平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら 作:架鍵キー
交通手段は電車です。
デートといったら車で行ければかっこいいのですが、免許の偽造も面倒ですし小回りが利かないので東京で遊ぶなら電車がベストです。
棗は初めて乗る電車にテンションを上げ、閉じたドアの窓から過ぎゆく景色を眺めていました。
「前に現世来たときは電車なかったん?」
「汽車を見たことはあるのですが乗ったことはありませんでした。
自分が動いてないのにこのスピードでずーっと景色が動くのは楽しいですね!」
棗の能力だと仕様上自身が動かないままに一方向に進み続けることはできません。延々と運ばれていく感覚は新鮮です。
二駅を過ぎた頃、棗はテンションを落ち着けて平子に一歩近づきました。
「……町を出たら手を繋いでも、いいんですよね?」
「ん? あァ……」
彼女は平子の手の中に自分の手を滑り込ませて優しく握ります。
焼き餅がまだ冷めていないので口がわずかにとがっていました。
その艶々した唇にちゅーしてしまいたいと平子は一瞬思いましたが、待て、棗はまだ恋人ではない。それをするとマジで言い訳ができない。
棗は文字通り手を握っているだけなので、恋人繋ぎに変えたら喜ぶかとも思いましたが、だから恋人ではないんですって。自制します。
……棗の手は、良家のお嬢様にも関わらず、爪は短く歪みのある指もあり、皮は剣の柄に擦れマメができては潰れた痕があります。『白魚のような指』からは程遠い、とても良い手でした。
棗は自分のものよりも硬い手を握り、目を閉じて口にしました。
「好きです」
ちょっと待て、これ俺一日手ェ繋ぎながら言われるん?
と、平子は焦りましたが、「やっぱり離してくれ」とは言えません。また、離したくないので言いません。
平子は大人ですので、目的地に着くまでには見た目通りの年齢のようなそわそわした気持ちを静めます。
今日は尸魂界にはないものをたくさん見せてあげましょう。
最初は水族館。
尸魂界で海を見ることはないので彼女にとっては未知のものでいっぱいのはずです。
パンフレットを見つつ、それぞれのコーナーを回ります。
子供たちに人気のふれあいコーナーで、腕まくりした平子がニヤニヤしながら手にしたヒトデを差し出します。
「ほれ棗、ヒトデや。触ってみ」
棗は恐る恐る指先でヒトデの表面を撫でます。
見た目より硬い! 初めて遭遇する触感です。
ほわぁぁぁとなっていると平子が意外そうにしました。
「案外こういう妙なモン平気なんやな」
「安全だとわかっているなら大抵のものは。でもナマコというのはあまり触りたくありません」
「よっしゃ、触りに行こか」
「えっ」
「嘘や。ナマコ嫌ならカメ見に行こ。池におるのよりでっかいのおるで」
カメと触れ合ってから、次はペンギンコーナーへ行きました。
ペンギン目 ペンギン科 ペンギン。
鳥類でありながら空を飛ぶことはできず、海を泳いで魚や貝を餌とします。
主な生息域は南半球ですが日本のペンギン繁殖技術が高いお陰で多くの水族館や動物園で見ることができます。
「これでも昔は空飛べたらしいで。せっかく飛べたんやから飛べるまま泳げる進化っちゅうのはでけへんやったんやろうか」
平子がペンギンの進化に対する疑問を述べる横で棗が目をキラキラさせて頬を紅潮させます。
「可愛い! 可愛いです! 一匹持ち帰れませんか? 飼いたいです! 大切にします!」
「一匹だけ群れから離したらかわいそやろ」
「なら群れごと! 群れごと大切にします!」
本気ではないのでしょうが、明日檜家の財力ならやろうと思えば設備を調えペンギンを群れで飼うことは可能です。飼育員の確保がネックですが。
こういう冗談が言えるところはちょっと白哉の感覚と似ていると平子は思いました。
『さかながびっくりしちゃうよ! すいそうをたたかないでね!』と張り紙がしてある大水槽エリアに来ました。
吹き抜けのような円柱型の水槽の周りを緩い勾配の廊下が囲っていて、魚たちをいろんな角度で歩きながら見ることができます。
大水槽の反対側には熱帯魚のような小さな魚を収めた水槽もありました。
中がよく見えるよう暗く静かなエリアで、そのため他のカップルも何組か寄り添いながらゆっくりと見ていました。
魚なんか見ずに恋人ばかり見ている人もいます。
棗は掲示された魚の解説を一つ一つしっかり読み、水槽の中にそれを探しました。
「そいつあそこにおるで」
「どちらです?」
「あの岩の横や」
「はい、いましたいました!」
まるで棗は全部の魚を覚えて帰ろうとしているかのようです。海の魚など二度とみることはないと思っているのかもしれませんね。
彼女の担当する仕事で現世に出向くことはそうそうありませんし、休日にフラッと訪れるのも本来ダメですから。
強権持ちの平子がまた連れてきてあげればいいだけのことなのですが……、
そうしているうちに後ろから中学生のグループがヒソヒソ話しているのが聞こえてきます。
「前のカップルさ、彼女すっげえイイ身体してね?」
「わかる、めっちゃエロい!」
神に選ばれたわがままボディは伊達じゃありません。棗の肉体は大変魅力に溢れています。
しかも何を考えたのかボディラインが出る服です。スキニーパンツなので訓練で引き締まった長い足も尻から踝まで誤魔化しなしです。思わず触りたくなる豊満な胸も、思わす撫でたくなる細い腰も、じっくり観察可能です。
男子中学生には刺激が強いボディですね。
「ああいうお姉さんに筆下ろししてもらいてーなー」
口から手ェ突っ込んで下アゴ頭蓋骨から外したろか。
子供に対して大人げないことを思った平子でしたが、下品極まりない発言なのでセーフでしょう。今のは立派なセクハラです。子供ですが若干攻撃性を含んだ霊圧を飛ばすくらいの罰くらいは与えておきます。
謎の圧に中学生たちがどよめいていると棗が言いました。
「私に筆下ろしされたいってどういう意味ですか?」
「…………………………」
平子に聞こえているということは棗にも聞こえているということです。
「……だいぶ卑猥な意味なんやが」
「大丈夫です。友人に頻繁に卑猥な冗談を飛ばしている女の子がいますので」
棗が大丈夫でも平子は言いたくありません。
軽めの拷問です。
「……棗に初めてのお相手になって欲しいて意味や」
「……筆?」
「……筆」
棗は首を軽く曲げます。
理解しがたい感覚です。
そういうことは愛する人か結婚することになった人とするのが嬉しいものではないでしょうか。大切なことなのに水族館で他の男性と歩いている見ず知らずの女がなぜいいのでしょうか。
眉間に皺を入れてしまった棗に平子が気まずそうにしています。
「気にせんでええで。ガキのたわ言や」
「ええ……」
棗は平子がいいですけどね。
彼の手を握る力を少し強めました。
平子は顔を反対側に向けました。
ほんとアレです。棗の感情、分かりやすすぎて困ります。
繋いだ手から伝わってくる『私は真子さんがいいなあ』からは彼女が処女で、なぜかというと百年平子を想っていたからであるという情報がダイレクトに得られてしまいます。
お願いだからもう少し隠してくれないか。
いや口に出さないでくれるだけマシなのか。
「真子さん。私はあなたが好きですよ」
しんどい。
多くの女性から変人だと思われていますし、あえてそう見られるように振る舞ってもいるのでここまで素直に好きだと言葉でも態度でも示してもらうことは滅多にありません。
というか初めてです。
死ぬほど面倒な状況です。
なんでって、彼女の気持ちに触れるたび嬉しくなるからです。
しかし彼女は上級貴族のお嬢様で、もしかしたら当主の座を継ぐことになるかもしれない重たぁーい女性。どれだけ好かれていても決して気軽に手を出すわけにいきません。
水族館の残りを回り、最後に出口近くのお土産コーナーに辿り着きました。
いろいろな海の生き物のグッズが売っています。
そういえば棗は随分ペンギンを気に入っていました。生きたペンギンは無理ですがぬいぐるみなら持って帰れます。
そんなに気に入ったなら一つ買ってあげましょう。
「棗、ペンギンのぬいぐるみ買うたるから好きなの選び」
「えっ、ふかふか、ペンギン、ぬいぐるみ、いいんですか?」
なぜか片言になる棗でしたがすぐに選び始めます。
ぬいぐるみはそれぞれ微妙に顔が違うのでどの子を連れて帰るかは重大な選択です。
そして選りすぐりの一匹を手にして、棗は再び言います。
「ありがとうございます。真子さん、大好きです!」
平子、これあと何回言われるんでしょうかね?
このあたりどこに行くかはダイスで決めていました。
なのでせっかく水族館なのにイルカやアザラシのショーには行けなかったのです。