平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
明日檜家の歴史すべての始まりがあの蔵です。
あの蔵が明日檜家の者を何人育て、何人殺してきたことでしょう。
数えてしまえば育てて贅沢をさせてきた人数のほうが断然多いのですけれども、殺されるほうの枠に入りそうな者にとっては苦々しい思いを抱かずにはいられないものです。
「
「あの蔵の中にもう一つ蔵があります 蔵in蔵です」
隣の平子は棗の表情であの蔵が嫌いで行くのがいやで仕方ないことを察し頭を撫でてやりました。
京楽がほんわかしている空気が漂いますがここはシカトします。
「では開けます」
全員揃うと日輪が鍵穴に鍵を差し込み、錠前の裏表にあるパーツを寄木細工のからくり箱のように移動させていきます。
「あの複雑な錠もいくつかあって時折ランダムに付け替えます。日輪はあの錠が好きでしてね。新しく作ることもあるんですよ。もう3つだったか?」
「5つです、お父様。もうすぐ新しいものも完成しますのでお楽しみに」
最後の長い棒を引き抜いて、錠が外れました
一つ目の扉を手前に引くともう一つ鍵付きの扉があります。
次の鍵もからくり式でしたが外のものよりは簡単です。簡単といっても小さいだけで見て開けられるものではありませんが。
「手元見とったけど全然覚えられへんかったわ。オマエあれ全部覚えとるん?」
「はい。でも日輪様がお作りになった鍵は手順書が一冊しかありませんので、菫様から順に覚えていて、私が覚えたのはまだ2つですね」
菫と日輪は数ヶ月後の滅却師侵攻で死亡します。
日輪はそれまでに最後の鍵の手順書を途中までしか作成できなかったため、彼女の遺作は永久に使われることはありませんでした──。
ということは意外となく、平子と棗の子供の一人が興味を持って研究した結果解錠方法を発見し、使えるようにしました。
しかしそれもまた未来の話です。
「開きましたよ。どうぞ中へ」
両開きの扉を日輪と雪江で一枚、桜治郎が一枚ずつ開いて平子たちを招き入れます。
入ってすぐ、威圧感のある棚がズラリと並んでおり、そこに大小様々な大きさの箱が置いてあります。掃除が行き届いており、独特の匂いはするものの埃が積もっているようなことはありません。
明かり取りがないのにやけに明るい……という平子の疑問はすぐに解決されました。
奥に、大人の身長の3倍程度の高さで、外蔵に比べるとこじんまりとした印象を受ける材質の不明な蔵があります。
何故か全体的に光っています。
「何やあれキッショいな」
「こらこら、罰が当たるよ平子隊長。あれこそ三界に二つとない財宝を保存する二つとない蔵だ」
「私もキッショい蔵だと思います」
「こらこら、棗ちゃん」
「でもどう考えてもあの蔵はキショいですよ、京楽隊長」
「君がそう思うのはしかたないとは思うけどね。
プライベートでは昔みたいに『春水おじさま』って呼んでよ」
「そうも参りません。棗は護廷の隊士ですので」
「こちらへいらしてください」
桜治郎が呼ぶのに三人は扉の前まで来ました。
内蔵の扉は壁と同じ材質で鍵が付いていませんでした。鍵穴がありませんし、外付けもされていません。
ただ『開けるとき手を置くところはここ』と指定するかのように僅かな意匠で囲んだ縦長の四角形があります。どちら側にも押して開くトイレのドアのような感じですね。
「頑丈な作りっぽい割に鍵つけてへんのやな」
「鍵、要らないので……」
棗が口をイーッとしました。
「日輪、開けて見せてごらん」
「はい」
扉の前で日輪がふぅ、と息をつき扉に両手を当てて押すと、少しずつ隙間ができていきます。力の入れ具合からすると相当の重さであるように見えます。
ようやく人ひとり分の隙間が開き、日輪が中に入ると勝手に閉まってしまいました。
「日輪だとこんなものです。平子隊長、やってみますか?」
「俺が開けてええん?」
「どうぞ」
棗があからさまにぶすくれてるので声はかけずに平子は扉の前に立ち、日輪と同様に押します。
開きません。
かなり力を入れます。
開きません。
かなり霊圧を込めます。
開きません。
「開けへんな。ただの壁押してるみたいや」
「私がやるとこうなります」
桜治郎が押すと西部劇に出てくる酒場のドアくらいの軽さで開きました。
「つまり明日檜家の者しか開けられへん扉っちゅうわけか」
「だね。ボクがやっても平子隊長と同じだよ」
「棗も来なさい」
「当然棗でも開くんやろ?」
「はい……私でも開きます……」
嫌そうにしている棗でしたが父親相手に文句は垂れません。彼女はとことこと扉に近づきます。
開きました。
押しても引いてもいません。扉に触ってすらいません。
扉は棗が近づくと開き、遠ざかると閉まります。自動です。
平子は素直な感想を述べました。
「キッショい蔵やなァ~」
「そうでしょう」
万感の想いを込めて棗は頷きました。
明日檜家の
明日檜家は扉を開ける力の強い者が家督を継ぐ習わしなので、自動ドアにしてしまう棗が四女でありながらも跡継ぎ候補になっているわけです。
「この扉は霊圧や力の強さ弱さ、容姿、性格、他の何とも関係なく開いたり開かなかったり、開くのに時間がかかったり力が必要だったりします。唯一確かな条件が明日檜家の血を引いていなければならないことだけ。
尸魂界の宝が保管されているこの蔵の扉が開かなくなることは誰にとっても困りますので、その世代で開ける力の強い子が継ぐのが良かろうということになっています」
棗が顔を覆ってさめざめと泣くような仕草をします。
「お父様だって菫様だって押す必要はあるのに私には勝手に開閉するんです……まるで好かれて嬉しくない方に尽くされているような感じで本当に気持ち悪……、……っ!?」
「いや俺はオマエに好かれて嬉しいさかい、妙なことは思いつかんとき」
はッ! とおかしなことを思いついた気配がしたので平子は先回りして否定しておきました。そしてこいつ自分が尽くす系な自覚はあんねやなと思いました。
「明日檜家の血ィ引いてたら開くってことは外の鍵さえ開ければ親戚誰でも入れるてことになれへん? ガバない?」
「それはご安心を。当主の私が『次私がいいと言うまで開かないように』と命じれば開かないようにもなっています」
桜治郎は扉に手を当てて言います。
虚無顔の棗が近寄ります。
開きました。
「開くやん」
「棗にだけは開きます」
「本当にこの蔵気持ち悪くて……『私のこと好きなの!?』ってくらい」
「平子隊長を一族に迎えて、棗に家督を継がせたい理由は分かっていただけたでしょうか?」
「まあ理由は」
それで応じられるかどうかは別です。
「ほんでも菫サンが今のところ筆頭候補なんやろ?」
「菫は私と同程度、つまり当主になれるくらいですので十分ではあるのです。棗が生まれて開けるようになるまで次は菫で決まりだろうと思われていましたから、そのつもりでいた者たちを刺激するのはできるだけ避けたい。
しかし私としては必要であれば変更を厭いはしません」
棗が平子と結婚すると実家に報告して大惨事になっていたのはこのあたりの事情も含まれています。
「平子隊長がついている棗が継ぐことが決まれば菫も安全になります」
「棗を持ち上げたい派は菫サンを狙ってるんか」
棗の目が更に暗く虚無りました。
「そういうこともあります。ご存知の通り反対もあるので、菫様とはお互い申し訳ない気持ちでいっぱいで」
「そういうこと『も』?」
「日輪様、祭様よりも力の強いいとこが何人もおりまして……しきたりからいえば私と菫様が両方亡き者になればそちらのほうに家督が移ることもありえまして……」
「骨肉の争いやな……」
桜治郎が平子を明日檜家に入れたい切実性はだいぶ理解できました。しかしだからこそ棗はこんな家から離れたほうがいいと思います。
棗が継げば即ち二人の子供が命を狙われるということなのですから、承服できる由もありません。
「すぐにお決めにならずとも結構です。ゆっくりお考えください」
さて、とうとう遠回しに『結婚は平子くんが婿に入ることを決めたらね!』と言われてしまいました。
「俺の魂魄には虚が混じっとりますけどそらええんです?」
「これから生まれる子が家を継ぐのは二百年は先でしょう。そのころには研究が進み、破面も虚化も、誰も気にしない世の中になっているかもしれませんよ。
たった十五歳の少年が尸魂界の百万年を変えたように、いつ何が起きて物事がどう変わるかはわからないものです。未来のことは未来の価値観で決めたらよいと思います」
頭が柔らかいのか無責任なのか微妙な発言です。これを説得するのは骨が折れますよ。
京楽が平子の肩を叩きました。
「大丈夫、平子隊長が明日檜家に入るならボクも力になるからね」
「頼りないわァ」
「酷いなぁ。ボクだって一応上級貴族なんだよ。時灘が貧民って呼ばないよ」
「誰やねん時灘て」
嫁さんへの想いが複雑な星の見えないクソ野郎です。
この時期はアウラを裏で動かしている頃でしょうかね。
「知らない? 綱彌代時灘。ボクの同期なんだけど」
「知らんけどどないな奴かは一瞬で分かった」
「元気かなァ、彼」
「たぶんやけどそいつ元気ないほうが世のためになる奴やろ」
話す二人を半歩あるきだしながら桜治郎が呼びます。
「雪江がモノを取ってきたようなので行きましょう」
「あれ、桜治郎さんどこ行くの?」
「平子隊長に使われた凶器が盗まれたモノと同一かの判別をしなくてはならないのだろう?」
「この蔵の宝じゃないの?」
「この中の物を盗むのは娘たちでもなければ不可能だよ」
ほなこの扉が開く開けへんのくだりは何だったんや! と突っ込もうとした平子でしたが、それは平子が婿に入る必要性への説明でした。桜治郎は中の宝に用があるとは言っていません。
「俺こういうペース苦手や……。ほんで棗はなんで親父さん向こう行くて言うてんのに蔵ん中入ってこうとしとんの」
明日檜人、好きなように動きすぎです。
棗は振り返って蔵の中を指さします。
「お父様が扉を固定してしまったので、このままだと日輪様が閉じ込められたままになってしまいます」
その日輪サンはなんで入ったまま出て来えへんかったんやとは突っ込みませんでした。
出てきた日輪は口を尖らせていました。だいぶ性格は違うようなのに、表情の作り方は棗によく似ています。
「お父様、日輪をお忘れにならないでください」
「おまえが入ったまま出てこないのも悪いだろう。何をしていたんだね?」
「久しぶりに参りましたので宝がすべて揃っているか念のため確かめておりました」
「なら締めずに行くよう言いなさい」
「私が中にいるのに締めてしまわれるとは思わなかったのです!」
日輪が桜治郎に抗議しているのを棗がどことなく切なそうに見ていました。
「どないしたん」
「その……日輪様はお父様とあんな風にお話ができていいなと。私よりも年上ですし本邸にいらっしゃることも多いので……つまりお父様お母様と仲がよろしくて」
家族の間でも距離には差があります。
言葉遣いこそ一般家庭より丁寧ですが 日輪と棗で比べれば日輪のほうがずっと父母と親しいです。
扉を開ける力が弱いせいでそれほど暗殺に怯える必要のない日輪には彼女の館の者もうるさく言わなかったので、彼女は比較的自由に出歩けました。
父母も子供たちに差をつけまいとしても遊びに来て顔を見る回数の多い子のほうがどうしても気安くなります。
きっと棗は閉じ込められたりしても(あの扉が勝手に開くことはさておき)日輪のような抗議はしないでしょう。もし抗議をできたとしても桜治郎は「すまなかったね」と謝ったでしょう。
性格の違いも大きいですが、相手の非に言及することはある程度の親しさと信頼がなければできないことです。
桜治郎も雪江も、日輪も誰も悪くないのですが、棗はそれを見せられると寂しいです。
「ハァー」
やはり棗は平子が貰っていかなければなりません。
子供を持ったとき、彼女がそう育ったように子供と離れて暮らさせるのは酷でしょう。
朝起きて、平子真子が隣にいて、同じ屋根の下に住む子供たちの顔を見に行く生活をさせてあげるべきです。
「オマエの隣俺がいてるやろ。何寂しがることがあんねや」
「そうですね!」
平子の一言で棗の瞳が輝きました。
父母と親しくなるか、平子が傍にいるか、どっちかとれと問われたら迷わず平子です。一刹那たりとも考える時間は要りません。
平子の腕をとって顔を寄せます。
「好きです、真子さん。ずっとずっと一緒にいてください」
「そのつもりや」