Shimokitazawan Rhapsody   作:へんどり

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もうすぐ結束バンドの初ライブ記念日(参考文献2)ということで、何番煎じかも分かりませんが、せっかくなので投稿。
全5話+後日談1話予定。
参考文献は後ほど活動報告に記載予定。


本編
君は魔法を信じるかい?と誰かが言った


「……」

 

控室は、お通夜のようだった。

 

今日は、記念すべき結束バンドの初ライブの日。メンバーは、ベースの山田リョウ、ドラムの伊地知虹夏、そしてギターの喜多郁代。

結束バンドは、今時とくに珍しくもない3(スリー)ピースのガールズバンドで、今回の初ライブではインスト、つまりボーカルの入っていない演奏をする予定だった。これはギター担当の喜多郁代が、ギターを始めて間もないということに配慮したセットリストで、つまり、集客してファンを増やすことよりギターの腕前を向上させることを目的にしたライブと言えるだろう。

 

「連絡「私、ちょっと出てくる!」あ……」

 

何か言いかけたリョウと同時に、先ほどまで難しい顔をしていた虹夏が、少し大きな声を出して、飛び出すように控室を後にした。

 

「……リハまでには戻ってね。できればサポートギターも連れて」

 

ひとりだけになった控室に、虚しく声が響いた。

そう。

ギター担当の喜多郁代は、今ここにはいない。

いや、今まで一度も、ここに来ていない。一度も合わせ練習ができていないということだ。ギターを始めて1ヶ月程度の人間が、お金をもらって人前で演奏しようというのだから、相応の努力をすべきだ。

リョウはベースの手入れを始めた。

 

不意に、控室の扉が開いた。

 

「虹夏、清掃道具入れの……。山田、虹夏は?」

「なんか、ちょっと出てくるって言って外行きました」

「はあ? アイツ、状況分かってんのか……?」

 

店長の伊地知星歌は、虹夏の姉である。

 

「まあ、リハまでには来るだろ……。来たら店長が怒ってたって言っとけ」

「ラジャー」

「……お前も、今はバイトの時間のはずだよな?」

「緊張で身が入らなくて……」

「身が入ろうが入らなかろうがするのが仕事なんだよ! ほら、こっちに来い! ドリンクサーバーのとこ、終わったのか?!」

「今からです……」

「取り掛かれ!」

「……イエッサー」

 

リョウは渋々ながらベースを片付け、控室を出た。

 

緊張で仕事など、手につかない。

これは本当のことだった。

 

今までにもリョウはバンドとしてライブに出たことがあったが、こんなことは初めてだった。

ライブ当日になって、メンバーがバックレるなんてことは。

 

虹夏は結束バンドとしての初めてのライブが上手くいくか。

リョウはメンバーがきちんと集まって、体裁だけでも整えられるか。

ライブハウスのスタッフは、店長が落ち込まないか(普段から怒っているような星歌だが、落ち込むと非常に雰囲気が悪い)。

星歌は、妹のライブが上手くいくか。

ここにいる皆は、それぞれの理由でそわそわしていた。みんな不安で仕事どころではなかったのだ。

 

 

リハーサル直前になって、虹夏が帰ってきた。

1人だった。

先ほどまで見せていた難しい顔を、さらに難しくしていた。

 

「虹夏。店長が探してたよ」

「……」

「……虹夏。いざとなれば、ギターは音源を流そう。無様だけど、やらないよりはマシのはず。ギターが体調不良でって言えば、オーディエンスにも分かってもらえるかも」

 

言いながら、リョウは内心では納得してもらえるはずがないと思っていた。

ライブは、タダではない。

リョウは友達が少ないから、今回の客はほとんど虹夏の友人だ。虹夏を信じて、わざわざお金を出して集まってくれるのだ。それをこんな形で裏切ったら、虹夏やバンド、音楽自体に対する信頼を失ってしまうかもしれない。

少なくとも自分なら、わざわざ金を払わせてそんな音楽を聞かせてきたやつを友人とは認めたくない、とリョウは思っていた。

 

「ごめん。リョウ」

 

虹夏は、歯を食いしばって、涙を堪えているみたいだった。

 

「こんなことになるなんて思ってなかった」

「……いや、いい。それより今は、ライブのことを考えよう」

 

リョウはよくない、と思いながら言った。

 

(よくないのは、私だ)

 

虹夏の呼びかけで集まったバンドだから、リーダーは虹夏だ。なんとなく、そうなっている。リョウは自分がリーダーには向いていないと分かっていたから、ちょうど良いと思った。

郁代がリョウに憧れてバンドに入りたいと言ったとき、許したのは虹夏だった。ギターができると聞いた時はリョウももろ手を上げて歓迎した。

 

(もっと私もよく見ておくべきだった)

(いや、今更言っても結果論か)

 

虹夏は優しいし、細かいことを全部やってくれるから、と任せきりにしてしまっていたことを、リョウは反省した。

 

「MCは、予定通りあたしがやるよ。リョウは、音源の準備してきて」

「了解」

 

リョウがPA(音響係)のところへ向かう途中、星歌とすれ違った。無念と失望と、わずかな怒りが混ざったような、苦々しい表情だった。リョウは、自分も同じ表情をしているだろう、と思った。

 

「PAさん。今日の結束バンドのライブですけど、ギターが来られなくなったので、音源で対応できませんか?」

「そうなんですか……。可能ですけど、残念ですねー」

 

(とにかく、やるしかない。ここは虹夏のお姉さんのライブハウスだし、全員でバックレたら今後の虹夏が大変なことになる)

(私はそれを許すほど、虹夏のことを嫌ってるわけじゃない)

(それに……)

 

リョウは、かつて聞いた虹夏の夢のことを思い出していた。

事故で突然亡くなった母。

自分の面倒を見るために、姉がバンドを辞めてしまったこと。

いつか、姉のライブハウスを天からでも見えるような、光輝く場所にしたい。

そのために——。

 

そう言う虹夏は眩しかった。

夕暮れ、2人だけの教室で、バンドメンバーを集めるための相談をしているとき。

溢すように言った虹夏の姿が、いまだにリョウの瞼に焼きついているかのようだった。

 

虹夏の内には魔法があった。

リョウを魅了して止まない、夢という名の魔法だった。

 

(やるしか、ない)

 

「はい、これで準備できました。一応リハで合わせますから、お二人の準備ができたら教えて下さい」

「わかりました」

 

虹夏の元に戻り、ギターは音源で対応してもらえることになったことを伝え、自分もリハーサルの準備に入る。

 

リョウには、STARRYのそれほど大きくはないステージが、やけに大きく感じられた。そこにいるはずのメンバー、あるはずの機材がないからだと思った。

幸い、リョウ自身の調子は悪くなかった。すこぶる良いと言うわけでもなかったが、ひとまず及第点の演奏はできるだろう。

問題は虹夏だ。いつもより明らかにミスが多い。リョウはそのことを指摘しようと思ったが、やめた。ただでさえ泣きそうな顔の虹夏に攻撃するようで、気が引けたのだ。

リハーサルは練習ではない。機材の確認が済めば、すぐに終わる。次のバンドのリハーサルもあるので、すぐに控室に下がることになる。

リョウたちの出番までは少し時間があるが、リョウたちは前座なので、それほど長い時間ではない。

それなのに、異様なほど長く感じた。

隣の控室から聞こえてくる笑い声が、虚しかった。

 

 

「け、結束バンドでした〜……!」

 

ふたりは頭を下げて、逃げるように舞台袖に下がる。

リョウは、終わった、と思った。ライブだけではない。虹夏の表情を見ていれば、分かる。

もう、結束バンドとしてステージに立つことはないだろう。

機材の片付けなどが済み、控室に帰ってきたところで、虹夏が言った。

 

「……あはは、ひどい顔だね。リョウ」

 

力なく愛想笑いを浮かべ、それだけ言った虹夏に、

 

「……虹夏も」

 

リョウも、何とか一言返したが、身動きが取れないような沈黙が場を支配していた。

それぞれソファーに腰掛け、しばらくすると、外が騒がしくなった。

次のバンドの演奏が始まったらしい。

リョウは自分の内心に驚いた。

 

(騒がしい(・・・・)、だなんて)

(今までなら、テクとか、サウンドとか、色々聴いていたけど)

(今はそれすらできないらしい)

 

演奏が始まって手が空いたのか、店長が控室に入ってきた。

 

「あ、お姉ちゃん……」

「虹夏、」

「待って! あのさ、今回は上手くいかなかったけどさ! 次はさ、」

「虹夏」

 

虹夏は続きを言うのを諦めたように口を閉じて、俯いた。

 

「虹夏。約束したよな。一度だけだって」

「……うん」

「メンバーを集めたり、モチベーションをコントロールしたり、不和が無いようにするのもお前の仕事だったんだ。個人練習だけじゃない」

「分かってる! ……けど、分かってなかった」

「……そう、だな。まあ、ライブハウスに来るのは止めないが……、」

 

……もう、バンドは、辞めておけ。

 

言っている店長も、言われている虹夏も、泣きそうな顔だった。

音楽は、厳しい世界だ。ライブハウスでちゃんとしたライブができるようなバンドだって数少ない。成功してどんどん大きくなっていくのなんて、本当に一握りだ。メジャーデビューなんて、武道館ライブなんて、言うに及ばない。

店長が部屋を出ていき、ふたたび控室を重い沈黙が包んだ。虹夏は両手で顔を覆って、泣いているのかも知れなかった。あるいはまだ、必死で涙を堪えているのかも知れなかった。

居た堪れず、リョウはベースの手入れを始めた。

 

「……でも、私たち、最高のバンドだったよね」

 

リョウは、すぐに返事ができなかった。そのことが、何よりも雄弁な回答になってしまったことを理解して、弁明しようと立ち上がった。

だが、それはもはや遅すぎた。虹夏が俯いたまま口を開いた。

 

「……試すような真似して、ごめん。リョウはさ、音楽、続けなよ」

 

私は、もういいかな。

 

聞きたくなかった。

その言葉だけは。

 

リョウは、力なく座り、言った。

 

「……虹夏の夢。私は好きだったよ。青臭くて、まっすぐで、眩しかった。魔法みたいに、私を虜にしたんだ。どれも、私にはないものだったから」

「リョウにだって、自分の音楽をやるって夢があるじゃん」

「私の夢は、バンドの目標にはならないから。個人の夢とバンドの目標は違う」

 

それは、リョウの持論ではあったが、そこまで的外れでもないだろう、とリョウは思っていた。メンバーの夢とバンドの目標は違うのが当然だが、真逆を向いていてはいけない。

夢が叶ったり、考え方と共に夢が変わったりすると、バンドの目標と合致しなくなり、バンドが解散する。そんなバンドをいくつも見てきたし、かつて所属していたバンドもそうなった。

 

リョウにはかつて、バンドで達成したい目標がなかった。自分の音楽ができるなら、地方の小さいライブハウスでもいいとすら思っていた。

そこを刺すように照らした虹夏の夢が、バンドの目標として十分な光になった。

 

眩しかった。

 

虹夏に照らされるなら、リョウは自分が影になっても良かった。

 

だから、虹夏には光の中に立っていて欲しかった。

 

(続ける? 音楽を? 一人で? )

(少なくとも今は、そういう気分にはなれない)

(私たちは、失敗したんだ)

 

「いつまでもここにいても仕方ないし、解散しよっか」

 

顔を上げて、虹夏が言った。リョウはベースをケースに入れて、立ち上がった。

 

「いままで、ありがとう」

「……こちらこそ」

 

 

帰り道。リョウは公園で不貞腐れていた。5月とはいえ陽が沈めば気温も大分下がってきて、過ごしやすくなる。ライブ後は遅い時間になることもあるが、今回は比較的早く、まだ微かに空の青さが残る時間だった。

 

リョウはベンチで堂々巡りの考え事をしていたが、ふと、少しベースを触ってみることにした。

 

リョウが今使っているベースを買ったのはかなり前だ。4,5年は経つだろう。少しずつ使用感が出てきている。傷や汚れもあるが、愛着もある。大切に扱っていたからか、多くの傷や汚れは原因を覚えている。

 

(ここはかなり昔の弦交換の時)

(ここは中学の文化祭で機材にぶつけたやつ)

(ここの部品は結局交換した)

(ここは……、あれ、こんなクラックあったかな)

 

おかしい。先ほども手入れをしたのだ。

ネックの根本。ボディと繋がる部分にクラックがある。リョウのベースはカラーが白メインなので、クラックは小さくても目立ちやすい。クロスで拭く際にも気づきやすいし、先ほどの手入れの際気付かないはずはない。

 

見ていると、クラックはどんどん大きくなり——。

何か手を打つ暇もなく、ベースは真っ二つになった。

 

「うわっ!?」

 

リョウは体を起こした。自室のベッドの上だった。

その直後、ピピピピ、というアラームの音が聞こえた。時刻は7時ちょうど。いつもの時間だった。

 

スマートフォンを見ると、5月3日と表示されている。

 

「……え?」

 

3日は祝日なので休日だが、リョウはスマートフォンのアラームを月曜から金曜という形で設定しているので、祝日にはアラームが鳴るのだ。

 

「夢……?」

 

どこまでが? あるいは、どこからが?

壁掛けの時計が、音を立てて、ゆっくりと時を刻んでいた。

 

 

「まあ、とにかく」

「アンタはそのベースってモンを大切にしてるみてえだからな」

「そいつをぶっ壊せば、5月3日の朝に戻るってことだけ、覚えときゃいい」

「どうせ夢の中のことなんか、起きたら忘れちまうだろ? 」

 

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