平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
明日檜棗、自分の立ち位置は見えています。
面倒な家の面倒な立場の娘です。
ちょっとの会話でした初恋を相手は死んでいるかもしれないのに百年引き摺り「執念深くて怖い」と言われるキモい女です。
平子真子に相応しい女ではありません。
だから平子の恋人や妻になるなんてことは夢想で構いません。
隊長写真集が出たら5冊は買いますし、瀞霊廷通信に記事や写真が載ったら切り抜いてスクラップ帳は作りますけれど、本人を追ったり、人を遣って周囲を探らせたりといったストーカーじみた真似は決してしません。
キモい女の好意を気持ち悪いと感じさせないように、遠くからそっと想います。同じ世界で生きている平子を想えるのです。棗はそれで十分幸せです。
と、本人はこのように考えております。
「そんなわけがあるか!」というのが周囲の者がそれを聞いたら叫ぶツッコミです。「正気を持て、もっと現実を見ろ、オマエは平子真子がいなければ幸せになれない」と続きます。
それを言っても棗は「いますし、同じ世界にいますし……!」と抵抗するのですが。
そういう感じの棗を目の当たりにしたのが現在の平子真子です。
どうしようもないです。
こんなの引き取ってやる以外ほかにどうしようもない。
「来いって言い方はあかんか。俺の嫁さんになってください、やな」
平子が交際の申し込みをスッ飛ばしてプロポーズした途端、棗は大粒の涙を流して顔を覆いました。
泣かんでも……と手を伸ばしかけたとき、棗は嗚咽を漏らしながら言います。
「とうとう幻聴が聞こえるようになったァ……!」
「オイ」
「ああ、そうじゃない。やっぱりこれは夢なんだ……平子隊長が差し上げたタイ着けてデートしてくれるとか、手を繋いで歩いてくれるとか、私の知らないものいっぱい見せようって考えてくれるとか、銀次とか好きなCDをプレゼントしてくれるとか、あまつさえお嫁に来いなんてそんなことあるわけないもの……!」
「あるわ。全部やったわ」
「いつから夢だったんだろぅ、やっぱり鳳橋隊長がお食事に誘ってくださったところからかなぁ」
「夢長過ぎるやろ。2週間くらい経ってんで」
「うわあぁぁぁぁん」
平子のツッコミをガン無視して棗はソファーの上でイモムシになりました。
「いつか絶対目覚めるのにこんな幸せな夢見たくなかったぁ……!」
「コイツ……!」
平子は叩頭のポーズな棗の両肩を掴んで引っくり返します。
「幸せや思て現実逃避てどないやねん! こっちは一日懊悩して腹ァ決めてんやぞ、他の男なんかいらんて一生独身通すつもりなくらい俺に惚れてるなら素直にハイって言えや!」
「平子隊長がハイって言えって言ってるぅ~~無理……」
「何が無理や! それからしれっと呼び方平子隊長に戻しなや! 寂しィやろがい!」
「早く覚めて夢……!」
埒が明きません。突っ込むと余計に逃げるようなのでまずは落ち着いて、落ち着かせましょう。
彼女から離れ、テーブルのメロンソーダを手に取ります。
「ほれ棗、ジュースでも飲め。オマエ酷い姿やで」
「は」
躾の行き届いた子女である棗は夢の中でも指摘されれば反射的に居住まいを正します。
すかさず平子はその手の中にコップを押し込みました。これで棗はもうこの体勢を崩さないでしょう。良家の子女がコップを投げ出すわけないですからね。
彼女は大人しくストローを咥え4分の1ほど吸い「あまい」と呟きました。
平子は隣に座り、首の後ろから手を回して頭を撫でます。
「何があったん。幸せやって思てそこまで怖なるんは何かあったんやろ。聞いたるから言うてみ」
「な……なにもですよ……」
「目ェ泳いどるで。自覚あんねやろ」
「泳いでませにょ」
「噛んどるやん」
頭を撫でていた手を肩に回して遠ざかろうとするのを阻止します。
観念した棗は詩のようなものを口吟みます。
「『進むなら先は薄氷 罅割れて大海に沈む 氷の下 ただ太陽を待ち もがくことなかれ』」
「? 何や?」
「我が家の教えです。詳細を省いて簡単に言いますと『幸せになろうとするな』。私たち貴族は生まれただけで恵まれているので、それ以上多くを追求するべきではありません。貴族が際限なく幸せを求める──欲望を満たそうとすればいつか必ず暴走して腐りますから。
高貴な身分、それ相応のもの以上に欲張るな、と。
また『自分の力を使うことなく得たと思ったものは幻にすぎない』とも。調子に乗るなということですね。
確かに」
ぽつんぽつんと彼女は言います
曰く、大叔父はとても優しくしてくれた。誕生日にはたくさんの贈り物をくれた。子供の頃は鞠で遊んでくれた。楽しかった。幸せだった。命を狙われた。
曰く、分家のある少女とは小さな頃から親友だった。会えたらいつも一緒に遊んでいた。楽しかった。幸せだった。彼女が想いを寄せる男性の親が、本家の娘というだけで棗へ縁談を持ち込んだ。彼女は棗と言葉も交わさなくなった。
曰く、真央霊術院に入学し、身分を問わず新しい友人がたくさんできた。皆で勉学に励み協力して成長していった。楽しかった。幸せだった。寮の部屋に爆薬を投げ込まれ隣の部屋の子が巻き込まれて怪我をした。友人はほとんどが離れていった。
どんどん出てくるので平子は天井を仰いで棗の肩を抱くのと反対の手で頭を抱えます。
百年前平子が消えたときもどんな気持ちだったでしょう。
「意外と苦労してんねやな……」
「いつも失くしてしまう。今回だって、私自身は何の努力もしてないのに、鳳橋隊長にご紹介いただいて返すべきものをお返ししただけなのに、平子隊長にそんなこと言っていただけるなんて……そんなのは絶対に夢だし、現実だとしてもきっといつか失われてしまう。現実で失うくらいなら夢のほうがいい」
「待たんかい。それは俺に失礼やで」
「だって私
「俺を誰やと思てるんや。護廷十三隊五番隊隊長の平子真子やぞ。朽木とか四楓院とか付いてるお嬢さんにでも結婚申し込める立場や。そこらの刺客に爆弾ブチこまれたってよう死なんし、給金もようさん貰てるから高価いなら100年でも200年でもローン組んだるわ。
それにキモいって、あー、当の俺が嬉しければええんとちゃうん? 散々な百年やったけどそのあいだずっと生きてるの信じて待っててくれる女の子いてたって嬉しいで?」
それは誠実で一途に通した棗の想いが平子に思わせることです。分不相応でも何もしてないわけでもありません。
そこで平子はいったん息を吐き、吸ってから、
「何よりオマエ、そんな女に好きや好きや言われながら一日手ェ繋いで歩ってて心動かされへんほど俺は枯れとらへんねやボケェ! ええからイエスて言ィ!」
正直な話、美人で、スタイルが良くて、百年想ってくれて、はっきり愛を言葉にもしてくれる、そんな女性が今後再び現れるかといったらかなり微妙です。
好きになったし、捕まえておこうと思います。
「……夢だぁ……」
「ナンギなやっちゃのォー……。
よし、こうしよ」
棗の手からコップを奪って机に置きます。
「棗、俺のこと好きなんはほんまやな?」
「それは勿論」
「キスされたら嬉しいか?」
「それはその……はい。とても」
「ほんならキスするからマジでNOなんやったら俺突き飛ばして逃げてくれ」
「えっ……、えっ!?」
「逃げへんかったらオマエにとって夢やろが現実やろが俺はOKしたとみなす」
「ええっ……!?」
「5秒待つ。5 4 3 2 1」
念のため5秒以上待ちましたが棗はぎゅっと目を瞑って逃げる素振りを見せなかったので同意したと解釈して良さそうです。
片手を頬に添え口で口を押すようにしてキスをします
唇が熱いことや柔らかいことを感じ、ただ触れた、掠めたではなく、『恋人同士がキスをした』と言えるだけの時間──ほんの数秒ですが──を経た後、離れました。
だいぶ強引ではあったので心配になり棗の様子を窺うと、
──過呼吸起こしています。
「好きや言うてくれる女の子を嫁さんにしよ思てキスしたら過呼吸起こされるってこの状況に俺は一体どないしたらええねん!!」
と、めっちゃ叫びたい平子でしたが肺に穴が開いたような呼吸をして苦しがっている女の子を前にして彼はそういうことを言いません。
「大丈夫か棗。大丈夫やないな。落ち着いて息せえ。
過呼吸の対処てどないしたらええんやっけ……回道で過呼吸治す方法なんて知らんで」
これは言いました。混乱したとき何をするべきかの思考に立ち返るのは大事です。
「むかーしに袋を口に当てるのがええて聞いた気がすんねんけど後にやっぱあかんてなったとかも聞いたな……」
じゃあどうしたらいいんでしょうね。
医療や健康に関するものは頻繁に前は良かったものが悪かったと分かったりして対処法が変わるのが困ります。
それだけ人体が複雑ということなのでしょうが、義骸にそんなに精巧な再現は要りませんでした
『過呼吸てキスで治るんやて!』
過呼吸についての記憶を掘り起こしていると、漫画を読んでいたリサがすごくいい情報を厚意で周囲に広めようとする語調で言っていた言葉がヒットしました。
そのままなら『はいはいエロ本エロ本』で流されるような知識でしたが、誰かがそれは理に適っている的な応えをしていました。
誰だったでしょうか。ひよ里でないことは確かです。たぶん拳西やラブでもないでしょう、イメージ的に。ローズは言いそうな気がします。たとえ適当な相槌だったとしても。
ハッチだったらいいなぁ思います。信用できる気がします。ハッチであれ。他に対処法思いつかないし。
「……キスして起こした過呼吸、キスして治るもんやろか」
謎です。平子も混乱しています。
でもその後ダメだという情報は入っていませんし、何もしないよりかはマシなんじゃないでしょうか。仲間二人が言ってるのだから信用しましょう。
「棗、ちょっと我慢してな」
「んっ……」
喉の下を押さえて短い息を繰り返す棗を体ごと抱き寄せ、背中をさすりながら唇を塞ぎます。
僅かに漏れた声が色っぽかったりもしましたが それは横に置いておきましょう
さて、キスと一言にいっても色々やり方があります。呼吸が苦しいのだから唇を塞いでるだけではダメでしょう、なんとなく。
どういうやり方に過呼吸への効果があるのでしょうか。始めてからそれがわからないことに気づきます。
──うん、一通り試しましょう。キスがいいのであれば正解なのもあるでしょう。
心配なのは平子は舌にピアスをつけていることです。彼女の口を傷つけないといいのですが。舌ピを開けてから女の子とキスすることなんてなかったのが意識されますね。
「……ふっ……ひ……しん、ぃ……ひゃん」
唇を離して様子を窺うと棗が涙目なのですが、それも横に置いておきましょう。抵抗しないのでまずいことはなさそうです。
呼び方が真子さんに戻ったかもしれません。いいですね。
しばらくそうしていると段々落ち着いてきました。リサのクソトリビアが役に立つ日が来るとは思いませんでした。
正常な呼吸を取り戻した棗は恥ずかしさの局地であり、首まで真っ赤に染め、間近で見つめ合う平子の襟元を握りしめます。
「ああぁ……ご、ごめんなさい……こんなとき私どんな顔をしたらいいのか……」
「安心せえ。俺もわからん」
奇しくもリサが読んでいた本とリンクした棗の言葉でしたが、シンジはそんなこととは関係なくニッと笑いました。
「ま、悪いとこがなかったら笑うとけ。女の子は笑顔が一番やからな」