今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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『拝炎祭』

 

『拝炎祭』終幕

 

 どうやらイベントの正式名称は『拝炎祭』と呼ぶらしい。名は体を表す。イベントの名称が判明した時点でこのイベントの終わりもまた自然と判明した。

 俺はイベントの終わりを見届けるため、コンコンと一緒に街の中央広間に来ている。広間には多くの住民が集まってきていた。闇の民だけではない、光の民も大勢集まっている。

 そしてその中心にいるのは巨大な狼、今回の主役だ。

 狼の相手をしているのは光の民だった。闇の民ではない。

 

「あれは、パラディンか?」

 

 この街には複数の治安維持組織が存在する。パラディンはその中では二番手の実力を持つ治安維持組織であり、住民からの人気は侮り難いものがある。侍大将やコンコンのような化け物に比べれば戦闘力は幾らか劣るものの、パラディンは心の面で住民からの信頼を得ている珍しい治安維持組織だ。

 パラディンは十数名で狼を囲んで相手をしていた。その中のリーダーが叫ぶ。

 

「負けるな!! ここで私達が死んでしまえば集まった街の皆も死んでしまう!! イベントを終わらせることができなくなる!! この防衛ラインを死守せよ!!」

 

 パラディンはとても清らかな心を持っている。それは戦闘民族として知られる闇の民にはないもので、光の民だけが持つとされている光の心だ。そして光の民として名高い俺が持つ心でもある。

 パラディンは光の民のみで構成された治安維持組織である。通常、この国で治安を維持するとなれば最も求められる能力は戦闘力だ。法律のないこの国では争いとなると十中八九暴力になる。暴力に対抗するには暴力しかない。だから治安維持組織に最も求められる能力は戦闘力なのだ。

 

 しかし、戦闘となれば必然的に闇の民が筆頭に上がってしまう。光の民は正しい心を持っているから戦闘を遠ざける傾向にあり、逆に闇の民は間違った心を持っているから戦闘を近づける傾向にあるからだ。

 だが、その中でもパラディンは光の民でありながら戦闘を許容する集団だった。それは光の民からしてみればとても安心することだ。人気になるのも頷ける。

 俺はそんなパラディンを尊敬していた。狼と戦っているパラディンをキラキラとした瞳で見つめる。

 

「俺もいつかパラディンに入るんだ……」

「……お前は闇の民だろ。パラディンには入れないぞ」

 

 コンコンだ。こいつはいつも俺を闇の道へと引きずり込もうとしてくる。こいつのせいで俺はここ数日で何十回も狼に挑んで殺されてしまった。何度も殺されたことで、俺の記憶にはあのクソ狼の顔が何度も焼き付けられている。怒った顔、怒った顔、怒った顔。ふぁさふぁさモフモフ。大量の狼の顔が俺の脳内を圧迫していた。

 本来なら人生で一度しか経験できないはずの死の間際の記憶は、それゆえに強力に脳に焼き付き、忘れようと思っても忘れられないものとなって俺を支配している。

 その支配から抗うことはできず、今の俺はもう恋をしてしまいそうなほどに、一杯一杯にされてしまっていた。夜に夢を見て、朝に幻視して、こうしている時もチラチラと狼の顔と身体が頭の隅に居座っている。

 恋をした時はそんな感じの症状になるらしい。もしかすると俺は恋をしているのかもしれない。何度も殺されて記憶に刻みつけられたせいで、俺はもうあいつを忘れることができないのだ。

 俺は嘆息をついた。

 

「あの毛並み……もふりたい……」

 

 俺はやるせない気持ちを抱えてコンコンに手を伸ばした。フードに手を差し込もうとして、バシッとはたき落とされる。

 

「ふんだッ。お前みたいな奴に触らせるほど私は安くないッ」

「そっか……」

 

 ついさっきスロットの時はあんなにコンコンの毛並みに夢中になっていたのに、今の俺にはこのくらいどうってことなかった。あの狼だ。あの毛並みだ。俺の視線の先には恋焦がれる狼が居て、待ち焦がれた毛並みがある。そのせいで俺は隣にある毛並みに夢中になれなかった。

 手元にあるものがどれだけ良いものだったとしても、手元にある時点でそれの価値は落ちている。悲しい話だが人間はそういう風に作られていて、常に新しいものを求めるように脳みそが命令してくる。商品ケースの中に入っているものを手に入れても心が満たされるのは少しの時間だけ。また別の商品ケースの中身を求め始める。だから手に入らないと分かっている隣の芝ほど青く見える。

 

「コンコン……。頼みがあるんだ」

「どうした? またセクハラか? ……コホンっ、言っとくがあのイヌッコロと私の毛並みだと私の方が上物だからな? あのイヌッコロの毛並みは所詮は野生のままの手入れも何もされていない低品質な毛だ。それに対して私の毛並みは長い時間をかけて──」

 

 コンコンが何か言ってるが俺は無視した。コンコンは自分の毛並みに自信を持っているからその自慢話となると、とてつもなく長くなる。

 

「あの狼について少し確認しておきたいことがあるだけだ。お前が知らないことかもしれないが」

 

 俺の問いに対してコンコンは黙った。とはいえ、こいつは情報通だ。念のため煽るように何も知らないんだろと言ったは良いが、こいつのことだからどうせ俺よりも情報を持っているのは間違いない。

 黙っているのは俺を試しているのだろう。

 

「俺はあいつに何度も殺されたからな。大体のことは分かってる。コンコンは殺された機会が少ないから知らないと思うが、人は殺されると殺した奴のことを忘れられない生き物なんだぜ。意識的に忘れようと思っても絶対に意識してしまう。だから、何度も殺されまくった俺はあの狼のことをずっと考えて、そして思ってきた。想ってきたと言っても語弊はない。あの毛並みとあの屈強な身体。思い出すだけで胸が動悸するよ」

「……気持ちわる」

 

 ごほんごほん。

 

「つーわけで、俺はずっと考え続けてたわけだ。で、だ。ずっと考えてて思ったんだが、答え合わせと行こうか。なあコンコン、あの狼は国外から来たんだろ?」

 

 この国は他から隔絶されていて国境を渡ってくるのは困難を極めると聞く。その国境を越えてきたとなると、あいつは狼の中でも特別な個体だということになる。俺はこの国を愛しているが国外に興味を持っていない訳じゃない。

 もし俺がもふもふなペットを作るなら、あいつが良い。

 

「よく気づいたな。あの狼は外からやってきた個体だ。だが、この国の環境に適合できなくてくたばっていたようだ。そこをリスディスが拾ったらしい」

「ん? 環境に適合って、そんなに難しいことなのか?」

「……まあな。お前も国外に出てみればわかるさ。国外はこの国とはまた別の世界が広がっている」

 

 国外か。俺はまだ良いかな。あのモフモフが生まれた地に興味はあるけど街に残してるものは多いし。

 

 俺とコンコンがそうこう話をしている間も狼とパラディンの戦いは続いていて、広間には人が集まり続けている。十数人のグループで構成されたパラディンは人数こそ多くは無いが、彼らの実力はクズよりも圧倒的に強い。安定感があるのは当然だろう。

 住民たちは安心して『拝炎祭』に参加できるというわけだ。となると、終盤にイベントに参加しようと思っていた光の民も集まってくる。

 

「居た! デルゲン探したよ!」

 

 ミルキィだ。

 

「ミルキィも来てたんだね!」

 

 俺はコンコンを捨ててミルキィに駆けだした。まさかミルキィと一緒にイベントの最後を迎えられるとは思ってなかった。胸が動悸する。

 一目散に近づいた俺はミルキィに向かって両腕を広げたが、ミルキィは恥ずかしがって飛びついては来なかった。ミルキィが顔を真っ赤にして俺を咎めるようにツンツンと声を張る。

 

「デルゲンが居なくて大変だったんだよ! 私の診療所にも狼が出てきて!」

「狼が? ミルキィの診療所に? あいつ何て奴だ。俺だけじゃなく俺のミルキィにまで手を出しやがって」

「でもパラディンさん達が居てくれたおかげで皆無事だったよ。私も死なずに済んだし診療所も建て直さなくて良かった」

 

 俺はパラディンに嫉妬した。俺がミルキィの傍に居てやれたなら俺がミルキィを守ってあげられたのに。だが、俺はパラディンの活動を応援してるから、その嫉妬心をミルキィの前で態度にすることは無い。つーか、俺がミルキィの傍から離れたのが元凶だから俺が悪いしな。

 俺をミルキィから引きはがしたクズ共が憎い。だがそんなことはどうでも良い。

 

「じゃあ、今回はミルキィと一緒にイベントの終わりを見届けられるのか?」

「うん! 久しぶりに一緒……だよ。……えへへ」

 

 俺はミルキィと並んで広場の群衆の中に混じった。広場には暴れ狂う狼とそれを食い止めるパラディンが居て、その周囲に住民たちが集っている。住民たちは勇ましく戦うパラディンを応援したり、今回のイベントの様子を語ったりと皆がワイワイとはしゃいでいた。

 俺達もそれに倣おうと思う。

 

「ミルキィの方はどうだった? さっきの話、詳しく聞きたいな」

「そう! 私頑張ったんだよ! パラディンさん達が戦ってるときに怪我した人を沢山治療したの! こういう戦い系のイベントはいつも外から見てるばかりだったけど、今回は私張り切っちゃって沢山頑張ったよ!」

 

 いつになくミルキィのテンションが高い。ミルキィは可憐なタイプの女性だから興奮している姿は貴重だ。活躍できたのが嬉しかったのだろう。ミルキィは誰かのためになることを素直に喜べる人だから、活躍する=誰かのためになれたというのが幸福感に繋がる。

 

「ミルキィに治療してもらえるなんて羨ましいな。俺なんか全然なのに」

「それはしょうがないでしょ! だってデルゲンは……」

 

 俺は直ぐに死を選択するから治療をする隙が無い。無駄に生き延びるよりもリスポーンして直ぐに戦線復帰しようと思うタイプだ。それは俺の長所だと思っていたがこんな弊害があるとは思ってなかった。

 ミルキィがぼそりと神妙な声で呟いた。

 

「……でもね、思わなかったかな」

「ん? 何が?」

 

 俺の手にミルキィの手が当たった。ミルキィが俺と手を繋ぎたいと言ってくれているようで俺の鼓動が高鳴る。

 

「このイベントの正式名称は聞いた?」

「ああ、『拝炎祭』だろ。さっきコンコンから聞いたよ」

 

 ミルキィと手を繋ぐ。ミルキィの横顔をチラリと見たらミルキィも俺の方を見ていて、不意に目が合った。クスクスとミルキィが片手を口に当てて微笑む。すると、ミルキィは俺の視線を誘導するように、そのまま広場の中心へと向いた。そこには狼とパラディンが戦っている姿がある。

 

 今はそれに追加して、火の粉が宙を舞っていた。

 

「『拝炎祭』。それはね、復活と再生のイベントなんだって。私達に配られたあの火の種は特別な力を持っているらしくてね。その炎に焼かれた者を生へと導く力があるんだって。そんな炎を囲んでイベントの最後を迎えられるなんてとてもロマンチック。私はデルゲンと一緒に参加出来たことを誇りに思うよ」

 

 ミルキィがそこまで俺のことを特別に思ってくれていたとは思ってなかった。俺と参加出来たことを誇りに思うなんて、生半可なことじゃない。

 

「俺も……」

 

 そう口にして、俺の言葉は中断された。

 火の粉が、俺とミルキィの胸の内から溢れている。

 

「これは、最初に貰った参加証か?」

 

『拝炎祭』が始まってすぐに、街の住民には種火が配られた。初め、俺は何も考えずにイベントに参加していたが、一番最初に貰えるものが無価値であるはずはない。俺達は真っ先に種火の性質を調べるべきだった。

 俺がこの種火の力に気付いたのはクズが弓矢で狼にダメージを与えたときだ。あの時はその後すぐに全滅させられたからクズに詳細を聞くことなく終わってしまった。でも、あの時に俺以外にも種火の力に気付いたクズが居たのだろう。そしてそいつが俺の代わりに種火の情報を街の皆に広めていった。

 だから、闇の民以外にも多くの人達がイベントに参加しようと思えるようになった。戦えなくてもイベントに参加できる力を持っていると分かったからだ。

 

 皆が持っている種火が花開いている。

 

 このイベントは種火を持っている全ての住民に参加して欲しいイベントだ。少なくとも主催者のリスディスはそう願ってイベントを計画したのだろう。

 強い奴が、戦いたい奴が戦うだけのイベントではない。どんな人でも参加したら楽しいと思えるような、そんなイベントを開催したいと思ったのだろう。

 

 この場に集った種火が宙を舞う。集まった火の粉が花弁のように大空を舞っている。その一枚一枚がこの場に集った参加者の数だ。

 

「沢山あるね」

 

 ミルキィはその一枚一枚を数えて、あまりの多さに目を回していた。その数だけこの場に人がいると思うと、この街の人口の多さに頭が痛くなる。

 

「クズ共の時は数えられる程度しかいなかったんだけどな」

 

 クズこと闇の民は数が少ない。闇の民だけの種火ではここまでの数にはならない。

 

 真っ赤な花を大量に咲かせた一本の巨大な木が広場に咲く。真っ赤な花弁を大量に枝葉に付けた満開の開花だった。パァッと火の粉を散らしながら、枝の随所に花が咲いている。

 俺の記憶が確かなら、あの木は桜と言うらしい。マミーに教わった記憶がある。とても美しく儚く可憐な花だと言っていた。この国にはない木だと言っていた。だから俺が実際に見るのは初めてだ。

 

「いつか、実物を見てみたいもんだな」

「……うん、そうだね」

 

 国外か……。

 

 種火で作られた真っ赤な桜がパァッと纏まって、一つの巨大な炎へと変化した。『キャンプファイヤー』の時に作った炎よりも更に巨大で、輝かしい炎だった。僅かに黄金を纏っていて見る者全てに神聖さを感じさせる。

 これがこのイベントの終幕なのだろう。

 黄金を纏った炎が狼へと落ちた。

 

 ──GHUAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 狼の絶叫。傷一つなかったその身体が燃えている。やはり種火は魔術による耐性付与を貫通するようだ。狼はこの国に来たばかりだとコンコンが言っていた。俺やクズ共とは違って痛みには慣れていないはずだ。

 悲痛の叫びは街中、ひいては国中まで響いていそうな大きな叫び声だった。きっと国中の全ての人が狼が焼かれる瞬間を無意識的にも共有しているだろう。

 

「……綺麗」

 

 花のような炎が狼を焼く光景は残酷ながらも美しさがあった。残酷な光景と言うのは普段であれば光の民が目を背けたくなるような悲惨な状況なはずだが、それでも惹かれてしまうのは『拝炎祭』に使われている炎が復活と再生を与えるという特徴を持っているからだろう。

 僅かに纏われている黄金がその二つの特徴が嘘ではなく真実であると語っていて、その黄金が俺達の視線を集めて止まない。

 狼と戦っていたパラディンもいつの間にか後方に下がって狼が燃え行く様を見守っている。広場に集まった誰もが天に向かって悲痛の雄叫びを上げる狼へと視線を注いでいた。

 

 この国では死んでも再びリスポーンする。国外から来たという狼も再び何処かでリスポーンするのだろう。そして再び俺と出会ったなら、また俺と殺し合いをするのだろう。イベントが終われば狼に付与されていたバフの魔法も消えているだろうから、俺が勝てる可能性は十分にありそうだ。

 イベント後に狼を探して一戦交えるのも良いかもしれない。その時はミルキィも誘って、カッコよく戦う俺の雄姿を見て欲しい。

 俺は燃え行く狼に輝かしい楽しい未来を思い浮かべた。自然とミルキィと繋いでいる手に力が入る。

 

「また会おう」

 

 イベントに参加した全ての者達が狼との再会を夢に描いて、リスディス主催のイベント『拝炎祭』は大盛況で終了した。

 

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