◆ 荒野
荒野に狼の姿が忽然と出現する。それはフーラでは言わずと知れた現象だが、フーラ国外から来た狼には荒唐無稽な現象だ。
俗にいう『リスポーン』である。
狼は自分が何故か生きていることに気付いた。最後に記憶に残っている光景は自分が炎に焼かれている瞬間だ。街の中央で白い鎧を着た騎士と戦っている最中に花のような炎に焼かれたのだ。身体の芯から焼き尽く地獄の業火を思わせる炎だった。あれを受けて生きていられるとは思えない。だが……。
狼はちらちらと周囲を見た。……ここは天国でも地獄でも街中でもなく荒野だ。ふぅむ。
奇妙なことが起きたものだ。そう頭を悩ませたが、よくよく思い返してみたら国を出てからというものおかしなことばかりだった。
最初の奇妙な出来事は狼が永遠の国へと向かう途中のことだ。『永遠の国は東にあり』と、かつて英雄が言っていたことを思い出した狼はひたすら東へと進んでいた。途中までは順調な旅だったが、その道のりの途中から何故か全身から段々と力が抜けていった。やがて立つことさえできなくなり、何の抵抗も出来ずに狼はくたばった。
だというのに、何故か狼はピンピンしていて、何ならくたばる前よりも強くなっていて、知らない街の中を暴れ回っていた。身体は巨大化し、身に降り注ぐありとあらゆる脅威は弾かれ、腕を振るえば容易に建物を崩落できた。意識は限りなく薄く、胸の底から湧き上がる憤懣に突き動かされる身体を抑えることができず、破壊の限りを尽くしてしまった。
何が起きたのか。訳が分からない。誰もいない場所でくたばったはずなのに、何故か知らない場所で破壊衝動に駆られている。更には何故か自分を強化する魔術も付与されていた。
不思議の種は一つだけではない。
その街では他にも奇妙なことがあった。殺したはずの奴が何回も挑んできたのだ。それも一人じゃない。何人も何十人も殺したはずの奴らが襲ってきた。そいつらの顔は覚えていないが、一人だけやけに鬱陶しいと思った奴がいたような気がする。片側にしか刃を持たない奇妙な剣を使う奴だ。更に言うなら、マヌケな顔で血を噴き出しながら笑っていたヤバい奴だ。
……彼らはアンデッドだったのだろうか。いや、それは違うだろう。彼らからは生命の息吹を感じた。あれは確実に生きている。
ふと狼は気付く。
もしかしたらここは永遠の国なのかもしれない。だからこの国に住んでいる奴らは死んでも死なない。……自分もそうだ。ここが永遠の国だから生きている。
だとすると、もし主がこの国にたどり着いていたなら、この国のどこかで生きているかもしれない。本当に死なないのならそういうこともあるだろう。
根拠はある。この国には他国にはない不思議な力が流れている。
永遠の国に入った時から何となく気付いていた力の波だ。くたばる前は薄っすらとしか感じられなかったが、今はそれが確かに感じられる。街で付与魔術を掛けられたのが原因だろうか。それとも炎に焼かれたことが原因だろうか。
分からない。
分からないのならそれ以上考えるのは意味が無い。少なくとも誰の力も借りずに狼だけで考えるのは時間の無駄だ。だからそう言うものだとして受け入れる。
受け入れて、どうする? 見知らぬ土地で独り、自分が立っている場所も知らず、自分が何によって生かされているのかも知らず、頼みの綱は無く、訳の分からない何かに振り回されてるだけ。自分が何をすれば良いのか。それを知る術を教えてくれる人はおろか、自分の頭の中にさえその答えが無い。
詰みとはこのことを言うのだろう。そう、狼は途方に暮れる。
が、どうやら狼は詰みではなかったらしい。
小さな誰かが狼に近寄って来た。頭をすっぽりと覆うようなフードを被っているせいで顔を伺うことはできない。
「なんだ、こんな荒野に独りきりだっていうのに随分と覇気があるじゃないか。まだ諦めきれないのか? まあ諦められないだろうな。この程度で諦められるのならお前はここまで来ていないわけだし、それに、生き返る事さえできなかったはずだ」
それは少女の声だった。狼は唸り声をあげて警戒を示す。
しかし、少女が怯むことは無い。寧ろ強気になる。
「その意気や良し。少しだけ、お前にアドバイスをしてやろう。お前の目的を果たせるかは分からないが、現状の改善に繋がることは約束しよう」
少女がフードを取って顔を晒す。
狐の耳がぴょこりと顔を出した。
「私はコンコン。『狐の御宿』の女将だ。窮地に訪れた女神に感謝するんだな、忠犬」