平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
菊乃は隊舎ではなく家族のいる宿紫の家から出退勤しています。
配属当初、彼女は他の平隊員と同様に寮に入ることを希望しましたが叶いませんでした。
隠密機動の隊員から姉の容態が昼頃から悪化し始めたので今夜あたりに動きがありそうだ、と連絡が入り、棗は退勤後に夜一と合流して宿紫家からさほど離れない場所で待機し続報を待ちます。
その彼女から『これから捕縛になりそうです』との通話を平子は自分の隊首室で受けました。
「ホンマに俺行かんで大丈夫か?」
『大丈夫ですよ。私これでも三番隊の四席ですよ?』
暴れる者を取り押さえるのは倒すよりもずっと難しいです。
棗を弱いとは思っていませんし、菊乃が実力を隠しているとしても四席ほどであるとも思えませんが心配です。
「危ない思たら無理せえへんで夜一に任しとき」
夜一の心配はビタ一文していません。
結局イメージですね。夜一が強いのはよく知っていますが、平子は隊の違う棗が戦っているところを訓練ですら見たことがなく、バシッと犯人を圧倒して取り押さえる想像ができないのです。
普段見せている振る舞いがあれですし。くっついてくる姿は実力者感ゼロですし。
それに、恋人を心配するのに理屈は要らないでしょう。
『はい。でも本当に大丈夫です。先日卍解も習得しましたし』
「は? 今なんて言うた?」
『あ、ごめんなさい! 夜一さんが移動すると。終わったらまた連絡しますね! 真子さん愛してます!』
「待て棗、切んな……切れた。あいつ卍解って言いよったよな?」
平子は通話終了ボタンを押しつつ独り呟きます。聞き間違いかもしれません。
卍解は習得するだけで歴史に名前が残るものです。話のついでにさらっと報告をするものではないでしょう。
「でも棗やしな……」
でも棗ですからねぇ。
◆
平子の声を届けてくれた伝令神機に深い感謝を捧げながら、先に移動を始めていた夜一に棗は追いつきました。最後に平子の画像を映した画面を見てからしまいます。
愛してます! だけ聞こえた夜一が眉を寄せました。
「おぬし、平子が好き過ぎやせんか?」
「過ぎはしませんよ。きっとこれからももっともっと好きになります」
「あやつのどこがそんなにいいんじゃ? いやあやつのことやおぬしの趣味を侮辱しているのではないのじゃが」
「ぜ」
「全部とか優しいとかではなしに」
表現を二種類封じられた棗は「他の方にわかりやすいのは見た目でしょうか」と答えました。
「見た目……」
「あと真子さん良い香りもします。もちろんそれ一番でもすべてでもないですよ! 他の方にもわかりやすいのがそれかなと」
「むしろわかりにくかったな。他には?」
「私は面倒な女なのに、それでも投げ出すのはあまりにも不憫だと思ってくださるところ。私の世間とズレている感覚を受け止めた上で真摯にそうと指摘してくださるところ。
私の手からこぼれたものを拾って、こぼれ落ちそうなものを支えて、こぼれ落ちても仕方ないと諦めようとする私に手放さなくていい、持っていていいと言ってくださるところ」
指を折ることもなくどんどん出てきます。
「私を嫁と呼んで、私が旦那さまと呼ぶのを許してくださるところもですね。まだ恋人なのに夫婦ぶるのは少しイタイ感じもするじゃないですか」
「そういうのはわかるんじゃな」
「でもそうすると私が安全になるから、多少浮かれた奴だと思われてもいいって思ってしてくださっているんです」
「ふむ……」
「私を抱いてくださったところも」
ピクッと夜一の肩が動きます。
「そんなもの、男なら当然の欲望じゃろ。しかしおぬしほどの令嬢が相手なら結婚まで待つのが分別ではないか?」
「真子さんは分別のある方ですよ。『絶対に手放さない』と伝えてくださったんです。
私に抵抗感があると思っていたらしく、いくらでも待つとも言ってくださったので、実際にしたのは私がすぐにしたいと応えたからです」
「すぐにしたいと、言ったのか?」
「はい。したかったですから、正直に」
「……はしたないとは思わなかったのか?」
ふっと棗の表情に虚無がひと刷きされます。
「真子さんがまたどこかへ行ってしまわない保証はありません。だからいつでもどんな瞬間でも存在のすべてを懸けて愛したいです。真子さんが求めるものなら何でも差し上げます。それが同時に私が欲しいものを真子さんがくださることでもあるなら躊躇いや戸惑いがあろうはずもありません。
逆に必要なら尊厳とかも全然捨てます。真子さんの命と引き換えになるなら汚れた靴でも舐めますし、真子さん以外の男性に抱かれるのは本来死んでも嫌ですが我慢します」
「重すぎるじゃろ。そこまで重いと相手の負担になるとは思わんのか?」
何か自分の中に思うものがある様子で夜一が尋ねると、棗はペカーッと明るくなりました。
「思いません」
「言い切ったの」
「以前他の方にも同じことを言われて『重いですか? 迷惑ですか?』と聞いたことがあるので。お返事は『重いは重いんやろうけど、俺には可愛いとしか思われへんなー』でした」
「あやつはあやつでおぬしにべた惚れしておるんじゃな……」
「夜一さんは、ご自分の愛が浦原さんに負担だと思われるんですか?」
「だからなぜ喜助が出てくる!」
「お二人とも私の恩人ですので、協力できることがあればしたいです」
「大きくて余計なお世話じゃ!」
棗は力強く言います。
「愛する男性と心を通わせながら交わるのは気持ちいいですよ」
「想像がつくようなことを何度も言わんでいい!」
「経験がなかった頃の想像を超えます。『このくらい気持ちいいだろう』と考える最大の良さの四倍以上です。多幸感は危険を感じるほどです。どんなに高価なおクスリ使ったってあんなに幸せな気持ちにはなれないでしょう」
「……そんなにか?」
「そんなにですね。人の脳はこんなレベルまで幸福を感じることができるのかと毎回びっくりします」
「………………」
「好きな人と密に愛し合うのは嫌なんですか?」
「そうは言うておらん」
夜一が苦々しく顔を顰め否定したので棗は続けてよさげだと判断します。
「ではなぜそんなに拒否なさるんです?」
「おぬしには理解できまい」
「聞いてみなければわかりませんよ」
菊乃の様子が本格的に怪しくなるまで二人は移動しながらずっとそんな話をしていました。
■
「────ということなのじゃ。まったくあやつときたら」
「それは確かにあんまりですねぇ」
夜一の愚痴に棗はうんうん頷きます。
女二人が一緒に移動している最中の恋バナとしては極々自然な会話でした。他の家屋の陰に隠れるようにしながらの移動でなければ完璧でした。
「どうせ気でも遣っておるつもりなんじゃろ」
「私だってそこで気を遣われるのはぞんざいにされるよりも嫌ですよ。悲しいです」
「そうじゃ、わかっておるな」
そこで面頬をした男がやってきて、このあたり一帯で最も霊圧の高い者を標的として定めたようだと報告します。
二人は雑談をやめ、抑えていた霊圧を完全に消して菊乃に接近しました。
被害者になるであろう男も確認します。その男が商店街から抜けるか、横の小路に入ったところを襲うつもりでしょう。
「では、打ち合わせの通りに」
ターゲットにされた男が被害に遭うまで見ていることはできません。
ですので、犯行が言い訳できなくなるギリギリまで待ち、夜一が被害者を抱えて遠ざかり、棗が菊乃を取り押さえる予定です。
菊乃が瞬歩で逃げようと棗の足には敵わないはずですが、万一取り逃したら事です。棗は気合いを入れ直し、斜めがけにして固定した背負い袋からスムーズに縄と枷が取り出せることを試しました。
「気をつけろ。外套の下に武器を持っておるかもしれんからの」
「はい」
棗のような例外を除き、通常斬魄刀は隊舎に置いて帰宅するものです。菊乃もそうしていることは確認されています。
しかし何かしらの武器は携帯しているとみたほうがよいでしょう。
何人もの目に見張られていることも知らず、菊乃は商店街から離れていく男にじりじりと近づいて行きます。
そして、「もし」と声をかけ振り向きかけた男の腕を掴んだ瞬間夜一と棗は同時に地を蹴ります。
「くっ……!」
「うわあああっ!?」
腕を蹴り上げられた菊乃は苦悶の声を上げ、夜一に担ぐようにしてさらわれた男は何が起こったのかわからず野太い声で悲鳴を上げました。
後ろへ跳躍した菊乃を同じスピードで追った棗は足を払って転ばせます。受け身を取って路を転がる菊乃の背中を踏んで押さえ込もうとしました。菊乃はその足を短刀を抜いて切りつけ──
──ようとし、勢いよく見当違いの方へ向かって刃を振ります。
「っ!?」
困惑と混乱に満ちた顔で体を揺らしつつひゅんひゅんと何度か空振りし、菊乃は自身の腕を切り裂きました。
「あかん、怪我させてもうた」
「真子さん」
いつの間にか屋根の上にいて抜刀していた平子に向かい、菊乃の刃が届かない高さで霊子の足場を作って立っていた棗は両手を上げて歓迎の意を表します。
「俺のことは気にせんとはよ捕縛せえ」
「はい」
棗は菊乃が取り落とした短刀を蹴って遠ざけ、まともに動けないでいる彼女の手首を掴んで枷をつけます。
路に倒し縄で両足を縛ったあと、納刀して降りてきた平子に抱きつきました。
「心配して来てくださったんですか? 大丈夫でしたのに」
「オマエが気になりすぎること言うからや。色々聞きたいんやけど、先に手当したり」
「そうですね。すみません、回道の得意な方いますか?」
近くに隠れているはずの隠密機動に声をかけますが返事がありません。
適当な説明をして被害者を帰して戻ってきた夜一が命じます。
「治してやれ」
すると一人姿を現して、観念して動かない菊乃の血だらけの腕に手を翳しました。
平子が申し訳なさそうに彼女に言います。
「ごめんなァ、嫁さんに刃ァ向けられて何もせえへんのは無理やってん」
「真子さん♡」
「自分で避けとったから余計な怪我させてもうた……」
夜一がニヤニヤします。
「だから来なくていいと言われておったじゃろうに。可愛くて仕方ないようじゃの」
「やかまし。メッチャ可愛いわ」
「そういえば、可愛がっておる割に未だに敬語を使わせておるのはなぜじゃ?」
「俺はタメ口でエエて言うてんのに本人が嫌やて言うねんもん」
平子の腕を抱えて頭をくっつけている棗は理由を答えます。
「旦那さまにタメ口は利きたくないです」
そういう育ちです。
「っちゅうんを無理やり矯正させようとするんはちゃうやろ」
と、平子は尤もなことを言います。
が、それは本音の半分で、もう半分は必死だったり心底甘えたがっていたりエッチの最中にぽろっと敬語が取れるのが萌えるからという理由もあります。もうしばらくはその可愛さを味わいたいので、積極的に変えさせようとはしません。
いつまでも敬語なのが距離があるようで寂しくなったら素直にそう言って寂しい寂しいと絡んでいくつもりです。そこからどうするかは棗次第ですが。
意外とこの後何年も敬語をやめない棗は、夜一との会話を思い出して付け足します。
「こういうところも」