平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら   作:架鍵キー

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時系列的に千年血戦篇後です。


あなたの存在が私の悩みを軽くします

 

 あァ、なつめ、死んだんやった。

 

 

 うららかな日差しが気持ちの良い日だった。

 春は過ぎているからうららかというのは本来ふさわしくないのだが、主観的にはそんな日だ。

 常に花が傾いているほど強風ではなく、全く花弁が揺れないほど無風ではない。心地よく肌を撫でる風に長時間晒されても寒くなければ暑くもない。

 日向にいても日焼けの心配は要らず、柔らかな暖かさに包まれるだけの日をうららかと思っても誰からも責められないだろう。口に出していないので責める者がいるはずもない。

 

 尸魂界中を巻き込み、瀞霊廷を破壊し尽くし、夥しい死者を出した戦争が終わってからまだ時は幾許か。

 ほとんどの怪我人が生きるか死ぬかの境目の左右――あるいは上下に分かれたころ、生きているなら隊長として仕事をしてくれという理由(だろう)で優先的に治療を施され、あちこち痛みは残っているものの目に見える傷はほぼ癒えた平子は今、折れた柱の上に腰掛けて日向ぼっこをしていた。

 会議に向かう途中である。

 

 疲れていた。

 

 余りにもしなければならないことが多すぎる。

 余りにも片付けなければならないものが多すぎる。

 

 ゾンビ化は全然羨ましくないのだが、ローズや拳西たちがこの惨状の中を駆けずり回らなくて良いのだけは羨ましい。

 十二番隊によれば彼らが元に戻るのには時間がかかる。であれば、復帰するころには死の匂いが充満して晴れない世界も多少マシになっているはずだ。

 

 疲れた。

 

 体の傷は癒えても精神的な損耗は回復しない。

 それで、何だか歩くのが嫌になって日向ぼっこを始めたのだった。

 遅刻するだろうが、まあ何とかなるだろう。

 

 ──こんなとき、棗が真子さん真子さん言いながら抱きついてきて、羽織の中にでももぐりこんでくれば癒やされるんやがのォー。

 

 と、甘えることで相手を癒やす能力を持った恋人を思い出して──思い出した。

 

 なつめ、もういないんやった。

 

 恋人は死んだのである。

 滅却師たちの一次侵攻で。

 彼女がどう終わったのかは知らない。

 ただ、山本総隊長の遺品を囲んた隊首会で彼女が所属する三番隊の隊長である鳳橋楼十郎と顔を合わせたとき、彼は班と配置だけを告げ、

 

「生存者はいなかった」

「遺体も判別できなかったそうだよ」

 

 そう、教えてくれた。

 

 聞かなくともわかってはいた。心配して彼女の霊圧を探しても、どこを探しても、どれだけ探しても見つからなかったのだから。

 副隊長の吉良ですら一度は完全に死んだのだ。生き残れたはずがない。

 勝てないと悟った瞬間に始解を使い、誰も追いつけないその俊足で瀞霊廷を離れれば助かっただろうが、彼女がそんなことをしたわけがない。

 

 戦って死んだだろう。

 

 悲しみを表現している暇も余裕もなかった。

 多くの者が家族や恋人、あるいはその両方ともを亡くし、家族や恋人、あるいはその両方ともを残して死んだ。

 平子は護廷十三隊の隊長だ。恋人を一人亡くした程度で肩から下ろしていい責任はひと欠片もない。

 

 だから、思い出すのを忘れていた。

 思い出せば、想起される柔らかな記憶が沢山ある。

 

 棗は平子にくっついているのが好きでよく寄り添ってきた。

「オマエは俺にくっついてるのが好きやなァ」

 彼女の返事はこうだった。

「はい。私、父母に抱きしめられた記憶もありませんし、乳母が抱っこしてくれたのも四歳か五歳くらいまでだったので、人の温もりにさもしいのです。勿論、大好きなあなただから触れていたいのもありますけれど」

 金輪際、退けと言わないことを決意した。

 

 ──遺体が残っていれば、棺に平子の着物の一枚でも入れてやれば喜んだだろうに。

 独りでも生きていける強さはあって、しかし面倒を見てやらないと幸せにはなれないと確信できるところが却って可愛かった。

 ローズにも言われた。

 

「彼女を紹介した理由? 孤独でも気高く凛々しくあれるのに『うわァ、こいつは俺が引き取ったらないとあかん』ってタイプは真子の好みだと思って」

 

 ぐうの音も出ない理解の深さだった。

 ただ、彼女の実家に挨拶に行って二親に棗との婚姻を歓迎されても、

「婿に入ってくれ」

「嫌や」

 これで折り合わずにとうとう結納すらしていなかったのだが。

 

 棗は結婚に反対する実家なら縁を切ることに躊躇いはないと堂々たる意思表示をしていたが、結婚のほうは認めるからと言われればなかなかに縁までは切りづらい。

 平子も彼女に家族を捨てさせたいとは思わないので根気勝負の最中だった。

 死神の人生は長いし、急ぐことはない。

 

 急げば良かったのに。

 

「旦那さま」

「なんや嫁」

 

 いつまでもそんなことを言うだけ言って遊んでいなければ良かったのに。

 

 もうしばらくは歩き出す気になれそうにない。

 ああ――疲れた。

 

 

「ああ――いた……! 平子隊長! ッ、平子隊長ぉーっ!」

 

 血相を変えて走ってきたのは雛森だった。

 のんびりしているのに怒られるかと一瞬思ったが、雛森はサボりと本当に必要な休憩の区別がつかない娘ではない。

 

「どしたん、そない慌てて。瓦礫片付いてへんから気ィつけんと転ぶで」

「あたしが転ぶくらいなんですか!」

「いや結構大事やないか……?」

「今、今、隊舎に、隊舎に、使いの人が来て、明日檜家の、」

 

 ぜえぜえ息を切らし、涙を拭いながら雛森は叫んだ。

 

「棗さん、生きてるって……『生きてます』って!」

 

「どこや」

 

 座り心地が悪いくせになかなか離れられなかった硬い柱から腰が浮いた。

 疲れも痛みも消えた。

 

「真央施薬院ですっ! 奥にいるけど平子隊長は入れるようにしてあるって!」

「桃、ここまで走ってきて貰うて悪いんやけど、次の会議代わりに出といてくれるか」

「勿論ですっ! 早く行ってあげてください……!」

 

 一歩目から瞬歩で走り出す。

 瓦礫は全て踏み砕いた。

 

 

 

「なつめ」

 

 病室に通されて、横たわった女性の名前を呼ぶ。

 寝台の傍らに膝をつき、片目ごと頭の半分を覆った包帯を避けて頬に触れる。

 生きた肌だ。

 案内の職員に「絶対に体を動かさないでください。手を取ろうとするのもいけません。毛布をめくらないように」と念を押されていたのでこうして僅かな面積しか触れることができないけれど、生きてると信じられる。

 

 棗の肌だ。棗の体温だ。棗の霊圧だ。

 生きている。

 

「なつめ」

 

 丸い響きの名前をもう一度呼ぶと、包帯に覆われていない方のまつ毛がほんの少し動き、百貫の重さをも超えるだろう瞼が薄く開いた。

 

「……しんじ、さん……」

 

 彼女はすぐに見分けてくれて、乾いて掠れた痛ましい声で平子の名を呼び返す。

 ひび割れた唇の端がかすかに上を向く。

 

「しんじさんだ……」

「ああ、俺や。棗、生きてたんやな……」

「お怪我……ありませんか」

「俺は大丈夫や。ピンピンしとる」

「戦いは……どうなりましたか……?」

「終わった。全部終わったから、なんも心配せんでええ」

「わたし、何の役にもたてなかった……ごめんなさい」

「気にしなや。生きててくれただけで十分や。良かった。ほんまに良かった」

 

「感動の再会を邪魔したくはないけれど、その患者をあまり喋らせないで欲しいね。やっと繋がったばかりだから」

 入り口から声がかかり、顔を向けると総代の山田清之介がいた。

「繋がったばかり?」

「そのままの意味さ。抵抗がないなら毛布を捲ってみるといい」

 

 案内の者は捲るなと言っていたが、総代がいいと言うならいいのだろう。毛布の下が裸なのかもしれないが、棗の裸は何度も見ているので抵抗はない。

 

 包帯が巻かれた棗の腹はきついベルトを巻いているかのように一周陥没している。

 

「……千切れてたんか」

「明日檜の手の者がここに運んで来たときはね。知っての通り、僕も彼女だけに構っている暇はないから一厘残っていた命だけとりあえず拾っておいて、さっき自力で呼吸できる程度にまで回復させたよ。

 でも勢いに任せて抱きしめようなんてするとまた千切れるかもしれないから触らないほうがいいし、喋るために使う傷んだ筋肉を長時間いじめさせるのも勧められないな」

 

 それだけ言って清之介は平子が礼も言う前に出ていった。本当に千切りかねないと思って釘を刺しにきたのだろう。確かに、言われなければ抱きしめようとしたかもしれない。

 平子は再び棗の頬を撫でる。

 

「親父さんが手ェ回してくれてたんか。今日ほどオマエがど偉い貴族で良かったと思たことないわ……」

「しんじさん……」

「棗、あと少しだけ待っとき。すぐ織姫ちゃん連れて来たる。織姫ちゃん待ちの奴らの列に横入りするんは悪いが、俺もいい加減よう働いてるし、そのくらいのご褒美貰ても罰当たらんやろ」

「しんじさん」

 

 彼女は言う。何度も何度も言ってきた言葉を。つらい息の中で、何よりも美しい言葉を。

 

「しんじさん、愛してます」

「ありがとな。元気になってまた何遍でも言うてや」

 

 

「織姫ちゃん、いてる?」

 

 四番隊舎に詰めて重度の怪我人を診ていた織姫があんこをたっぷり載せたよもぎ団子を口いっぱいに頬張っているとき、平子真子が余裕がない様子で休憩室の襖を開け、織姫を呼んだ。

 いつもと違う雰囲気を察して織姫は口にまだ団子を残したまま返事をする。

 

「ひらごぐん、」

「食うてからでええで。休憩中にごめんな」

 織姫は急いで咀嚼して緑茶で飲み込む。

「……ううん。どうしたの? 何かあった?」

 平子は両手を合わせて『お願い』のポーズをとる。

「ようさん怪我人治してくれて疲れてるのにほんっまに申し訳ないんやけど、できるだけ早う治して欲しい子おんねん。酷い怪我で動かせへんから、近いうちに時間作って一緒に来て貰われへんかな?」

 

 それが誰なのか、言われなくても織姫はピンと来た。

「それって平子くんの、」

「そう、棗や。棗、生きてたんやけど体真っ二つにされててん。真央施薬院っていうて貴族しか診ィへんエエ病院に入院してるからよっぽどのことがなければ命はもう大丈夫なんやけど、怪我が怪我やから容態急変がせえへんとも限れへんし……」

 

 平子は申し訳なさと恥と気まずさが複雑に混ざった顔になる。

 でも続けた。

 

「早よ、ぎゅってしてやりたいんや」

「行く!」

 織姫はバッ! と立ち上がる。

「すぐ行く! ちょっと待って、勇音さんに出かけるって言ってくる!」

「今からでええんか?」

「うん! あのね、明日檜さんから貰った石、疲れたとき香らせるとすごく元気になるんだ」

 ポケットからお守り袋のような小さな巾着を出して平子に見せた。

 

「これなかったら治せた人もっと少なくなってたと思う。だからそのお礼しなきゃ。それに明日檜さんもきっと平子くんにぎゅうってして欲しいよね」

「そら間違いないわ。あいつ、俺のこと大好きやねん」

 織姫は爽やかに笑う。

 

「じゃあ急がないと!」

 

 

 貴族街の入り口で許可がない織姫の侵入を拒む番兵に対し、棗の弟が「ぼくの兄上に無礼を働くなッ!」とドロップキックをかます一幕もあったが、織姫の尽力により棗はほどなくして回復した。

 棗の父母は大事な愛娘の傷を跡も残さず治して貰ったことに泣いて喜び、大仰な礼を固辞した織姫が唯一希望した香石を十何種類と用意し、織姫を「やったー、黒崎くんたちにも分けてあげよう!」と喜ばせた。

 退院後、嫁をそのまま連れて帰ろうとした平子が『まだうちの娘です!』と止められたりもした。

 そういった諸々の後、

 

 体が元に戻り復興に参加し始めた棗は、

 

「あ、平子隊長の奥さんだ。こんにちは」

「ごきげんよう。鍛錬ですか? お疲れさまです」

「平子隊長、隊首室戻ってないかもしれないので呼んできますね」

「ありがとうございます」

「いえいえ。このお礼はまた信濃屋のおまんじゅうで」

「はい」

 

 折れた斬魄刀が直るまで徒歩で五番隊舎まで弁当を届け、それを毎日目にする隊士から『平子隊長の奥さん』という渾名で呼ばれるようになった。

 

 

 





ナツメの花言葉:健康・英俊・若々しさ
あなたの存在が私の悩みを軽くします

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