今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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感染者

 

 居候の朝は早い。俺は居候としての誇りと矜持を持っているため、居候先の家主のために早起きをするように心掛けている。

 俺はぬくぬくと上体を起こして毛布を横に退かした。ふぁ~と気持ちのよい欠伸をしようとして、まだ家主が寝ていることを思い出した。

 俺には居候の誇りと矜持がある。家主に不快な思いをさせるわけにはいかない。俺は開きかけた口を閉じて欠伸を胸の奥に閉じ込めた。

 

 ぬくぬくとベッドから足を出して朝食の仕度に取り掛かる。俺は朝食の仕度は居候の義務だと思っているから、俺が居候した時はいつも居候先の朝食を作っている。俺の朝食は結構評判が良いのもあって、朝食の仕度は俺の自慢のおもてなしだ。

 今日の家主にも喜んでほしいものだ。俺に気合が入る。

 

「まって」

 

 隣から俺を制止する女性の声が聞こえた。家主だ。俺は家主の気分を害さぬように慎重に対応した。

 

「悪いが俺は朝食の仕度に取り掛からないといけない。これはメメルンさんをもてなす為だ。後にしてくれないか?」

 

 女性の名はメメルンと言う。陰気で知的なところが魅力的な女性で、俺との関係は短いものの割と良好な仲を築けている。

 メメルンは俺の紳士的な言動に対して「むー」と口を尖らせた。

 

「メメルンって呼んでくれないの? デルゲンは私以外の親しい人にもそうやって気を遣ったような呼び方をしてるの?」

 

 俺は僅かに眉間に皴を寄せた。実のところ、俺は無意識的にメメルンを遠ざけているところがある。それがメメルンの呼び名にも影響しているのだろうが……、家主に失礼があってはならない。俺はすぐさま呼び名を訂正した。

 

「悪いメメルン。そうだな、親しい人を他人行儀に呼ぶのは良くないよな。これから気を付けることにする。じゃあ、俺は朝食の仕度に行くよ。少ししたらリビングまで来てくれ」

「まって、もう少しだけ一緒に居て」

 

 俺の腕が掴まれた。

 強い力じゃなかったから振り払おうと思えば振り払えたが、女性に力を振るうのは俺の主義に反する。俺は渋々ベッドに戻った。

 メメルンがぐっと身を寄せてくる。ベッドは一人で使うには大きいが、二人で使うには小さすぎる。俺とメメルンの身体はほぼ密着状態だ。俺が不意にもドキドキしてしまうのも仕方がないことだった。俺はかろうじて気取った態度を取っているが、これでも男である。メメルンの身体に思うところがないわけでもない。

 何を言われるのだろう。何をされるのだろう。そういった心理が脳裏を駆け巡る。

 

「……デルゲンはリスポーンして来たでしょ?」

「あ、ああ。でも、それがどうかしたか?」

「もう、死なないでよ……。前に言ったでしょ? 死んでも戻ってこられるとは限らないんだよ」

 

 メメルンは悲痛な顔をしていた。今にも消えてしまいそうな……いや、今にも俺が消えてしまいそうに思えるのだろう。親しい人を失うのは苦しみを伴うものだ。俺にその経験はないが、俺にも大切なものがあるから何となくわかる。

 でも、俺はメメルンに向かってそれは違うと反論した。

 

「フーラの住民は死んでもリスポーンしてくる。だから大丈夫。俺はフーラを愛してるから、フーラの特別な力を疑ったりはしたくない」

「ほんとに?」

 

 メメルンが俺を上目づかいで見てきた。目元に溜まった涙がメメルンの思いの重さをこれでもかと訴えてくる。俺のドキドキは頂点に達した。

 

「俺を信じろ。今まで何十回、何百回と死んでリスポーンし続けてきたのが俺だぞ。実績はしっかりあるんだから安心できるはずだ」

「普通の人は何百回も死なないんだけど……」

 

 メメルンのじとーっとした目が痛い。

 

「ま、まあ良いだろ? 俺が戻ってこないことは無い。少なくとも今までは大丈夫だったんだ。これからも大丈夫だよ。俺を信じろ」

 

 ガシッと肩を掴んで圧をかける。力で訴えるやり方は好きではないが、力で訴えるやり方もまた男の甲斐性だと考えれば悪くはない。

 案の定、メメルンは俺の男らしさにやられていた。僅かに頬を朱に染めて控えめに囁く。

 

「……うん、わかった。デルゲンを信じるね」

 

 それで良い。よーし、これで解決だな。最初は面倒くさい女だなとか思ったりしたけど、心配されるのは中々悪くない。自分が大切にされてるって感じが俺の自尊心を育ててくれる。

 さて、問題も解決したことだし、俺はそろそろ朝食の仕度に入るか。

 そう思って、意気揚々と立ち上がった俺はすぐさま動きを止めざるを得なくなった。

 

「……何の真似だ?」

 

 背中を向けた俺の首元に冷たい何かが当たった。冷たく、鋭利な物体だ。俺にはそれの心当たりが大いにあった。だが、なんで今ここで、このタイミングでそれが出てくるのかは分からなかった。

 その理由は向こうから明かしてくれた。

 

「メンヘラ症って知ってる? ううん、知らないわけがないよね?」

 

 メンヘラ症が何なのかは飴屋に聞いたから知っている。俺が根絶を願った程の厄介な病気だ。忘れるわけがない。

 だが、俺はまるでメンヘラ症にさほど興味が無いという風を装った。

 

「確か……愛する人を殺したくなる病気だったか? この状況だと、メメルンはそれに感染してしまったのか?」

 

 グッと首筋を冷たい物が這った。ツツーっと温かい液体が首を伝う。俺は後ろを向いてメメルンの表情を確認したかったが、動くことが出来なかった。

 耳元で甘い吐息が吐かれる。

 

「死んでも帰って来られるのなら、一回ぐらい私が殺しても良いよね?」

「良くないです」

「どうして? 愛する人を殺すのは一種の愛情表現なんでしょ? それなら私がデルゲンを殺すのは当然だよね?」

 

 そんな話があってたまるかと叫びたかったが、命を握られている身で下手人を刺激するのは良くない。俺はなるべく穏便に済むように意識しながら言葉を選んだ。

 

「俺はその考えを否定している。俺を殺してもメメルンは俺に嫌われるだけだぞ」

「…………嘘。それは嘘だよね?」

 

 嘘なわけあるか!? 殺されて嬉しい奴が何処に居るんだよ!? 普通に考えたら分かるだろ!?

 俺は叫びたい気持ちに駆られたが、犯人を刺激しないために冷静になることを心掛けた。

 

「嘘じゃない。本当だ。なんなら俺はメンヘラ症を排除するために動いている。メメルンが知っているかは分からないが、俺がパラディンに接触したのはそれが主な理由だ」

「……知ってるよ。結構な大立ち回りだったみたいだね。デルゲンの武勇が語られているのは、デルゲンの親しい人として嬉しい話だったよ」

 

 まさか知っているとは思わなかった。メメルンは知的な女性だが、同時に陰気性を持っているから、必然的に情報の鮮度には弱いと思っていた。

 驚愕する俺の首筋に指が当てられる。

 

「驚いてるね。脈が激しく動いてるよ。私がデルゲンの行動を把握できていないと思ってたのかな? とても心外だよ。私はデルゲンのことなら何でも知ってるのに。デルゲンは私のことを少ししか知らなかったなんて」

 

 なんだこいつは……。俺はこんな化け物じみた女と知り合いだったのか? いや、知り合いだなんてレベルじゃないかもしれない。向こうは俺を何か変な対象にしている気がする。刃物を向ける相手、メンヘラ症、まさか!?

 

「私はデルゲンのことを殺したいほど愛しているよ。だから──」

 

 ──デルゲンを殺すね

 

 俺はすぐさまメメルンを突き飛ばした。この際、女性には手を出さないとかそんな甘っちょろいことを言ってられない。相手は殺人犯だ。手加減は無用どころの話じゃない。手加減をしてたら俺の死を招くことになる。

 俺は何度も死にまくって死に慣れているが、だからと言って死にたいと思っているわけではない。死ななくて済むのなら死なない選択を取りたいのが俺だ。

 

 つまるところ、俺は生きたいのだ。

 

 メメルンをベッドに倒して、部屋のドアにダッシュする。だが、俺はそこで足を止めた。

 今すぐにメメルンから逃げないといけないのに、俺の足はそれ以上先に進んでくれなかった。

 

「朝食を、作らないと……」

 

 憎いッ! こんな時でさえ居候の矜持を大切にしてしまう自分のプロ意識が憎いッ!

 だが、足を引っ張っていると理解できていても、俺は居候の矜持を捨てられなかった。もし俺がこの矜持を捨てたら、俺は今後居候になれなくなる予感がするからだ。きっと、こんな矜持は俺が意地っ張りなだけでしかなくて、ミルキィもコンコンもそんなのはどうでもいいから泊まりに来いと言ってくれるだろう。

 でも、それじゃあ俺は納得できない。皆の優しさにかまけてしまう俺自身に納得ができない。だから俺は俺の矜持を守らなければならない。

 ギリッと歯を食いしばる。俺はこの殺人犯と戦うんだ。

 

 そんな覚悟を見せる俺を前にして、メメルンは妖艶な笑みを浮かべた。

 

「嬉しい。デルゲンが初めて私に手を出してくれた」

 

 ベッドに押し倒されているメメルンが起き上がった。その手にはやはりナイフが握られている。

 俺は警戒心を強めて、戦う姿勢を取った。武器は無いがそれでも戦うことはできる。人は戦うことをやめたときに初めて死ぬのだ。それはフーラでは特に言えることだ。

 戦うことをやめた者、生きることを諦めた者はリスポーンすることができない。だからフーラの民は諦めてはいけない。

 

 俺はビシッとメメルンを指さした。

 

「お前は間違っている! メンヘラ症なんてのはただ迷惑なだけだ! そんな馬鹿げた思想で本当の愛が手に入ることは無い!」

「……なんで」

 

 メメルンは明らかな動揺を露わにした。ナイフがぽとりとベッドに落ちる。両手を頬に当てて、有り得ないとばかりに首が左右に揺れていた。

 動揺が声に現れ、メメルンの声が霞む。

 

「デルゲンは、デルゲンは、他の女を殺してるんじゃないの? もしかして、殺してなかったの?」

 

 なん……だと……。

 

 な、なんだって? 俺が? 女を殺してる? 意味が分からない。一体、何が、何が起きているんだ……ッッ!

 

 俺はメメルンが何を言っているのか意味が分からなかった。脳が理解を拒絶しているのを疑ったが、俺の脳は未だに解決の糸口と問題の原因を探っている。正常だ。

 俺がおかしい訳じゃない。おかしいのは間違いなくメメルンだ。

 

 何かとんでもない事件が起きている気がする。いや、起きているに違いない。どんな噂が流れれば俺が女を殺すなんて話になるのか。天地がひっくり返ったとしても、そんな噂が事実だと思われる訳が無い。俺の知らないところで知らない奴が暗躍しているとしか思えないが、その暗躍している奴というのが俺には思いつかなかった。一体何が起きているんだ。……分からない。

 分からなかったから、俺は取り敢えず朝食の仕度をすることにした。現実逃避という奴である。

 

「腹減ったろ? 先に飯にしよう」

 

 丁度良いタイミングで、ぐぅ~と、メメルンのお腹の虫が鳴った。

 

「…………うん。わかった。デルゲンの手料理は楽しみだったから、待ってるね」

 

 そういうことで、俺達は一旦落ち着いて話をする機会を得ることができた。

 

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