今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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ほろ酔い女狐

 狐の御宿──

 和風と呼ばれる東洋の様式で建てられたその宿はフーラ市街の建造物とは一風変わった外装をしている。

 

 その上階、特別にこしらえられた月光が射す一室にこじんまりとした狐の少女が一人、晩酌に興じていた。なにやら物憂げな顔で窓枠に肘をついて外を眺めている。

 見た目の歳は成人前後。フーラには成人の区分けが公的に存在しないが、一般的には大体十五とされている。

 そんな若い歳で晩酌など、ともすると真面目な大人に叱られるようなことだろう。だが、この狐の少女の歳はおおよそ人の理を越えている。酒など何十年も前から飲んでいるものだった。

 

「ふぅ……」

 

 お猪口から口を離すと、コンコンは僅かに酒気を帯びた息を吐いた。器の中に残った酒を遊ぶようにお猪口を左右に転がす。酒に映っていた月が消えていった。

 

「リスディスは思った以上に金払いが良かったな。そんなにあれが気に入ったのか。まあ、あれは中々面白かったからな。私もあんなに熱くなったのは久しぶりだった」

 

 先日、コンコンはリスディスと取引をした。その取引はリスディスが言い値でコンコンの出した品を買い取るという話だったのだが、その取引はコンコンの想定を越えて旨い結果になった。

 そのおかげで現在、コンコンの手元にはそっとやちょっとでは散財しきれないほどの大金がある。

 

 コンコンは徳利を傾けてコポコポと酒を注ぐ。その器が並々と注がれたところで、コンコンはグイッとお猪口を傾けて中身を全て飲み干した。

 頬に朱の色が浮かびあがる。

 視線を上げて、窓の外、月へと向けた。その瞳に映るのはまんまるとした満月だ。フーラから見える月とは違い、独特の輝きを放っている。目を見張るような美しい月だ。月見で一杯、もう一杯。そう言いたくなるような見事な月だった。

 しかし、コンコンの頭の中には月ではなく、別のものが居座っていた。

 

「あいつは、馬鹿だ……。他人が何を考えているのかちっとも分かってない。死ぬなと言っても死ぬし、喧嘩をするなと言っても喧嘩をするし、変なのと関わるなと言っても変なのとつるむのを辞めない。あいつの周りにいるのは変な奴ばかりじゃないというのに。あいつが変なのとつるんでるのを良く思わない奴もいるはずだ。あいつのことを想って、あいつのために…………チッ……。あいつも少しは周りのことも考えるべきなんだ」

 

 思い起こされるのは『拝炎祭』の最終日の事。

 コンコンはスロットに夢中になっていたゴミを引き摺りだしてイベントの終幕に立ち会わせた。そのイベントの最後を飾ったのは大量の火の花弁によって作られた桜だ。

 バチバチと激しく燃える火の粉が一丸となることで生み出された桜はコンコンの故郷のどれよりも見事な桜だった。

 先を読む力に長けるコンコンはイベントの最後を知っていたから、無理矢理にでもゴミを引き摺りだしてきた。

 

 なのに。

 

「少しは私の……周りの気持ちも考えろ。ふんっ…………」

 

 自分を捨てて他の女と桜を見たあいつが憎い。

 ……でも、まだ何もかもが終わったわけではない。チャンスはまだ残っている。そのために準備をしてきた。金はある。機会もある。足りないのは……運だけだろう。『拝炎祭』の時のように最後の最後で意図しない何かが起きるかもしれない。いくらツキが詠めるとはいえ、未来の全てを詠めるわけではないのだ。運が悪ければ失敗に終わる可能性はある。

 

「また次も…………」

 

 自信を失って、ふと力が抜けた。

 

「あ、」

 

 手に持っていたお猪口が窓から下に落ちていく。して、パリンと割れる音が鳴った。

 割とお気に入りだったのだが、そういうこともあるだろう。コンコンはそのように言い訳をした。

 ドタドタと館内から煩い足音が聞こえてくる。ここは宿だからコンコン以外にも従業員がいて、今日も客の相手をしていたのだ。

 扉がノックされた。要件は先程コンコンがお猪口を落とした件だ。コンコンに何かあったのだろうかと心配して様子を伺いに来たらしい。

 コンコンは大丈夫だと言って追い払った。

 

 徳利にはもう酒は入っていない。

 コンコンは窓枠に両腕を重ねて置くと、リラックスするように頬を乗せた。目を瞑って心を落ち着かせる。

 

 ……大丈夫だ。今度はかなり細かく調整をしている。闇の民のイベント、メンヘラ症の治療、蒼騎士、国外への布石。これ以上ない程に手を打った。正直自分でも完璧だと自画自賛したくなるほどだ。これでもしダメだったら……、多分泣いちゃうかもしれない。年甲斐もなくわんわんと、のーんと泣いてしまうかもしれない。

 だ、大丈夫だ。今は失敗したときのことは考えるな。成功したときの事だけを考えるんだ。

 

「…………花火」

 

 コンコンは東方出身の狐だ。今となっては故郷の記憶は霞んでいるものの、やはり郷愁というものはどうにも捨てられない。桜に固執していたのもその辺が影響している。

 そして、次に目を付けたのが花火なのもコンコンが東方出身だからだ。

 

「むにゃ……。ふぁぁ…………」

 

 酒がまわってきたようだ。コンコンの瞳がとろんとだらしなく垂れてきた。普段から頻繁に酒を飲んだりはしないから、たまに飲むとすぐに酔いがまわってくる。それと同時に眠気も襲ってきた。

 丁度良い頃合いだ。そろそろ寝るとしよう。

 

 コンコンは眠気に誘われるように、のーんと鳴いた。

 

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