古来の人々の中には病気を悪魔のせいだと言う人がいたらしい。神が創造せし人間を侵すことが出来るのは悪魔だけだろうと考えられていたとかなんとか。俺は今時そんな迷信は流行らないと思っていたが、飴屋からメンヘラ症の噂を聞いてついつい迷信を信じそうになってしまった。
メンヘラ症は悪魔の生み出した病気だという可能性が俺の中で湧き上がっている。人間を神が作った生き物だとは思っていないが、人間に与えられた純愛は神が作り出した概念であるとは思っているし、メンヘラ症は純愛神の教えに反する悪魔の所業に違いないとも思っている。こんな病気は排除しなければならない。フーラのため、ひいては純愛神のため、この悪魔はこの世から抹消せねばなるまい。
確たる決心を抱いた俺は正義の収束地であるパラディンの拠点に来ていた。悪魔討伐の協力を要請するため、というのが第一の目的だが、これを機に長年の夢であったパラディンへの入隊を果たしたいと思っている。
◆ パラディンの拠点、パラディオン
パラディンは構成員の全てが光の民によって結成された非公式の治安維持組織だ。フーラには非公式の治安維持組織が複数あるが、その中で最も住民の支持を得ている組織がパラディンである。
そのため、パラディンの本拠地であるパラディオンは彼らの人気を象徴づけるように荘厳で大きい。まるで国公認の役所のように立派で、中に入るだけでもちょっとした旅行の気分に浸れる。
この建物が俺が今日から活動する拠点だと思うと気分は高揚した。
早速、受付近くにいた構成員だろう白い鎧を着た男に声をかける。
「すまない。パラディンに入隊したくて来たんだが、俺にパラディンの入隊試験を受けさせてくれないか?」
「お出口はあちらでございます」
それはそれはどうもご丁寧に。
「違う! 俺はパラディンのメンバーになりたくて来たんだ!」
俺は如何に俺にやる気があるかを全身で大きくアピールした。パラディンの構成員は一流の光の民だ。彼等なら俺に宿る正義の心に気付いてくれるだろうという確信があった。
パラディンは誰もが憧れる組織だ。その入隊を志す者は多く、そんな彼らを選別するために入隊試験がある。試験内容は生半可な気持ちでは乗り越えることができないと専ら噂になっているが、侍大将に鍛えられた俺なら余裕とまでは行かなくてもパスすることは可能だろうという自負があった。
俺の熱烈なアピールが通じたのか、俺を帰そうとしていたパラディンの男は考えを改めたようだ。俺との対話に応じる。
「……君は、”あの”デルゲンで合っているよね?」
マジか……ッ。パラディンが俺のことを把握してくれているなんて。これも俺の日頃の活動の賜物か。今まであーだこーだと文句を言われてばかりだったけど、闇の民に改心を訴えてきた俺の活動が報われる日が来たようだ。
俺は嬉しさのあまり緩みそうになった頬をぎゅっと締めて冷静な対応を心掛けた。
「あの、というのがわからないが、闇の民に更生を促しているデルゲンなら俺のことだ。まさか俺の活動を知ってくれているとは思ってなかった。パラディンのメンバーに知ってもらえてるなんて光栄だ」
「いや……。どうやら私の知っているデルゲンと君の言ってるデルゲンは違うようだね。でも、しかし……」
興奮する俺に対し、彼はあまり良い反応をしなかった。パラディンの構成員特有の整った顔の眉根に皴が寄っている。
何か俺と彼の間で誤解が生まれているようだ。彼は顎に手を当てて数秒考える様に俺から視線を外し、ぽつりと呟く。
「…………闇の民は平気で嘘を吐く」
「そうだな。闇の民は嘘を悪いと思ってないのか嘘を吐くことに抵抗が無い。でも、それが何か?」
何故か彼が俺の言葉を聞いて驚愕を露わにする。
「…………嘘を吐いてることに気付いてない!?」
「ちょ、ちょっと待て、一体なんの話をしてるんだ? 嘘とか気付くとか。俺はパラディンの入隊試験を受けに来たんだ。何の話がしたいのかはわからないが、悪いが先に俺の用事を済ませてからにしてくれ」
俺の狼狽に対し、彼は再び俺と顔を合わせると確認するように頷く。
「残念だけど私には君を案内することはできない」
「何故だ? パラディンの門戸は常に開かれてるはずだ」
「……君は、闇の民だろ? 私達パラディンは光の民のみの組織だ。残念だけど闇の民の君を迎えることはできない」
心外である。名誉棄損である。俺はそれは誤解であると反論した。
「何か食い違いがあるな。その情報はデマだぞ。俺は確かに闇の民と間違われることが多いが、それは俺を陥れようとする闇の民達の策略であって、俺はれっきとした光の民だ」
闇の民の最も知られた特徴は『戦闘狂』なのだが、次点で知られる特徴は『自己中心的な思考』だ。他人の事情よりも自分の事情を優先する闇の民はデマを流布しやすい。他人が幾ら苦しもうが自分が楽しければ良いという自分勝手な考えを持っているからだ。
きっと俺が闇の民だというデマを流してる奴らは俺が苦しんでいることで笑っているに違いない。ヤバい奴らだ。
だが、至高たるパラディンは闇の民の嘘には惑わされない。パラディンはいついかなる時においても光の民のために最適な答えを導き出せるのだ。だからこそ俺はパラディンを高く評価し続けてきた。
……はずだった。
「……やはり君は闇の民だ。闇の民を私達パラディンに入れることはできない。デルゲンは闇の民の先導者として有名な名前だからね。君の熱い想いは受け取るけど悪いが諦めてくれないか?」
俺は初めてパラディンに不信感を覚えた。俺の熱い想いを受け取ることはできても、俺が闇の民であるというデマを見抜けないことが許せなかった。でも、それと同時に新たな希望が生まれた。
俺がパラディンに入隊できればパラディンをもっと良くできるんじゃないかという希望だ。今まで俺はパラディンは完璧な組織だと思っていたが、それは往々にして良くないことだとされている。完璧というのはそれ以上の成長がないという側面を持つからだ。
成長が無いのであれば、俺がパラディンに入隊したとしてもやることがないわけで、俺はパラディンに何の貢献もできないことになる。
だが現実は違った。パラディンはまだまだ成長余地のある組織だった。ならば、俺が入隊することでパラディンは更なる成長が期待できる。
俺は刀の柄に手をかけた。俺の実力を認めさせるためなら、俺は強硬手段にでることも辞さない。俺にはそれだけの覚悟と力がある。
俺の戦意に気付いたパラディン三名が即座に俺を囲む。ここはパラディンの本拠地であるパラディオンだ。俺と話をしていた人以外にも待機中の構成員が何名か居る。全員、いつ応援要請が来ても良いように白い鎧を着ていた。
多勢に無勢。それでも俺が臆することは無い。
「やろうぜ」
パラディンの各々が得物を構えながらも苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる。
「……この戦闘狂めがッッ。闇の民は何かあるとすぐこれだッッ」
俺は絶対にパラディンに入る。そして、闇の民ではないことを皆に証明するんだ。
その熱い心を胸にして、俺は鞘から刀を取り出した。