ブゥゥゥゥン……。
幾度の死を重ねても大群の蜂を全て殺しきることは出来なかった。全てどころか一割すら到底届いていないだろう。こちらの戦闘員が十名程度なのが良くなかった。強く息巻いたものの、できることはサンドバッグになるだけ。完全に物言わぬデコイと化した俺達は蜂に針を刺される度に身体と心を削られ続けた。
だがそれもようやっと終わる。治安維持部隊……パラディンと合流できればこっちのもんだ。
俺達が合流したパラディンは十名ほどの分隊だった。数はあまり多くないがそれでもパラディンというだけで気持ちは大分安らぐ。それは俺だけじゃなく、避難民にも言えることで、俺や闇の民ではパラディンほどの安心感を与えられないのが悔しく思えるほどだ。
俺は戦線を抜け出してパラディンの分隊長的な人に声をかけにいった。
「俺はどうすれば良い?」
パラディンのことだ。何か対策もあるだろう。特に奴らはこうなることをずっと危惧していたようだった。特にシャルルに関しては過剰と言えるほどだ。そんな奴らが何の策も無しに出てくるとは思えない。
俺の予想は正しかったようで、分隊長らしき奴は避難している光の民たちを軽くなだめると、俺や戦っている闇の民どもに向かって叫ぶように強く言った。
「まずはありがとう。彼女たちをここまで連れてきてくれて、おかげで助かったよ」
ありがたいが礼は良い。早く指示をくれ。
「そうだな。……警備員の協力が得られた。イベントが終わるまでの避難場所は地下だ。君たちにはそこに行くまでの護衛を頼みたい」
警備員はフーラの地上と地下を繋ぐことのできる奴らだ。特別な魔術を習得していて、普段は地上で暴れ過ぎた奴を地下に送ることを生業にしている。俺も一度送られたことがある。コンコンにスロットで勝ち取った金を全て捨てさせられた時だ。
……まさか既に警備員を味方に付けているとは思わなかったな。あいつらは頑固だからそう簡単には首を縦に振らないはずなんだが……事前に根回しをしていたのか。シャルルがやったのだろう。控えめに言ってファインプレーだ。
「わかった。そこまではパラディンも力を貸してくれるってことで良いのか? 正直俺達だけじゃかなり無理がたたってるんだ」
「当然だ。私達も協力させてくれ。この困難を皆で切り抜けよう」
「ああ、よろしく頼む」
ここに闇の民の一味とパラディンの協力部隊が結成された。
◆
ブゥゥゥゥン。
戦闘中、俺達はパラディンから今回のイベントについて現在判明している情報と蜂についての情報を聞いた。
イベント名は『バグサーカス』。主催は『闇の民連合』。イベント概要は現状だと街中に放たれた魔蟲を狩るだけのようだが、奴らのことだ、きっとそれだけじゃないだろう。一般人がついてけないようなマニアックな仕掛けがあるに違いない。
このイベントの情報はイベント開始時にアナウンスがあったらしい。俺はその時パラディオンの地下牢にいたから聞けなかったが地上にいた人は皆が聞いていたようだ。
「デルゲン! パラディンと合流できたからってぼーっとすんな! 動きが鈍ってるぞ!」
はぁ!? 別に鈍ってないわ! 知ったかぶりしやがってこのニワカめが!
パラディンと闇の民の即席パーティは思いのほか上手く行っている。俺の提案が採用され、光の民を中心にして鎧を着ているパラディンで蜂に向かって盾の壁を作り守りを固め、鎧のない身軽な闇の民を遊撃隊扱いにした。たまに蜂の攻撃でパラディンの壁に穴が開くことがあるが、その時には闇の民が決死の突撃で穴を塞ぐスタイルでやっている。
これでかなり安定した状況を作り出せた。
「来るぞ! 盾を構えろ!! 魔術を行使しろ!!!」
パラディンの持つ盾は誰でも防壁魔術を発動できるようになる特殊な武器だ。その魔術を使えば盾の面積を拡大するように光の盾が作られ、これにより通常の盾の面積よりも大きな範囲を守ることが出来る。
その光の壁の形は自由自在で、複数人で協力すれば立体的な半球状の壁を作り出すことも可能だ。
そんな高性能な盾で生み出された壁はちょっとやそっとの攻撃では破られない。蜂の繰り出す針の一撃は強力だが、今のところは盾で受けれさえすれば軽いノックバックだけですんでいる。
仮に吹き飛ばされたとしても、俺が咄嗟に闇の民に指示を送ることで闇の民が肉体を使って、空けられた穴を塞いでくれる。
「三体同時だと!?」
一人の盾に三撃の針が撃ち込まれる。巨大な蜂の高速の突進の勢いが一点に込められた針が三撃。ノックバックの程度は相応に大きなものになる。
パラディンが作っていた壁に一人分の穴が開けられた。
俺は咄嗟にキッと闇の民の一人を睨みつけた。鋭い眼力で射殺さんとばかりに殺意を向ける。そいつは俺の殺意を感じ取ると悪態を吐きながらも流れるように床を蹴った。
「チッ、わーったよ!」
人力人間ロケットが射出される。
その人間ロケットは壁に空けられた穴を塞ぐ役目を与えられている。俺がパラディンと闇の民の陣形を考案したときに同時に提案した秘策がこれだ。
パラディンが如何に高い護衛力を持っているとしても、一度も壁に穴を開けられないなどということはない。人間であるのならそこには必ずミスが発生するし、敵の動きによって不意に突破されることはあるだろう。そういう時の保険がこれだ。
ぽっかりと空いた穴に、これ幸いと蜂の群れが襲い掛かってくる。穴の向こうに居るのは非戦闘員ばかりだ。今は長い避難の旅によって数十人規模に膨れ上がっている。もし、そこに蜂が頬り込まれたら阿鼻叫喚は間違いないだろう。
しかし、人力人間ロケットはそんな最悪の事態を回避するために俺が提案した秘策だ。
蜂の群れが穴に向かって突進してくるが、その穴に真っ先に辿り着いたのは人間ロケットの闇の民だった。必然、穴に突っ込んでいた蜂達は先に到着していた闇の民の身体にぶつかる羽目になる。
「ぐへぇッ、ぶぉッ!!!!」
幾十もの蜂の身体が闇の民にぶつかっていく。次から次へと蜂が突進してくるせいで、次から次へと闇の民を吹き飛ばす勢いが継ぎ足されていく。……やがて闇の民は遥か彼方に向かって飛んでいった。
俺はグッと親指を立てる。
「この調子で行くぞ」
どうせフーラの民は死んでもリスポーンしてくる。俺の手持ちにある人力人間ロケットの弾は無限にあるようなものだ。俺の気分はさながら血税を湯水のごとく使う指揮官だった。
パラディンが苦悶の音を上げそうになったら、すぐさま俺が闇の民をキッと睨みつける。それだけでロケットが射出され、空けられた壁が塞がれる。ついでに闇の民の耳触りで心地の良い断末魔が流れてくる。
その状況を俺の動作一つで作り出せているというのが何とも爽快で気分が良い。
……ククク、良いぞ、良いぞ。その調子だ。もっと俺を楽しませてくれよ。
キッ!
パシュンッ!
はいッ、また死んだ~。……クカカ、最高だ! 合法的に闇の民を俺の意志で殺せる装置が完成してしまった! しかもその副産物として光の民を守れる! これは前代未聞の人類最大の発明かもしれんなァ! 笑いが止まんねぇぜェ!
俺はちらっとパラディンに守られている光の民たちの様子を見た。少しずつ、少しずつだが確実に前に進んでいるようだ。他の光の民とも合流しているようで、その集団はどんどん大きくなっている。蜂の羽音が煩すぎるせいで彼らが何を話しているのかは聞こえないが、きっと彼らを守っている俺のことをカッコいいとか言ってくれているに違いない。
ムッ、パラディンの防壁が危ういな。あそこに攻撃が二,三発当たったら剥がされる。
俺はキッと闇の民を睨みつけた。
「……わーったよ」
よし、それで良い。
直後、俺の読み通りに壁に穴が開く。だが、その数瞬後に闇の民によって塞がれた。……完璧だ。流石は俺だな。戦況の変化を誰よりも早く読み取ることが出来てる。これも侍大将にしごかれまくった成果だ。
かれこれこんな神業を続けているため、誰もが俺の指揮官力を認めざるを得ないだろう。俺はうなぎのぼりに調子に乗っていた。
キッ。
パシュンッ。
「デルゲン! 今のは打つ必要なかったんじゃないか!? 俺達を自由に殺せるからって、気軽に打ち過ぎだ! リスポーンしてから帰ってくるのも大変なんだぞ! 緊急性が高いものだけに絞ってやってくれよ!」
「知るか! お前らは黙って俺の指示に従ってろよ! 俺は常に緊急を要するときにだけ指示を送ってるぞ! 気に入らないんなら無視しろよ! それはお前らが自由に決めろ!」
「ぐッ……!!!」
闇の民は光の民よりも粗雑な奴しかいないが、何も人の心が無い訳じゃない。寧ろ、闇の民は自分をクズだという自覚があって、そんなクズにも優しくしてくれる光の民を有難いと思うような心を持っている。
だから奴らは何だかんだと粗雑な振る舞いをしながらも、光の民が死ぬのを黙って見過ごすのは気持ちの良いものじゃなかった。
何も闇の民だからといって心の全てが悪に染まっているわけではないのだ。
だがそれは、戦場においては大きな弱点となり得る。
……クハハハ、そういう甘い考えを持ってるから後ろから刺されるんだよ。死ねよクズ共が。
などと調子に乗っていると、ミルキィが俺を見て何か叫んでいるのに気付いた。俺は耳を傾けて、ミルキィにもう一回言ってとジェスチャーを送った。
ん? 何かな? ……羽音が煩すぎて聞こえないな。仕方がない。ちょっと向こうに行くか。まあ、俺がカッコいいとかそんな感じだろうしな。ミルキィが言いたい内容には大方想像がつくから話を聞かなくても良いが、女の賞賛を聞くのも男の甲斐性って奴よ。
俺は内心ウッキウキでパラディンに道を空けてもらって壁の中に入れてもらう。
「メッ!!!」
何故かミルキィはカンカンに怒っていた。
……一体俺の何がダメだったのだろうか。俺が困惑した表情を見せると、ミルキィはますますメッと俺を叱りつけてきた。
「あれじゃあ闇の民さん達が可哀そうでしょ!?」
き、気付かれていたのか? 俺が悪意を持って闇の民達を必要以上に殺そうとしていたのを? ありえない……。ミルキィは光の民で戦闘とは縁が遠い。それなのに俺の僅かな悪事を見抜けるとは思えない。
だが、見抜かれてしまっている。恐らく戦闘の技術をきっかけにミルキィが俺の悪だくみに気付いたわけではないだろう。俺の胸の内から漏れ出てくる悪意を察知して、それをきっかけにして気付いたのだろう。
誤魔化すことはできない。俺は自分が悪だくみをしていたことを認めて、その上で擁護することにした。
「で、でもミルキィ。あいつらは悪い奴らだ。ここで痛めつけておいた方が後々絶対に良い」
「ムー……」
これはやばい。ミルキィは俺が思ったよりもお冠だ。下手な言い訳は万死に値すると思った方が良さそうだな。流石の俺もミルキィに嫌われてまでクズ共を殺したいと思ってるわけじゃないからな。
俺は潔い男。敗北を悟ったらすぐに撤退するだけの諦めの良さがある。俺は両手を上げて降参をしめすように手のひらをみせた。
「わかった。もう悪さはしないよ」
「約束だよ?」
「ああ、約束する。真面目に──」
破壊音がなった。
パラディンから緊急要請が来る。
「デルゲン! 早く来てくれ! 悔しいがデルゲンが居ないと持ちそうにない!」
ちょっと長く話をしすぎたか。すぐに戻らないとな……。
と、俺が戦線復帰をしようと袖を引かれた。ミルキィだ。先程とは打って変わって何だか楽しそうだ。
「頑張ってね!!」
ああ、ちょっくらパラディンも助けてくるわ。
そんなカップルのようなやり取りを俺達はガッツリ人目につく中でやっていた。もし俺にファンが居て、このシーンを見ていたら嫉妬間違いなしだろう。