弓鶴さんやマキさん、ずん子さんに……茜さんとも仲が良いですから」
「トゲ飛び出てんぞ」
「おっと」
穏やかなあなたの笑顔が近づいていく。
私は、あなたに落ちていく。
――あなたの瞳に、墜ちていく。
あなたの熱を貪って、私の熱を押し付ける。
恥ずかしがり屋のあなたは、絶対に他人の前でこんな事をしてくれないから。
私とあなたの初めては、誰にも見せない二人きりで。