平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
砕蜂です。
何がって、人目につかないよう隠密機動が持つ極秘の詰め所に菊乃を連行してすぐ、夜一が隠密機動を動かしたと聞いて音速(あまり比喩にならない)でぶっ飛んできたのが。
「選んだつもりじゃったが、どうやら儂よりも砕蜂への忠誠心が高い者がおったようじゃの」
そう言う夜一はなぜかどこか嬉しそうでした。
「夜一様!? 隠密機動を動かされるのは一向に構いませんが、なぜ私に何も言ってくださらなかったのです!?」
「騒ぐな騒ぐな。大したことではない」
この場にいると少しはまずい平子は変装というほどではありませんが、余計なものを着込まない細身な私服に着替え、タイをつけず、特徴的な髪を隠すため恋次のように頭に手拭いを巻いています。普段絶対しないファッションです。
羽織姿とは印象がガラリと代わり、シルエットも一致しないので顔をよく見なければ誰も平子だとは気づかないでしょう。
その顔を砕蜂に見られないよう、不自然じゃない角度で夜一に詰め寄る彼女に背を向け、顔を見られてもいい棗と向き合って話をします。
「砕蜂隊長、納得してくださるでしょうか」
「夜一が譲れへんかったら折れるやろ。
それよか棗」
「はい」
「聞きたいことあんねん」
「はい」
「心配やったというより……いや心配もあるんやけど、つい出てきてもうたのそっちが気になりすぎてん」
「そうでしたか」
「オマエ、卍解習得したて言うた?」
「卍解を習得したと言いました」
「ホンマに習得したん?」
「本当に習得しました」
「いつ?」
「二週間くらい前です」
「それから俺に逢った回数なんぼや?」
「18回です」
1日に2回逢うこともあります。
「その間なんで言えへんかったんや?」
「鳳橋隊長に『奥の手として大事な手段だからあまり言いふらさないようにね』と命じられましたので」
「ローズには言うたの?」
「はい」
「なんで?」
「私は三番隊ですので、隊長へは報告の義務があるかと」
「まァ……筋は通っとるけど……それでさっきになってから言うたのはなんでなん」
「鳳橋隊長には『必要があれば真子には言っていいよ』とも仰せつかっていたからです」
「必要?」
「罪人を一人捕まえるくらい、ご心配には及びませんと安心していただく必要が」
「そのくらいの軽さで言うてええならもっと早よ言うて欲しかったわァ!」
まだ砕蜂と夜一はやいのやいのやっています。
「どないな能力やった?」
「それは秘密です」
「ローズには?」
「隊長には報告しました」
「いけずせんで教えーや」
「私も真子さんの卍解を知りませんし」
「俺の教えたら教えるか?」
「はい」
「んー……どないしよ」
「ではなぜ明日檜四席には言えるのですか!」
砕蜂の矛先が二人に向いてきました。
平子はつい振り返りそうになったのを止めます。
夜一はもう超メンドイのをアピールして手をパタパタ振ります。
「棗はたまたま一緒にいただけじゃ」
「隠密機動を動かすのに明日檜四席が一緒にいるのがたまたまですか?」
「そういうこともあるじゃろ」
「失礼ながら、夜一様と明日檜四席は親交が深くなかったように記憶していますが」
「棗は友人の娘じゃぞ、会えば話をすることもある」
『友人の娘』表現に寂寥感が漂う棗です。
いえ夜一と友達になれたと思っていたわけではないのですけどね。恋バナなんかしたりして、少し親しくなれたかもしれないとは思いました。でも夜一から見たら友人の娘です。
棗が他人との友好度を上げにくいのは環境と環境によって負ったトラウマのせいなのですが、事情を承知してくれるような一定以上の年齢の者にとって彼女は明日檜桜治郎の娘です。
父の友人。友人の娘。なかなか対等にはなれません。棗にとって『友人の娘』はつらみのある言葉でした。
で、このどうしようもないのをどうにかできるようにしてやろうと傍にいさせる、いてやることを決めたのが彼女の旦那さまです。平子真子っていいます。
平子はその様子で察し、僅かに項垂れた棗の頭を撫でます。
「あとで『私ともお友達になってください』って言ィ。あいつ嫌とは言わんから」
「お願いしてみます。勇気出します」
これ以上なく適切なアドバイスに棗が頷いたとき、砕蜂の声が悲嘆に暮れて尖ります。
「五番隊に聞かせられる話をどうして私が聞けないのです?」
「五番隊? 何のことじゃ?」
平子がびくりとし 夜一はとぼけようとしました。
が、
「鳳橋でも吉良でもないのに明日檜四席が手を握る男が平子真子以外の誰だと!」
「ハァ!? オマエローズや吉良の手ェ握るんか!?」
「流言の流布に強く抗議します! 私は救助活動等やむを得ない事態に遭遇した場合もしくは挨拶程度の握手を除き真子さん以外の男性の手は握りません!」
「やはり平子真子ではないか!」
見事カマかけに引っかかり棗は顔を覆います。
「あなや」
「こら。かわいこぶってもあかんぞ」
「いや今のは両方じゃろ。人が誤魔化しておるのになぜ手なんぞ握っておるんじゃ。5分と離れていられんのかおぬしらは」
腕を組み睥睨する夜一に、棗はお腹の前で両手を組み合わせるように握ります。
「その、夜一さんにお父様だけでなく私ともお友達になっていただきたくて」
「うむ。……うん?」
「だめでしょうか?」
「それは構わんが、儂と友になりたくて平子の手を握っておったのか?」
「はい」
「何がどうなったらそうなるのじゃ」
まあ、夜一からすると意味がわかりませんね。
しかしなぜかと聞かれ、棗が正直に答えるとそうなります。
内情を説明しだすと長くなるので平子は棚上げすることにしました。
「こっちでは一応繋がってるんや。勘弁したってくれ。友達になるのがええなら何でそうなったんか話す機会もあるやろ。今度にしよ」
「明日檜家の者の結論だけ先に言うくせは何とかならんのか」
なりません。
戦時の報告とかだといいんですけどね。結論から言うって。
「それは俺も思う」
「すみません」
「もうよい、面倒じゃ。砕蜂にはおぬしらから話せ」
平子のことなんかよりも『夜一様と友人……明日檜家の子女ならば釣り合うか……』と考えていた砕蜂に夜一は言います。
「砕蜂。この件は他言無用じゃぞ」
「はっ、夜一様が黙っていろと言うのであれば墓場まで秘して持ってゆきます」
えー、俺が話すん? と納得のいかない平子でしたが、キッと睨みつけるように見上げてくる砕蜂と『私が話しても構いませんよ』と窺ってくる棗の両方を見て、棗が話すのを不安になりながら横で聞いているより都合のいい部分だけ自分で話したほうがマシやなと思い直しました。
■
「ふん」
これまでの経緯を聞いた砕蜂は小さく鼻を鳴らしました。確かに隊士の捕縛の報が入ったら砕蜂は十二番隊に通達したでしょう。それが筋というものだからです。
ですからそれを避けようとしたら砕蜂がハブにされるのは仕方のないことです。
夜一が自分に何も言わず人員を動かしたことは納得できました。しかし夜一様に話して貰えればいくらでも協力したのに……! という思いもあります。
「事情は理解した」
「そんなら良かった」
「それはそれとして夜一様の手を煩わせたことは不快だ」
「こいつもメンドい奴や……」
「しかし夜一様が是と仰るなら私は何も言うまい」
砕蜂は縛られている菊乃に哀れみの視線を向けます。
職分が全く違うとはいえ下級貴族出身同士、中途半端な身分での生きにくさは知っています。貴族は親子間の上下関係がはっきりしていて、そうそう親には逆らえません。
逃げることも難しいです。菊乃のような立場なら着の身着のまま逐電しても追っ手を差し向けられますからね。
話を聞いていた菊乃はまるで怯えてでもいるかのように青ざめていました。四大貴族や隊長や宗家のお嬢様らが何人も自分に気を遣ってくれていて、もっと喜んでもいいはずですが。
彼女にはわけがわからないのです。盗んだ宝玉ごと捕まり、もう霊圧泥棒はできません。ほどなく姉は死ぬでしょう。しかしそれより裁きより何より親から折檻を受ける恐怖で頭がいっぱいでした。
その中で、名前か顔くらいしか知らない地位の高い人々がなぜか自分を助けようと労を割いていた話を聞いたのです。
菊乃は自分にそんなふうにしてもらえるほどの価値があるとは思えません。また、してもらっても何も返すことができません。
受け入れるにはあまりにも不可解な現実と親への恐怖でキャパシティ・オーバーです。
棗は息が上がって苦しそうにしている彼女に黙って寄っていって猿轡を外しました。目線を合わせます。同じ銀色の瞳を。
どこで繋がっているのか、遠くても血縁があるとわかる色です。
「な……なつめおじょうさま」
「あのね、あなたが襲った一人は平子真子様なの」
「存じております……あとから気づきました」
「真子様は私の旦那さまなのよ」
「……もうしわけありません……」
「真子様にも謝って」
「もうしわけありません、平子隊長」
「俺は怒る気ィとっくに失せとるから、棗、俺の分も好きにせえ」
棗は菊乃を睨むようにして瞼に力を入れ、閉じます。
「……よし、いいでしょう。許してあげます」
そう言って枷のほうも外し、菊乃の頭を撫でました。
「あなたもつらかったでしょうね」
「……なぜこんなによくしていただけるのでしょうか。わたしは咎人なのに」
「皆様が優しい方ばかりだからよ。感謝なさいね」
「優しいとかより人として当たり前な部分がでかいわ。さすがにマユリが隊士実験に使うアホやなかったらほっといたしな」
ある意味では、十二番隊で良かったと言えなくもないかもしれません。
「宝玉は?」
「ここに」
軽く着物の合わせを引っ張るとオレンジ色の宝玉が鎖骨の窪みの上に嵌まっていました。石座になる金属ごと体に直接食い込んで、周囲の肉は爛れています。
全員グロいものは見慣れていますが、そこにある悪意というか、醜悪さに引きます。
「うわァ痛そ。外せるんかこれ」
「はァ……私が外せると思います」
「オマエこんなんどうにかできるほど回道でけへんやろ? どないすんの?」
「私、あの蔵の中のもの全般に好かれているので……」
触るだけで棗のほうに来ます。
「あの蔵にとってオマエて何なんや」
「わかりません。只管キショいです」
「異様に犬や猫に好かれる奴みたァなもんやろか」
特殊な能力を持っている宝には誰にも気づかれないだけで斬魄刀のような意思があるのかもしれません。それらを従えられる棗を嫁に出すのはそりゃあ一族から厭われるでしょう。
まあでも平子の知ったこっちゃないです。貰っていきます。
棗の目の前に砕蜂が液体の入った小瓶を差し出しました。
「麻酔だ。その様子では取り出すのにも痛むだろう。使え。即効性もある」
「ありがとうございます」
棗が受け取る横で平子が砕蜂に目を向けています。
「何だその目は」
「砕蜂、意外と優しいとこあるでなァて」
「黙れ。殺すぞ」
「皮肉やないで?」
「尚更黙れ」
ブチブチ時折音をさせながら半刻かけて宝玉は菊乃の胸から除去されました。埋まっていたその場所は大きな窪みになり、手当てをした者に言わせると傷が塞がっても跡やへこみは残るだろうとのことです。
真央施薬院や四番隊の卯ノ花にかかればそれも綺麗にできるのでしょうが、そこまではしてやれません。
血だらけの服を替えるために菊乃を脱がせると(平子は後ろを向きました)、彼女は貴族だというのにアバラや背骨の一つ一つが数えられるほど痩せていました。
元から痩せている菊乃でしたが宝玉が効果を発揮する度に酷くなる痛みと、命の一部とも言える霊圧を奪う罪悪感によるストレスからほとんど何も食べられなくなっていました。
棗は財布から一枚の紙を取り出し、墨と筆を借りて書き込みをしてから自分の指にも墨を塗って拇印を捺します。それを留置中の管理を夜一からの委託のもと行う砕蜂に渡しました。
「これを明日檜か朽木系列の金融商へ持っていけば40万環まで引き出せます。裁判が終わるまでのあいだ彼女に滋養のある食事と清潔な服と柔らかな寝床を用意してあげてください。こっそり」
「そこまでしてやるのか? 明日檜家は被害者だろう?」
「宿紫家の、ですね。彼女個人にしてやれることがなかったとお母様が気にしていました。足りた環境を整えるのに我が家からお金が出ていれば気が休まるでしょう」
「そうか。そういうことなら使わせていただこう。表立って厚遇はできないが必要なものは用意する」
包帯を巻いた上に新しい着物を着た菊乃は床に頭を擦り付けて平伏します。
「ありがとうございます。言われるがまま罪を犯すばかりであった私などにそこまで……皆さまのご厚意には言葉もありません。このご恩は一生忘れません。一体どう報いればいいのか……」
「あァ、京楽サンが放免されたらうちおいでって言うてたで。ちょうど別邸で辞める者おるから使用人でよければ雇ったるて。熱心に奉公したらええわ」
元より下級貴族の次男次女以降の者にとって上級貴族に仕えるのは無難な就職先です。死神として得たものが役に立つことは少なくなりますが、鍛錬してきた経験とスキルは決して無駄にはならないでしょう。
菊乃は堪えきれない涙を流しました。
「ありがとうございます……!」