平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
ご挨拶当日。
平子は明日檜家本邸の玄関近くで『ないわァ~』と思っていました。
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「死覇装は一応死神の正装やけど、俺いつもこの格好やから普段着で来とる気ィして落ち着かんのォー」
「護廷十三隊の隊長羽織よりも格式の高い着物などありませんから大丈夫ですよ」
「もっとオシャレにキメられたら良かったんやが。羽織の下死覇装着ィひんわけにはいけへんし」
などとお出かけ服に関してぶちぶち不満を漏らしつつ門前で馬車を降りたのが十数分前です。
平子が先に降り、棗に手を貸しているとタタタッと茶色の髪の子供が寄ってきてお辞儀をしました。
「お帰りなさいませ、棗様!」
「あら、ごきげんよう。いらしてくれたんですか」
意外そうにする棗に、少年は緑の瞳をワクワクと煌めかせ身を乗り出すように両手を握ります。
「はい! こちらの方が棗様の旦那さまになる平子様ですね! よくお越しくださいました!」
「なんや、この坊主」
このテンションの高い子供は明日檜家の丁稚か何かかと棗に聞こうとすると、子供は衝撃を受けたようにして身を伸ばします。
「申し遅れました! ぼくは明日檜竹雄と申します!」
「明日檜?」
「弟の竹雄です」
「はァ? 弟? ほんまの?」
「はい。
お出迎えありがとうございます、竹雄様」
「とんでもないです! どうしても待ちきれなかったのでこちらまで出てきてしまいました!」
「霊術院はお休みだったんですか?」
「へへ、棗様が未来の旦那さまを連れてくると聞いて抜け出して来てしまいました。先生もそのような事情ならいいと仰ってくださいましたよ!」
こう、平子は、なんかこう、変なものを感じていました。なんだ、こう、なんだ。へその位置が落ち着かない感じです。
まあいずれにしよ、とても歓迎してくれているようでよかったですね。
竹雄はジャンプでもしそうな勢いで平子に言います。
「ぼくには姉が4人いるのですが、兄はいないんです。初めて兄ができて、しかもその方が平子隊長であることがとても嬉しいです! 兄上様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「まあエエけども……様はつけんとき」
「ありがとうございます、兄上!」
どれだけ嬉しいのかずっとテンションの高い竹雄と一緒に門扉をくぐり本邸玄関までの長い道のりを歩きました。
様々な種類の植栽の林、透明な水を湛えた手入れの行き届いた池と風雅な石橋。目を楽しませる景色が作られていますが、細かく見ていると林はその中を通ろうとすると刺さる鋭利な葉をつける木が随所に植えられていますし、橋はおそらく然るべき操作をすると池に落ちる仕組みになっています。
襲撃者を気にし過ぎだと思えるかもしれませんが、平子の隣には既に知っているだけで2回は殺されかかっている棗がいました。棗は黙っていますが、その2回が全てではないでしょう。用心はしすぎても足りないことはありません。
……平子が棗を嫁扱いするのは何も仲の良さを周囲に見せつけたいからではなく、棗が外に嫁ぐことは確定事項であると思わせるためでもあります。
跡目争いから抜けるのであれば護廷十三隊の隊長の妻に手を出す馬鹿はいないでしょう。
というわけゆえ、平子は決して婿に入るつもりはありません。「婿入りはなんかヤダ」などといった感情的なものではないのです。
やっと本邸の玄関に辿り着くと、その前にはスタンドタイプの大きな日除けの傘と長椅子が設えてあり、それぞれ違う髪と目をした女性が座って待っていました。
平子の顔を見ると微笑んで立ち上がり、全員が棗と同じグラマラスなスタイルを際立たせます。
明日檜の四姉妹といえば『明日檜に花月要らず』──花など飾らなくても華やかで、月など出ていなくてもあたりは明るくなる──と謳われるほどの美人姉妹です。
「ごきげんよう棗様。ごめんなさいね、本邸に平子様をお連れになると聞いたので通りすがりを装ってさりげなくお会いしようしたら、全員が同じことを考えて集まってしまいました」
「ごきげんよう。いいえ、足をお運びくださってありがとうございます。
真子さん、紹介します。姉たちです。緑の髪が
お姉様、こちら平子真子様です」
「ええ、存じております。お待ちしておりました平子様。ようこそおいでくださいました」
平子の内心は『ないわァ~』です。こういう、こういう家族関係が悪いわけではないのでしょうが。
棗にこれは向かないでしょう。
あんなに甘えたがりなのに俺と付き合うまでの人生大丈夫だったんかいと平子は思います。
ダメです。
初デートのときに言っていた大叔父や親友や同期の友人との別れは平子の想像よりも遥かに深く突き刺さる鋭く尖った杭でした。人と親しくなりたいと思っても、自分から歩み寄ろうとすると杭が食い込んで動けなくなるほどに。
平子がプロポーズから泣いて逃走しだす棗をふん捕まえ、本人の本音に従って承諾するよう迫ったのは最適解であり最善手でした。お陰で存分に甘えられる強くて優しい旦那さまを得て棗は幸せです。
『私には! 真子さんがいてくださるんですよ!』と心に余裕ができたことで少しずつ他の者とのコミュケーションにも良い変化が起きています。
俺長生きしよ、と平子は思いました。
あと子供も最初の子が健康に生まれてこられたらたくさん作りましょう。男の子と女の子、両方欲しいです。できたら女の子は二人欲しいです。新たな家族は棗をより幸せにし、そして平子が先に死んでも棗を不幸にすることがないでしょう。
ふと、平子はこうして未来のことを考えるのがとても楽しいことに気づきました。
死神になり隊長になってから、先々を考えることは時には隊士の命をも左右する責任を伴うものでした。現世へ追いやられた逃亡生活では全員でどう生き延びるか、藍染をいかに排斥するか、そんなことばかりでした。
自分を愛してくれる女性がずっと幸せであれと願うこと、もしかしたらこれを幸福と呼ぶのかもしれません。
「誰もが諦めるべきだと勧めていたのにあなた様を待ち続けた棗様は良き妻になると思います。どうぞ末長くいつまでもお傍においてやってくださいませ。姉として切にお願い申し上げます」
菫はそう言って頭を下げました。
そういうのに真面目に返すのは平子のキャラではないのですが今日のところは無難に応答します。
「ご丁寧にどーも。俺も棗以上の嫁さんはいてへんと思てますんで、エエ旦那になれるよう努力しますゥ」
「ありがとうございます、菫様」
「さ、皆様。ご挨拶以上にお引き止めするのは遠慮しましょう。平子様と棗様はお父様へ会いにいらしたのですから」
「お時間があるとき、またゆっくりお話しさせてくださいね」
「お父様がお待ちしている奥の間へは日輪がご案内させていただいてもよろしいですか?」
と、日輪が玄関の扉を開いて入るよう手で促します。
「よろしくお願いします、日輪様」
菫と祭は三人を見送ってから世間話をするのかまた椅子に座りました。竹雄は平子たちについて行きたそうにしていましたが、可哀想に祭が霊術院での様子を尋ねたせいでついて行きそびれてしまいました。
平子は何となく棗に甘えさせたくなりました。前を歩く日輪に聞こえないよう棗の耳元に顔を寄せます。
「せえへんで良かったら今日は一緒に寝よか」
「はい!」
棗は平子にくっついて眠るのが大好きです。最低6時間は平子と触れ合っていられるのです、しなくても断る理由などありません。
全然聞こえていましたが知らないふりをした日輪は歩幅が狭く、静かに歩くため必然的に進みは遅くなります。
枯山水の庭に面した長い廊下を歩く中、『真子さんと手を繋ぎたいなー、でも日輪様の前だしなー』と棗は考えており、その思考を見透かしている平子は空いた手を自然にガードしていました。
日輪が振り返りそんな様子を見て微笑みました。彼女は二人と話せるように並びます。
「平子様に棗様を気に入っていただけて良かったです。実は私、平子様がお戻りにならないことよりも『お戻りになったのに棗様を気に入っていただけないこと』のほうが恐ろしゅうございました」
「俺が言うもんでもないんやろうけどその心配はちょっと分かるわ……」
平子が引き取らなかったら棗は一体どうなってしまったのでしょうか?
どうもしません。
棗は人に甘えたくても我慢しようと思えばできますし、そのまま独りでも生きていけるタイプです。やるべきことをやり、すべきことをし、与えられた役目を果たし、流れ行く日々を穏やかに淡々と過ごしました。
決して幸せにはなれませんが、それだけのことです。
いやそれは大事なことだろうと言う人もいるでしょうが、夢や幸せを掴めない人など珍しくもありませんし、棗はあまり気にしていませんでした。元々彼女、平子の妻に収まれると思っていませんでしたしね。
ただ、
「俺が別の女とくっついたときの棗とか悲惨すぎて想像したない」
平子がその彼女を見たとしたら、本人がどう思っていようと悲惨に見えます。
「私は真子さんが幸せならそれで構いませんでしたよ」
「強制猥褻の加害者なんぞにも全身全霊振り絞って嫉妬しとった奴がよう言うわ」
「真子さんはもう棗の旦那さまですので」
霊圧泥棒の話になってもツンと唇を突き出すだけになるくらいまでメンタルは回復しました。
でも泥棒を許すつもりはありません。
「ご苦労の多くていらっしゃる棗様が幸せそうでほっといたしました。
平子様、今度私たち姉弟とも一緒にお茶をしませんか? せっかく家族になるのですから私たちももっとあなた様のことを知りたいですし、珍しいお話をいろいろと聞かせていただきたいです。初めてのお兄様とお話したくてたまらない竹雄様もきっと喜びます」
「まァ、機会があったら……」
「では祭様に主催していただいて日程調整をお願いしましょう。あの方はそういったことが得意なんです」
先導の必要がない程度に真っ直ぐな廊下を進んでいるので日輪は平子の方に並んでいます。
棗の姉なので日輪も美人です。そして棗同様、神に選ばれたダイナマイトなスタイルです。平子への好感度が高いのは見てすぐわかります。
少しだけ不安を覚えて、棗は表情は変えないまま平子の手を握りました。
平子は目を細めます。日輪に気を取られて警戒を忘れていました。
歓迎してくれてる姉ちゃんにまで嫉妬しなやと握られた手の親指で棗の脇腹をつつきます。
違いますよ、日輪様も真子さんが好きだったらどうしようってなっただけですよ。
うん? それは嫉妬のうち? そうですね。
日輪はフッと吹き出します。あまり深い交流のない妹ですが、姉妹愛はあります。旦那さまが好きすぎて姉にさえ嫉妬してしまうなんて可愛らしい妹です。
安心してくださいね、お姉ちゃんは妹の夫に岡惚れしたりしませんよ。したならしたで回りくどい真似はせず全力で獲りにいきますよ。
手を振り払えない平子が気まずそうにしているので、日輪は再び二人の前を歩くようにしました。
「長く歩かせて申し訳ありません。父は是非改装したばかりの部屋でお迎えしたいとのことで」
あちこち曲がったり渡り廊下を通ったりしてようやく日輪が「こちらです」と言いました。
すっげェ嫌な予感がして平子が棗を見ると彼女も胡乱げに首を捻っていました。
日輪が重量感のある革張りのドアを3回ノックします。
「お父様、平子様と棗様がお着きです」
「入っていただきなさい」
中からの声に応じて日輪が縦長のドアハンドルを握ってグッと手前に引きました。
通された部屋の様相はこうです。
蘇芳色の毛の長い絨毯
カッティングガラスの煌めくシャンデリア
アラベスクの壁紙
大理石のテーブル
ベルベットの座面と猫脚のソファ
アーチ状に石を積んだ暖炉
洋間というやつです。
ソファに座っていた男のうち片方が立ち上がり仕草で歓迎の意を示しました。
「やあ、よくいらっしゃいました。どうぞかけてください」
「棗ェ、何から突っ込んでいいか分かれへんぞ」
「恐縮です」
こんな部屋を見たのは彼女も初めてでしたので苦情を言われても困ります。
どうしてこうなったのかは想像がつくのですが。あと父ではない、もう片方の男性のほうには心当たりがありましたが。
平子もまずはそこに突っ込むことにしました。
「とりあえず──
あんたここで何してんねん京楽サン!」
「いやーははは。まあ座りなよ平子隊長、と棗ちゃん」
片手をあげて緩く笑ったのは後の総隊長、現八番隊隊長、京楽春水でした。