今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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狐とリスの鑑賞会

 

 リスディス隠れ家──

 

 リスディスはフーラで最も繁盛しているリスディス商店のオーナーだ。その資金力は絶大で、そこらの住民が束になっても勝てない力がある。リスディスが主催しているイベントもその資金力があっての物だ。

 金を潤沢に贅沢に使って大量の道具や魔力を集め、それによって普通の人ではできないような大きな催しを企画している。前回の『拝炎祭』でラーディに付与されていた強力な魔術はまさにリスディスの資金力の賜物だろう。

 リスディスはフーラ全体の資金を司っていると言っても過言ではない。だが、大きな力を持つということはその力を狙われることが常だ。

 その力を求めてリスディスを尋ねる者は後を絶たない。

 今日もリスディスの下には巨大な資金を求めて小汚いネズミのような狐が訪ねてきていた。

 フードを深くかぶって頭を隠したちっこい奴である。

 

「おいリスディス、取引をしようじゃないか」

 

 身体の小ささに比べて随分と大きな態度の身の程知らずの狐である。

 だが、そんな無礼でちっこいガキみたいな狐を、リスディスは回転椅子をぐるりと回して歓迎した。

 

「女狐が僕に取引を持ちかけてくるなんて珍しいね。一体、何をお望みかな?」

「お前に望む物なんか一つしかないだろ。金だ。金を寄越せ」

「狐のお宿は繁盛しているという話だったけど最近不景気なのかな?」

 

 狐のお宿というのはコンコンが経営しているという宿だ。コンコンの自宅でもある。

 

「私の事情はどうでも良いだろ。私は金が欲しくて、お前は金を持っている。そして、私はお前が欲しがりそうな物を持ってきている。……これ以上に必要な情報はあるか?」

 

 リスディスは僅かに眼を細めた。

 

「僕が欲しがりそうなものを持っている……。女狐がそう言ってくるのは気になる話だね。何を持ってきたんだい? それに相応しい、いや、女狐にならそれ以上の金額で取引に応じよう」

「お前にしては随分と気が利いてるな。だが、助かるよ。最近は金に困っていたからな」

 

 言ってコンコンは今回の取引のブツを取り出した。手のひらサイズの薄い円盤だ。

 リスディスが興味深そうに「ほう……」と感嘆する。

 

「それは記録媒体だね。映像か音声か。僕が欲しがりそうな内容となると……」

「ここに映写機はあるか?」

「ん? まだ払ってないけど見ても良いのかい?」

「ああ、見終わった後にお前がこれに幾ら出すかを決めてくれればそれで良い。中身を知らないで金を払ってもらうやり方だと恐らく私の方が損をする羽目になるからな」

 

 往々にしてあることだが、中身が不明なまま取引をすると、どうしても平均的な価格に収まることになる。

 そのため、本当に良いものを高値で売りたいのなら、信頼関係が許す範囲内で後払いの取引が理想的な取引になる。

 

「女狐がそこまで言うほどか……。それは良いね。俄然興味が出てきた。そう言ってくれるのなら早く見よう。どうする? 女狐も一緒に見るかい?」

「ああ、折角だからな」

 

 コンコンの許可が取れて、リスディスは魔術を行使した。部屋の中央の虚空に映写機が呼び出される。次に天井からスクリーンを引き出し、大画面で映像を映せるように映写機の角度を調整する。

 部屋の中央に置かれた映写機には円盤を差し込める場所があった。リスディスはそこにコンコンに円盤を入れるように指示した。

 映写機を挟むように二つの椅子を置く。

 ウィーン……と映写機に円盤が吸い込まれていく音が鳴った。ジジジと中身のデータが読み込まれていく。

 

「ポップコーンは要る?」

「普通の奴なら貰うが、前みたいな変な物をいれたゲテモノなら要らん。私はグルメだからな。ゴミを身体の中に入れる趣味はない」

「……塩とキャラメルはどっちが良い?」

「塩だな」

「なら僕はキャラメルにしよう」

 

 リスディスが手を叩くと使用人が部屋に入ってきた。リスディスがその使用人にポップコーンを持ってくるように頼むと、使用人は可愛らしく会釈をしてソソと部屋を出た。

 映写機が円盤の読み込みを終えていつでもスクリーンに映し出せる状態になる。

 

「じゃあ見させてもらおうかな」

「ああ、せいぜい楽しんで高い金を付けてくれ」

 

 そうして、『デルゲン最悪の一日 by コンコン』が放映された。

 

 ◆

 

 その映像は先日、デルゲンがスロットで大当たりを出した時の様子を編集したドキュメンタリーだった。

 映像ではデルゲンがコンコンから貰った占いの棒を頼りにしてスロットの席を選んでいる。

 

「この日は随分と荒れたみたいだね。でもそれに女狐が関わっていたとは知らなかったな」

「私としてはあいつにスロットをさせたくは無かったんだが、一度痛い目に合わせてやるのも良いかと思ってな。ちょっとだけあいつのツキに干渉したんだ。だが、私の想定とは少し違って面白い映像が撮れた」

「東方の術でツキが見えるって奴だったかな? なるほど、それを使ってデルゲン君に大当たりを引かせたわけか。……おぉ、当たってる当たってる。ははっ、彼すごいね。眼の色が完全に金の色になってるよ。ああ、ああ、スロットに抱き着いて涙を流し始めた。一目も憚らずに、おんおんと泣きわめいて、しかも……これ音声は無いの?」

「あるぞ。少しうるさいから音量を下げた方が良い。そうだな、大体いつもの半分ぐらいで……。ああ、そのぐらいだ。じゃあ巻き戻して今のシーンをまた見るか」

 

 ピッとボタンを押すと、デルゲンがスロットで大当たりを出したシーンが最初から巻き戻される。

 

『うおおおおおおお!!! 相棒ぅぅ!!! 俺は信じてたぞ!!! 俺とお前なら絶対に天

を取れるって俺は信じてたぞぉぉおお!!! あああ!! いつも俺はお前を……お前をブタしか引いて来ない出来損ないだとか思ってたりもしたが……ッ! ぐすん。ズズ……。俺は本当は心の奥底ではお前のことを信じていたんだッ! きっといつか俺の気持ちに応えてくれる日が……ズズ……来るって……ずっと……ッ!! そしたら、今日は、うおおおお!!! 今日は二人で天下を取るぞおおお!!!』

 

 涙と鼻水でドロドロに汚れた顔のまま、デルゲンはバッと両腕を広げてスロットに抱き着いた。そして他の客の視線も気にせずに号泣しながらスロットを更に回していく。

 スロットはデルゲンの心に応えるかのように、ひたすらに当たりだけを排出していく。ゴールデンタイムがそこにはあった。

 

「これ最終的にはどのぐらい出たんだい?」

「お前の総資産の三分の一は出たはずだ」

「ええ……。それをたった一晩で使い切ったって? それ僕でもできない気がするなぁ」

「安心しろ。散財ならこいつの右に出る奴は居ないからな。こいつの財布に入った金には何故か羽根が生えてくるんだ。一種のスキルだな」

「財布の中の金に羽根が生えて飛び立っていくスキルかぁ。それは興味深いスキルだね。今度試してみようかな」

 

 リスディスは大の物好きだ。その対象に隔ては無く、この世のありとあらゆる概念に興味を抱いている。例えデメリットしかない能力であっても、リスディスの前では貴重で特異的な能力として高い価値を持っていることになるのだ。

 

「……デルゲンに金を上げて良いのは私と、女王フーラだけだ。お前があいつに金をやるのは許さん」

「手厳しいなぁ。僕も彼で遊びたいんだけど」

「悪いな。このおもちゃは早い者勝ちなんだ。お前にはやらん」

 

 そうこう二人が玩具の取り合いをしている内にデルゲンが高級飲食店に入っていくシーンへと切り替わる。

 

『おらァッ! 一番高い奴もってこーい! それと女だ! 店一番の女を連れてこーい! 大富豪様のお通りじゃい!』

 

 俗に言うキャバクラと呼ばれる店に入ると早々にデルゲンは店中に聞こえるデカい声で叫び出した。

 

「チッ……。女遊びはするなとあれほど言ったのに……」

「……飛ばそうか?」

「構うな。このまま流せ」

 

 デルゲンが女に囲まれながら豪華な個室に案内される。女たちはどれも見目麗しいものばかりで、その見た目も男を誘うように開かれた衣装を着ている。

 ちっさくて肌を隠すような服を着た者は誰一人としていなかった。

 

 その映像を見ているコンコンは椅子のひじ掛けを爪でタンタンと叩き続けている。どうやらイライラをそうやって発散しているようだ。

 隣で一緒に映像を見ているリスディスが若干気の毒に思える。

 

『やっぱこれだよなァ! 絶景も良いが、酒と女に勝るものはねェなァ! お? 何だって? もっと注文しろ? 良いぜ良いぜ! 今日の俺はビッグマンだからな! 何でも持ってこーい!』

 

 タンタンタンタン……。

 コンコンの癇癪を示す音がどんどん早くなっていく。

 

『絶景の見える席で美女に囲まれながらする食事は最高だなァ! 普段食ってるリンゴの次に最高の飯だぜェ! それに……あ、おさわりはNG? セクハラもNG? もっとお金が要る? しゃーねーなァ! 今日だけだぜ!?』

 

 タタタタタ…………。

 

『うひょおおおお!!!』

 

 ダダダダダ………………ダンッッ!!

 

「チッ……。だがまあ、ここからは面白くなるからな。ハッ、地獄に落ちろ」

「……女狐ってそういうキャラだっけ」

「ああ、私は前からこんな感じだぞ。良かったな。新たな発見があって」

「……そうだね」

 

 コンコンの言葉通り、デルゲンはここからスカイダイビングのように地獄に落ちていく。

 ある一人の女がデルゲンを誘うようにべったりとくっついていた。

 

『ゴルラァ! 俺の女に手を出したアホンダラァは何処だあァ!』

『は? だれだよおっさん!? ここはVIPルームだぞ! 何無断で入ってきてるんだよ! アァン!! やんのかァ!?』

 

 部屋に柄の悪い男が大量に入ってくる。部屋に居た女の一人がそいつらの方へ即座に移って何やら耳打ちをした。

 男の視線がデルゲンに向いて固定される。

 

『お前か! おんどりゃあ!』

『俺とやろうってかァ!? 良いぜやってやらァ! 今日の俺に勝てると思ってんのかァ!? 俺に手を出したことを後悔させてやらァ!』

 

 そうして争いが始まった。

 

「……女狐さん? 一応聞いておくけど、彼女は?」

「美人局は害悪だからな。もう吊るしてある。殺さないように、死ねないように入念に水攻めしておいた。出て行く頃にはすっかり改心してたよ。私は彼女を真っ当な道に戻せたことを誇りに思っている」

「僕はよく変人だと言われるけど、女狐も大概だよね」

「天才と言うのは中々理解されないものだ。変人のお前と一緒にしてもらっては困る」

 

 スクリーンに映し出されている場面が佳境に入る。

 

『そうか……あいつらは俺の金を狙ってやがったのか。俺と相棒が長年をかけて手に入れた金を狙って……。許せねぇ。許しちゃいけねぇよ。この金は俺と相棒の絆の結晶なんだからな』

 

 決意を元に、デルゲンは戦闘力として闇の民を雇い始める。

 

『お前等! 俺と一緒に戦ってはくれねぇか! 敵はあのくそったれ共だ! 金ならある!!!』

『デルゲン! お前は遂に俺達と共に戦う気になってくれたのかよ! 俺は嬉しいぜ! お前は絶対に俺達闇の民の側だと思ってたからな!』

『デルゲン、まさかお前から言ってくれるなんて……ッッ。俺は、俺は……。是非俺にお前と一緒に戦わせてくれ! 俺達を引き入れる王はデルゲン、お前だけだ!』

 

 馬鹿が馬鹿を呼び、馬鹿が更に増えて行く。闇の民を従える王が生み出した群はネズミ算式に増えて行き、やがてはあのパラディンを越える部隊にまで育っていた。

 中央通りから外れた曰く付きの路地に闇の民の行群が並ぶ。向かう先はここいらを取り仕切っているドンの本拠地だ。

 

 それら群を見てコンコンはゲラゲラと笑いながら指をさした。

 

「アハハッ! 馬鹿ばかりだな! これを集めた奴も、これに参加してる奴も、これに叩き潰された奴らも登場人物全員が馬鹿だ!」

「でもこういうのが面白いんだよね。あ、あそこの闇の民が仲間同士で喧嘩してる。原因は何かな……」

 

 巻き戻して、再び再生する。

 

「押されたとか押されなかったとかそんな様子だね。喧嘩がどんどん派生していってる。クフフッ、ハハハ、これ戦う前に既に壊滅的被害になってない? ひひッ、酷いなッこれ」

「ハハッ、肝心のデルゲンは行群の後ろで何が起きてるかも気付いてない。よくこんな粗大ゴミの寄せ集めで勝てたな」

 

 だが、勝ててしまったのが余計に良くなかった。ドンの本拠地を文字通り叩き潰して瓦礫の山にした闇の民たちが謀反を起こしたのだ。

 

「あーあ、闇の民なんかを兵士に使うからこうなる。ざまあみろ。スロカスになって女で遊んだ罰だ。天はそういう不摂生を見てるんだよ」

 

 スクリーンには俺がクズ共に襲われている映像が流れている。ぜーぜーと荒い息を吐きながら、大量のクズに金を狙われている可哀そうなシーンだ。

 こんなシーンを笑いながら見れる人はきっとろくでなしのゴミみたいな性格をしたクズだろう。

 

「ギャハハハハハ!!!! おいリスディス今の見たか!? ひっっどい面してたな!!」

「あ、ああ、そうだね……。これ僕が楽しむためってよりも、女狐が楽しむための映像じゃ。まあ僕も楽しませてもらってるけど……。ってあれ? デルゲ……」

 

 俺は口の前で人差し指を立ててリスディスに向かって静かにするように伝えた。

 ゲラゲラと口を大きく開けて全身を動かして笑っているコンコンの真後ろに立つ。普段なら絶対にバレている状況だが、今のコンコンは映像に夢中で俺の存在に気付いていないようだ。無防備に背中を空けている。

 

「ん? どうしたリスディス、今が一番面白い場面だぞ? ……ん?」

 

 俺はコンコンの耳元に口を近づけて低い声を出した。

 

「おい、コンコン。俺の映像で随分と楽しんでくれたみたいじゃないか。気分は良かったか?」

 

 コンコンはぶっきらぼうに答えた。

 

「……元はと言えばお前のせいだ。お前があの時に素直に私に付いてきていればここまでする必要は無かった」

「ほう、その言い方だとまるでお前が全てを予期していたみたいな言い方だな」

「はぁ、別にバレても良いか……。ああ、そうだよ。お前を地下に連れて行くのが私の目的だった。だが、お前がスロットがやりたいなどとクズみたいなことを言い出したから予定を変えたんだ」

 

 やはり全てはこいつが元凶だったか。俺と相棒が掴んだ夢を粉々に打ち砕いたのはこいつか。許すまじコンコン。

 俺とコンコンがバチバチと火花を散らしているとリスディスが苦笑しして話に割り込んできた。

 

「そうだデルゲン君、ラーディとは上手くやっているみたいだね。僕は嬉しいよ」

 

 そういえば、ラーディを連れてきたのはリスディスだったな。

 コンコンは俺とラーディが契約を結ぶように手を回していた節がある。こいつらはラーディを中心にして繋がっている。……となると、こいつらはグルか?

 こいつも俺と相棒が掴み取った夢を粉々にしてきた犯人か?

 俺は眼の色を変えてコンコンに向ける眼と同じ眼でリスディスを睨みつけた。

 

「あ、あれ? これもしかして僕もダメなパターン? おいおい困るなぁ。女狐? ってあれ? 居ないじゃないか!?」

 

 チッ、コンコンは逃がしちまったか。まあいい、その内会った時に復讐すれば良いだけだ。

 

「あはは、そ、そうだね……。えーっと、じゃあ僕もここいらでお邪魔させてもらおうかな。コンコンに代金を払わないといけないからね」

 

 ヴォン…………。

 

 リスディスは高度な魔術を難なく行使できる。一瞬にして俺の前から姿を消した。

 またか……。逃げ足の速い奴らだ。フーラの有力者が聞いて呆れる。この怨みはいつか、いや、今回のところは勘弁してやるか。

 

「フーラに来て死にかけてたラーディの世話をしたのはあいつらだしな。あいつらのことは気に入らないけど……許してやるよ。追いかけるのも面倒だしな」

 

 フーラの民は死んでもリスポーンしてくるが、フーラの民ではない者は死んだらそれまでだ。

 もし、フーラに来たばかりのラーディがリスディスに拾われなかったら、きっとラーディは死んでいただろう。

 飼い主の俺はリスディスに感謝すべきなのだ。今日ぐらいは大目に見てやっても良いだろう。

 

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