朝起きたら何故か死んでいた。
路地裏でひっそりと眼を覚ました俺はのっそりと身体を起こす。
まだ覚醒したばかりだがリスポーン特有の体調の改善により頭は平常時並みに回転している。それにあわせて、早朝の肌寒い空気が俺の頭を冷やしてくれたおかげで、俺が殺された原因にはすぐに見当がついた。
十中八九、今日の家主の犯行だろう。
犯人が分かれば後は容易い。俺は早朝のまだ人気の少ない静かな街中をダッシュしてメメルンの家に向かった。
バンッと寝室のドアを開ける。ベッドの上には真っ赤なナイフを持った女性がふらふらと頭を揺らしながらちょこんと座っていた。頭を上げて突然部屋に入ってきた俺の方を見てくる。長い黒髪と大きな胸、それと……今は恍惚とした笑みが魅力的に見える女性だ。
俺はメメルンが持っているナイフを見て確信した。やはり下手人はこいつだったようだ。警戒心を示すように姿勢を低くする。
俺の今の気分は犯人と対面した探偵だ。
「何故殺した……。彼が何か悪い事でもしたのか?」
他人事のように尋ねた俺にメメルンも合わせてくる。
僅かに頬を染めながら瞳を俯かせて、自供するようにぼそぼそと話し出す。
「悪い事は……したよ。私に無防備な首を見せつけてきた」
「それは、悪い事なのか?」
メメルンが首を左右に振る。メメルンもその程度が悪いことではないことは分かっているようだ。だが、それに続けてメメルンは「でも」と言い訳を零し始めた。
「だって、だってね。朝起きたらデルゲンが私の隣で首を差し出して待ってるんだよ? それに、枕元にはデルゲンが持ってきてたナイフもあって……。まるで誰かに使ってほしいって言ってるみたいに。こんなの……こんなの罠過ぎるよ。デルゲンが私に向かって首と凶器を差し出して来てるんだから、こんなのやるしかないでしょ。私じゃなくても、デルゲンを殺してたと思うよ……」
こいつは何を言ってるんだ? 目の前にナイフと首があれば殺すと? それは自分だけじゃなくて皆そうだと? そんなわけないだろ。……一体どういう思考をしているんだ?
相変わらずというか、俺は未だにメメルンの価値観を理解できていない。だがまあ、とりあえず、理解できない敵と相対するときは戦闘力で負けないことが大事だ。
俺はメメルンに凶器であるナイフを渡すように要求を出した。
が、メメルンはナイフを大きな胸の間に挟むようにして抱え込み、俺の要求を拒否してくる。
「デルゲンはこれを私に渡すために私のところに来たんでしょ? なら、これは私が持っておくべきだよね?」
…………やはりこの女は賢い。この女の知恵と知識を当てにしてここにやってきた俺は間違いじゃなかった。メメルンならきっとそのナイフ……ガンザイから貰ったメンヘラ症の関連アイテムの謎を暴いてくれるだろう。
でも……。だが……ッ。
俺は歯噛みした。
「そう……だな……。俺がメメルンさんを当てにしてるのはそうだ。で、やってくれるのか?」
こんなやばい女に貴重な証拠を渡して良いのかという懸念はあるが、現状こいつ以外に適切にナイフの性能を見れる奴は俺の知り合いには居ない。ガンザイ以外の武器屋を当たる手はあるが、武器商はガンザイのテリトリーの疑惑がある。この件に関して、なるべくあいつからは距離をおきたいから、結局はメメルンしかいない。
俺は渋々といった風にメメルンにナイフの調査の依頼を出した。
だが、メメルンの表情は芳しくなかった。俺から顔を逸らして見せびらかすように唇をつーんと尖らせている。ついでに口にも出していた。
「つーん。つーんだよ」
「……なんだよ」
マジでわかんねぇ……。今の流れでダメなのか? 絶対今の流れだとセーフだったろ。何が不満だ? 不満そうな態度と口ぶりなのに、雰囲気は不満そうじゃない辺りがマジでわからん。俺をおちょくって楽しんでる……のか? どうだろう。言い得て妙って感じだが……。
「何が不満なのか分からないが、意地悪はやめてほしい。正直、困る」
「つーん、つーんだよ。私が前に何て言ったか覚えてないの?」
前に会ったのはラーディの話を聞いた時だ。その時に何か約束でもしたかなぁ。……してないはずだ。じゃあ何が?
いつまで経っても答えを出せない俺にしびれをきらしたメメルンがナイフを弄びながら言い出した。
「仕方がないなぁ。次からは教えないからね。というか、次からは容赦しないから」
ビシッとナイフの先を突きつけられる。とても滑らかな動きだ。おそらくその流れるような刃物裁きで俺の首を裂いたのだろう。少しだけゾクッとする。
メメルンはそんな俺の怯えたような反応に好感触を見せた。機嫌良さそうにナイフを手のひらで弄ぶ。
「私のことはメメルンって呼んでって言ってるでしょ。敬称は要らない。他人行儀なのは嫌なの」
なんだそんなことか。
「わかったよメメルン。これで良いか?」
「うん、今度は間違えないでね。デルゲンが私のことを他人行儀に呼ぶだけで私はいつも心を痛めてるってことを頭に刻んでおいて欲しいな」
「ああ。理解したよ。それでナイフの方は……」
俺は正直メメルンの考えていることが微塵も理解できていなかったが理解できている風を装った。
「もちろん、デルゲンのお願いなら何でも聞くよ。私はデルゲンのファンだから、何か困ったことがあったらいつでも私に言って欲しいな」
そうか、困ったことがあったら何でも……か。丁度良い。たった今困ってることがあるんだよ。俺の目の前にいるメンヘラ症に取りつかれた女性を救ってほしい。
が、そんなことを言えるはずもなく、俺はナイフをメメルンに預けて部屋を後にすることにした。
そんな俺にメメルンが驚いたように待ったをかける。
「え? 何処に行くの? 朝食の仕度?」
「いや? パラディオンに行こうと思ってる」
メメルンが青ざめた顔で崩れ落ちるようにベッドから飛び出た。そのまま俺に泣き崩れるようにして両手で俺の腰を掴んでくる。ガシガシと俺の身体を揺らすように力を入れてきた。
「え!? 今日の朝食は!? 何で!?」
「何でも何も……。俺は今日外で眼を覚ましたからとしか……」
居候を殺しておいてその恩恵には預かろう何て気のいい話があるわけないだろ。俺が毎朝飯を作ってるのは家主への恩返しのためにやってるわけで、殺人鬼のご機嫌を伺うためにやってるわけじゃない。俺は光の民だが、聖人じゃないんだよ。
「じゃ、ということで」
「ま、待って待って!!! 分かったから! 分かったから待って! 私が悪かったから! もう二度と殺したりしないから! だから、ね?」
……怪しいな。
「信じて!? ね!? あ、じゃ、じゃあ、今日は信じなくても良いから、とにかくご飯だけは作って! お、お金は出すから! いいでしょ!?」
「まあ、それなら……」
正直ここまで執拗に求められるのは悪い気はしない。特に俺の料理に価値を感じてくれているのは個人的に最高だ。居候としてここまで幸福なことは無い。……流石に朝起きたら殺されてるなんてのは御免だけどな。
「やったー!! デルゲンありがとー!!」
ぎゅっ。とメメルンが俺の身体を締め上げてくる。
おいおい、こんなに抱きしめられたら動けないだろ。それに胸が当たってるぞ。当ててんのか?
俺は有難くメメルンの柔らかい身体を堪能しながら、丁度よい位置にあったメメルンの頭を撫でた。メメルンがにへらぁと頬を緩ませながら俺の手に頭を寄せてくる。もう子供じゃないというのに恥ずかしくないのだろうか。
「えへへ……。ねぇ、デルゲンは最近女の子に殺されたりした?」
楽しそうな顔していきなり何聞いてくるんだ?
「ない、けど」
俺が答えるとメメルンはより一層俺を抱きしめるように両腕を回してきた。
「えへへぇ。だよねぇー」
……わからん。メメルンが何を考えてるのか俺にはさっぱりわからん。