平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら   作:架鍵キー

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Precious the Treasure. 8

 

「あかん! 絶対あかんッ!」

 

 明日檜家本邸を出て二人での夕食時間、個室で平子と棗は揉み合っていました。

 

「今日くらい飲ませてください!」

「あかん! オマエ酒飲まれへんのにこないな飲み方したら死ぬで!」

「だって! あんな話を聞いたらもう本人にどうこうできないじゃないですか! でも怒ってるんですよ! 私! ヤケ酒くらいいいでしょう!? ください!」

「あーかーんッ!」

 

 棗は下戸です。ぺろっと舐めるだけでも酔いますし、おちょこに一杯も飲んだら倒れます。

 普段の食事では平子にお酌をするだけで自分はお茶を飲んでいます。

 が、今日は二本運ばれてきた熱燗の一本を平子のおちょこに注いだあと、もう一本を空の湯呑みにあけてイッキしようとしました。

 すんでのところで平子が取り上げ、手を伸ばす棗から遠ざけているのでした。

 

「怒てるんやったらぶったり蹴ったりはせえへんでも怒鳴るくらいはしてやったらええやんけ。俺の嫁さんなんやからそのくらいはオマエの正当な権利やぞ」

「お父様の言う通りならその人も好きでやってるわけではなさそうなのにそんなことしたら可哀想じゃありませんか。

 私は恵まれています。上流貴族として生まれ、暑さ寒さ飢え渇きに喘いだことはありません。真央施薬院で診ていただけるので病や怪我に長く苦しんだこともありません。父母にも大切にされてきました。手を上げられたことなんて一度だってありません。

 犯人──菊乃さんから真子さんが感じたのが『ごめんなさい』だったなら、彼女は両親に命令されて仕方なくやっているのでしょう」

 

 棗は震える両手を頭にやって髪を乱します。

「女が好きでもない男性に無理やり口づけするのはどれほどつらいことでしょう。

 私は幸せ者です。こんなに面倒な女なのにずっと想い続けてきた愛する男性が妻にもしてくださいます。困ることと言えばたまに命を狙われるくらいです。

 私も彼女も嫌だったなら──耐えるのは私であるべきです」

 と、テーブルの一味唐辛子の瓶をとって蓋を開け、卓上の天ぷら付き温蕎麦に、

「それでも真子さんの唇を奪ったことはやっぱり許せはしないんです!」

「葛藤の独白しながら流れるように蕎麦に唐辛子ひと瓶入れようとするのやめろて!」

「ああっ!」

 これも平子が瓶を取り上げました。

 

「辛いものは食べられますよ! 大好きです!」

「好きなだけで辛すぎるモン食うと口腫れるやろ! 唐辛子ひと瓶は間違うなく腫れるで!」

 腫れます。

 小さな頃から強い刺激物を食べる習慣がなかったせいか、ただの激辛まではセーフですが、激辛!!くらいの辛さになると味は美味しく感じるのに後から唇も舌も食道も腫れますし、胃は荒れますし、お腹も壊します。

 酒が好きなのに弱くて翌日酷い二日酔いでのたうち回るようなものです。

 

「ヤケ酒がダメならヤケ食いくらい……」

「体壊すて分かってるモン俺の前で食わせるかい! ヤケ食いするなら運動すればチャラになるようなモンにしとき!」

「ストレス解消には刺激があるもののほうが……」

「あー! 俺そんな棗チャン好きやないなー! 体に悪いからあかんて言うてんのに聞けへん棗チャンは好きやないなー!」

「うっ」

 棗は宙に浮いた手をぱたりと膝に落とします。

 

 一方平子は内心で「こない一生懸命愛してくれてる娘の愛情利用して言うこと聞かすて畜生みたいな真似ホンマはしたないけど! したないけど!」と良心の呵責と戦っていました。

 酒と一味唐辛子の瓶を手の届かない場所に置いて悄然としている棗をお詫びに抱き寄せます。

「あのな、オマエのしようとしてんのストレス解消やのうて自傷や。手首切ろうとしてんのと変われへん。オマエが自分痛めつけるん見たない俺の気持ちはわかるな?」

「はい……」

「そんなんせえへんで、今日は俺のこと好きにしてエエからそれで気ィおさめてや。ほれ、オマエが一番大好きなんは俺やろ♡」

「!?」

 

 がばっと棗が体を引き離しました。驚愕と悲嘆で目を丸くしています。

 両手で顔を隠しました。

 

「ごめんなさい……」

 

 なんやねんそれどういうごめんなさいや。俺のこと一番好きやないんかい。めっちゃスベってもうたやん恥ずっ。

 困惑でいっぱいの平子から離れ、棗は箸を手に取ります。

 

「ごはん……! ごはん食べたら帰ります! 帰って一人で眠ります!」

「なんでそうなんねん。独り合点するのオマエの悪いクセやぞ」

「被害に遭ったのは真子さんなのに、私を慰めさせてしまっているのに今更気づいて……ご自身を差し出させるようなことまで言わせて本当に恥ずかしい……」

「もしかして俺難しいこと言うてるかもしれへんけど、それ俺がスベッてる感じにならんタイミングで気づくの無理やったか?」

 喜んでキスしてくるのを受け止めるつもりだったのにスベッてつらい平子の横で、棗はもう一秒でも早く帰らなければならないとばかりに海老の天ぷらを急いで咀嚼しています。

 

 ……平子への愛の強さと一途さ、犯人が不遇であることを思いやって自分が耐えようとする優しさ、貴族としての自覚と矜持は間違いなく棗の美点ではあるのですが、歯車が狂ってるとこれです。

 この早食い頑張ってる少女になります。

 食事が終わったらいつも通り二人きりの時間を楽しむつもりだったので平子に帰すつもりはありませんが、どうやってこのほとんどパニックになっている棗を落ち着かせたものでしょうか。

 頭をひねりますが気の利いたアイデアは出てきません。ひねっている頭の半分くらいで「可愛いやっちゃなーこいつ」と考えているせいでもありますが。

 基本的に平子の心の「面倒い奴やなァ」の隣には常に「でも可愛いなァ」がいるせいで棗がこんな状態でもイライラはしません。

 今のこれはちょっとかわいそかわいい感すらあります。

 

 でも棗は苦しんでいるので、可愛くても早く助けてあげなければなりません。

 平子は棗に愛されている自信があります。さっきはスベってしまいましたが、彼女にはこの世の何よりも愛されています。

 彼女は何度も真剣に誠実に真っ直ぐに愛を伝え、実感させてくれます。そんな愛しい女性を苦しいまま、可哀想なままにしてはいけません。

 彼女のことは幸せにするのです。そう決めたのです。

 

「慌てて食わんでええて。俺はオマエ慰めんの嫌やないさかい」

「そうやって真子さんの優しさに甘えていた自分が恥ずかしいです」

「それでオマエ帰ったら俺が一人残されて寂しいだけやんけ。詫びたい気ィあるなら色々疲れて癒やしが欲しい俺にその柔らかい胸の一つでも揉ませェ」

 

 棗の箸が止まります。

 

「それは、全然、どうぞ、はい。私の胸でよろしければ。一つでも、二つでも」

「ほんなら個室でも飯屋ですると迷惑やから二人きりになれるとこ行こ」

「はい」

 

 改めて細い腰に手を回すと、棗は箸を置いて寄り添います。

 目元にキスをすると嬉しそうにしました。

 平子の勝ちです。

 

 

 

 

 予定通り宿へ行って、沐浴を済ませて、棗は詠唱破棄したマッチ程度も火の出ない赤火砲をポンポン唱えて髪を乾かしました。

 平子は寝台に座って棗を手招きします。

 寝る支度を整えた棗は大人しく平子に寄っていって座っている彼の足の間に膝をついてキスをします。

 平子はその腰を掴み、ぐるっと回して棗を隣に座らせます。

 

「棗、ちょーっと真面目な話がある」

「胸は揉まないんですか?」

「揉み始めたら真面目な話しとうのォなるから後や」

 

 後で揉みます。

 

「そろそろオマエに真実を気づかせなあかん。ショックかもしれんが落ち着いて聞くんやで」

「はい」

「オマエ、そんーなに恵まれてへん」

「え?」

「貴族に生まれたっちゅうのは幸運なことや。衣食住に困ったことがないっちゅうのも結構なことや。

 でも何度も殺されかかってるやろ。俺と初めて会うたときもあと何秒か遅かったらオマエは死んどった。

 自分から話せへんけど、似たようなこと他にもされてんねやろ? オマエの『恵まれ』はそれでほとんど差し引きゼロやで」

 

 棗の銀色の瞳に宇宙が見えます。『私が……恵まれて……ない……?』みたいな顔してます。そんなの一度も考えたことがありません。

 

「フツーの奴は生きとるだけで殺されかかったり、いつ殺されるかわかれへんて警戒しながら生活しとったりはせえへんねん」

「でも流魂街後半の治安の悪い地域に住む人たちはいつもそんな生活をしてますよね?」

「だからあいつらは恵まれてへんやろ」

「あれ?」

 

 平子がしているのは棗個人の話ですね。

 平民は贅沢な暮らしこそできませんが、普通は運が悪くて死ぬことはあってもどこぞの誰に生まれたという理由で命を狙われたりしません。

 「運が悪くて死にそうになる」と「殺意に晒されて死にそうになる」は違います。運が悪いのはその瞬間を回避すれば済むことですが 殺意は追ってくるのですから。

 キショい蔵に異常に好かれているという本人に責任のない理不尽な理由で命を狙われ続けている棗が、衣食住には恵まれてるとはいえ人生プラスしかないかと言えば否でしょう。

 

「エエ飯食うてエエ布団で寝られるけどいつ殺されるかてビビりながら暮らなあかんてのと、普通の飯と普通の布団やけど命の心配せずに暮らすのと、どっちにするか選べって言われたら普通でも命の心配せんでええほう選ぶ奴がほとんどや」

「私はそんなに怖がりながら暮らしていませんでしたよ」

「すかさず話すり替えようとしなや。危険があるかないかの話や。

 あァー、でもそっちの話もしよか。ホンマか? 親戚とか貴族の集まりで『この人らの誰が自分の命を狙うてるんやろ』って思たことあれへんか?」

「ないです」

「目ェ見て言ィ」

「ないれす」

「噛まずに言ィ」

「……あります」

「それ怖いってことやで」

「はい」

 

 しょげかえる棗に平子は慌てて否定します。

「ちゃうで!? 怒てるんやないから哀しい顔せんといて!? すまん語気強かったな⁉︎

 せやから、自分が恵まれてるからてその分つらいこと嫌ァなこと耐えようとせんでエエて言いたいねん。

 これまで色んなとこで貴族やからってメッチャ言われたんやろうし、これからも言われるんやろうし、家の変な教え──あれ親父さんに次会うたとき文句言うか──変な教えのせいで自分が我慢するべきやて思てまうんやろうけど、キッツいもう無理ってほどの我慢はせんでええ」

 

 棗は黙って、言われたことを心の中で繰り返します。

 それはどういうことでしょう? 言われていることはわかります。意味もわかります。しかし自分は何をどうしたら、どう変えたら平子の言うことに従えるのでしょうか。

 平子は棗の頭を撫で、長く柔らかい髪に指を滑らせます。一連の流れで平子には確信がありました。言っておかなければ絶対そうするという確信が。

 

「で、ここが一番の心配や。今回は俺のことやから俺の周りでやっとったけど、全然関係ないことやったら傷ついてつらいしんどいてなっても、たぶんオマエ俺ンとこ来えへんやろ。どっか知らんとこで我慢して悪い物食って体壊して、俺の前ではニコニコしてみせるやろって目逸らすな目逸らすな」

「いえ、それは、真子さんに関係ないことでまでご迷惑をかけるわけにはいきませんからね」

「迷惑やと思わんて約束するさかい、つらいことあったら我慢せえへんでちゃんと俺ンとこ来い。好きなだけ甘えさせたる。愚痴も聞いたる。

 オマエが知らんとこで泣いてんのは嫌や。泣いてるオマエを慰められへんのも嫌や」

「────────」

 

 音がしました。恋に落ちる音が、コインが一枚道に落ちる音だとしたら、千両箱を十箱くらい塔の上からぶち撒けた音です。

 恋に落ちた深さを例えるにはマリアナ海溝の底を掘削してもまだ足りません。

 

 これが棗の旦那さまです。

 こんなに優しくて素敵な人が他にいるでしょうか? 

 こんなに優しくて素敵な人の妻になれるなんて幸福を得られる女が他にいるでしょうか?

 

 目眩がします。手が震えます。脈が狂って息が乱れます。

 狂騒の如く全身を駆け巡る愛しさが魂魄を破裂させそうなのを抑え、棗は平子の袖を握って、深呼吸して、返事をします。

 

「はい」

「よし、エエ子や。俺がダルいときは俺の泣き言も聞いてな」

「何でも聞きます。いつでも言ってください」

「ほな真面目な話はおしまい」

 

 棗は平子の首に手を回して強く抱きしめます。

「好きです。あなたがたまらなく好きです。愛してます。幸せです」

「おおきに。俺もや」

「どこか行くときは、絶対、絶対に連れて行ってね。どんなに急でも遠くに居ても必ず行くから。私速いから、絶対に追いつくから」

「おウ、霊圧めっちゃ飛ばして呼ぶわ。急いで来るんやで」

「愛してる」

 

 キスを交わし、予告通り平子の手が棗の胸を触ります。

 やわやわ棗はそのまま揉まれていましたが、しばらくしてためらいがちに囁きました。

 

「あの、そろそろ……おやすみなさい?」

「何でや。今これ完全に始める流れやったろ」

「そうかなって思いましたけど! でもしばらくダメって、昼間も、一緒に寝てくれるけどしないって」

「言うてた、言うてたな。言うてたわァ~!

 いやでも俺のこと好きにしてエエとも言うたろ」

「真子さんしたくないのに、私を慰める意味でのことはしてくださらなくて結構ですから……」

「昼間の撤回してセックスしてから一緒に寝よ、にしてええかな」

「はいもちろん」

「ついでにしばらくせえへんてほうも解禁や」

「本当?」

「……二日続けて3回とか4回は無理や」

「もうしたくない時はそう言ってください」

「男はな……せがまれてるのにもうでけへんて言いたないねん……」

「でもこれからは言ってください。真子さんが嫌だったことをしてたの、とてもつらいです」

「嫌とはちゃうんや……したいはしたいんや……体がついて来えへんねや……」

「言ってください」

「ハイ」

 

 お互いに快適な夫婦生活を送るための約束事が一つ増え、また仲が深まります。

 

 この日については二人とも興奮していたのでしっかり3回やりました。

 

 

 

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