どれだけやる気があって光明が見えたとしても、全滅してしまえばやる気は無くなるものだ。
スロットは人の脳みそを溶かす。俺の脳みそは溶け切っていた。
「確変きちゃああああああああああああああああああ」
確変とは確率変動のことだ。つまりは当たりが出る確率が上がっている。つまりは俺が勝利できるというわけだ。勝利とはつまり金である。金だ。この国の住民は死んでもリスポーンしてくるから金の価値はそこまで高くないがゼロというわけでもない。
金があればできることが一気に増える。俺は神を見たことが無いが、恐らく神は金のような姿をしているに違いない。
「こい!! こい!!」
スロットは人の脳みそを溶かすと言われている。俺の脳みそは完全に溶け切っていた。画面を睨みながらひたすらスロットを回す。バリバリとうるさい音が鳴り、ガーガーと画面が点滅する。耳に悪いし目にも悪い。ついでに脳にも悪い。
それでも俺はスロットを回し続ける。
なぜなら、今は確変だからだ。
「ふぁあああああああ!!!!! アタリきちゃあああああああああ!!!!!」
小当たりの発生。だが、まだだ。まだ確変は終わっていない。この程度では確変は終わらない。確変は永遠の夢をくれるフィーバータイムだ。俺の永遠の夢はまだ果たされていない。故に確変は終わっていない。QED。
小当たりによって得られる金銭はそれほど大きくなく、今日俺が費やした金が返ってくる程度でしかなかった。だが、逆を言えば俺の今日の負けが無かったことになったのと同じであり、更に言うなら、これからの俺の勝ちが完全な利潤になっていることに他ならない。
千里の道も一歩から。塵も積もれば山となる。
俺の夢は終わらねぇッ!!!!!
「続行ダァァ!!!!!」
…………だが、世の中にはどうしようもない瞬間というのが存在する。俺達が狼に敗北を期したのと同じで、この世は俺に都合の良いようには作られていない。俺はそれを身をもって知ったつもりだった。あのクソ狼に何度も殺されて、何度も脳にあの姿を刻まされて。俺はこの世がどうしようもないクソゲーなことを知っていたはずだった。
なのに、俺はそれを忘れていた。きっとスロットに脳を溶かされていたから判断力が劣ってしまっていたのだろう。きっとそうだ。いつもの俺なら小当たりが出たときに止めることができていたはずだ。
そうに違いない。俺は悪くない。悪いのは全部スロットだ。
俺は空になった財布を見て絶望した。
「やっぱスロットは良くねぇよな。折角金が入ったのに一瞬で素寒貧になっちまったよ」
俺は反省した。もう二度とスロットはしないと神に誓う。
が、神は俺を見捨てはしなかった。フードを被った幼女が俺に近づいてくる。
「ゴミ溜めに入り浸るなど、お前は相変わらず底なしの愚か者だな。こんなんだから狼が──。ちょッ、おまっ、な、なんだ」
「助けてくれええええええ!!!!!」
フードを被った幼女にしがみついて俺は泣きわめいた。その小さな身体を抱きしめてわんわん泣く。コンコンが俺の頭を押しのけて抵抗してくる。
「ちょ、ちょ、やめろ恥ずかしい。ほ、他に人が居るだろうがッ。ちょ、おいっ!」
「やじゃ! やじゃ! 助けてくれるまで離さないからにゃ!!」
俺はコンコンにへばりついて抱きしめた。頭を包み込むように腕を回してフードの中に手を入れる。
「その言葉遣いは何だ!? お前ついに頭がおかしくなったのか!? 助けてくれとはなんだ!? お前は一体何がどうしてそうなったんだ!?」
「お金を貸してください!!!!!」
俺はスロットに負けたくなかった。まだ確変は終わっていない。俺の夢はまだ終わっていない。このままだと負けてしまう。それは嫌だった。それに確変の台を他の奴にくれてやる気もなかった。俺はこの台で戦いたい。こいつと夢を取りたい。
そういう強い気持ちが俺の中にあった。
それなのに俺は賢いふりをして、二度とスロットをやらないなどと言ってしまった。でも本当は違うのだ。俺はスロットをやりたかった。夢を、諦めたくはなかった。
だから、俺はスロットをやる。そして勝つ。そのためには金が要る。でも俺の財布にはこれ以上の金はない。
そんな時に、俺の下に財布が歩いてきた。これは奇跡だと思った。この台が俺に語りかけている。俺と一緒に夢を取ろうぜ。そう言っている。
俺はコンコンのフードに片手を差し込んで、ふわふわの耳を撫でた。もう片手でコンコンの尻尾を探す。……見つけた。ふぁさふぁさの尻尾を掴んでふぁさふぁさする。
「ちょ、やめ……。やめ……。ひゃっ。ち、ちがうっ!」
変な声が出たが俺は手を止めなかった。コンコンをぎゅっと抱きしめる。俺はコンコンの身体を何度も触ってきたからコンコンの好きなところを熟知している。耳を撫でて、尻尾を擦って、耳元で囁く。
「なあ良いだろ? 金を貸してくれ。俺がお前に金をせびるのはいつものことじゃないか」
「だ、だめだ。お前がスロカスになろうとするのを見過ごすのは……」
コンコンはいつも俺を悪事に誘導する癖に今日のコンコンは常識人のようなことを言い出した。そんなのはコンコンらしくない。
俺はコンコンに悪者であって欲しかった。囁く。
「イベントが始まってからずっと刀を俺に投げてくれてたのはお前なんだろ? 俺に刀を渡せば俺が闘争心を抑えられなくなることをお前は知ってる。お前は俺が無様に死ぬ姿を見たかったんだろ? どうだった? 俺が狼に何度も殺される姿は気持ちが良かったか? 気持ちが良かっただろうな。お前は俺が悪事を働いたり俺が死んだりした時にいつも楽しそうにしていたからな。なあ、今更善人ぶってどうした? 俺がスロットにハマるのはお前にとって利があることのはずだ。止める必要はない。そうだろ?」
「ちがう……。私は、ううぅ……。ひゃんっ。だからぁ。や、その手を止めろぉ」
チッ、強情だな。さっさと金を貸せよ。
俺は手の動きを早くした。コンコンの声が限界に達する。
「わ、わかった! 貸す! 今日のところは貸してやる! そ、それで良いだろ!」
「おーけー。それで良い。最初からそう言っておけば良かったんだ」
「……ほんとこいつは」
グチグチと俺に文句を言いながらコンコンは金を出した。俺はそれをべしっと受け取ると直ぐに台に座る。気合を入れて、神へ祈りを捧げて、俺の夢を託したスロットを回す。コンコンがわざわざこんなゴミ溜めにやって来たのは俺に用があってのことだろうというのは想像できているが、今の俺はスロットと共にある。
コンコンには残念だが貴重なスロットとの時間を裏切ることはできなかった。
先に遊ぶ約束をしていたのはスロットだから、俺はスロットとの休日を優先する。それは常識的に考えて何もおかしなことではないだろう。先約を優先するというだけに過ぎない。至って普通の考えだ。
俺は俺自身の脳みそがまだ機能している事実を確認した。スロットを回す。
「くそッ、当たらねぇな。疫病神にでも憑かれたか? 疫病神……」
「私の方を見てどうした? もしやッ、ま、またするのか?」
コンコンが頭を抱えるようにフードを深くかぶって顔を隠す。耳がぴくぴくと怯えるように動いていたのがフード越しからでもわかった。
「またって? 俺はただコンコンが疫病神なんじゃないかっておもっただけで」
コンコンが地団太を踏む。
「誰が疫病神だ! どういう思考をすればそんな発想に行きつく!? 私は金を貸してやったんだぞ! 寧ろ私はお前の救世主だろ! それなのになんだお前は! 頭おかしいんじゃないのか!?」
「いやいや、おかしいのはお前の方だろ。こんなに顔を真っ赤にしてキレてる姿は滅多に見ないぞ。コンコンらしくもない。何かあったのか?」
「お前がッ!!!!! クソッ!!!!! …………言っても聞かない奴に言うのも何だしな。ついてこい! というか連れて行く!」
おいおい何でコンコンはこんなに怒ってんだ? イベントの開催中だってのにせわしねぇな。はー、今日はスロットで一発当てるつもりだったのに、とんだ災難にあっちまった。運がわりぃ。まあ、こんな運の悪い日にスロットで大損しなくて済んだと思えば儲けもんではあるのか?
俺はコンコンに首根っこ掴まれて連行されていった。