平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら   作:架鍵キー

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幸せになるために唯ひとつ欠けているもの

 あの方への想いの始まりを語るとき、不本意ながら語らなくてはならないのが貴族の闇です。

 尸魂界にて貴族は傲慢で腐りきった愚者の群れだと、一般の方からはかなり嫌われています。

 雅で豪華な屋敷に住み、上質で絢爛な衣服に包まれ、一流の料理人が調える贅を凝らした食事を毎日お腹いっぱい食べ、平民を見下し権力をかさに理不尽を押し通す、そんなイメージを持たれていますね。

 同じ貴族として本当に恥ずかしく頭の痛いことですが、そのイメージ通りの家が少なからず権勢を振るっているのは事実なのでそこは申し開きのしようがありません。

 

 しかし、文字通り良い身分な暮らしをしている貴族の人生は決して『安全』ではないことは意外と知られていません。

 貴族は一般の方にはなかなかない理由で怪我をしたり命を失うことがあります。

 京楽隊長や四楓院夜一様ように世のため人のために働き、その末で誉れ高い死を迎える方もいらっしゃいますが──それ以外に具体的な例は暗殺です。

 自身の驕慢な行いが恨みを買ったなどという自業自得は致し方ないことでしょうが、貴族同士の諍いによって、何々家の子女である、それだけの理由で簡単に殺されます。

 そういった死は大抵隠蔽されますので皆さまがご存知ないのは当然のことですが、知れる立場であれば少しも珍しくない死なのです。

 

 その夜、私が裸足で走っていたのも、明日檜本家の娘、棗であるからでした。

 私は四女ですが、訳あって二番目に有力な跡継ぎ候補です。

 死んでほしいと願っている者がそれなりにいます。

 

 父母から与えられた屋敷を襲撃され、捕まる前に逃げ出してから半里ほども走ったでしょうか。

 脚力には自信がありましたが、それでも暗殺者の追跡を振り切ることはできませんでした。とうとう後ろから蝶に結んでいた帯を思い切り捕まれ地面に引き倒されました。

 そこで殊勝に殺されてあげるわけにもいきませんので、半分仰向けになった私は黒い影に向かってできる限りの抵抗をしました。

 当時も多少の護身術は学んでいましたが、転がされてからできる抵抗などたかが知れています。真央霊術院で武芸を修めた今ならばもっと有効な反撃もできたでしょうが、暗殺者にしてみれば踵を突き上げやわな拳を力の限り振り回す程度の抵抗などあるやなきやだったでしょう。

 

 骨が軋むほど強く足を踏みつけられ、縦に深く腕を引き裂かれ、とうとう刃が首に届く瞬間でした。

 

「人が面倒い書類仕事やっと片付けて飯食おうとした矢先に何してくれてんねやボケェッ!」

 

 ──あの方が、来てくださいましたのは。

 

 暗殺者の背中に斬りつけ、呻く暗殺者が私に倒れ込んで来る前に横に蹴飛ばし、手足の腱を断って動けなくしたあと、その方は私を見ました。

 

「怪我ァしてへんか? はァー、間一髪や。飯行く前で良かったわ」

 

 金色の長い髪

 黒い死覇装

 白い羽織

 

 声をかけてくださってから「うわ」と顔を別の方へ向けました。

 私は帯が解けて着物が半分脱げていたので目を背けてくださったのです

 肌襦袢までは脱げていなかったのですが、暴れたせいで合わせは完全に緩んでいました。露わになっていた下着を隠すため私は慌てて着物を引っ張りました。

 無理に引っ張ると今度は襟元が大変なことになるのですが構ってはいられません。乳房だけこぼれないよう気をつけます。

 

「もう大丈夫です、こちらを向いても」

 あの方は少々難しい表情のままでしたが私の側に片膝をついて傷を確かめ、引き裂かれた前腕の出血を見てご自分の懐から細長い布を出し止血のために私の肘の上を縛ってくださいました。

 

「アホが女の子に酷いことするもんや。痛いやろ。もっと早よ来れへんでごめんな」

「この布は何でしょうか。不思議な形ですね」

「タイや。現世の男がよく首につけとるんやで。ええやろ」

「現世?」

「たまに行って色々と買うて来るんや。内緒やで」

 

 興奮や恐怖、怪我の痛みを麻痺させるために脳が思考をぼんやりさせていたのでしょう、まともにものが考えられなくなっていた私は状況にそぐわない話をやたらとしていました。

 飼っていた猫の話などをしだす私は奇妙だったでしょうに、あの方は打ち解けたように私と話をしてくださいました。

 

 私を四番隊舎に運ぶと、あの方はあっさりと去っていきました。

「ご苦労さん、ほななー」

 しばらくぼーっとしていた私でしたが、治療を受け、思考を取り戻していくうちにお名前もお聞きしていないこと、そればかりかお礼すらも言っていないことに気づきました。

 とんでもないことです。命を助けていただいたのに何という失礼をしたのでしょう。

 青くなって慌てふためき始めた私に、治療をしていた山田清之介様が教えてくださいました。

 

「羽織の背中を見なかったのかい?」

 見ました。

 白い羽織には 『五』 の文字がありました。

「あれは五番隊の平子真子隊長だよ」

 

勿論、次の日には家を通じてお礼の手紙と品物をお送りしました。

しかし、あの方の話す優しい声やおぶってくださったときの暖かな背中を思い出すとたまらない気持ちになり、お借りしたタイはどうしても直接会って手ずからお返ししたくなりました。

しかし綺麗なタイには私の血が染み付き、そのままお返しはできませんでした。新たな品を用意するにしても現世のものでは手に入れることは困難です。

せめてもと似せたものを用意し、お会いしたい旨の文を何度も書き直している只中でした。

 

護廷十三隊・鬼道衆が十一名の隊長格を失ったとの報を聞いたのは。

 

平子真子様はそのお一人でした。

 

 

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