平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
いつのまにか平子の膝の中にいたので棗はそそくさとお尻の位置を彼の横に戻します。
棗からすると、キスを受け入れたら夢でも現実でもお嫁さんにしてくれるの意味が理解しきれず、でも本音では平子のお嫁さんになれるならなりたい、キスして欲しいかと言えばして欲しい。
とはいえ男性とキスするのは初めてで、恐慌をきたしていると本当にキスしてくれた。嬉しくて嬉しくて息ができなくなり、苦しんでいたら平子が更に深いキスをしてくれて気がついたら息ができるようになっていた。
というような経緯です。どんな顔をいいのかわからないのは道理といえば道理です。
平子からすると何でこんな良条件のお嬢さんを嫁にもらおうとして問題児の世話してる気になるのか不思議なのですが。
「もうしんどいとこない?」
「は、はい。もう大丈夫です……」
「ほんなら話進めるで。何か欲しい物あるか?」
「これは本当に夢ではな……」
「俺はもう承諾したもんとして話を進める」
「ハイ」
段々棗の扱い方のコツが掴めてきた平子です。
「明日になってからやっぱ夢やったんやとか言い出されても困るから約束した証拠になんかやるわ」
「証拠」
「言い換えれば結納品やな」
「結納品」
「今からやと大した物買えへんけど、何もないよりええやろ」
「そうですね」
「聞いとる?」
「聞いてます」
「マジで聞いとる?」
「はい。マジで聞いています。欲しい物ですね。真子さんとのややとか」
「半分くらいしか聞いとらん……」
「これ以上ない証拠では?」
「誘っとんのかコラ。結納の部分も聞いとけ。今用意できる物や」
「では真子さんの……」
「 モ ノ やで?」
「真子さんがタイにつけていらっしゃるそのピンが欲しいです」
「ピン? コレか?」
「はい」
「こないな安物でええんか?」
「私は似たようなものも持っていません。真子さんの私物だと信じられます。だから私明日でも一ヶ月後でも一年後でも十年後でも……百年後でも決して夢だとは思いません」
棗はほろほろと涙をこぼします。先程とは違う涙です。
「もし明日真子さんがいなくなっても、私帰ってくるの百年でも二百年でも待ちますから……!」
「嬉しいんやけど、そこはええ男ほかにおったらそいつと幸せになってくれって気持ちのほうが強いな」
「嫌ですぅぅー……」
好きなようにさせましょう。嫁さん貰うというのはこういうことです。たぶん。あと、ほかの男を見つけるのが棗には無理なのは理解しました。
平子はタイピンを外して手渡します。明日にでも何かもっとマシなものを用意しましょう。
棗はそれを嬉しそうに自分の服に着けました。きっとこれからずっとこうして大切にするでしょう。
「改めて言うから今度は一発で返事せえよ。
家のこととか面倒事は面倒やからすぐとはいけへんやろうけど、きっちり付き合うさかい、片付けるもん片付けたら俺の嫁さんになってや」
「はい。望んでくださるなら喜んであなたの妻になります。足りないもの、至らないところ、数え切れないほどありますが、あなたを愛する気持ちだけは私が世界で一番持っています。どうか一生お傍にいさせてください」
地獄以外どこへでも連れて行きたくなる返事にキュンしつつもやっとすごろくのマスを一つ進められた感覚で平子は疲れを感じましたが、棗が恥ずかしそうに、遠慮がちにシャツを引っ張ったので疲れのほうはうっちゃりました。
『こいつナンギでメンドい奴やけどこないに俺のこと好きなんやから幸せにしたろ』と決めました。
「今度は過呼吸起こしなや」
「大丈夫です」
今度は二人で長いキスを何度も楽しみます。
◆
──なんとなく人が集まって一緒に夕飯を食べていたら予想外に盛り上がり、日が暮れてからだいぶ時間が経ってしまっていた。
「一護、あんたは織姫を家まで送ってきな!」
ビシッ! と音を立ててたつきにそう言われて一護に断る理由などない。というより、井上に断られなければ送っていくつもりだった。死神の力が失われ、霊力を失ってから目に見えないものには対処できなくなった一護だが、女の子が夜道で遭う危険から井上を護ることはできる。
いつでも話題に事欠かず、夜道でも太陽のように明るい笑顔でいる井上と話すのはとても楽しい。
喋りながら歩いていると、前から手を繋いだカップルが来る。二人連れ同士、すれ違うためによけあおうとしたとき、街灯に照らされて顔が見えた。
女の方は知らなかったが、男のほうの特徴的な金髪のオカッパ頭と顔には覚えがあった。数ヶ月見ておらず、もう見ることもないだろうと思っていた顔だ。
「……平子?」
「平子くん!?」
一護と井上の驚きが混じった声が揃った。
それは仮面の軍勢の一人、平子真子だった。
名前を呼ばれて平子は初めて一護と井上に気づいたようだった。知り合いに会うつもりはなかったのだろう。平子は二人の顔を見て少々気まずそうにする。
「織姫ちゃんと一護やん。偶然やな」
「久しぶりだね! 元気だった?」
井上と違い、一護は戸惑いを隠せなかった。一護にはもう死神を見ることはできないはずだったから。
「平子、尸魂界に戻ったん、だよな? 俺に見えるってことは……」
「ああ、まァ、用があって義骸に入っとる」
用の中身は聞かなくてもわかる。女の子と指を絡めて手を繋いでいるのだ。恋人とのデートに決まっている。
しかし平子に恋人がいたというのも驚きだ。現世で一ヶ月共に生活していたが、誰からもそんな話は聞かなかった。きっと尸魂界に戻ってからできたのだろう。
良かった。と思う。
平子がなんだか幸せそうで。自分のしたことが、友人が恋人を作れる生活を手に入れることの役に立って。
平子の醸し出しているあんま突っ込まへんで欲しいなァ~頼むわァ~という空気に井上は気づかなかったのか、もしくはそれに配慮するよりも好奇心のほうが勝ってしまったのか、声を弾ませる。
「平子くん、と、隣の方はもしや……!」
「お察しの通り彼女や……。棗、一護と織姫ちゃん。知ってるやろ」
紹介されて、彼女は折り目正しく頭を下げる。
「初めまして 明日檜棗と申します。尸魂界を救ってくださったお二方の名前は勿論聞き及んでおります。その節はありがとうございました。こうして直接お礼を申し上げられる機会に恵まれて幸甚です」
洗練された仕草だった。お礼というより御礼、と書くのが相応しい感じの。頭を下げたときに流れた髪も非常によく手入れをされているのが一護にも分かる。
挨拶を忘れていた井上は慌てて頭を下げ、一護もそれにならう。
「あっ、ごめんなさい! 初めまして、あたし井上織姫です」
「丁寧にどうも……黒崎一護です」
「平子くん、恋人ができたんだね。えへへ、あたしが喜ぶのも変かもしれないけどとっても嬉しい! こっちに来られるってことは明日檜さんも死神なのかな」
「はい、三番隊に所属しています」
三番隊。誰に教えられた記憶もないが、一護の記憶が正しければ三番隊の隊長は市丸ギンだった。乱菊のため、藍染を討つべくすべてを投げうって戦い、死んだ男。
「三番隊の隊長、今はローズや」
「ローズが!? え、じゃあオマエは?」
「俺はなァ……初恋の人を探して謎の風来坊をやっとって……その旅で見つけたのが棗や……」
「また思い切ったウソだなオイ」
遠い目でいかにも適当なことを言い出した平子に彼女は何が面白いのかウケていた。
「真子さんが初恋なのは私のほうですよ。帰ってきてくださったときは本当に嬉しかったです」
「帰ってきたときって、俺あんまそっちの事情知らねーんだけど平子たち藍染のせいで百年くらいこっちにいたんじゃなかったか?」
「せやで」
「せやでって……」
「明日檜さん、百年前から平子くんのこと好きだった、ってこと?」
「はい。さっきまでは一方的に想っていただけでしたが……」
「さっきまで!? はぁ……そうなんだぁ……じゃあじゃあ、」
乙女として聞いておきたいことがあるのか、井上が明日檜とガンガン話しはじめたので、一護は平子に言う。
「すげー育ちの良さそうな人だな」
「四大貴族の次くらいのランクにおる家のお嬢さんや。死神になってへんかったら平民はおいそれと話もできんで」
「そんな人がなんでオマエに惚れるんだよ?」
「わからん。なんでやろな」
首を振って不可解そうにしている平子に、一護はふっと小さく吹き出した。
「嘘だよ。明日檜さん、見る目あると思うぜ」
「なんや、世辞言うても何も出ェへんぞ」
「だってよ、結局世話になりっぱなしだった俺でもこいつは信用できねぇ・って長いこと思ってたんだぜ? 言っちゃ悪いけど、正直オマエの言動って怪しいしな」
「やかましいわ」
「何もあの人の前でだけまともに振る舞ってるってわけじゃねぇんだろ? それでも平子がいいっていうなら俺より全然見る目あるよ」
「それはオマエの見る目がなさすぎるだけちゃうかと言いたいとこやけど、褒められとるん棗やから微妙に言い返されへん……」
話していると織姫がおもむろに鞄を開いた。
「そうだお祝いを! 何かお祝いに渡せるものないかなぁ……!」
「いえあの、お気遣いなく……」
「織姫ちゃん、気ィ遣わんといてや」
二人が言うのも気にせず、井上はバイト先のパンを取り出した。
「これね、あたしがバイトしてるパン屋さんのパンなんだ! とっても美味しいからよかったら食べて。ごめんね、これくらいしかなくて」
お祝いに廃棄パンはどうなのかと一護は一瞬思ったが、しかしあれは井上の明日の食事だ。自分の貴重な食事を躊躇いなく渡せるその気持ちはきっと通じるだろう。
ビニールに包まれたパンを見て、明日檜の瞳の輝きが増した。
「私、パン大好きなんです。尸魂界でも食べられないことはないのですが、種類があまりなくて。いただけるならとても嬉しいです。私も何か……」
彼女のほうもペンギンのぬいぐるみが顔を出している鞄を探り、小瓶を取り出し、蓋を外して小さな紫色の石を手のひらに一粒載せる。角の取れた砂利のような粒だ。
「こうして手のひらなどで温めるとリラックス効果のある香りがする石です。大したものではありませんが、どうぞ」
「黒崎くん……お祝いで渡したのにこれ貰っちゃっていいのかなぁ」
「いいんじゃねぇか? 返礼品ってあるだろ。貰っておけよ」
井上に顔が見えないほうを向いて平子が『高価いわァー。あれ絶対高価いわァー』という表情をしているが、井上の食事とお嬢様にとってのいい香りのする石、価値としてはトントンなのではないだろうか。
「一護さんもどうぞ」
「え!? 俺はいいっすよ! 渡せるもの何も持ってねぇし……」
財布と代行証しか持っていない。厳密には財布の中には正月の縁起物入りおみくじ(200円)で引いたカエルが入っているが、到底渡せるものではない。
明日檜はいたずらっぽく小首を傾げて、
「『見る目ある』って、仰ってくださったじゃないですか」
「聞いてたんすか……」
「それに、あなたが真子さんを返してくださいました。本来こんなものでは到底足りません」
いささかの恥ずかしさのせいでつい手を出して貰ってしまった。香りモノに興味はないが、夏梨や遊子にやれば喜ぶだろう。
「……明日檜さん。こいつ、顔は怪しいし、動きは胡散臭えし、口も良くはねぇし、姿勢もすげえ悪いけど、」
「ほかは否定せえへんけど今日は姿勢良くしとるやろがい」
「それ、猫背でいると明日檜さんより背ェ低くなっちまうからだろ?」
図星だったらしく平子は黙った。明日檜に向き直る。
「でもすげぇいい奴だからさ。よろしく頼むよ」
オマエによろしく頼まれる筋合いないわいなどと平子はブツクサ言っていたが、明日檜は綺麗な笑顔で応えた。
「はい。真子さんが幸せになれるよう命を懸けて頑張ります」
二人と別れの挨拶をし、それぞれの路を再び行こうとして一護は振り返った。
「棗パン好きやて初耳やったで」
「そうでしたか?」
「コンビニ寄ってこ、俺の好きなパン持たせたる」
そんな会話をしながら手を繋いでいるのを眺めていると、井上が言う。
「どうしたの、黒崎くん」
「いや、平子もああいう表情するんだなって思ってさ」
「わかる! 柔らかいっていうか、『この人といられて嬉しい』って顔だったよね。もう一つ、平子くんの顔、気づいた?」
「ほかに何かあったか?」
「気づかなかったんだったらいいや、うん」
一護は曖昧に言う井上に視線を移して、自分も今ああいう表情をしているのだろうか、と思った。そうだとしたらだいぶまずい気がする。鏡で一度確かめてみたいが、手鏡を持ち歩くのもナルシストのようで嫌だ。
町中でガラスに映ったときよく見てみよう。井上の家へ着くまでに大きなガラスはあっただろうか、と一護は頭の中で3D地図を広げた。
十年後、黒崎織姫になっている彼女の手が一護の手の近くを長いことうろうろしていたのを知りもせず。
ヒント:棗が買ったもの
Don't say Yes/No.本編終了。
次ちょっと後日談。