時計塔──
俺は時計塔の最上階で心地良い風を感じながらラーディをブラッシングしていた。膝の上にラーディを置いて新品のブラシを毛並みに沿って流す。たったそれだけでも毛並みが整っていくのが面白い。こうやって毛並みを整えて行けばいずれはコンコンに勝るとも劣らない綺麗な艶が生まれるのだろうか。
なんて風に未来に思いを馳せながら、俺はペットとのささやかなひと時を謳歌していた。
ペラペラと口を回して近況をラーディに聞かせる。
「ってことがあってさぁ~。折角俺が闇の民の調査ってことで気合を入れて潜入調査したのに無意味に終わっちまったんだよ」
話しているのは酒屋での一件についてだ。
「シャルルは危険視してるみたいだったけど、所詮闇の民はクズなんだよ。デカいことをやろうぜって集まった癖に、最重要人物を集会から追い出すとか考えられるか? あいつらはただ盛り上がっていられればそれで良いってタチの野次馬となんら変わんねぇ。断言するが奴らが主催するっていうイベントは絶対に瓦解するな。なあラーディ、お前もそう思うよな?」
あうぅ。がうぅ。
「そうでもないってか? 案外上手く行くかもって? んなわけないだろ。デカいイベントの管理ってのは馬鹿が集まっただけで出来るようなもんじゃないんだぜ。資金や計画性なんていう基礎的な運営力が必須なのもそうだが、イベントに必要なのは魅力と参加のしやすさだ。奴らは他人の視点で物事を見る能力が乏しいから参加者に配慮できないだろうし、それはイベントにおいて致命的な弱点になる。その点リスディスはほんと上手くやってるよ。街全体を使ったビッグなイベントであっても細かいところまで配慮が行き届いてる。変人だけど凄い奴だよ。お前もリスディスには会ったことがあるんだよな? だったら俺が言ってることが理解できるだろ? ん? ……ああ、そういえば、お前が最初にリスディスに会った時はぶっ倒れてたから記憶がないのか」
ラーディが祖国ワルフガングからフーラに来て一番最初に会ったのがリスディスだ。ラーディはぶっ倒れていたところをリスディスに保護?されたらしい。これは保護したリスディス本人にも確認したから間違いない。
だからその時にラーディはリスディスと面識がある……はずなのだが、ラーディはその時は死ぬ寸前だったため記憶が曖昧のようだ。
「記憶がないのならしょうがないけど、リスディスに一度は会っておいた方が良いぞ。命を救ってもらったんだから礼を言っとけってのもあるが、リスディスはこのフーラに最も適合した人物の一人だと言われてる。会っておいて損はないぞ。
わふっ。
「おう、それでついで何だが、他にも会っておいた方が良い奴がとかも教えとくぞ。俺はお前の飼い主だからな。ペットがフーラで不自由なく暮らせるように教えられることは教える義務がある。ってことで、うーん、そうだな。他に会っておくべき人と言えば……コンコンは会ったか?」
正直なところコンコンの名前を出したくは無いが、あいつもフーラで暮らすなら割と避けては通れないポジションにいる奴だ。飼い主としてコンコンの存在を伝えておく必要がある。
「なんだ、一度会ったことがあるのか。……『拝炎祭』直後でリスポーンした後すぐに狐人の女が出てきたって? となると、やっぱりコンコンは俺とお前を引き合わせるように手引きしていたってことになるな。目的は……まあ、わかりきってるか。どうせそっちの方が面白くなるからだろうな」
がぅ?
「あいつら程の大物がそんな動機で動くのかって? ああ、動くよ。あいつらは……というかフーラに住んでる奴らの動機なんて楽しいか否かだからな。面白そうなら取り敢えずやってみるし、つまんなそうでも取り敢えず触ってみる。その辺に関しては寧ろ長生きしてる分、リスディスとかコンコンの方が顕著かもな。ラーディの故郷、ワルフガングだっけか? そこだとこういう考え方は一般的じゃないのか?」
うぅ……。がぅがぅ……。わふわふっ……。
「なるほどなるほど……。うーん、よくわからんな。まあ風土で文化が違うのはよくある事か。フーラ国内でも地方ごとに変な風習があったりするからな」
うぅ……。
「何? 文化とかそういう話じゃない? もっと社会構造とか歴史の……お前結構難しい言葉知ってるんだな。何言ってるのか読み取れん」
んがぁ……。
「そう呆れるなよ。言っとくがこれでも俺は割と知識に富んでる方だからな。なんせフーラの基礎的な教育よりも高度で面倒なことをさせられたからな。刀だけじゃなくて武器を一通り使えるのもその教育の賜物だ。あー、そうそう、武器と言えば、俺は戦い方を侍大将に習ってたんだけどさぁ……あ、侍大将には会ったか? あの東方の甲冑を着た無口な奴な。治安維持組織『
んがぁ……。
「いやリスキルは俺の実体験じゃないが。俺はしっかりその辺の上下関係はわきまえてるつもりだから流石に侍大将に勝てるとかは思ってないぞ。ほんとだぞ? ほんとだって。疑ってるな? 飼い主の言うことを信じられないなんて酷いペットだな。俺はこうやってお前がより魅力的になれるようにってブラッシングにも手を抜かない立派な飼い主様だぞ。俺ほどペットのことを慮ってる飼い主はいないんじゃないかってぐらい熱心にお前のことを考えてるんだぞ」
がぅぅ……。
「うんうん、わかればよろしい。まあ、お前の言う通り俺の実体験なんだけどな…………ベフンッッ!」
いってぇなぁ。ちょっと嘘ついたぐらい許してくれても良いだろうがよ。狭量だなぁ。飼い主の顔が見てみたいぜ。
「だがまあ、俺がお前を魅力的にしたいってのは本当だ。今やってるブラッシングもそのためのものだしな。理想はコンコンを超えるレベルに磨きをかけたいと思ってる。あんまりあいつを褒めたくは無いが、あいつの毛並み毛艶は神域に達してる。こうやってお前のブラッシングをやってみて初めて分かったが、あいつの手の加え方は尋常じゃない。俺の目指してるレベルはそこだ。お前をコンコンを超える毛並みの獣にするんだ。そうすれば俺は毎日のように神域の毛並みを堪能できるし、お前は街のガキどもの人気者だ。……今でも大層人気者らしいがな」
わふっ……。
ラーディが随分と誇らしげに鳴いた。ガキに人気なのが割と気に入っているようだ。
「前の飼い主……蒼騎士だっけ? そいつはブラッシングとかやってたりしたのか? できればその頃のノウハウとか教えてもらえると助かるんだが。俺の方でもブラッシングについて色々と調べてはみたけど、こういうのは個体差があるからな。お前の癖みたいなのを知ってるのと知らないのとでは大違いだ」
わふわふ。むふぉん。がう。
「やってなかったのかよ……。こんなに白くて良い色をしてるのに勿体ないなぁ。……こう言っちゃなんだけどお前の前の飼い主ってもしかしてろくでなしだったりするのか? お前を国に縛って当の本人は旅に出たりしたんだろ? ペットの扱いが酷すぎるぞ」
……ん。うぅ……。
「はぁ!? 俺に似てるからろくでなしで合ってる!? 俺のどこがろくでなしだよ。俺は良い飼い主だろ。こうしてペットの毛並みを整えたり、ほら、この前は俺がフーラの常識を教えたりしたろ? 死にゆく人は笑顔で送ってやれとか…………。あ……、はい…………。チンピラみたいに白昼堂々と刀を振り回したことについては反省しております」
ラーディがじと~っとした目で見てくるが俺は無視して話を逸らした。
「話を聞いてたら俺も蒼騎士に会ってみたくなったな。お前が言うにはろくでなしの癖に英雄とか呼ばれてたんだろ? 気になるな。捜索の方はどうなってるんだ?」
泥と呼ばれる有力者がラーディに協力して蒼騎士の捜索に当たっているはずだ。ラーディがその捜索内容を知らないはずがない。
ムクッとラーディが身体を起こした。くいッと顎で俺に指示を飛ばして、背筋をスッと伸ばす。乗れと言っているようだ。
ラーディは俺よりも少しサイズが大きいだけの狼だが、その力は俺よりも遥かに強い。何を隠そう、時計塔の最上階まで俺を運んできたのはこいつなのだ。このクソ長い時計塔の階段を俺が自力で上ったわけではない。
「お、地下に連れて行ってくれるのか? それは助かる。地下に行くのって地味に大変なんだよな」
俺はここに来た時と同じようにラーディの首に輪をかけるように両腕をまわした。ラーディがワフンッと吼えて後ろ足を縮めて、
ひゅんッ…………
風を切るような見事な跳躍と疾走だ。さぞかし乗っている奴の身体はボロボロだろう。
うああああおおおおお!!!!!!
フーラ街に俺の悲痛な叫び声が響き渡った。