『拝炎祭』が終わり、熱気で包まれていた街が次第に落ち着きを取り戻していく。散々に破壊されまくった繁華街は組合によって数日もかからずに修繕されたことにより、今では既に多くの商店が店を開いていた。
再びいつも通りの活気を取り戻した繁華街に俺はイベントでもらったクーポン券を片手に握りしめて訪れている。
繁華街の中央から少し逸れた位置にある露店の店主に声をかけた。
「よお飴屋、今日も良い腹してるな」
「ん? おお、デルゲンじゃねぇか。お前が俺の店に顔を出すなんて珍しいな」
飴屋は飴を売っている男だ。でっぷりとした腹が特徴的な穏やかな奴で、この繁華街ではかれこれ長いこと飴を作って販売している。腹に溜めたでかい脂肪とこいつの作る飴は子供に大人気で、店の周りには大体ガキがたかっている。
今日は俺が時間をずらして来たからガキどもは居ないが、俺が飴屋に滅多に顔を出さないのはそのガキどもが原因だ。
「お前に礼を言ってなかったと思い出してな。でかいイベントも終わったし丁度良いと思って来たんだ」
「礼? 何かあったか?」
「おいおい、お前が俺にりんご飴を作ってくれたんだろ? キャンプファイヤーの時に俺が参加できなかったから、可哀そうな俺へのお土産だってミルキィが持ってきてくれたんだけど、違ったか?」
飴屋はやっと思い出したようで「ああ、ああ、」と大きな声をあげた。
「お前よく覚えてたな。そうそう、あの日はミルキィの嬢ちゃんがどうしてもっていうから作ったんだよ。なんつったかなぁ、デルゲンが落ち込んでるから元気づけたいみたいな感じだったかなぁ。お前は結構なアホをやらかしたらしいが、俺としてはお前が馬鹿やってるのは嫌いじゃなかったもんで嬢ちゃんに協力したんだ」
なんてことだ。俺はことあるごとにミスって街を破壊してしまくっていたが、飴屋はそんな俺のミスを受け入れてくれていたのか。やはり飴屋は見た目に相違ない懐の広い奴だな。
深く感銘を受けた俺は飴屋に敬意を示した。
「お前が作ってくれたりんご飴は美味かったよ。俺がりんごが好きだからってだけじゃなく、お前の飴づくりの技術力を思い知らされた。やっぱりお前は凄い奴だ」
「おお、おお、今日は随分と調子が良いじゃねぇか。礼とか言ってたが俺を持ち上げて気持ちよくさせようって魂胆か?」
「ちげぇよ。飴屋がそんじゃそこらのゴミとは一線を画すのはいつものことだ。俺の本心からの褒め言葉だよ。ガキどもに人気なのも頷けるってもんだ」
子供は本能により危険なものを遠ざけ、自分を庇護してくれるものに近づく習性がある。その本能はリスポーンの特性を持っているこの国の住民でも同様に機能しており、例えリスポーンによって復活する事実を知能で認識したとしても消えることは無い。この国においても本能とは絶対の行動の基盤なのだ。
子供が飴屋に人気ということは、飴屋はそれだけ良い奴って事になる。が、飴屋はやんわりと俺の言葉を否定した。
「ガキに人気つってもなぁ。実際は良いもんじゃねぇぞ。あいつら俺が飴を配るようになってからいっつも店に来るようになっちまったからな。俺が凄い奴だからってのは誇張だ」
「……そんなことやってたのか。飴はこの国ではそこそこ値が張るってのによく配る気になるな。ああ、そういう甲斐性なところがお前の魅力って奴かもな」
「お、いうねぇ。お前は他人を褒めるのが上手いな」
ガハハと飴屋が笑う。
頃合いか。俺は礼にと持ってきたものを取り出した。
「そんな甲斐性なお前に渡して意味があるのかは分からんが、これが礼って奴だ。受け取ってくれ」
「これは、クーポンか。……俺に渡しても良いのか? 大概は自分で使うもんだろ」
「良いんだよ。どうせクーポンで買えるのは飯ばかりだからな。正直俺はあんまり興味が無い」
リスディスのイベントに参加すると貰えるクーポン券はリスディス商店で使うことが出来る。リスディス商店は変人リスディスが各地から集めたありとあらゆる物が販売されているのだが、そのほとんどは高額過ぎて普通の人は買うことができない。
しかし、クーポン券を使うと高額商品の中から食料品のみに限って安価で買えるようになる。食料品の中には先日リスディスを殺害した狂虫のようなゲテモノもあるが、目が飛び出るほどの絶品もあるって話だ。
リスディスのイベントに誰もが参加する理由の半分はこの絶品目当てなところがある。
だが、俺は食にあまり興味が無いため、イベントが終わると大抵誰かにクーポン券をあげていた。
「まあ、お前がりんご中毒者なのは有名な話だから知ってるが、無料で俺に良いのか?」
「へーきへーき、どうせいつもイベントが終わったら誰かにプレゼントしてる程度のものだしな。それが今回は飴屋だった。俺にとってクーポン券は好感度上昇アイテムみたいなものなんだよ」
「なかなか面白い考えをしてやがんな。良いぜ。お前の好感度上昇アイテムを受け取ってやるよ」
飴屋がクーポンを掴む。俺の礼の気持ちを受け取ってくれるようだ。が、その前にまだ何かあるらしい。
「とはいえ、タダで貰うってのはやっぱり忍びねぇからな。ちょっとした情報提供でもしようかね。丁度お前の耳に入れておいた方が良さそうな話があるんだよ」
繁華街には多くの人が集まるその中央に近い飴屋には多くの情報が持ち込まれることだろう。所詮は住民の会話であるため単なる噂程度の情報が殆どだろうが、中には人の人生を揺るがすような大きなものもあるだろう。
俺は耳を傾けた。
「最近、ここらに変質者が出たって話だ」
「……変質者ならいつものことだろ。今日もその辺で殺し合ってるクズ共を見てきたところだぞ」
「いや、闇の民の話とは少し違うみたいだ。どうやら光の民を闇に引き摺り込む悪質な変質者らしい……ってオイどうした! 凄い顔になってるが……」
俺は直ぐに表情を戻した。頭に昇った血を降ろす。
俺がよほど怖い顔をしていたのか、まるで映し鏡のように飴屋の顔が強張っていた。少し落ち着かないといけない。
「悪い。感情的になってしまった。光の民の話になるとちょっとな。続きを話してくれ」
「あ、ああ。だが少し待ってくれ。何を話すつもりだったのか忘れた。お前がそこまでやばいオーラを出すとは思ってなくてな。時間をくれ」
飴屋はハンカチを取り出して額の汗を拭うと、飴を口に含んで転がした。そうすると落ち着くようで段々と表情に血の色が出てくる。少しして、ふぅと息を吐いた。
「メンヘラ症って知ってるか?」
俺は知らないと首を横に振った。
「そうかぁ。お前は前に愛がどうとか言ってたからもしかしたら知ってるかもと思ったんだがな」
「メンヘラは俺の専門とは少し分野が違うからな。俺が扱ってるのは純愛だけだ。純愛は至高で万能なものだから、他の愛を学ぶ必要が無いんだ。ましてやメンヘラなんて、半分邪教みたいなものを学んだりはしない」
「ま、まあ、お前の主義については良いとして、問題はこのメンヘラ症を振り撒く奴がいるらしいってことだ。噂だと闇の民らしいんだが、まだ確かな話じゃないからはっきりとした特徴が発覚してるわけじゃない」
その変質者はかなりのやり手だな。
人を殺しても死なないこの国で情報を封鎖するのは難しい。他国では人の口に戸は立てられないせいで極秘情報を知ってしまった奴を殺すのが習わしらしいが、この国では殺したところでリスポーンした奴がバラすだけだ。
「それでメンヘラ症に罹るとどうなるんだ?」
「……落ち着いて聞いてくれよ。絶対に怒ったりするなよ?」
俺は静かに首を縦に振った。
「それが、愛する人を殺したくなるらしい」
……………………あれかぁ。
俺はイベント前に俺が救い出した光の民の男のことを思い出した。