平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら   作:架鍵キー

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Precious the Treasure. 12

 解散してからいつもの店の個室で平子と棗は二人で乾杯しました。棗は料金を払って持ち込んだ近頃お気に入りの辛口ジンジャーエールです。

 

「裁判が実際どないなるかわかれへんけど、これでほぼ一件落着やな」

「やっと胸の塞がりが融けました」

「許されへんて言うてたのに結構あっさり許してたな?」

「本人から誠実な謝罪の言葉を聞けば許せもします」

「そうか」

 平子は肩を抱き寄せて額の端を彼女の額に寄せ、『エエ子』をしてやります。

 棗は自分が許せないことに苦しんでもいたので、それがなくなったのもよかったですね。

 

「霊圧泥棒事件、檜佐木副隊長が広く取材して回っていましたよね。記事にはできないですが、どうしましょうか」

「せやなァ。あいつ口固そうやし、おおまかなことは教えたろか。ニュースにでけへんでも都市伝説的な面白おかしいネタにして紙面埋めるのもええやろ。もう現れへんしな。

 ところで棗」

「ふぁい」

「なんで最近俺の指ちょっと噛むん?」

 

 人差し指をそっと甘噛みしていた棗は首を傾げます。

「痛いですか?」

「痛ないけど意味がわかれへんねや」

 吸ったり舐めたりするのならまだわかります。食事処でするのはやめてほしいですが。宿でしてほしいですが。

「意味はありません」

「ないんか」

「ないです。しいて言えば真子さんをわああってしてしまいたい気持ちが落ち着きます」

「意味ありそうやん。止めたら俺はどうされるんや」

「私が我慢しなければわああってされます」

「その『わああ』て飯屋でして大丈夫なことか?」

「だめだと思います」

「よし、噛んどき」

 

 お墨付きを得た棗は食べてしまいたいくらい愛しい平子の手を両手で握って指先にキスをします。

「好きです」

「好きなら卍解の能力くらい教えろ」

「そんなに知りたいですか?」

「なんでローズが知ってるオマエのこと俺が知られへんねん」

「……もしかして嫉妬してくれてるんですか?」

 平子は指で棗の頬っぺたを押します。

「せーやでェ~、誰も知らんねやったら棗かて人に言いたないこともあるやろなーてなるけど、他の男が知ってるんやったら別や」

「他の男って、鳳橋隊長ですよ? 真子さんとも古くからのご友人ですよね?」

「隊長でも友人でも男は男や。教えてくれへんならローズが次から飲みに誘われへんで。それか俺が妬きすぎて泣くで」

 しょうもない宣言をされて棗は意外そうに目を丸くしました。

 

「真子さんって私のこと好きなんですね」

 

「ちょい待ち……答え次第では別の意味で泣いてまいそうなこと聞いた……俺オマエに好きやて何遍も言うてるし、親にも挨拶行ったし、実はどこのブランドの指輪買うたろかなー? ってデザイン考えたりもしてるんやけど、『私のこと好きなんですね』て何……?」

「『嫉妬してくれるほど』好きなんですねって意味ですよ! 好いてもらってないとは思ってません!」

「うわァ涙出そうや。嫉妬もせえへん程度だと思われとったん?」

「それは……はい? 真子さんは嫉妬なんてしないものだと」

「あー、分かった、俺に嫉妬っちゅう感情が出てくるてオマエが思てる『好き』のメーターの位置がごっついズレてるんやな! 良かった!

 って何も良うないわ。俺のことどんだけ聖人やと思てんねん。嫉妬くらい普通にするわ。いやオマエが思てるメーターでも嫉妬するくらい好きやわ。

 この際やから言うとくけど、他の男と必要以上に仲良うしたらあかんぞ。妬くで」

 

「竹雄様も?」

「親父さんと弟はええ。それ以外はあかん」

「鳳橋隊長も?」

「せや」

「吉良副隊長も?」

「……砕蜂ちゃんも名前出しとったけどオマエ吉良と仲ええんか?」

「仲がいいというか、私が吉良副隊長を慕っています。雛森副隊長と同じ霊術院の後輩で、ぼっちの私にいつも親切にしてくれます」

「『ぼっちの私に』聞けへんかったことにならんかな……吉良オマエに昔から親切なんか」

「はい。吉良副隊長からすると親切ではなく普通だとのことですが、それが普通だと思うお人柄も好きです」

「好きですて聞くとあかんて言いたなる!」

 

 思えばただでさえ彼女は交友関係が狭いのに相手をさらに制限するのがどうでしょうね。せっかく良い関係を作れている友好的な相手に近寄るなと言うのは可哀想じゃないでしょうか?

 嫉妬心と思いやりの背反に平子は2分ほど苦しみました。食事の最中に2分の沈黙は長いですよ。

 

「……無闇に体触ったり、二人だけで飯行ったりしたらあかんくらいの程度で弁えてや」

「わかりました。それなら真子さんも女性に無闇に触ったり二人きりでお食事に行くのはだめですからね」

「……………………」

 

 言われてみて平子は我が身を振り返ってみました。もしかしたらそれは困りますね?

「桃やひよ里に飯奢ったるのは良うない?」

 言っていることが違うので棗は眉をひそめます。

「私が鳳橋隊長や吉良副隊長にご馳走していただくのは良いんですか?」

「良うない……」

 

 平子は女性の友人も多いです。珍しく会えば食事くらいはしたいです。副隊長である雛森にもたまには慰労の意味を込めて奢るくらいはしたいです。

 でも棗がローズと二人で食事に行くのは嫌です。想像するだけで嫌です。

 つまり平子は棗に『俺はいいけどオマエは駄目な!』と言っています。

「ちゃうねん……そういうつもりやないねん……俺はそういう束縛系のキャラやない……」

「はあ……」

 平子の言っていることに整合性がないので棗も困ります。

 『俺はいいけどオマエは駄目な!』とストレートに言えば棗はしょんぼりしつつ従うんですけどね。しかしそれは平子が望む健全な関係ではないんですねぇ。

 棗のほうは、キスがアウトなのは当然としても、女友達や雛森との食事はセーフなので余計に複雑です。

 

「ええと、私はどうしたら?」

「……俺だけの棗チャンでいてや……」

 いつになく面倒なことを言い出した平子にもちろん棗はにっこりして応えます。

「いつでもあなただけの棗ですよ? ……真子さんは違うんですか?」

「俺もオマエだけの真子やけど……、俺自分がそんなにメンドい奴やと思てへんかったわ……」

 恋愛感情そのものが面倒で厄介な感情ですからね。ときにはその厄介さで人生を滅ぼしたり国を滅ぼしたりします。平子だって一人の男として面倒な思いでままならなくもなります。

 しかし彼の人生の様々な艱難辛苦を思えば『嫁が他の男と仲良くするのが嫌だ』なんて幸せな悩みではありませんか?

 特に数ヶ月後に棗は一度死亡したと聞くのですから、きっとそのときには「あんなん幸せな悩みやった」と思うことでしょう。

 

 グッと酒を煽ります。

「ローズらと、飯とか、行ってもええけど、俺にはその話聞かせんといて」

「わかりました」

 最終的に、『観測できないことは起こっているうちに入らない』的な結論に落ち着きました。

 間違いなく平子はこの先「このあいだ桃飯に連れて行ったとき……」というような話を棗にしますが、棗はそれを聞いても気にしないので解決です。

 

「棗がいけずするから俺が妬くはめになんねん。なんで言いたがらへんねや」

「言いたくないわけではないですよ。真子さんの卍解教えてくれたら教えます」

「棗の教えてくれたら教えたるわ」

 

 好きな人を聞き合う女子のような様相になってきました。平子も少し酔っています。

 棗はローズに「真子の卍解をまだ聞いていないんだったら交換に聞くいい機会じゃない?」とアドバイスされていたので勿体ぶっていました。話すと言ったなら平子がそれを反故にすることはないでしょう。

 説明する言葉を考えつつとびきりショウガの利いた辛いジンジャーエール口に含むと、ピリリとした刺激と同時に全く別の天啓が降ってきました。

 

「やっぱりいいです」

「何が?」

「卍解。教えてくださらなくても」

「教えてくれへんでええから教えへんはなしやで?」

「はい。その代わりにこれから避妊するのをやめましょう」

「何言うてんのオマエ?」

「エッチするときに避妊具の使用をやめましょう、と」

「イヤイヤイヤそれは最初だけて言うたやん」

 酔いが飛んだ平子に棗はてれてれしながらもたれかかります。

「積極的にではなくても……授かるに任せるというか……真子さんの子供欲しいです」

「卍解教える代わりに胤寄越せてレートも単位もおかしいやろ!」

「だめ?」

「アレやろオマエ、俺がその顔に弱いの学んでるやろ。

 子供は籍入れてからや」

「えー」

「えー言うな」

「ちぇー」

「ちぇーてなんやねん可愛いなそれ。棗が平子になったら何人でも拵えたるから大人しく待っとき」

「お父様いつ折れてくださるかわかりませんよ。子供ができたら諦めてくださるのではないかと」

「親父さんその手の予想してないと思うか? たぶんそうなったら逆にこっちを囲い込む準備くらいしてるで。早まった奴が身重のオマエ襲いにくるかもしれへんし、態々そんな危険冒すことないやろ」

 

 跡継ぎ問題だけでなく、明日檜の血を引く虚混じりの子が生まれてくるのを嫌い、棗ごと亡き者にすれば平子(ケガレ)とは縁が切れて一族は安泰だ、と考える者もいるでしょう。

 ていうかいます。

 

「真子さんの子供欲しいんですよ」

「気持ちは嬉しいで。おおきにな」

「三人欲しいです」

「三人でええんか?」

「できればたくさん欲しいですが、もしものときに私が抱えて逃げられるのが三人なので」

「ほんなら俺も三人抱えるから目標六人で頑張ろか。籍入れたらな」

 

 いい雰囲気になってキスをします。

 このとき、平子は酒を口にしたあと水を飲んでいませんでした。

 

 

「……。これ切ったん棗チャンデスカ?」

「ふふ」

「ふふ、やないて。どないすんの」

 平子から唇経由で日本酒を摂取し、酔った棗はなんと避妊具に鋏を入れるイタズラをしました。

 平子が布団の外に置かれたケースへ手を伸ばして一枚取ると、半分くらいまで切り込みが入っていました。もう一枚取っても同じです。

「使われへんやんか」

 直前です。寸前です。これ以上なく準備万端です。ショックです。衝撃です。消沈です。

 犯人(なつめ)はとろんとろんした瞳でねだります。

「このまましましょう」

「ダメやて。さっきも言うたやろ。まだ子供デキたらあかんて」

「ふふーん。私は『はい』って言ってませんものー」

 そうでしたね。棗は異論がなければ『はい』と応えますが、さきほどは言っていませんでした。承服してないのです。平子の子供はいつでもいいから欲しいのです。

 

「あぁー……ほんまキッツイけど、今日はおしまいや」

 平子は棗の脚の間から体を退けます。棗が慌てます。

「おしまいはいやです」

「だめ」

「ごめんなさい、だいじょうぶですから」

「だめ」

 

 しんどい。しんどすぎます。子供を欲しがるくらい自分を愛してくるどちゃ可愛いのをこのまま抱けたらどんなにいいでしょうか。

 そりゃーしたいかしたくないかと言われたらしたい一択です。

 でも万が一のことを考えれば我慢しなければなりません。

 親しみはそれほどなくとも父親としては相当甘やかしてるようなので棗には感じ取れなかったのでしょうが、桜治郎は態度の端々で『娘を気に入ってくれたのが嬉しいのは本当だが、譲る気はない』『力ずくって手段もあるのをお忘れなきよう』と圧迫してきていました。

 舐めてかかれる相手ではありません。未婚のまま棗が身籠ったら手続きを一つもしていなくても勝手に入籍され、平子は戸籍上の苗字が明日檜になっているでしょう。そのとき嫁入り前の娘に手を出してあまつさえ妊娠させた平子は抗議できる立場ではありません。

 棗が平子大好きすぎて平子にやるしかないせいで誰も気にしていませんが、結婚前に手を出すのは本来アウトな娘です。

 

「真子さんー」

「だーめーやー。酔い冷めたらなんであかんかもっとちゃんと説明したる」

 殊勝な声で嫁が名前を呼んできますけれど、昂ぶりを鎮めるために魅惑的な彼女を見ないようにし、布団の外に追いやっていた浴衣を手に取ります。

「酔わしたん俺やから強く言われへんけど、こないなイタズラもうせんといてな。俺やってしたいのに目ェ一杯我慢しとるんや」

「ねえ」

 棗が服の端を摘んでくいくい引っ張りますが、直接は見ずに、乱暴な手つきにならないよう気をつけて離させました。

「お前も着ィ。落ち着いたら一緒には寝たるから」

「……はい」

 しゅーんとした返事をされると心が痛むのですが原因は棗です。わかってくれたようで平子はほっとしました。後ろから抱きしめられて、耳でも噛んで甘く誘われたら無理でした。

 後は落ち着けるだけです。一番早い手段をとるにはこの場を外す必要がありますが、部屋から出ていけば当てつけのようになってしまいます。そこまではしたくないので無心で深呼吸でもしているしかありません。

 

 何かごそごそ動いているので平子が目をやると、棗は押し入れからもう一組布団を出して広げていました。

「私、こっちで寝ますね。もう、眠たいので。真子さんは、真子さんが眠くなったら」

 と、独り静かに布団に入って壁のほうを向いて横になります。

「………………」

 『外へ出て行っても、私は寝ていて気づきません。寝ようとしても、布団が別なので起きません』という意味です。寸止めで苦しい平子が気兼ねなく済ませられるよう、一緒に寝るのも諦めるのはだいぶ反省しています。

 そんなのを見て出ていけるはずもなく、収まったら向こうの布団入ったろ……と平子は思いました。

 

 棗がダメにしたものが目に入ったので回収してくず籠に捨てます。

 残っているのも捨てておこうとケースを開けます。中身を指で摘むと違和感がありました。

「……ん?」

 普通のです。全部。

 破けてもいないし、切られてもいません。残り全部。

 ぶわっと汗が出ます。

 

 やらかした

 

 「大丈夫」と言っていました。こっち見てというように服を引っ張ってもいました。

 棗がイタズラしたのは最初の2枚だけだったのです。なぜ確かめずにそれ以外もダメになってると思ったのでしょうか。頭に血が上っていたというか、頭から血が下がっていたというか……。棗が本当にできなくなるようなことをするはずがなかったのに。

 棗の後ろ頭をそっと見ます。

 あるならしたいです。

 あるのでしたいです。

 頭を抱えて下を向いたり上を向いたりします。

 

 あまり長く苦悩していられません。棗は横になっていればそのうち本当に眠ってしまうでしょう。

「棗。起きとる?」

 返事をしません。

 傍へ寄ります。

「棗」

 全然反応しません。

 布団を捲って中に入り、腰に手を回して棗の背中にくっつきます。

 しばらくそうしていると、棗はもぞもぞ動いて平子と向かい合い、上目遣いで見つめます。

 平子が唇を近づけると喜んで迎えました。

 

「ケースの中見た……。言いにくいんやけど……棗チャンさえよければやっぱりシマセンカ……?」

「しますー」

 棗は平子の体を倒し、重なるようにして平子の上に乗ります。棗が好きな体勢です。平子の頭の両側に肘を突いてキスをします。

「もうしません」

 一瞬ビクッとなった平子でしたが、イタズラのことです。

 波打った金髪を指で梳きます。

「ほんま勘弁してや。興奮した男なんか蚊が吸うてくほども脳みそに血ィ通てへんねやで」

「ごめんなさい。そんなに怒っちゃうと思わなくて」

「怒てへん怒てへん。ツラァ思てただけや。俺が何か勘違いしとったらもうちょい強言うてくれると助かる」

「嫌いにならないでください」

「ならんならん。大好きや。俺の中の可愛いグランプリ棗は何してても優勝やからな」

「好き」

「おおきに」

 

「ねえ真子さん。私がこんなに真子さんの子供欲しいのはなぜだと思いますか?」

「俺のこと好きやからやろ?」

「ぶー」

「ちゃうの⁉︎」

「不十分です」

「大好きとか愛してるとかそんなんか?」

「ぶー」

「急に不安になること言い出したな⁉︎ 正解何や⁉︎」

「真子さんの子供って、遺伝子の半分は真子さんじゃないですか。つまり1/2真子さん」

「1/2俺」

「2人生んだら実質真子さんが1人増えます」

「実質俺が1人増える」

「嬉しい」

「嬉しいか!?︎ それ嬉しいか!?」

「嬉しいー」

「そうかー、嬉しいならしゃァないなー……。でもそれが嬉しいんは俺のこと好きやからやろ?」

「はい」

「不十分やのうない?」

「そうですね。好きだから欲しいです」

「二度とオマエを酔わせへんと誓うた」

「好き」

 

 この体勢だと平子は棗のキスから逃げることができません。無抵抗で唇も舌も奪われ放題になります。

 途切れたときに言います。

「棗」

「はい」

「まだキスしてたいんなら、足揺らすんやめて……」

「もしかして初めて言うかもしれないんですが」

「今度は何や?」

「私、服の上から真子さんを感じるのが好きなんです」

「そんな気はしてた! オマエいっつも着たまま触ったり押し付けたりしとるもんな!」

「興奮します」

「そういう性癖なんやな……。で、俺はいつまでオマエの性癖満たしながらキスされるのに我慢してればええねん」

「我慢できなくなるまで」

「よし覚悟しとき。足腰立たんようにしたる」

 棗の体を抱き、位置を入れ替えます。

 棗は楽しげに笑い、平子の落ちる髪を耳にかけ愛おしい頬を撫でます。その手の上から平子は自分の手を重ねて息を吐きました。

 

「かわええなァ、オマエは。早よ十割俺の嫁さんになり」

「覚悟ならいつでも」

 

 

 

 





Precious the Treasure.本編終了。
次に短い後日談?が入るかも。
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