狐の御宿──
「クソッ、デルゲンめ!! 女とイチャイチャと!!!!」
ダンッとテーブルが叩かれる。
「女将様、クソとか口が悪いですよ。……って、昼間からお酒を入れてるんですか。はぁ、素面で見るのが辛いからってお酒を入れてまで見ようとしなくても……」
部屋の壁には映像がリアルタイムで映し出されているスクリーンがある。その前に座って映像を見ながら酒を飲んでいるのがこの『狐の御宿』の女将である女狐のコンコン、その隣でコンコンのお世話をしに来たのが従業員の少女のフィールだ。この少女もまたコンコンと同様に狐人であるため、頭に可愛らしい黄金色の耳がちょんと生えている。
パーカーを着ているコンコンとは異なり、フィールは宿の正装である着物を着ているため、耳が露出しているのがとてもキュートだ。フィールが着ている着物は華やか、というに些か地味ではあるのだが、それが逆に良いと思わせる詫びさびがあった。
フィールはだらしない女将からお酒を取り上げるとスクリーンに映像を映し出している映写機を止めようと手を伸ばした。
「……まだ見るから付けとけ」
「えぇ……。そんな、良いんですか? 余計にイライラするだけですよ」
「良い……。どうせ勝つのは私だ」
「はぁ、わかりました。ですけど、お酒は出しませんからね」
コンコンは僅かに躊躇いを見せたのちに渋々とコクンと首を縦に振った。
「それで、順調に進んでるんですか?」
「ああ、今のところは順調だ。いや、一部進行の遅れがあったか。ゴミ共は事前に決めた予定すら守れないようでな。一部の魔蟲がまだ放たれていない」
「調整は上手くいきそうですか?」
「そっちの方は既に手を打ってある。それで少し暇が出来たからこいつの様子を見てたんだ…………チッ」
コンコンが血眼になってスクリーンを睨みつけているのに対し、フィールは興味なさそうに、否、ちらちらとスクリーンに映っている少年に目を向けている。しかし、フィールはそれを悟られまいと誤魔化しながらコンコンの相手をしていた。
「パラディン、なんだか調子が悪そうですね」
「だろうな。黄蜂と鎧は相性が悪いんだ。でも、愚直で馬鹿なパラディン共はそれに気づいていない。デルゲンは薄々気付いているようだが、あいつはパラディンに心酔してるからな。直接指摘はしづらいのかもしれない。ずっと黙ってるな」
「ふーん。どうして相性が悪いんですか? 見た感じ、蜂の太い針に対して鎧は有効に働いてるようですが」
スクリーンの映像では、パラディンの鎧は蜂の針に貫通されてはいるものの、肉に軽く刺されるだけで終わっているように見える。生身で喰らえば一発でその部位が破損するレベルの攻撃を、鎧であれば軽傷で済ませているのだ。鎧が有効に働いているのは明らかだった。
「勉学が足りてないな。蜂は強力な毒を持ってるんだ。少し刺されただけでもそれは致命傷になり得る」
「あー、いえ、毒を持っているのは私も知ってますけど、そんなに強力な毒なんですか? 刺された人は割とピンピンしていますよ?」
「それは一回しか刺されていないからだな。見てろ。そろそろ二回目を刺される奴が出てくるぞ」
それから数分が経ち、コンコンが言った二回目を刺された人が現れた。だが、最初の数分は特に問題は起きなかった。……が、
「急に倒れましたね。遅効性の毒でしょうか? ですがおかしいですね。一回目は特に何もなかったように思えましたが」
「これがアナフィラキシーショックというやつだな。一回目は良くても二回目はアレルギー反応が起きて自爆するんだ」
「アレルギー反応ですか……。よくわかりませんが、そのせいで鎧を着て針からの攻撃を軽傷に抑えても意味がないんですね。あ、ってことは、逆に鎧を脱いで身軽になれば有利に立てるということで、あってます……よね?」
フィールは話が見えてきたとばかりにポンッと手を叩いた。
しかし、どうやらそれは思い違いだったようだ。
「ことはそう単純な話ではない。そもそも、光の民の時点で黄蜂には不利がつくようになってる」
「鎧を着なくても、ですか?」
コンコンがスクリーンに映る闇の民を指さしながら言う。
「見ろ。ゴミ共はさっきから何度も黄蜂に刺されまくってるだろ? だが、アナフィラキシーショックは起きていない。それは奴らが死んでリスポーンしてくることで体内の免疫力をリセットしているからだ。だが、光の民は死を恐れる傾向にある。そうやすやすと死んでリセットすることをしない。二回目の毒を貰ってからアレルギー反応による心停止が起きて、十数分の間、無駄に時間を潰すことになるだろうな。光の民の死を恐れる精神は黄蜂との戦いで不利に働いているんだ」
コンコンの指摘を聞いて、フィールはより注意深くスクリーンを見た。先程コンコンに勉学が足りていないと言われたのが堪えたのだろう。その眼差しは真剣なものだった。
……が、その口から放たれた言葉は随分と不真面目なものだった。
「……随分モテてるようですね。やっぱり活躍すると他者からの視線は変わりますよね。特に今はパラディンの調子が良くないのもあって、いつもよりカッコよくみえます」
「…………あいつがモテるのは悪い事じゃない。今のあいつには光の民とのふれあいは大きな導になる」
そんな風に肯定的に言いつつも、やはりデルゲンにモテ期がき始めているという事実には思うところが少しはあるはずだ。
しかしやがて、特に何の苦言もなく席を立った。
「女将様?」
「用が出来た。もう良い。後は好きにしていいぞ」
そう言って歩く様は普段となんら変わりない。その表情も特筆して普段との違いはない。先程までの少し不満そうな様子が嘘だったかのように見える。それどころか寧ろ、今はほんのかすかに口角が上がっているように見えなくもない。
部屋を出て行く直前、コンコンが口を開いた。
「もうしばらく見てれば面白いものが見れるぞ。このイベントの数少ない価値がな」
「女将様は見ないんですか?」
「ああ、つまらないものは見たくないからな」
「つまらないもの……ですか」
面白いと言いながらつまらないと言う。矛盾した表現だが、コンコンはそういう他人に理解させる気が無い表現を良く使う。そして決まってそういう時は何か特別な時だ。
フィールは部屋に残ってスクリーンを眺めることにした。
しばらくして、コンコンが言っていたその答えが映される。
「なるほど、こうなるんですね」
少数のパラディンだけでは非戦闘員である光の民を守ることができない。パラディンが一度負傷したらもう一度戦線に戻ってくるまでに長い時間を必要としてしまうからだ。二撃目の毒を受けると死ぬまでに十数分、死んでから戻ってくるのに十数分。早くても三十分は時間がかかる。
しかし、治療魔術があればその時間は短縮できる。フーラの治療魔術は他国よりも数段先を進んでいるため、戦闘中であっても容易く処置を行える。
動き出したのは治療魔術師だけではなさそうだ。パラディンの援護をしようとする動きが光の民の中にうまれている。
「今回のイベントは闇の民が主催だから、どうしてもイベント参加者側の闇の民の数は減る。その戦力の穴を埋めるために、今までは戦闘に積極的じゃなかった光の民が動かないといけない状態になった……。これは良いことなのでしょうか?」
どうなるのかは未来になってみないとわからない。だが少なくとも確かに判明していることがある。
それは、やれることが増えたということだ。
まだ未熟なフィールにはそれがどのような影響をもたらすのか判断できなかった。
「……あっ、そういえば女将様に国外旅行の準備しとけって言われてたんでした。イベントが終わるまでには済ませとかないと」