フーラ地下──
フーラの地下に潜るのはかなりの手間がかかる。地上で普通に生活している一般市民が地下に行こうと思って簡単に行けるような場所ではないし、俺のようにフーラに精通している市民ですら地下に潜るのは面倒に感じるほどだ。
が、ラーディの溢れんばかりの力をもってすれば、首に腕を巻きつかせて絶叫を上げているだけであっという間に地下についてしまう。馬も驚きの速度だ。流石は俺のペットだと言わざるを得ない。
地下には太陽がない。その代わりに地下には星空がある。無数の星々の輝きが地下の大地を照らしている。そのおかげで地下は今日も満月の夜のように明るい。
星明りに照らされたラーディの白銀の毛色がとても輝かしい。俺のブラッシングの甲斐があってか、今日のラーディは以前地下で見たときよりもずっと魅力的だ。俺がラーディの毛並みを整え始めてからまだ日は浅いのだが、それでもここまで成果が出ているとなると今後の成長に期待が高まる。そう遠くない未来、ラーディはフーラのマスコットアイドルの頂点に立つだろう。
なあ、お前もそう思うだろ?
俺は泥で作られた人間大の泥人形に共感を求めた。全身が泥でできた人形だ。表面はつるつるしていてまるで木の人形のようにも見える。
くいくい。ビシッ。こくんこくん。
泥人形が俺を肯定するように首を縦に振った。泥人形の動きはパントマイムのような感じで何となく感情も伝わってくる。
「だよなぁ。やっぱお前もそう思うよなぁ。流石は泥の人、見る目があるねぇ」
俺は機嫌を良くして泥人形と肩を組もうと近づいて、腕を首に回そうとしたが、ラーディに首根っこを咥えられて引き剥がされた。そのまま地べたに落とされて仰向けになる。俺は起き上がることなくラーディの顔を下から見上げた。
「ん? どうした? 何か気に障ることでもあったか? ……ははーん、さては嫉妬だなぁ? さっきまで俺がお前にべったりだったのに急に泥の人にうつつを抜かしたのが気に入らなかったんだな? なあに安心しろって、俺とお前は家族契約を……ん? そうじゃないって?」
ラーディが呆れた眼で俺を見下ろしてくる。わふっと吼えた。ふむふむ。
「……そういえば泥の人に触ったら死ぬんだったな。危うく死ぬところだったよ。サンキューな」
泥人形の身体は死の魔力が詰まっている。そのため、その身体に触れるとそのまま衰弱して死に至る。
俺としては死ぬのは別に構わないが、今ここで死んだらリスポーンする場所は地上だ。再び地下に戻ってくるには面倒な手順を踏まないといけなくなる。いつもなら簡単に命を散らす俺だが、面倒なのと引き換えにするのは憚られる。
俺は泥人形にスキンシップはできない旨を伝えた。
「っつーわけだから悪いが…………なんだよ、そんなにシュンとして……」
泥人形が気持ちの落ち込みを表わすようにあからさまに肩をガクッとさせている。心なしか額も下を向いているように見える。よほど俺と肩を組みたかったのか、それとも普段から誰にも触れられないから人肌が恋しくなっていたのか。泥人形の気の落ち込みようは目に余るものがあった。
俺の心がハンマーで叩かれたかのように揺さぶられる。
がぅぅ……。
俺の心の揺れを感じ取ったラーディが俺を蔑むような眼で見てきた。泥人形と触れあえば死ぬというのに、それでも泥人形と触れあっても良いかなとか思っちゃう俺に呆れを通り越した感情を向けてきている。
その感情の中には蔑みだけじゃなく心配や憂いもあることは分かっている。幾ら俺が死に慣れているとは言っても無駄に命を散らすのは良くないことだ。
でも、俺は……。
ちらりと泥人形を見た。と、泥人形は「仕方がないよね」みたいな半分諦観を孕んだ態度を取っていた。
……仕方がないなんてことはない。ただ俺がリスポーンしてくれば良い話だ。リスポーンなんていつもやってることで大した苦でもない。
泥人形が肩を落としつつも俺を気遣うように何でもないと手のひらを左右に振っている姿は、なんとも俺の胸に刺さるものがあった。
誰かと触れあいたいという気持ちは誰しもが抱く感情で、誰しも恥ずかしながらも胸の奥に秘めているものだ。例え泥の人がフーラの最古参勢の一人でフーラ地下の実質的な支配者だとしても、それは変わらない。強い奴にだって悩みとかコンプレックスはあるものだ。それは泥の人だけじゃなくリスディスや侍大将、それにコンコンにもあるのだろう。
俺は立ち上がって、ラーディの頭にポンと手を置いた。
「少し、俺が戻ってくるまで待っていてくれないか? すぐ帰ってくる」
わふっ。
ラーディはこんな俺を許してくれるらしい。文句を言ってきたりはしてこなかった。流石は俺のペットだと思うと同時に情けない飼い主で申し訳なく思う。せめてリスポーンしたら寄り道せず早く帰ってこよう。
俺はバッと両腕を広げた。
「泥の人、さっきは悪かったな。ちょっと恥ずかしくてさ。でも、もう大丈夫だ」
泥人形が俺に合わせてバッと両腕を広げる。俺達は互いを確かめ合うようにギュッと抱きしめた。泥が俺の体を包み込むように溶けていく。冷たくて暗い、ぬめっとした物体が俺の体と心を侵してくる。
そして俺は死んだ。
◆
リスポーンしてからダッシュで帰ってきたらラーディと泥人形が仲良く談笑していた。まあ、ラーディも泥人形も喋れるわけじゃないから文字通り談笑していたわけではないが。
ラーディはえっちらおっちらと戻ってきた俺に気づくとわふっと鳴いた。
ふむふむ。
どうやら俺が居ない間に蒼騎士の捜索について話を進めていたようだ。現状はかなり順調に行っているようで、蒼騎士は近いうちに見つかるだろうとのことだ。フーラの地下は恐ろしい程に広大なため、そう簡単に全てを探しきることはできないはずだが、こんな短期間で目星をつけていたとは流石はフーラの有力者と言わざるを得ない。
泥の人が俺達に手を貸してくれたのは本当に運がよかった。そうじゃなかったら俺とラーディは蒼騎士探しで山ほど時間を潰してしまっていたところだ。万々歳である。
俺とラーディは人情溢れる有能な泥人形を讃えるように周囲をぐるぐると踊った。
「よっ! フーラ有力者唯一の良心っ! 他の奴らにも見習って欲しいもんだなっ! とくに女狐っ!」
わふっわふっ。
俺とラーディの踊りに合わせて泥人形も踊り出す。泥人形は結構繊細な動きもできるようで、俺とラーディの動きを半分ずつトレースしたような複雑で奇々怪々な踊りをしていた。
カクカク、くいくい、サッサッ。
泥人形は気分良く身体を動かしている。さっきまでの元気の無い仕草が嘘のようだ。それを見ていると俺もラーディも嬉しくなって、俺たちは長らくの間そうやって踊り続けた。