Shimokitazawan Rhapsody 作:へんどり
目覚めは、いつも暖かい。
夢が冷たいからだ。
温度差で、体と頭が痺れるような気がする。
何度目か分からなくなった、5月3日の朝。リョウは体を起こしながら、そんなことを思った。
(ライブが上手くいかない)
(メンバーが集まらない)
(まるで、……いや、やめよう)
運命で決まっているみたいに、という考えがリョウの頭過ったが、なんとかそれを振り払うことに成功した。
(まだ、試していないことはあるはず)
1日目の目覚めと同時に、SNSにバンドメンバー募集の知らせを投稿する。
リアクションが来るタイミングは、ランダムだ。ループしているとはいえ、人々が皆同じように行動しているわけではないらしい。リョウは自身も気分で選ぶことが多いから、あまり不思議はなかった。
もっとも、連絡が来たところでうまく行くかは分からない。少なくとも、今まで連絡が来た7回のうち、5回は曲の練習時間が取れないことなどを理由に結局断られ、2回はライブまでは行ったが、機材のトラブルや体調不良でドタキャンされ、いずれも2人でライブすることになった。
1週間という期間は3曲をモノにするには短すぎるのだ。サポートとはいえ、彼らにもプライドがあるし、何よりあまりにメチャクチャな演奏をすれば今後の彼らの活動にも関わる。
だから、練習が不十分な状態で出るくらいなら、ドタキャンして一時的に評価が落ちても、出ないことを選ぶのかもしれない。
そもそも、結束バンドは無名の学生バンドで、発言力だってないから、ドタキャンしたところで有耶無耶にされておしまいだろう。チケットノルマだって厳しいのに、報酬が出せるわけもない。
SNSへの投稿は、やらないよりはマシだろうが、効果的ということもないだろう、とリョウは思っていた。
(とはいえ、他に手が思いつかない)
(前のバンドの連中とはもう付き合いたくないし)
(……それは相手も同じだろうけど)
食事を済ませて、家を出る。"1日目"は結束バンドの合わせ練習がある。ライブが近いということと、ゴールデンウィークで高校が休みということで3日、5日、7日に練習を予定している。1回の練習は3〜4時間程度だが、これは途中にだべっているだけの時間も含むので、実際にはもっと少ないだろう。
■
「あっ、リョウ!」
STARRYに入る前、入り口の階段を下ろうとしたところで、虹夏がちょうどSTARRYから出てきた。
「今日は早いじゃん! どうかしたの?」
「んー。まあ、たまにはね」
「……? ふーん?」
虹夏が少し怪訝そうな表情でリョウを見ていることを、リョウは認識していた。
(最近、虹夏の様子がおかしい)
(虹夏からしたら、おかしいのは私なんだろうけど)
これまでのループでは、リョウと違って虹夏はほとんど同じ行動をしていた。この時間には外に出てくる用事はないはずだった。
「虹夏は」
「ん?」
リョウは、今回はどうしたの、と尋ねたくなったが、そんなことをすればお互いに不幸になることが分かっているから、やめた。
「——虹夏は、どこかに行くところ?」
「ああ、うん。これこれ」
そう言って、虹夏は片手に持っていたゴミ袋を軽く持ち上げて見せた。ゴミ出しだ。
「……頑張って」
「あはは……。そこは手伝うところでしょ、サボり魔!」
口ではそう言いつつ、鼻歌混じりに階段を上がっていく虹夏とすれ違い、ライブハウスに入る。
ゴミの回収は、明日の早朝。今日やっておく必要がある仕事だが、今は午前中だ。今やることもない。
実際、これまでのループでは夜になってからすることが多かった。
(虹夏も、気まぐれを起こすことがあるのかな)
その日は、お互いに調子がよく、穏やかな雰囲気のまま練習することができた。郁代は相変わらず来なかった。
■
夕方。練習を終えて、バイトが始まる時間になった。当然だが、ライブハウスに来るバンドも客も変わらないメンツだ。友人同士で連れ立って来ているのだろう、会話している客の会話内容も同じ。異常な状況を嫌でも認識させられる受付業務は、他人にあまり興味がないリョウだからこそ、かなりしんどいものだった。
「あれ、リョウ、なんか疲れてる?」
そう思っていた矢先、人の波が切れたところで虹夏がやって来た。リョウの心境を覗いたかのようだったので、リョウは少し驚いていた。
「あー、ちょっと、動画見てて夜更かししたからかな」
「そう。受付かわろっか?」
「お願い」
「じゃ、リョウはドリンクよろしくね〜」
ドリンクカウンターでは、普段と違う会話が聞けた。こうして変わってもらったことが無い訳ではないから、全く聞いたことがない話ばかりではないが、気分転換にはなった。
ライブハウスの雰囲気がそうさせるのか、受付では音楽に関係のない話題も多かったが、ここで聞こえてくるのは各々が楽しみにしているバンドの話が多く、メンバーの技術や経歴などのちょっとした豆知識から、少しスキャンダラスで信憑性の無さそうな内容まで、多岐に渡る。
リョウは、この雑多な雰囲気が好きだった。
ライブが始まると、客はドリンクカウンターにほとんど来なくなる。受付から虹夏が戻ってきた。
「や、リョウ。あ、いつもの顔になってる」
「おかげさまでね。ありがとう虹夏」
「あ、う、珍しいね、素直じゃん」
虹夏が少し照れて、たははと笑いながら言った。リョウは、自分の言動が普段と少し異なっていることは自覚していたが、たまにはいいと思った。
「普段からそのくらい素直でいなよ」
「うむ、前向きに善処する」
「あーらら、いつものリョウだ」
にひひ、という様子で虹夏が笑った。いつもの虹夏だ、とリョウは思った。どちらからともなく、サウンドを聴き始める。今ライブをしているバンドは、STARRYを満員にするくらいには売れている4人組バンドだ。リョウの知る限りでは大学生のボーカルがリーダーで、レーベル契約をしているかは知らないが、ギターの技術が高いのが特徴だった。
(何回聴いても、上手い)
(やっぱり、ギターは楽曲の顔になる)
(……うちにも、あんな人がいれば)
(いや、よそう)
リョウは、今朝から、自分の考えが少し良くない方向に向かっていたのを自覚していた。しかし、虹夏との会話やライブに触れることで、気分が少し上向いてきた。
(虹夏には相談せずに、一度店長と話してみよう)
(もし店長に当てがあったら、虹夏も交えて打ち合わせしたらいい)
STARRYの店長である伊地知星歌は、虹夏の姉で、本人がギタリストでもある。現状を相談する虹夏以外の相手としては、これ以上ないだろう。
◾︎
今日、予定されていたライブが全て終わり、後片付けをしているところで、リョウは星歌を呼び止めた。
「店長。ちょっといいですか?」
「ん? 山田が話しかけてくるなんて、珍しいな」
「はい。……向こうの控室でもいいですか?」
「込み入った話か?」
怪訝な顔をした星歌と、適当な控室に入るリョウ。お互いソファに座ったところで、切り出した。
「実は……」
結束バンドの現状について、もちろんタイムリープについてを除いて、星歌に打ち明ける。話をするごとに、星歌はしかめ面を険しくしていった。
「……なるほど。ギターが練習に来ない、ねえ。山田はもっと、飄々としてるように思ってたけど、しっかりバンドのこと考えてんだな」
「……虹夏の、バンドなんで」
そう聞いて、星歌は少し驚いた顔をした後、くつくつと笑った。
「オマエ、相当虹夏のことが好きだよな」
リョウは回答を避けて、目を逸らした。答えているのと同じことだ。星歌は小さくため息をついた。
「まあ、個人的なことはいい。こっちでも、色々尋ねてみてやるよ。ただ、あくまで虹夏のバンドなんだから、虹夏がどう考えるかは————」
外からガタン! という大きな音がして、星歌は言葉を切った。騒ぎ声も聞こえる。すぐに店長の仕事と察した星歌が、「続きは後でな」と言って、控室を出た。リョウも続いた。
「どうかしたのか?」
「はい、その、機材の運搬中に——」
その後のセリフを、リョウは聴いていなかった。リョウの目に飛び込んできたのは、腕を押さえてうずくまる虹夏。
「虹夏!」
リョウが駆け寄ったことにも、虹夏は気付いていなかった。
「虹夏、大丈夫!?」
「あ、リョウ……」
「救急車を……」
「い、いや。大したことないよ。大丈夫。明日、病院に行けばいいから。折れてるわけでもないんだしさ」
そう言って押さえていた左手を開き、軽く握ったり開いたりして見せる虹夏。確かに、折れたりはしていなさそうだった。だが、痛みは強いようで、動きはかなりぎこちなかった。
「虹夏……」
「あはは、マズったね……ライブ、どうしよっか」
虹夏が力なく笑った。
ライブ。ライブまで、後何日だ? 今日は、何日目だ?
音響のスタッフと、星歌が話しているのが聞こえた。
「そうか、私が席はずしてたから……」「ええ、店長の……」「ただ、虹夏ちゃんも経験ありますから……」「普段は2人で動かすんですが……」「虹夏ちゃんが1人で……」
大人たちの言葉から、読み取れることは、つまり、
「私の、せい……?」
「え? リ、リョウのせいじゃないよ! 私が、1人で動かそうとしただけ」
「私が、お姉さんを、呼び止めたから……?」
「リョウ! 落ち着いて! 私は大丈夫だから!」
リョウの明らかに正常ではない様子をみて、落ち着かせるように、ゆっくりと虹夏が言った。
「……リョウ、今日は、帰りなよ。明日、冷静になってから、今後のことを話そう。もしかしたら、明日には良くなってるかもしれないしさ」
(私の、せいで、虹夏が……)
◾︎
翌日。虹夏からロインが来た。
『ごめん、リョウ』
『全治1ヶ月だってさ』
包帯でぐるぐる巻きの、虹夏の左手の写真が送られて来て、リョウはすぐさまスマホを手放した。
『ライブは、また夏にやろうぜ』
『その頃には、喜多ちゃんも来られるかもしれないし』
『まあ、もし喜多ちゃんがダメでも』
『代わりのメンバーが見つかるかもだしさ!』
ベースを叩きつける、酷い音がした。
◾︎
(私は)
(もう、何もしない)
(状況を変えられる何かを見つけるまで)
(大きく動くのは、やめる)
暗くて暖かいループが始まった。
◾︎
(時々)
(今までの私が、私を見ているような気がする)
(乗り越えて進めと言っているような気もする)
(知ったことじゃない)
演じ続けるのだ。虹夏に悟られぬよう。
普段通りの山田リョウを。
◾︎
「あーあ、ホントにマズったなあ……」
暗い部屋で、無事な両手を見ながら、虹夏が呟いた。
聡明なる読者諸兄のお察しの通り、虹夏はループに気がついています。ですが、虹夏視点は後の話と絡めて後日談でお送りしたいと思っております。