俺はガンザイの隠れ家の内装をあまり知らない。それでも知っていることはいくつかあって、今回はその中で使えそうなものを手当たり次第に使うことにした。
ガンザイは今、思ったよりも広いらしい隠れ家の中でパラディンと鬼ごっこをしている。パラディンが隠れ家を完全に包囲出来ているのなら、ガンザイに勝ち目はない。パラディンのことだ。俺がシャルルにガンザイの隠れ家を教えたときから、今日を想定して入念に調査を続けていたはずだ。包囲は既に完璧なんだろう。ガンザイが逃げることは出来ない。
だが、それじゃあ俺は困るわけだ。あいつには借りが出来た。正確には借りとは違うが、似たようなものだ。
だから、ちょいと細工をさせてもらうことにした。
隠れ家には緊急用のギミックが多く搭載されている。それら全てを俺が把握できているわけではないが、俺が知ってる限りのギミックを適当に動かすことにした。これだけであいつが包囲から抜け出せるかは懐疑的な所があるものの、あいつがわざわざ手紙をクズを経由して俺に寄越してきたあたり、俺が動けば抜け出せる確証があるのだろう。
ということで俺はガンザイの隠れ家の装置をガチャガチャと適当に動かしまくった。パラディンには悪いが、なあにどうせ俺とパラディンは正式な協力関係を築いてるわけじゃない。シャルルにはちょっと苦言を呈されるだろうが、メンヘラ症の情報を持って帰れば許してくれるだろう。
◆
ガンザイとの待ち合わせ。俺はガンザイが上手く脱出が出来れば集合するように手紙に書かれていた場所に向かっている。
やはりあいつは嫌な奴だ。俺がパラディンと協力することも、手紙一つで俺があいつの利になる選択をとることも想定していた。まるで俺があいつの手の上で踊らされていたみたいだ。気に入らねぇ。
街の外。荒野の岩陰にガンザイの姿がみえた。俺がガンザイの姿に気付くと向こうも俺の姿を見つけられたようで、ぶんぶんと手を大きく振ってくる。口元がニコニコと弧を描いているのが気持ち悪い。
「いやぁ、僕は嬉しいよデルゲン君! 君がまさか僕のために逃げ道を作ってくれるとは夢にも思ってなかったなぁ!」
こいつマジで何考えてんのか分かんねぇな。お前が俺をそうするように動かしたんだろうが。
ガンザイが両腕を広げて俺にかけよってきた。俺はそれをシッシッと払いのける。
「あーもう、野郎と抱き合う趣味はねぇよ。近寄んな」
「えぇ、ひっどいなぁ。一緒にパラディンを撒いた仲間じゃないか」
寄るな寄るな。べたべたするな。なんだこいつ。こんなに粘着質な奴だったか? ……前からこんな感じではあったな。俺を見つけるとすぐにデルゲンくぅんって寄って来るんだよ。
「一緒にってパラディンを撒いたのはお前だろ。勝手に俺を共犯者にするな」
「そうでもないよ? デルゲン君はあそこにあった装置を手あたり次第に動かしてたよね? 今頃面白いことになってるとおもうよ」
「面白いことって?」
「さぁ? 実際どうなったのかは僕も見たわけじゃないから」
…………どうせリスポーンできるし、大丈夫だろ。
「とりあえず、これで借りは返したからな。あと、今度からは恩の押し売りは受け付けねーから」
「えー? 恩の押し売りってー? 僕よくわかんないなー」
白々しい奴だな。まあいい。
それよりも今はメンヘラ症の対処法だ。これのためにわざわざ長い事奔走してきたんだ。さっさと把握しておきたい。
俺はガンザイから一歩離れてから佇まいを整えた。
「メンヘラ症についてはクズから聞いた。流行なんだってな」
メンヘラ症の正体が流行だったとは思いもしなかったことだが、言われてみればしっくりくる。あまり認めたくはないが、フーラ独自の文化だと言われたら否定できないものがある。
「そうだね。数十年に一度そういうブームがあるみたい。だから知ってる人も少なくないはずだよ。まあ、病気って言葉が先行しちゃったせいで別物だって勘違いした人が大半なんだけどね」
「一応聞いておくがメンヘラ症を病気と流布したのはお前か? 今回の騒動は結局そこが原因だったんだろ?」
初動の勘違いがなければメンヘラ症は流行として知られることになったらしい。それはそれでおかしな話だとは思うが、反論できないのだから仕方がない。
「いや、僕じゃないよ。というか、多分原因はデルゲン君だね」
俺?
「自覚なかった? 君がメンヘラ症は悪しきものだって言いふらしてたんじゃないか? 何だっけ? 純愛神がどうとか……」
言われてみれば、そう、だったかもしれない……。確か、女に告白してフラれた男がガンザイに囁かれて、それを俺がいけないことだって言って男を救い出したんだよな? そこで俺がいけないことだって言ったから、流行じゃなくて病気扱いをされるようになった?
……ありえなくはないけど、ちょっと大袈裟すぎないか?
「あくまでも可能性の話だよ。他にも原因はあると思う。でも、そういうのが重なり合って、今回は流行じゃなくて病気って扱いになったんだと思う」
原因は常に複合的なものだ。たった一つが原因で、ということはあまり多くない。
「それで、肝心のメンヘラ症の対処法ってのは何だ?」
「えー、それを教えちゃったらもうデルゲン君が実験の手伝いをしてくれなくなっちゃうじゃん」
「あ˝ パラディンに突き出してやろうか?」
俺が低い声を出すとガンザイが慌てて俺に歯向かう意志が無いと言わんばかりに両手の平を向けて左右に振る。
「うそうそうそ、教えるって。だからそんなに怒んないでよ」
チッ、手間をかけさせやがって。相変わらずだなこいつは。
「メンヘラ症の対策は……要するにカップルの成立だよ」
は?
「いやいや、ほんとだって。よく考えてみてよ。彼らは愛する人に愛を目一杯に、最大限に伝えるために殺人という手段を使うんだよ? 逆を言えば愛をそれだけ沢山伝える必要がなかったら殺人をする必要はないんだ」
「……そうだな」
「それで、愛を目一杯に伝える状況っていうと告白の時でしょ?」
「……そうだな」
「じゃあ、告白を先に済ませちゃえば良いんだよ。カップルになった後なら過激に愛を伝える瞬間はほとんどないわけだし」
まあ、言わんとすることは分かるな。
一度安定期に入ったカップルは互いにおもいっきり愛を伝えたりはしない。告白イベントの時が最も強い愛の告白になるのが大体だ。もちろん例外はあるが、大概はそうだろう。
「つまりはどうすれば良いんだ?」
俺が尋ねるとガンザイはパンッと手を叩いた。
「沢山のカップルの成立を後押しするんだよ。例えば何かイベントを開いて……ね」
ガンザイの言葉を聞いたその瞬間、
パァァ……
俺に純愛神の光が射してきた。いや、実際には光なんか射してはいないが、俺のイメージの中には確かに光が射している。ここに純愛神が降臨して、俺にカップルの誕生をサポートしろと神託を下してくれているような気がする。
「デ、デルゲン君? なんか天に召されてない?」
「ああ、今の俺は完全に純愛神の巫女として成った。天に召されていると言っても過言じゃないな」
「えぇ……冗談のつもりで言ったんだけどなぁ」
「俺は今、天にも昇る心地だ。まさかこんな日が来るとは思ってもみなかった」
「こんな日って何さ?」
ふっ、知れたことよ。
俺は暮れゆく太陽を指差してビシッとポーズを決めた。
「純愛神のための真なる活動が出来る日のことだ。かねてより俺は口では純愛だの何だのと言っておきながら、とくにそれらしい行動をしてこなかった。それも今日で終わりだ。メンヘラ症の治療と同時に俺は大量のカップルを作り出すことになる」
ぶるぶると身体が武者震いをする。俺の身体が希望と責任に揺らされているのがわかる。これが純愛神が与えたもうた試練なのだろう。俺はこの試練を乗り越えなければならない。
俺はガンザイの肩をガシッと掴んだ。
「手伝ってもらうぞガンザイ」
「え? 僕もやらないといけないの?」
「お前の実験に今後も付き合ってやる代わりだ」
「うーん、まあ、それなら良いけど……。僕に何をさせるつもり? 言っとくけどあんまり面倒なのは僕も嫌だよ? 一応僕は武器を作るのが好きなんであってメンヘラ症には興味がないんだから」
だからこそだ。
今俺の頭の中には一つの案が浮かんでいる。それを成せるのはガンザイだけだ。こいつの力が必要だ。
「安心しろ。俺がお前に頼みたいのはお前が最も得意な分野に関してだ。やり甲斐は十分あると思うぜ」
「それは……カップル成立と何かつながりって、ある?」
大ありだ。
ガンザイが得意としているのは爆弾作り、ひいては火薬の扱いだ。そして、カップル成立のために必要なのは大きな祭りだ。そうだな、この前のラーディのイベント、『拝炎祭』のラストで行われた火種の桜。まさにあれが理想だ。
今度はあれと同じことを予め広報してカップル候補を集めた場所でドーーンッとやりたい。
つまるところ、
「お前の火薬で、でっっかい花火を打ち上げようぜって計画だ」
ガンザイは「へぇ、それは楽しそうだ」と興味深そうに笑みを浮かべて、俺の話に乗った。