治安維持組織パラディンの本拠地パラディオンは荘厳な外観をしている。フーラの他の建物と比べると桁違いに金がかかっているのが一目でわかるため、初めて見た人はパラディンのことを公的機関と勘違いしてしまうだろう。
だが、実際のところパラディンは非公的な機関であって、公的機関ではない。そもそもフーラは無政府状態なので公的機関が存在しえないのだからパラディンが公的機関なんてことはないのだ。
じゃあ、何故パラディンが他の建物を圧倒するほどの建物を建てることが出来ているのかというと、それはパラディンの資金力がそれほど凄まじいというほかない。
……というわけでもなかった。
俺は今パラディンのリーダーのシャルルと一対一で席についている。この部屋には他には誰もおらず、この部屋の会話内容は外からは聞こえない様になっているため、俺達の会話は完全に秘匿されていることになる。
そんな特別な部屋を使う理由は一つ。俺達が他者に知られたらマズイ話をするためだ。俺はそんな重大な話をするつもりでパラディオンを訪ねたわけではないが、どういうわけかシャルルの方からここに案内してきた。
つまるところ、重大な話をしたいのは俺ではなくシャルルの方のようだ。俺にはその内容に心当たりが無いが、パラディンのリーダーがそう判断したのなら聞く価値がある。
俺は集中してシャルルの言葉に耳を傾けた。
「金がないのだよ」
……奇遇だな。俺も金が無くて困ってるんだよ。つい最近大当たりをしたまでは良かったがクソ狐のせいで無一文にされちまってな。
「パラディンは寄付金とグッズでやりくりをしているのだが、営利主義ではないがためにどうにも資金が枯渇しやすくて困っているのだ。色々と資金繰りには努力をしているのだがね。如何せん支出と釣り合いが取れない」
「……それを俺に話してどうなる? 言っとくが俺も金には困ってるぞ」
「それは知っているとも。デルゲンの財布の中身が常に空なのは周知の事実だ。君の財布を当てにしたりはしない」
「……じゃあ何でわざわざこんな場所に俺を連れてきてその話をしたんだよ」
てっきり他のパラディンの団員には聞かれたくないような話をすると思っていた俺からしたら拍子抜けする話だ。
若干呆れた態度を取った俺をなだめるようにシャルルが頷いた。
「デルゲンの意見を聞きたくてね。営利主義ではないとはいえ、私達がお金を欲しているのは事実。そこでどうすれば効率的にお金を集められるかを考えて欲しいのだよ。聞けばデルゲンはパラディンのファンだという。私達に寄付金を払いたくなるようなものがあれば教えて欲しい」
難しい問題だな。非営利でやっていくならどうしても寄付金を頼りにすることになるが、寄付金を求めすぎるとそれは営利目的になってしまう。
パラディンは信頼によって地位を得ている組織だ。金銭などのシビアな問題には敏感に対処しなければならない。
この話題は今日俺がパラディオンを訪ねた目的とは大きく外れているが、俺はパラディンの将来を憂いて割と本気で思考を巡らせた。そうだな、と呟く。
「握手券を付けるのはどうだ? 寄付の回数に応じてパラディンのメンバーと触れあえるとなれば寄付金が増えたりするんじゃないか?」
パラディンは非常に人気の強い組織だ。そのメンバーと触れあいたいと思う人は多いだろう。かくいう俺もその一人だ。
俺みたいなパラディンのファンから積極的に寄付金を集められるとなれば資金難も解決に近づくのではないだろうか。いわゆる人気商売という奴だ。
俺は中々良い提案をできたのではないかと得意気になったが、シャルルはそうでもなかった。
「それだとメンバーが現場で気軽に握手に応じられなくなる場合が想定されるな。知っての通り、私達は現場で何か事件を解決した後にその場で見物していた人たちと交流するのだが、その際に握手を求められることもある。もし、デルゲンの提案を呑むとなると、今後はそれを拒否しなければならないかもしれない」
盲点だったな。確かに握手に金銭的な価値を付けるとなると、そうなるのは見えていることか。
「しかし、デルゲンの示した方向性は間違っていないように思える。私達パラディンのメンバーが持つ価値を金銭にするのは分かりやすく寄付金を集めることができる方法だ。やり方次第では健全に資金を集められそうだ。ありがとう。とても参考になったよ」
「こちらこそ。パラディンの活動にはいつも助けられている。闇の民の改心を目指す者としてパラディンの助けになれるのは光栄だ」
嬉しい。めっちゃうれしい。憧れのパラディンのリーダーに感謝されれる日が来るとは思ってなかった。嬉しい。
俺の心臓がバクバクと高鳴っている。この胸の内の喜びを外に吐き出したい。このままシャルルの前から姿を消して、ヒャッホーーと騒ぎ出したい。
だが、まだ話は終わってないし、何なら本題にすら入っていない。俺は興奮を必死に押し殺した。
「重ねてありがとう。デルゲンが私達と心を同じくしてくれていることはこれ以上ない幸運だと思っている。それで、そんなデルゲンだからこそ頼みたいことがあるのだが、聞いては貰えないだろうか?」
「是非とも」
俺は間髪入れずに身を乗り出して答えた。
シャルルがその整った顔を物憂げにする。
「……メンヘラ症。それと闇の民の動向。これらが目下の不穏分子だ。私達はこれらに対して多くの情報を必要としているのだが、現状、あまり多くの情報を得られていない。実態がつかめていない状況だ」
奇遇なこともあったもんだな。丁度俺もメンヘラ症の話をしようとパラディンに来たんだ。でも、闇の民の動向の方は知らなかったな。
「その言い方だとメンヘラ症はパラディンでも把握できていないって感じだな。過去の病気のリストみたいなのに記録はなかったのか?」
シャルルがゆっくりと首を縦に振る。
「ああ、団員と漁ってみたのだが、メンヘラ症と似たような病気は記録されていなかった。それと医者の方も当たってみたものの、こちらも空振りだ。依然、治療方法も分かっていない」
メンヘラ症、俺が思っているよりも厄介な病気かもしれないな。パラディンなら何か知ってるだろうと思って来てみたのに全く情報が無いとは思っても見なかった。
「メンヘラ症に関しては今俺の方で当てを探ってるところだ。ガンザイが何か知ってるっぽくてな。聞き出すために手を組んでることになってる」
「ガンザイというと、あの武器職人か。……これはとんだ機運だな」
「ん? 何かあったのか?」
「ガンザイには闇の民の集団を使って何かことを企てようとしている疑惑が付いている。私達はその詳細を欲しているのだが、中々しっぽを掴めなくて困っていたのだよ」
さっき言っていた闇の民の動向が掴めないという奴か。ガンザイの野郎がその中心になって何かやろうとしていると……。あり得るな。
メンヘラ症、ガンザイ、闇の民。何かとんでもないことが起きようとしている気がしなくもないが、所詮クズ共に出来ることには限りがあるとも思わなくもない。
だが、パラディンが警戒するとなるとよっぽどのことだ。
「……俺は何をすれば良い」
何が起きようとしているのかは分からないが、シャルルに従っておけば悪いようにはならないだろう。
フーラのために、今の俺にできることがシャルルに指示を仰ぐことなのは間違いないはずだ。
シャルルは俺の意志に応えるように強く頷いた。
「闇の民とメンヘラ症の情報を逐次私に報告してほしい。前回の試験の手前、デルゲンを正式に協力メンバーに加えることはできないのだが、受けてはくれないだろうか?」
パラディンは自身の組織の実体をかなり細かく市民に公開している。そうすることでパラディンの健全性をアピールし、市民からの信頼を得て、旧知の際に市民からの協力を得やすいようにしているのだ。他の治安維持組織にはできないとても理にかなったやり方だ。
しかし、これには欠点がある。
俺のような悪名高い奴に協力を頼めないことだ。自分で言うのも憚られるが、何故か俺はフーラの住民達から闇の民だと思われている。本当はそんなことはないのだが、真偽はともかくとして、あのパラディンが怪しい噂を持つ奴と協力するなどあってはならないことだ。
世間に知れたらとんでもない騒ぎになるだろう。
そのため、組織の透明性の高いパラディンが俺と協力して活動することはできない。シャルルもそれを理解しているはずだ。
だが、シャルルはそれでも俺の力を必要としている。
だったら、俺が返す言葉は一つだ。
「報酬には期待して良いんだろうな」
「……握手券で対応させてもらおうか」
苦しゅうない。
そういう訳で俺はシャルルと秘密裏な協力関係を築くことになった。