今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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いいこいいこ

 

 なるほどなるほど……。

 メメルンの話を総括すると、どうやら俺の良くない噂を流している奴が居るらしいことがわかった。メンヘラ症の発祥についても俺が原因だとされているようで、巷ではまるで俺が諸悪の根源かのように吹聴されているらしい。許せない話だ。

 その噂を耳にしたメメルンは俺がメンヘラ症の患者だと思い込んでしまった。それで、俺がメンヘラ症を患っているのにメメルンを殺していなかったから、メメルンは俺に愛されていないんじゃないかと不安になって強行に及んだようだ。

 メメルンはム所で取り調べを受ける容疑者のようにしゅんとしていた。

 

「ごめんね。てっきり、デルゲンは他の女を殺してるから、私を殺さなくても満足してるのかなって思っちゃって。……私が愛を伝えたらデルゲンも応えてくれるかなって」

 

 なるほどなるほど……。

 メメルンが言っている意味が全く分からん。だが、根も葉もない噂を流している闇の民が居ることは分かった。そいつの首を晒せば全てが解決するのも分かった。

 よし、そうと決まれば善は急げだ。

 朝食を作り終えた俺はもう居候の義務を果たしている。これで俺は気に病むことなく外に出ることが出来る。

 が、メメルンがまたもや俺に待ったをかけた。

 

「ほ、本題をまだ話してないんだけど!?」

 

 ……本題? 今のが本題じゃないのか? 今のが本題で良いだろ。俺的にはかなりのビッグニュースだったぞ。……これが本題じゃなくて副題だったと?

 俺は恐れおののいた。真の敵がまだ潜んでいた事実に胸が張り裂けそうになる。

 

「まだ、何かあるのか?」

「あるから! だから、もうちょっとだけ話を聞いて! 私と一緒に居て!」

 

 本当は聞きたくなかったが、女性に求められるのを断るのは男として忍びない。俺は席に着いた。

 メメルンがほっとしたように肩をなでおろす。どうやら本当に俺に話したい本題とやらがあったようだ。その態度には先程の残酷さはなくなっていて、真剣なものがあった。

 

「イベントに出ていた狼の話なんだけど、デルゲンに聞いてほしくて……。えっと、一応だけど、イベントの後に女狐には会ったりした?」

「会って無いな。イベント中には会ったけど、その後は特に音沙汰もないし、俺から会いに行ったりもしてない。あー、だけど、イベントの狼の話なら少ししたな。外国から来た狼で、環境に適合できなかったからどうたらとか……、そのくらいしか知らないな」

 

 俺と狼は何度も殺し合った仲なのに、思い返せば俺は狼のことを何も知らなかった。あいつが何を目的として国境を越えてまでフーラに来たのかも知らないし、どうしてリスディスのイベントでキャストをやっていたのかも知らないし、どうしてイベントが終わった後に傷だらけで森の中に居たのかも知らない。

 

 メメルンは時々おかしくなるが元々は知的な女性だ。この口ぶりからして狼について何か知っているのだろう。俺はメメルンの話に興味が出てきた。集中して耳を傾ける。

 メメルンは俺の真摯な態度が気に入ったようで、得意気に胸を張った。大きな胸が服のシワを寄せてピシッと張る。

 

「ふふんっ。デルゲンが興味津々なようで嬉しいな。これなら私が調べた甲斐があったよ」

 

 メメルンは知的な女性だ。ちょっと頭がおかしなところがあるのが玉に瑕だが、基本的には有能なタイプである。コンコン程の頭脳と情報網があるわけではないが、コンコン程に意地の悪い性格もしてないため、俺としてはメメルンにかなりの信を置いている。

 俺はメメルンの情報に期待した。

 メメルンは顎に指を当てて「どこから話そうかな」と呟いてしばらく、話が纏まったのか口を開いた。

 

「ワルフガングの英雄譚は知ってる?」

 

 俺は知らないと首を横に振った。ワルフガングも英雄譚もどちらも詳しく知らない名詞だ。

 

「ワルフガングは国の名前ね。フーラの西に位置する隣国で、狼が守護する国としてここ百年くらいは無敗を誇ってる国だよ」

「狼ってのは……、もしかして……?」

「そう、あの狼だよ。名前はラーディ。英雄のペットとしてワルフガングでは有名なんだって」

 

 英雄。それは俺の知らない単語だ。聞いたことぐらいはあるが、正確にどんな意味なのかは忘れてしまった。

 俺の無知を表情から読み取ったメメルンが補足を入れる。

 

「英雄って言うのは、端的に言うと凄い力で凄いことをした人……かな? 私も明確にこれといった意味は分かってないんだけど、大雑把な意味はそんなところだと思う。それで、英雄譚っていうのが英雄の物語のこと」

「凄い力で凄い事かぁ。随分と抽象的なんだな」

「こればっかりはね。民衆が祭り上げた人を英雄と呼んでるわけだから、明確な基準はないんだよね。国や地域によって英雄扱いになるかどうかは大きく違ってくる。フーラにはそういう文化がないからちょっと分かりづらいかな」

 

 昔からコンコンやらに言われ続けたのだが、フーラは独自の文化を持っているらしい。他国には当たり前にあるものがフーラには無く、フーラには当たり前にあるものが他国にはないらしい。

 だから俺に英雄が分からないのは当然のことだ。これに時間をかける必要はない。俺は取り敢えず話を進める様にメメルンに促した。

 

「それで、ワルフガングの英雄のペットがイベントで活躍していた狼ってわけになるんだけど……これは最初に言っておいた方が良いと思ったから先に言うね」

 

 メメルンは一息ついて衝撃的なことを口にした。

 

「あの狼、ラーディは恐らくリスポーンしてないと思う」

 

 俺は耳を疑った。メメルンは続ける。

 

「うん、そういう反応になるのも仕方がないよね。一つ一つ、話をしていこうと思ってる。ラーディがどうして祖国ワルフガングを捨てたのか。ラーディがどうしてフーラに来たのか。そして、ラーディがどうしてリスポーンしていないと思ったのか」

 

 俺はイベントが終わった後、パラディンの下部組織への入隊試験の時にクソ狼に会っている。あれは間違いなくクソ狼だった。何度も殺し合った俺が見間違えるはずがないから、クソ狼がリスポーンしているのは確定した事実であり、メメルンの考察は既に間違っていると証明されているになる。

 

 だが、俺はメメルンの考察を遮ったりはしなかった。俺はメメルンの知能を高く評価していたから、一応メメルンの考えを聞いておきたいと思ったのだ。

 

 んで、たっぷり時間をかけて聞いた。

 

 メメルンの話をまとめるとこうだ。

 

・ラーディは飼い主のことが大好きな甘えん坊さんだった。

・ずっと飼い主と一緒に居て甘えていたのに、飼い主が独りでフーラに旅に出てしまったから、やーやーなのだった。

・ラーディは首輪を国に繋がれていたから国の子守りをしないといけなくて、やーやーなのに100年もの間ずっと律儀に国の子守りをし続けていた。

・でも、首輪が経年劣化で壊れてしまったおかげで国から解放され、大好きな飼い主に甘えようと飼い主を追ってフーラに来た。

・だが、飼い主が旅立ってからもう100年以上も経っている。普通の人間がそれほどの年月を生きていけるはずがない。飼い主は既に老衰か何かで死んでいるとラーディは考えるだろう。

 

「希望を無くし、戦うことを止め、生きる意味を失った者はリスポーンできない」

 

 これはフーラでの、否、闇の民の間での常識だ。闇の民は光の民と比べると死ぬ回数が圧倒的に多いから、必然的に何度もあの水の中に入ることになり、そして何度も水面に手を伸ばす選択を取る。

 手を伸ばせなかった奴はそのままリスポーンすることなく死に至る。

 メメルンが言いたいのはつまりはこういうことだ。

 

「飼い主を失った忠犬がこの世界を生きていく選択を取るはずがない。だから、忠犬は飼い主が眠る地で共に死ぬことを選ぶ、と考えるのが自然である。……なるほどな」

 

 確かに自然だ。

 愛する者を失った奴がこの先の世界を生きようとは思うまい。新たに生きる希望を見つけてこの先も楽しく生きていこう、などと希望的観測を持つのは難しい。そんな楽観的に物事を考えられるのなら、人間は一々何かにつけて悩んだりしない。大事なものはどうあがいても大事なもので、それは容易に捨てられるものではないのだ。

 それほどのものを失った時の絶望は計り知れないだろう。

 

 メメルンの主張は最もだ。

 だが、現実はそうではないことを俺は知っている。ラーディが生きていることを俺は確かにこの目で見ているのだ。生きているということはリスポーンに成功したということに他ならず、リスポーンしてきたということは、あいつがまだ希望を捨てていないということに他ならない。

 メメルンが暗い表情で語っている最中、俺は心の中で湧き上がる衝動を隠すのに必死だった。

 

 ククク。

 俺の期待は間違っていなかった。奴は俺に似てとんでもないクソ野郎だ。そもそもそうだ。俺が見惚れた奴が一回死んだ程度で死ぬわけがないんだ。

 イベントで俺達が幾度となく特攻を繰り返しても、奴は諦めることなく俺達を殺し続けてきた。何度も何度も何度もリスポーンしてあいつに襲いかかったが、あいつは俺達の排除を止めることなく、延々と目の前の障害を壊し続けた。

 それが奴の本性なのだろう。

 

 奴と何度も殺し合った俺にはわかる。奴は絶対に諦めない。諦めるだけの知能がないのだろう。所詮は狼の脳みそよ。だが……。

 

 ククク。

 

 楽しくなってきたなぁ。俺が期待していたクソ狼は俺の期待以上だった可能性がある。諦めを知らないモフモフの毛並みを持つペット。……いいねぇ。

 

 俺はついに興奮を抑えきれなくなって立ち上がった。

 両腕をバッと広げて高らかに笑い声を上げる。

 

 フゥァッッハッハッハハハハハハハハハハ!!!

 

 突然の俺の凶行にメメルンがギョッと魚のように眼を見開いた。

 

「ど、どうしたの? あたま大丈夫?」

 

 俺はクワッと眼を見開いて、メメルンの顔に顔を近づける。メメルンの驚愕で見開かれた眼を覗き込んだ。

 

「大丈夫だ。俺はいつも大丈夫だ」

「そ、そうかな? いつも大丈夫じゃないと思うけど……」

「大丈夫だ」

「え? え? 今の話の流れでそのテンションは大丈夫じゃない……よ?」

 

 うむ。

 俺は首を縦に振った。

 メメルンは困惑していた。

 

「ラーディは死んでる……んだよ?」

「うむッ!」

「……うむ?」

 

 うむ。

 俺は再度首を縦に振った。

 メメルンの肩に手を置く。視線を外に向けて、朝日に向かって指を突きつけた。

 

「頑張った子にはいい子いい子してあげないといけない。それが飼い主の役目だ。……そうだろ?」

「そう……かな? ……そうかも?」

「そうなんだよ。いい子いい子して、よしよしをするんだ」

 

 とても辛いことがあって、とても悲しくなって、とても生きていけない状態にあった。それなのに、諦めることをせずに生き続けて目的を果たすことを選択した。その判断を下すのはとても勇気が必要だっただろう。

 その勇気を誰かが褒めてあげないといけない。誰かが「生きていてくれてありがとう」とその勇気を肯定してあげないといけない。

 

 それは本来なら飼い主がすることだ。でも、今はその飼い主が居ない。だったら、誰かがその代わりをしてあげないといけない。

 なら、その役目は俺がやろう。

 あいつと俺は何度も殺し合った仲だから、俺にしかできない役目だ。他の奴には譲りたくない。

 

「俺がいい子いい子してやる。この役目は俺の物だ」

 

 俺は天に向かって主張した。

 

 

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