ガンザイの隠れ家──
あれからちょくちょくガンザイの実験に協力している。メンヘラ症の真実を知るために渋々……という体を取っているが、やはりリスポーンして直ぐに敵を殺しに行けるのは魅力的なため、俺としては内心実験内容を興味深く思っている。
そんなわけで今日も俺はガンザイの実験に協力していた。
実験内容はいつもと同じで闇の民を攫ってきてはそいつに武器を持たせて殺害し、殺害された闇の民が武器を持ったままリスポーンしているかを確認するだけだ。そうして武器を持ったままリスポーンしていれば実験は成功。という単純な実験をしている。
最初にやった実験では血で作った刃物を持たせた。だが、これは失敗に終わった。その後も何度か実験を行ったのだが、加工した内臓を持たせてもダメだった。今日は何を持たせるというのか。俺はガンザイに好奇の視線を向ける。
ガンザイはぬっと両手の指を手刀のようにピンと伸ばした。
「今回は趣向を少し変えてみることにしたんだよね。前回までは身体の一部を抜き出して武器に加工して持たせてたんだけど、今回は身体の中に入れたままにする」
「ん? 中に入れたままってことは今回は内臓を捻り出さなくても良いってことか?」
それは楽で良いな。毎回のようにクズの身体を切り裂くのは面倒に感じてたんだ。血を抜くだけなら良いが、こいつ内臓を抜き出せとか言ってくるからな。内臓を武器にして戦わせようとしてやがった。
その度に俺はわざわざクズが死なないように丁寧に腹を割いて内臓を取り出してたんだが、実行する俺の気持ちも考えてほしいもんだな。面倒臭すぎて協力関係をやめようかと悩んだほどだぞ。
メンヘラ症の情報を掴むためじゃなかったら辞めてただろうな。
「うん、内臓は捻り出さなくても良いよ。というか、今日作業するのは僕だけで十分だからデルゲン君の今日の仕事は闇の民を殺すだけかな」
ラッキー。今日は楽が出来るぜ。おい、お前も良かったな。俺に切り裂かれなくて済んだぞ。
俺は今日の映えある被験者のクズの肩を叩いた。クズが喚く。
「おい!? デルゲン!? 可愛い女がいるって言われてついてきたら何だこれは!? こんなの聞いてねぇぞ!?」
「まあまあ良いじゃねぇか。実験の協力費用はしっかりと払われるんだ。その金で可愛い子と飲みにでも行って来れば良いだろ」
俺が喚くクズにそう論するとクズの目の色が変わる。拘束された首をぐっと伸ばして俺に耳打ちしてきた。
「……幾らぐらいだ?」
現金な奴だ。これから死ぬというのに一切の躊躇いがない。俺は前回クズに与えられた報酬の額をクズに伝えた。その額を聞いたクズがガンザイにバッと首を向ける。
「……ガンザイ、本当か?」
「うん、それは本当だよ。僕はお金が有り余ってるからね。君たちが普段から僕の武器を買ってくれるおかげだよ」
武器職人ガンザイの武器は人を殺すことに特化した武器だ。ガンザイはクズ共が愛用している武器を作っているとあって、クズ共からは一目置かれている。
「……お前の資金は結構な額だって噂だからな。よし、信じてやる。俺もお前の実験に協力させてくれ」
ということで俺達三人の今日の実験が始まった。
◆
ガンザイは物腰が柔らかいせいで一見すると危険人物だとは思えないが、これでもブラックリストに名を載せる武器職人だ。こいつが作った武器に殺された人の数は他の武器職人とは桁違いに多い。必然、ガンザイの内情は計り知れないものがある。
そのガンザイを危惧しているパラディンのリーダーであるシャルルは俺を密偵として雇い、ガンザイの情報を逐次報告するように言ってきた。俺はパラディンのフォロワーだからシャルルの命令に従って、律儀にガンザイの情報をシャルルに送っている。
今日の実験の情報も当然パラディンに送っている。
いつ動き出すか……。
俺は実験の協力をしながらも、その時を待っていた。
何気ないような顔をしながら作業中のガンザイと被験者のクズと雑談をする。
「そういえば、例のイベントの話は聞いたか?」
「ああ、大量の闇の民が主導でやるっていう奴か? あれは実際どうなんだろうな。俺も話には聞いてるがイマイチ実体がつかめねぇというか……、内部崩壊しそうな気しかしねぇ」
「やっぱそうだよなぁ。クズが纏まってイベントの運営をするってのは無理があるよな。数人でやるならまだしも今回の規模は数十人から数百人、それ以上かもしれないって話だろ?」
「あっ、そういえば噂だとガンザイが関わってるって聞いたんだがあれは本当か?」
ナイス。俺はクズがガンザイに話を振ったのを評価した。デルゲンポイントを1点贈呈する。
ガンザイが闇の民の企てているイベントの主催に関わっているのかはシャルルが一番気にしていたことだ。俺からしてみれば先日の闇の民の集会の結果からガンザイが深く関わっている可能性は低いと思っているのだが、シャルルはどうやらそうは思っていないようで、俺に再度警戒するように言ってきた。
俺はクズの質問に乗っかるように、さりげなくガンザイに尋ねる。
「なんだよ、酒屋で追い出されたりと何だかんだあったけど、やっぱりガンザイもイベントに興味あったのかよ。水臭いなぁ。一人で面白そうなことしてたなんてさ。俺に教えてくれても良いだろ?」
「んー、確かに僕はあの酒屋の集会に参加するまではやる気があったけど、今は特に関わってないよ。あれからまた誘いはあったけど、やっぱり面倒だったから断ったんだよね。大量の人間を管理して運営するなんて僕には向いてないってのが良くわかったし」
イベントの主催をやる気はない……と。
だろうな。こいつが嘘を吐いている可能性はあるが、恐らくガンザイが言っていることは真実だろう。そもそもの話、こいつは今まで一匹狼でやってきた。多少武器商人達と繋がりはあるが、ビジネス上の付き合いの中でもかなり薄い繋がりでやっていっている。
それが急にイベント運営という大きな組織の上役をし出すとは思えない。
イベントの件にガンザイはあまり深く関わっていないだろう。興味がゼロという訳ではなさそうだが、主催のメンバーの一人になるのは柄ではないといった感じだ。俺はそう確信した。
「だよな~。お前は人付き合いが苦手だもんな~。イベントの運営なんて向いてねーよ。お前と長い付き合いの俺が保障してやる」
「言うねぇ。でもそんなこと言ってるデルゲン君も組織ほどの運営は嫌なんでしょ?」
「まあな。人を縛るってことは人に縛られることでもあるからな。それが俺には合わん」
くちゅ、くちゅ、くちゅ……。
そんなこんなで話をしている間にも、クズの腹の中が弄られていく。脳を混ぜるような気味の悪い音が響き、中から血が溢れ出ている。如何にも痛々しい状況だが、クズはそれでも気にせずに俺達の会話に混じってきた。
「デルゲンお前、嘘はよくねぇよ。お前この前の騒動をもう忘れちまったのか? 俺達闇の民を金で雇ってドンを襲撃した奴だよ。あれは立派な組織だったろうがよぉ」
「なーにが組織だ。あんな虫の群れと同レベルの集団を組織とは呼ばん。目的が達成されたと同時に頭を食いに来る組織が何処にあるんだよ」
「たしかになぁ。でもなデルゲン、お前は覚えておいた方が良いぞ。お前が動けば色んな奴が動く」
あ?
「逆を言えばお前が動かないのなら、纏まるのは難しいってことだ。今回のイベントは失敗だろうな」
…………。
お前等の感覚はよくわからんな。失敗するのが確定ってのは同意だが、その言い方だと俺が乗り気になれば成功するって言ってるようにも聞こえる。
「デルゲン君、終わったよ」
なんて話をしていたらガンザイの作業が終了したようだ。
「ん? もう良いのか? 何も変わってないように見えるが」
「うん、今回は少し趣向が違うからこれで完了。後は殺すだけだよ」
これで出来てるのか……?
クズの身体は俺が観た感じだと特に変化がないように見える。先程までガンザイが開けていた腹の穴は綺麗に縫い閉じられているため、中を開いたことはわかるがそれだけだ。
「今回は骨を弄ったんだ。肋骨を一部金属製のものに変えてる。金歯ってあるでしょ? あれはリスポーンする時に人間の身体の一部として判定されるよね? その性質は応用できるんじゃないかってことで試したくなったんだ」
フーラにおいて、生体の補助をしてくれる器具は身体の一部としてみなされ、リスポーン時には死ぬ直前と同じように身体に内蔵されている。その性質を逆手に取ろうと言うのだろう。
「つまりは肋骨を補助してる金属を武器にしろってか?」
「うん、肋骨は何本もあるからそれを一本引き抜いて武器として使おうってのが今回の目論見だよ」
随分と危険なことを考える奴だな。それはつまりリスポーンして直ぐに腹を裂いて中の肋骨を引き抜けってことだろ? そんなの痛すぎて生半可な奴じゃできねーぞ。しかもミスって内臓を傷つけちまったらその場でお陀仏だ。
クズが呟いた。
「ち、畜生共が……ッ」
「まあまあ、どうせ死んでもリスポーンできるんだから。安心して逝ってきなよ」
「俺もなるべく苦しまないように介錯してやるから安心しろ」
「…………報酬に間違いはないよな?」
やはり現金な奴だ。この期に及んで金さえもらえるならと言いやがる。
ガンザイは力強く頷いた。
「しっかり用意しているよ。僕にも信頼ってのがあるから報酬を誤魔化したりはしない。この袋に全部入れてある」
「わかった。…………一思いにやってくれ」
ようやっと覚悟を決めたクズが目を閉じて、すぅぅと息を吸って、はぁぁと吐いた。俺はクズの精神統一が為されると首筋に刃を添える。ツツと血が流れた。狙いを定めた俺はズレないようにゆっくりと刃を振り上げた。
密室に緊張が走る。
「行くぞ」
ズバッ。と、俺は刃を振り下ろした。皮が瞬時に切り裂かれ、肉が分断され、骨が折れる。刃の勢いは止まらず、骨を折った後は再び肉を断ち、皮を裂いた。
クズの頭が床に落ちる。
……と、同時に、
ピィィ───────
と、外から甲高い鳥の鳴き声のような音が密室の中に響いてきた。
合図だ。
俺はクズの首を切り落とした刀を、その勢いを殺さぬままに振り回した。刃の向かう先はガンザイだ。予め直前にガンザイが何処に居るのかを完璧に把握していた俺は、ガンザイを視界に入れるまでもなく最速でガンザイの足を仕留めにかかる。
ぐっと全身をバネのように動かして、腕をまわして手首を捻る。クズを切り落としてから、合図が鳴って、ガンザイの身体に刃が届くまでの時間は数瞬の出来事だった。
ガンザイには悪いが、こいつは危険人物だ。ここで情報を吐かせる必要がある。
刃がガンザイのいる位置に届く。
しかし、刃はそこに居るはずのガンザイに当たることなく空を切った。チッ…………失敗だ。
「悪いね。実はこうなることは分かってたんだ」
そう口にする割にはガンザイは意外だと言わんばかりの顔をしていた。
「だけど、少しは意外だったかな。デルゲン君が僕を明確に敵視した行動を取るなんて」
「そうか? 俺はずっと前からお前のことを嫌ってただろ。こうなるのは分かり切ってたはずだが」
「いやあ? デルゲン君が僕に協力するきっかけはメンヘラ症だよ? そっちの方は良いのかなって思って」
そうか、こいつはメンヘラ症の情報を握ることで俺をコントロールしようとしてたわけか。俺がガンザイを敵視していてもメンヘラ症を人質にすれば俺がまんまと従うと……。
だが、それは認識が甘かったな。
「メンヘラ症の情報を持ってるのがお前だけとは限らないだろ? また別の口を使って探すことにするさ。その手間を差し引いてでもお前をここで吊っておくべきだと俺は思っただけだ」
俺の刀を避けたガンザイは薄ら笑みを浮かべている。
「俺は現状、お前が悪いことをしているという証拠を握っていない。だが、お前は俺が騙し打ちする可能性があることを知っていた。……悪いことをしている自覚はあったってことで良いのか?」
こいつは予め俺の動きを警戒していたからこそ俺の攻撃を躱すことが出来た。俺が攻撃する相手は常に悪だけだ。俺の攻撃を予期して警戒するということはつまり、自分が悪人だという自覚がある人間ということになる。
ガンザイは俺の質問に答えなかった。
壁を見渡して何かを確認しだす。
「囲まれてるね。これから逃げるのは難しいかもしれない。流石はパラディンだよ。ここまでの組織力は他じゃ無理だろうね」
「観念するんだな。お前はパラディンに捕まるんだよ」
「捕まってどうするの? この国では自死を選択すればいつでも牢屋から脱獄できるけど?」
「自死を選択しても自ら決行するのには勇気が要る。少なくとも潔く一瞬で決めて実行できるような便利なものじゃない。お前なら数日か十数日はかかるだろうな。それだけの間をパラディオンで過ごしてもらえれば十分だ」
少なくともシャルルはガンザイをその期間だけ足止めできるだけで随分と楽になると判断した。だから、俺に指示を送って秘密裏に動いた。
「……でも僕はまだ捕まっていない」
「時間の問題だ。ここはもう包囲されている」
「僕の秘密基地はデルゲン君が思ってるよりもずっと広いよ? この狭い部屋は一画でしかない。それ以外にも僕にはまだ策がある」
言って、ガンザイは背後にある壁を肘で押した。隠し扉になっていて、奥に道が続いている。
「そういうわけだから、じゃあね。また会おうよ」
ガンザイが隠し通路へと入って行った。
俺は追わなかった。
直後にパラディンが入ってくる。シャルルではない。部隊長のような立場の人だ。
「何故……君がここに?」
俺とシャルルの協力関係は他のメンバーには知られていない。悪名高い俺と清廉潔白を売りにしているパラディンが繋がっているなど知れた日には大規模なスキャンダルになるからだ。
隠す必要がある。
「ガンザイを追って来たのか? それならあいつはそこの向こうに逃げたぞ」
「……なにを? ッだが、…………いや、ありがとう。情報提供に感謝する」
パラディンは何か言いたそうな顔をしていたが時間がないことを悟り、それ以上俺を追及しては来なかった。
「皆行くぞ! 私の後に続け!」
続々とパラディンが隠し通路の奥に入って行く。俺の役目はここで終わりだ。
後はガンザイが捕まるのを待つだけだな。
正義は勝つ。