平子真子に好感度100のクリティカルな彼女ができたら   作:架鍵キー

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Don't say Yes/No. 8

 幸い、今日は虚の出番はなさそうです。

 現れても東京は人が多い分、死神の配置も多いので平子や棗が出ていかなければならない事態には早々ならないでしょう。

 

 美術館を出た後、予定の時間まで余裕がありました。

 カラオケも行きたかったのですが、棗は現世の歌を知らないし、カラオケに尸魂界の歌は入っていません。平子だけ歌っても面白くないです。

 でもCDを買ってあげて次の時までに覚えてもらってから行くのはどうでしょうか。

 

「棗、歌得意?」

「歌ですか。

 そっ、そそそそそれなりだと思います」

 

 ダメそうです。

 

「すみません嘘をつきました。本当は下手です。非常に下手です。三味線の師匠には弾き語りは決してしてはならない、親には周りに誰もいないと思っても家の中以外で歌を口ずさむのはやめなさいと言われています」

「声キレイやし下手なように見えへんけどなァ 試しにちょい……」

「ご容赦ください。どうぞ御慈悲を」

 

 慈悲まで乞われては下手具合を聞くのも諦めるしかなさそうです。

 逆にめっちゃ聴きたいのでそのうちなんかして歌わせます。

 それは別としてもいい機会なのでCDは買いましょう。ジャズを棗に布教しましょう。現世の歌も覚えさせましょう。そうしましょう。

 

「あ、あかん。CD買うても再生機器どないしよ。まァポータブルでもええか。イヤホン音質高いの売ってるとええんやけど」

「必要なものがあるなら後から取り寄せられるようにします」

「……ほな俺のオススメ聴いてや」

 

 金のある奴は強いです。貴族が現世から物を取り寄せるときは穿界門をどうしているんでしょうか?

 しかし有名メーカーのめちゃくちゃいいイヤホンやコンポを勧めても大丈夫なのは音楽好きとしてはありがたいですね。

 CDショップのジャズコーナーに行って聞いてほしいアルバムがあるかチェックします。枚数が多くなると荷物が重くなるので厳選です。

 オススメのジャズ、流行りのポップスをいくつか選んでいると、ローズやラブの好きなプリンス・オブ・ダークネスの新アルバムが目に入りました。

 

「これローズの好きなヤツや。気に入ったら感想言うてやり。気に入れへんかったらたぶんこれは持ってへんからCDごと渡したり。どっちでも喜ぶで」

「鳳橋隊長がいつも弾いているような音楽でしょうか」

「むしろ隊舎でどんなん弾いてるん?」

「『吉良副隊長のテーマ』みたいな自作の曲を」

「なんで吉良のテーマ曲作ってんねん」

「吉良副隊長を見ているとインスピレーションがとめどなく溢れ出るんだそうです」

「吉良はなんて?」

「『仕事さえしてくれればもういい』とのことです」

「早速諦められとる……」

 

 ローズと吉良の仲について話しつつ、次は紅茶の茶葉専門店です。

 ニ○アのような缶に入った紅茶が並ぶお店は素敵な香りがします。

 

「これ全部が紅茶の茶葉ですか?」

「香り付けした緑茶やルイボスティーなんかもあるで」

「ルイボスティー?」

「南アフリカの麦茶みたいなモンや。

 貴族は紅茶飲めへんの? 雀部サンが嗜んでるくらいやから手に入れへんわけやないやろ?」

「お茶会で出されることはまずないですね。もしかしたら愛飲している方もいるかもしれませんが、私は存じあげません」

 

 気になった紅茶はサンプル缶を開けて直接香りをかぐことができます。

 産地や配合に寄って茶葉は見た目も違い、花びらなどが入っているものもあったりして目で見るのも珍しく楽しいです。

 

「いい香り。知らない香りばかりです」

「好きなの買うていこ」

「迷いますね……みんな素敵な匂いがします。どんな種類が主流なんですか?」

「主流ならダージリンやな」

「じゃあそれを一つ……このあたりの茶葉は全てダージリンですね」

「専門店やからな、ひと口にダージリン言うても色々あるわ。難しゅう考えんでビビッときたやつ選べばええんやで」

「『ビビッ』ですか」

 

 棗は解説を読み、香りをかいで迷いつつやっと一つ選びました。

 

「真子さんはダージリン以外に何が好きですか? 真子さんが好きなものも飲みたいです」

「俺か。俺はなァ……」

 

 あまり紅茶の飲み比べをするような生活してなかったんですよね、平子。

 棗は飲み慣れていないのでクセが強すぎるものは避けて、ダージリンとは違う味わいでならウバにしましょう。爽やかな香りで、ミルクティーにしても美味しいです。

 

「飲むのが楽しみ」

「緑茶と淹れ方ちゃうから淹れ方書いてあるリーフレット貰うとき」

「はい」

 

 本当はこの店、試飲させてくれるしなんなら声をかけてくるのですが くっついて一つの缶から香りを試している二人に店員は空気を読みました。

 

 平子は時計を見ます。そろそろ時間が近いです。

 あと1件くらいにしましょう。

 通路を歩いていると簪専門ショップがありました。棗は髪が長いです。束ねるときは紐で結んでいることが多いですが、簪も使うでしょう。

 大衆向けの店ですから一番高い品でも棗が普段遣いにしているものより安物でしょうが、記念に一本……

 

「…………………………」

 

 立ち止まりかけて、簪の意味を思い出して、後ろ頭を掻き、見なかったことにしました。

 簪を贈る行為には『あなたを守ります』という意味があります。プロポーズするときにダイヤの指輪を贈るようなものです。

 棗も、ショップの存在には気づきましたが、覗こうとはしませんでした。寄っていこうと誘うのは『結婚を申し込んでくれ』と言っているようなものです。

 

 コスメのエリアに来ました。

 実は平子、棗の口紅は別の色でもっと合うものがあると思っていました。少なくとも平子にはそう見えます。棗は怜悧な美人で金髪銀眼と合わせて涼しい顔立ちですが、中身は柔らかいのでそれが表れるといいです。

 というわけで、それとなく誘導して口紅の色を変えてもらいましょう。

 

「こっちの化粧品って興味ある? 見てくか?」

「見たいです」

 

 お洒落な平子でも化粧品には詳しくありません。

 聞いたことのあるブランドの展示品に目をやると棗がそれに倣うので、すかさず店員が声をかけてきます。

 今使っている化粧品はどこのものか聞かれて、棗は正直に尸魂界の店の名前を答えます。店員は聞いたことのないブランドに、どこで買っているのかを更に尋ねました。

 

「どこと言うと『うち』になってしまうのですけど……商人が持ってきます」

 

 店員の顔が『外商案件!』になりました。お金持ちのおうちには昔から店のほうから商品を持って売りにくるのです。知らないブランドもそっち系のクローズドなブランドだと納得したようです。

 しかし、棗の使っているコスメは良質で高価なのでしょうが、商人は肌の色や雰囲気に合わせてお勧めするようなことはしていない様子です。

 その隙を見つけたのか自社に乗り換えさせようと本人もコスメ大好きであろう店員の話に熱が入ります。イエベとかブルベとか、顔や目の形がどうのこうのと色々説明を受けた棗は困惑します。

 

「興味はあるのですが、いきなり一揃いを買うのはちょっと……」

「口紅でも一本試しに買うてみたらどうや。

 ええやろ?」

 

 確認すると、店員は勿論ですと頷き、自然と平子に聞きます。

 

「彼氏さんはどんな色がお好みですか?」

「ああ、滅相もない。この方は私の恋人ではありません!」

 

 ここで否定せえへんでも良うない?

 棗が間髪入れずに訂正するのに平子は吃驚しました。事実その通りですけどこんなシーンでまで細かく否定されると寂しい感じがします。

 下から目線で否定する棗とショックを受けている平子を前にして、店員は関係の複雑さだけ感じ取って接客スマイルは崩しませんでした。

 

「では、客観的な視点から。いかがでしょうか?」

「……可愛い感じが出る色やとええなァと」

「承知いたしました。少々お待ち下さい」

 

 店員は多種のラインナップからいくつか候補を並べ、その中から棗が選び、サンプルを試し塗りします。

 棗は振り向いて新しい口紅を塗った唇を平子に見せました。

 元の色よりずっと良いです。

 

「素敵な色だと思うんですけど、真子さんはどう思いますか?」

「ええやん。可愛いで」

「ではこれにします」

 

 落ちにくい口紅なので気をつけるように店員が注意をして、棗はポイントメイク落としも買いました。

 店員は平子に『あなたにも言ったんですけど大丈夫ですか?』という視線を送りました。

 ご心配なく。棗とキスする予定はありませんよ。なんといっても恋人ではないのですからね。

 たとえ棗がされて喜ぶとしても、というか絶対喜ぶのですが、恋人ではないのでキスはしません。

 

 しません。

 

 たぶん。

 

 

 

 

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