フーラではどんな危険な状況でも全ての店が営業停止になるとは限らない。フーラの民からしてみれば街が魔物魔蟲で溢れることなんざ日常のワンシーンにすぎず、それを理由に営業を辞める判断を下すのは稀だった。
大体の場合、店がまだ潰されておらず、客の需要がある内はほぼほぼ営業中だ。
蜂どもとたっぷりと戯れた俺は腹を満たすため、ラーディと一緒に飲食店を訪れていた。店内には俺達以外にも複数の戦闘員のグループがあり、各々が戦闘によって空いた腹を満たすためにガツガツと飯を喰らっている。俺とラーディはそいつらのテーブルに並んだ料理を見てニッと笑みを浮かべた。
「噂通り魔蟲の料理が並びまくってんな。めったに食えるもんじゃないから今のうちにたっぷり食っとくぞ。お前も腹いっぱい食えよな。今日は俺持ちだから気にせずに食って良いぞ」
わふっ
今日俺達がここを訪れた理由はそう、魔蟲の料理を腹いっぱい食えると聞いたからだ。
街に大量に転がっている魔蟲の死骸は無料同然で拾うことが出来る。それらをどうにかして有効利用できないかということで生れたのがこの魔蟲料理だった。
材料費が無料同然で手に入るため、その料理の価格もまた無料同然だ。実質の食べ放題である。動きまくってペコペコになった胃を満たすにこれ以上ない料理はないだろう。
俺とラーディはウッキウキで席に着いた。早速何か注文しようとメニューを開くが、それと同時に、何も注文していないのにもう料理が運ばれてくる。
デデデンッとテーブルに魔蟲料理が並ぶ。
どうやら客捌きを良くするために常に作り続けているようだ。店に来るのは腹を空かせた戦闘員ばかりだから作りまくって食わせまくるのが一番効率が良いのだろう。
注文しなくても次々と持ってきてくれるのはありがたい。俺とラーディはテーブルに手を置いた。以前にラーディから教わった食事前の感謝の儀式だ。
「それでは、いただきます」
んがぁ
儀式を終えて、俺達は魔蟲料理に齧りついた。
……ぐはっ。な、なんだこれは…………。
「くっそ苦いぞ。こんなの食えたもんじゃないだろ…………。パリパリの食感は良いけど、泥食ってるような味がする。黒くて棘があるような……。どうするラーディ? 別の店に…………おい、お前マジか?」
わふふ?
「既にめちゃくちゃ食ってんな。旨いか? う、旨いのか?」
わふっ
「おぉ……。そ、そっかぁ。お前の味覚大丈夫か? これ不味過ぎて食えたもんじゃないだろ……」
んがぁ?
ラーディに言われて俺は他の客をざらっと確認する。どいつもこいつも頬をパンパンに膨らませながら魔蟲料理を喰い漁っている。
「……確かに他の奴らもガツガツ食ってるな。俺の味覚がおかしいだけの可能性はある、けど…………マジ? 俺がおかしいのか?」
わふっ。
ラーディは再び魔蟲料理をガツガツと食べ始めた。ラーディの獣の食欲はとんでもなく、俺があっけに取られている間にも次々と皿から魔蟲料理が消えて行く。
……やっぱ俺の気のせいだっただけでほんとは旨いんじゃないのか? もう一回食ってみるか。
「マッズッッ。なんだこれ、やっぱ不味いじゃねぇかよ。おまえらなんでこんなの平気な顔して食えるんだよ……」
……チッ、しゃーねーな。魔蟲料理が俺の舌に合わないなんてのは元から想定できてた範囲だ。俺は元々リンゴ廃人だからな。こいつら野蛮人の舌と違って繊細に作られてるんだよ。魔蟲料理を堪能できなかったのは悔しいが、まあ、今日はこれで我慢するか。
俺は念のため持ってきていたリンゴを齧った。今日も新鮮なリンゴがしゃきしゃきと瑞々しくて美味い。全身が生き返るようだ。
そうそう、これこそが食事の魅力だよな。不味飯を無理して食ってたら食事嫌いになるだけだ。生きるために必要不可欠なことはいつも楽しくなくちゃな。
そんなこんなで俺とラーディが食事を楽しんでいると、俺達の席に別の客がやってきた。二人の女性客だ。戦場になった街に女性が残っているのは珍しい。非戦闘員の大体は地下に避難しているため、それからするに彼女たちは戦闘員なのだろう。
「えっと、デルゲンさんとラーディさんですよね? ここ良いですか?」
俺とラーディは構わないと言った。
「あ、ありがとうございます! じ、実は私達その、ファンで……」
え、俺のファン?
おお!? マジ? あ、来ちゃった? 俺の時代来ちゃった? 遂にモテ期って奴がきちゃったか?
モテるというのは男が人生で一度は経験しておきたいと願う実績の一つだ。俺のテンションはうなぎ登りに上がっていった。
「その、ラーディさんのファンでしてッ! 是非話を聞かせて頂けたらと思いまして!」
…………ケッ。つまんね。どうせそんなこったろうと思ったよ。はーはー、流石は人気者のラーディ様ですなぁ。子供から大人まで。男女性別を問わず人気のワン子様は流石ですなぁ。頭が上がりませぬわぁ。
俺は内心そのように思いながらも、態度に出さないようにニコニコ笑顔で対応した。この期に及んで俺は未だに俺がモテる未来を諦められなかったため、俺自身の性格の悪い部分を表に出さないように意識する。
「ああ、もちろん構わないぞ。なあ、ラーディお前も良いよな?」
うぅ……。
ラーディはあまり乗り気ではなかった。珍しい。こういう時、こいつは他人の頼みを無下にしたりはしない。元々の性格が良く他人に対しての当たりが良いから、というのもあるが、何よりこいつは自信家で他人に褒められるのを素直に嬉しいと思える奴だからだ。
「何が気に入らないのかは分からんが別に良いんじゃないか? 話すぐらい別に減るもんでもないんだぞ」
…………わふっ。
随分渋ったな。何がそんなに嫌なんだ? まあ良いか。
「良いってさ」
「ありがとうございます!」
「おう。っと、人が増えたし追加で魔蟲料理追加しとくか。食うだろ?」
「はい、元々そのつもりで来たのでお願いします」
……やっぱり食うのかぁ。不味いんだけどなぁ。いやでも俺以外の奴は腹いっぱいに食いまくってるし、俺の味覚がおかしいんだろうなぁ。ちょっと悲しいなぁ。
魔蟲料理はすぐに運ばれてきた。二人は何の躊躇もなく食べ始める。
俺は恐る恐る尋ねた。
「どう? 美味しい?」
「はい! とっても! バリバリの食感が新鮮で最高です!」
は、はぇ~。ま、まあ良いんじゃないか。……にしても、美味いんだぁ。へぇ、やっぱもう一回食べてみようかな。気のせいだったかもしれないしなぁ。
……まっっっず!
コホンコホン、っと、話を戻すか。ラーディの話を聞きたいってことだったよな。何処から話そうかな……。あんまり詳しく話すのは時間がかかるし、最近のこいつの趣味趣向でも……、ああそうだ、毛並みについて語ってみるか。他の人の意見も聞き入れられて俺も助かるし丁度良いな。
後は、後は……。
俺はバクバクと魔蟲料理を口に運んでいるラーディとファン達に向かって、べらべらとラーディの話を語り聞かせた。その間にも、皿がどんどん平らげられていくのを内心気持ち悪く思いつつも、話すのが楽しくなってついついラーディのおちゃめなところも口にしてしまって、その度にラーディにぶっ叩かれたりした。
「それでさぁ~、こいつってばなぁ~。ん? どうしたラーディ」
わふわふ。わうわうわう。わふん。
えーっと、何々? 自分の話ばかりじゃなくて俺の話もやれって? 今回の俺は結構他人の役に立ってるからアピールできるチャンスだろって?
「なるほどなるほど……」
「何て言ってたんですか?」
俺はラーディと契約を結んでいるから言葉を理解できるが、他の人はそうではない。俺の通訳を介する必要がある。そして、通訳と言うのは辞書的な直訳とはことなり、通訳者のフィルターを通して行われるものだ。要するに、通訳者は事実を適度に改変できるわけだな。
俺はかいつまんで説明した。
「ラーディが今こうしてフーラの住民のためにあれるのはすべて俺のおかげだってさ」
俺は嘘を吐いた。いや、9割誇張しているが大体似たようなことを言っていた気がするから嘘じゃないかもしれない。原文はラーディのアピールじゃなくて、俺のアピールをしろという内容だったから、それを俺流に解釈して通訳したらこれで合っているまである。寧ろこっちの方がよりラーディの意図を正しく解釈できている気がしなくもない。
もういっそう、この通訳は100%完璧なんじゃないか? そんな気がする。
俺のクソ通訳にラーディは少し呆れたように嘆息しているが、特に俺をぶってこない辺り俺の通訳を訂正しようとは思っていないようだ。
……いけるか? この機に乗じて俺の評判を上げることはできるか? ラーディも言っていたが何だかんだ今回の俺は頑張っている。今なら少しぐらい欲をかいても受け入れてくれるんじゃないか?
ファンの二人は俺の完璧な猿芝居を聞いて顔を見合わせるとクスクスと笑い出した。
「そんなに必死にならなくてもデルゲンさんがそんなに悪い人じゃないって分かってますよ」
俺は、とんだピエロだったのかもしれない。てっきり俺は闇の民が流した悪どい噂のせいで嫌われてるものだと思っていた。しかし、そうではなかったのだ。この世界は闇の民のデマに流されるような悲しい世界ではなかった。
世界はこんなにも美しかったのか…………。
などと有頂天に達していた俺はとんだピエロだった。俺の背後に男の影が忍び寄っている。
「ああ、デルゲンさん。こんなところに居ましたか。探しましたよ」
ん? 何かな? パラディンの方?
「デルゲンさんは今や前線の維持に必要不可欠な存在です。さあ、早く戻ってきてください。あなたじゃないと闇の民達が言うことを聞かなくて困ってるんですよ」
えぇ……。あいつらなんて適当にやらせておけば良いだろ。俺はファンの女子達と楽しいおしゃべりをしたいんだよ。今日はもう帰れ。
「はぁ、そんながっかりした顔をされてもダメですよ。あなたの戦況を見る目は本物です。是非力を貸してもらいますからね。ミルキィさんも治療魔術師として頑張ってますよ」
それを言われると弱いな。うーん。うーん。
「食事中でしたのに皆さんすみません。というわけですので、これは連れて行かせてもらいますね」
俺の首根っこが掴まれる。ミルキィも頑張っている手前、俺はパラディンに抵抗する気にはなれなかった。でも、ファンの女子達が俺を止めるのなら俺は残っても良いと言わんばかりの視線を女子達に向けることでささやかな抵抗をしてみた。
が、
「頑張ってくださいねデルゲンさん。活躍を期待してますよ」
はい。頑張ってきます……。
俺はラーディのファンの女子達に見送られながら戦場に送られていった。