今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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狼との再会

 

 というわけで俺はパラディンの下部組織への入隊試験を受けることになった。俺としてはパラディンに入隊できない時点で不満たらたらなのだが、長年憧れた組織に一朝一夕で入ろうと思っていたのが間違いだったと思えば納得はできる。

 パラディンは至高の治安維持組織だからその道のりは険しくて当然だ。そうじゃないと市民の支持は得られない。そんなわけで俺は大人しくパラディンの下部組織への入隊試験を受けることにした。

 ……のだが、肝心の試験内容は割と厳しいものだった。

 

『近くの森林でカマキリを狩ってきて欲しい。デルゲンの力ならギリギリだと思うが、そこはデルゲンの気合の見せどころだ。尚、今回はデルゲンの個人の能力を測るための試験なため、この試験は準備から試験終了の最後まで全て他者の協力を受けてはならない』

 

 森林のカマキリというと巨大種で有名な奴だ。平均的な身長は人よりも少し大きいぐらいだった気がする。自然界では大きさと強さが大体比例するから、カマキリの中には俺よりも強い個体が居ても不思議じゃない。

 控えめに言ってかなりキツキツな試験だった。最悪のパターンじゃなくても俺は死ぬ可能性が高いだろう。

 とはいえ、死んでもまたリスポーンするだけだ。死亡率が高い試験でもリスクはゼロに等しく、俺が試験を棄権する理由にはならなかった。

 

 ◆ 森林 都市フーラ近郊

 

 森林にはカマキリ以外にも多くの魔物や魔蟲が生息している。魔物とは言うに及ばず魔を持った動物を指し、魔蟲とはその名の通り魔を持った虫を指す。外国では魔物よりも魔蟲の方が小型で弱いとされているらしいが、フーラでは真逆で魔物よりも魔蟲の方が強力であるとされている。

 そのため、魔蟲が多く生息する森林に立ち入る者は少ない。今森林に居るのは俺だけだろう。助けてくれる人が居ないと思うと心細いが、邪魔する奴が居ないと考えると好都合だ。

 

 試験の制限日数は二日。一日でカマキリを見つけられないことを配慮しての制限日数だろうが、一日で終わりではないのを考慮すると活動拠点が必要になる。わざわざ街に帰るのは時間の無駄だからだ。シャルルは俺の単独行動の能力も把握したいらしい。

 俺は一先ず森林の活動拠点として有用な泉に向かった。

 ……が、そこには思わぬ先客がいた。

 

 がぅ。

 

 何処かで見た顔。否、忘れるはずがない、忘れられる訳がない。俺を何度も殺して俺に何度も死を刻みつけた顔だ。今はあの時ほどデカくなく、小さくて可愛らしいサイズになっているが、それでも俺があいつを見間違えるわけがない。

 あいつは『拝炎祭』のキャストだった狼だ。

 

 ぐぅ。あぅ?

 

 目が合った。戦闘になる。俺と狼はイベントで何度も死闘を繰り返してきたから、戦いのきっかけを知っている。

 良いぜ、あの時の借りを返してやるよ。

 俺は即座に頭のスイッチを入れ替えて戦闘用に切り替えた。抜刀し、片足を後ろに引いて攻撃の姿勢を取る。が、何やら狼の様子がおかしい。俺と視線がかち合ったはずなのに戦闘態勢を取る気配が無い。それどころかじわじわと口を大きく開けていって、

 

 んがぁぁぁ……。

 

 狼が週末のおっさんのように隙だらけなあくびをした。

 

 な、なんだあいつは……? イベントの時の全てを破壊し尽くさんとした迫力はどうした? 敵を見るやいなや一目散に殺しに行ってたあの殺意は何処に行った? 気持ちよさそうに泉に浸かったまま動かないなんて、まるで牙をもがれて戦うことすらできない時のクズ共じゃないか……。

 

 ぐぅぁぁ。んがぁ。

 

 俺は地団太を踏んだ。

 クソッ! 俺と言う敵を前にして呑気にしやがってッ! イベントの時と比べて俺はお前に傷を付けることができる敵になってるはずだッ! 今はリスディスのヤケクソなバフは無いはずだからなッ! 

 

 俺はビシッと刀の切っ先を狼に向けた。今からお前を殺すぞと宣戦布告する。流石にここまでやれば向こうも動かざるを得なくなるはずだ。……そのはずだった。

 

 狼はピクリとも動かない。

 

 …………クソッ。俺は認めないぞ! イベントで俺を何度も殺した奴が野生に帰ったら狂暴性が無くなってたなんて!

 

 そのつぶらな瞳がしぱしぱと瞬きする。爪が短くなった前足で頭をぽりぽりと掻く。そしてもう一度大きなあくびをする。

 かつてフーラの都市を蹂躙した無敵の獣の面影は少したりとも見当たらない。あるのは休日のおっさんのようにダラダラとした油断しきった獣の姿だった。

 あまりにも拍子抜けが過ぎる。

 俺があのクソ狼に幻想を抱きすぎていただけなのかもしれないが、それにしたってあんまりだ。もう少し覇気があっても良いだろ。俺たちはあんなにも熱く迸る戦いに酔いしれたじゃないか……。

 俺はかつての面影をすっかり失ってしまった狼を直視することが出来なかった。目をそらせば……隙を見せれば襲い掛かって来てくれるという淡い期待もあって、しばらくの間、呆然と宙を眺めた。

 

 ぐすん。

 

「……帰ろう」

 

 来るもんじゃなかった。見るもんじゃなかった。こんな現実は見たくなかった。

 すっかり意気消沈した俺は納刀して、その後直ぐに抜刀した。

 気配を感じる。それも複数。

 

「囲まれてる。ちょっと数が多いな。でもそこまで大きくない。ってことは魔物か?」

 

 答えは直ぐに分かった。木々に隠れながら移動しているが数が多すぎて姿を隠しきれていない。

 ハイエナだ。俺の頭のスイッチが切り替わる。今さっきまでやる気をなくして街に帰ろうとしていたが、今が試験中なのを思い出した。俺はカマキリを狩りに森林にまでやってきたんだ。ハイエナは目的ではない……が、不可解なところがある。

 魔物がここまで好戦的になっているのは珍しい。

 フーラにおいて、魔物は魔蟲よりも弱いとされていて、魔物は常に魔蟲に怯えながら生きているのが普通だ。怯えて生活してる奴がこんなに攻撃的な動きを見せることは滅多になく、そういう強気になっている時は大方狩られる側に問題がある。例えば血の匂いを周囲に放ってるとかな。

 

 俺は自分の身体をぺたぺたと触った。傷があったり血が漏れてたりしていないかを確認する。別に問題は無く、俺の身体は健康そのものだ。期待あげられた筋肉にほれぼれする。

 となると、俺は泉でぐったりしている狼へ目をやった。狼はこんな状況にも関わらず休日のおっさんのように無警戒だ。

 ……どうやらそういうことらしい。

 

「はぁ、今回は貸しだからな」

 

 んがぁ。

 

 ハイエナの数は大体二十程度。そのくらいの数なら俺一人で何とかできる。

 俺は狼の気の抜けたあくびに気を抜かれつつもハイエナの大群に突撃した。

 

 ◆

 

 大体10かそこらを肉の塊にしたあたりで風向きが変わった。俺は少々の傷を負っているが、このままやり合えば俺が勝つだろうことは間違いない。そういう俺が有利な状況だったが、戦闘の中盤にして状況が大きくひっくり返った。

 ハイエナたちが怯えている。まるで現実を思い出したかのように今までの強気な姿勢を捨ててしまっていた。手負いの狼と軽傷を負った人間など余裕だと調子をこいていたはずのハイエナ共が逃走を始める。

 

「ちょ、おい! 逃げんな!」

 

 俺はぶんぶんと刀を振って怒りを示したがその程度で魔物が止まるはずもない。奴らは本来臆病な生き物だ。逃げに関しての嗅覚は鋭く、一度下した判断を覆すことは滅多にない。

 一目散にかける四足歩行の獣に人間が速度で勝てるはずもなく、ハイエナ共が逃げていくのを眺める他なかった。

 しょうもねぇ。ここまで俺とやり合っておいて逃げるなよ。急に野生を思い出したように一目散に背中を向けやがって。闇の民ですら自分がしかけた勝負は死ぬまでやるぞ。獣のプライド低すぎなんだよな。

 

「あ?」

 

 フーラの自然界において、魔物は常に魔蟲に怯えて暮らしている。魔蟲が現れたら有無を言わずに逃げるほどに魔物は魔蟲より弱いのだ。

 

 ガチガチ。ギリギリ。ギチギチ。

 

 虫特有の気持ちの悪い音が聞こえた。まるで硬く鋭い刃物を擦らせているような音だ。森林でその音を人間に聞こえるレベルで出せる魔蟲はそう多くない。確実に人間よりも大きな魔蟲だ。

 具体的にはカマキリ、正式名称はオオカマヌシだったかな。

 

 俺の首が歯車のようにグググと動いてカマキリと顔を合わせる。カマキリは戦う気マンマンだった。

 

「あー、悪いけど俺が回復するまで待ってくれたりは……あ、はいそうですか。やっぱりダメ、ですよね……」

 

 俺はダッシュで狼に助力を請おうと泉に向かった。軽傷を負った今の俺ではカマキリに勝てないのは分かりきってる。元々ギリギリの戦いだったのにハイエナとの連戦で勝てると思えるほど俺は己惚れてない。

 

 でも狼と協力できれば、俺とあいつが手を結ぶことができれば、結末を変えることはできるだろう。かつて殺し合った(殺されたのは俺だけだが)敵同士が手を取り合って強大な敵を打倒する。なんて熱い展開だろうか。

 俺はモフモフの獣との友情を夢見た。

 が、

 

「ってぇ! あいつもう逃げてやがる! あんの恩知らずが! こういう時は協力する流れだろうが!」

 

 バッと視線をぐるりと回すが狼の姿は見えない。クソがッ! 俺はこんなところで死ぬ玉じゃねぇんだよ!

 ギチギチと音が聞こえる。俺に逃げ場はなかった。だがこの世界には窮鼠猫を噛むという言葉がある。俺は啖呵を切った。

 

「ハッ、やろうぜ。お前の自慢の鎌を粉々にしてやんよ」

 

 そうして、命を救った狼に裏切られた俺はカマキリに切り刻まれて殺された。

 

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