フーラにおいてイベントとは一種の祭りであり、その目的はフーラを活気づかせることにある。その祭りの規模が大きければ大きいほど、盛り上がりが大きければ大きいほどそのフーラの活気は大きなものになり、必然、その主催をした者は住民から多くの歓待を受けられる。
そのため、フーラで最も手っ取り早く地位と名声、栄誉を得たいのであれば住民が楽しめるイベントを開催するのが良い。
……きっとそれは汚名返上にも役に立つだろう。
フーラの片隅にそこそこの大きさの酒屋がある。その立地はあまり良くなく、繁華街からかなりズレた位置にあるために特に理由のないものは寄り付かないような場所だ。多くの集客を見込めない立地であるがために普通ならば開店も間もなくして閉店してそうなうさん臭さがあるが、その酒屋は特定の客層を掴むことによって中々に繁盛していた。
俺はその客層が闇の民であるという情報をシャルルから貰い、今日は闇の民の調査のために酒屋を訪ねている。どうやら今日この酒屋で闇の民が何やら計画のための会議を行うらしい。
酒屋──
クズ共が一つの小さなテーブルを中心にしてひしめき合っている。光の民のように行儀よくできないこいつらはどんな時でも我先にと動き他人を気遣うことができない。
酒屋で最も広いはずの一室はそんなクズで埋め尽くされていた。
俺はぎゅうぎゅうの状況でおしくらまんじゅうを始めだしたクズ共に紛れながら、中央で話を始めた奴の声に耳を傾けた。
そいつはクズ共の中でも割としっかりしてそうな奴だった。
「この地は暗きに近く、人が暮らしていくには些か険しい。女王の治世は長く、その力は偉大なものだが限りはある」
……何の話だ?
俺以外の奴らも頭に疑問符を浮かべていた。せっかく集まったというのに中二病極まったことを言い出したクズを頭のおかしい奴なんじゃないかと疑い始める。
そんな空気がじわじわと漏れ出て来るが、中央のクズは気にせず口を回す。
「人の世は人によって成る。女王はそれをよくわかってらっしゃる。それはあるべき姿だが、寂しくもある」
何が言いたいのか。それを集められた俺達は解読を試みようと思ったが、それに大した意味がないことを俺達は知っている。独白とは他人にとって大した意味を持たないものだ。重要な話はいつも後回しにされる。
今回もそうだった。
「夜は暗く冷たい。明るく温かくするには人の力を要する。……イベントがそうだ。イベントは闇を照らす光に成り得る」
クズはそう言いきってしばらく口を噤んだ。
話が見えてこない。フーラにおいてイベントが重要な役割を担っているのは周知の事実だ。それを今更確認したことに一体何の意味があるというのか。イベントに関する何か重要な告知でもあるのだろうか。
フーラではイベントは毎日のように開催されている。今日俺達が酒屋で怪しい会談をしている間にもフーラのどこかでは名前も知らない誰がか主催しているイベントが開催されていることだろう。
そういうわけでイベントの告知なんてのは毎日のように行われていて特段人を集めてやることでもない。
俺はざわざわと周囲で話し合っている奴らの話声に耳を傾けた。
「噂は本当だったのかもしれねぇな」
「噂? 武器職人ガンザイが動いてるって奴か?」
「それとは別件だ。……いや、別件じゃないのかもしれないが。ここにはガンザイの姿がない……別件だと考えて良いだろうな」
「じゃあ何の噂だよ」
「イベントの主催だよ。俺達闇の民が束になればデカいイベントの主催ができるんじゃないかっていう試み」
興味深い話だな。
俺は体を無理矢理そいつらの間に捻じ込んで話に混ざった。
「詳しく」
「ん? ああ、良いぜ…………ッて、おまえデルゲンかよッ!」
「シッ、あんまり騒ぐな。周りに迷惑だろ」
クズは俺の存在に戸惑うも、騒ぐ意味は無いと悟ったのか直ぐに冷静を取り戻した。
「…………お前も来てたのかよ」
「ちょっとな。このビッグウェーブに俺も乗りたいと思ったんだ」
俺は嘘を吐いた。闇の民の怪しげな集会に参加してその片棒を担ぐ気はさらさらないが、そう言ったほうが協力を得られると思ったまでだ。
クズは俺の薄っぺらな嘘に目を丸くする。
「こりゃあ、とんでもないことになるかもな。闇の民の歴史が動くかもしれねぇ」
「どういうことだ?」
クズがへへっと笑う。
「歴史を動かすには大きな力が要る。闇の民の中でそんな大きな力を持った奴はそうそう居なかった。だが……お前は違う」
「俺が大きな力を持っていると?」
「さてな。お前は俺等よりは強いがリスディスや侍大将と比べると雑魚の中の雑魚だ」
あ˝? なんだこいつ喧嘩売ってんのか?
「だが、お前はそいつらが持ってない物を持ってる。それがもしかしたら大きな力に対抗できる力になるかもしれないって話だ」
「お前の言う“それ”ってのは何だ?」
「さあな。具体的に言葉にするのは難しい。それに曖昧なまま言葉にすると誤解を生む。知りたきゃ自分で考えるんだな」
変なところで臆病だな。誤解なんていつものことだろうに。誤解から殺し合いが起きることなんて日常茶飯事だ。
「ま、俺の主観を聞いたところで何が変わるわけでもねぇ。…………話を聞こう」
中央、最初に話をしていたクズが暫く閉ざしていた口を開いていた。さっきまでざわざわと煩わしかった酒屋の一室が再び静かになる。
噂が広まったことでここに集まった俺達は今回の詳細を粗方掴むことができていた。今回の集会の目的は恐らくはイベントの運営メンバーを募るためだろう。
運営メンバーというのは、闇の民が主導となって開催するイベントの主催をするメンバーのことだ。イベントには主催が必要になる。その主催の力が大きければ大きいほど大きなイベントを開催できようになるため、主催者を募って力を増大させたいのだろう。
「状況は理解できただろうか。今、俺達の手にはかつてないチャンスが到来している。闇の民が手を合わせられるチャンスだ」
闇の民は他人の気持ちを勘定に含めることをしない。基本的に自己中心的に考える性質を持っている。そのせいで闇の民が作る群れの大きさには限界があった。どれだけ大きくなってもチンピラの域を出ることは無かった。
闇の民からパラディンのような大きな組織は生まれてこなかった。
それが、今、変わろうとしているのだと、こいつは言っている。闇の民で大きな組織を作ることができるのだとこいつは思っているようだ。猿程度の仲間意識しか持たない奴らで一つの組織を作るなど馬鹿げた話だが、もし本当にそんなことが出来るのなら…………。
一体、それで何をしようというのか。その答えを俺達は既に共有している。俺達はその答えが本当に真なるものなのかを確認しようと釘付けになった。
「リスディスの主催するイベントを超えるイベントを俺達が開催するんだ」
できるのか? いや、できるかどうかじゃない。大事なのは……ッ。
「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」
狭い一室が熱気に包まれた。スタンディングオベーションの如く盛り上がりで歓声が上がる。その声の集合はまるで太鼓の音波のように強く、その場の全員を身体の芯から震え揺さぶる勢いがあった。勢いが勢いを呼び、呼応されたように歓声が大波のように拡大していく。
その波に乗れない奴は溺れるようにして次々と部屋で渦巻くビッグウェーブから追い出されていく。俺もその一人だった。
「いってぇな。人間を荷物みたいにして外に叩き出しやがって。……盛り上がってんな」
酒屋の外からは内部の盛り上がりがうかがえる。俺にはあまり理解できなかったが、奴らにとってはこれは大波のように大きな意味を持つようだ。パラディオンでシャルルが言っていたことが思い起こされる。
シャルルは闇の民が何か企んでいるといった風なことを言っていた。俺はどうせ闇の民には何も成せないから気に病むだけ無駄だと思ったが、もしかしたらそれはとんだ間違いだったのかもしれない。
だが……。
「あれ? デルゲン君も来てたんだ。……もしかして君も追い出された口?」
ガンザイだ。こいつは今回の騒動の中核人物らしいとシャルルが言っていたが、追い出されたということは中核ではなかったようだ。
……というわけでもなかった。
ガンザイがあははと照れくさそうに笑う。
「いやね? 主催には僕が一枚かんでたんだよね。それなのにまさか追い出されるとは思ってなくてさ。正確には僕が彼らのノリに乗れなくて気付いたら建物の外に漂流させられてたんだけどね。いやあ、おかげで蚊帳の外だよ。あはは……」
どうやらシャルルの予想通りガンザイはこの騒動に関わっているようだ。だが、流れに流されて外に追い出されてしまったと。
中核の人間が……。
…………これ大丈夫なのか?
「デルゲン君もこれに興味があって?」
「まあ、そうだったんだけど、やっぱり無理っぽいな。騒ぐのが目的になってるアホばっかりだ。こんなので組織的な大きなイベントをやろうってのは無理な話だ」
ガンザイは闇の民の中では優秀な人材だ。何か大きなことをやりたいのならこいつの力は必ず必要になってくる。それを知らずの内とは言え追い出すとなると、先が思いやられるどころかほぼ失敗のようなものだ。
ふぁぁぁ、と俺は欠伸をした。
「付き合うだけ無駄だな。お前もさっさと降りた方が良いぞ」
シャルルに頼まれて闇の民の調査に来たがとんな無駄足だったな。闇の民は所詮はクズだ。集まったところで粗大ゴミにしかならない。
そのはずだ。