今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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爺さんと狐耳の少女と居候と

 俺には居候の矜持がある。

 今日も今日とて、俺は早朝に家主よりも早く目を覚ますと、家主のための朝食を作っていた。今日作る朝食はいつもと違って三人分だ。大体の場合、俺は家主の朝食だけを作ってあとはさよならするのだが、今日は家主きってのご厚意もあって、三人分の朝食を作ることになった。

 家主、俺、それと家主を訪ねている客で合計三人分だ。

 

 俺は慣れたようにテキパキと手を動かして三人分の朝食を作ると、それを持ってダイニングに持っていった。この家は二世帯が一緒に暮らせる家であるため、たかがダイニングでもかなりの広さがある。大きなテーブルに三人分を並べるのはちょっとした苦労だ。

 朝食を一通り並べてから、俺はこの家の家主に声をかけた。

 

「できたぞ。爺さんが言うから三人分しっかり和食で作った」

「んん、ありがとう」

 

 爺さんはそう言って目を細めた。目元の皴がゆるやかに動く。優し気な笑みだ。何故か見ている俺の方まで心が穏やかに洗われていく気がしてくる。

 俺は爺さんの対面の席に腰を降ろした。爺さんの正面から少し横に置かれた手紙に目が行き、その後に爺さんから少し離れた位置に座っている狐耳の少女に視線を向ける。狐耳だがコンコンではない。

 

 たしか前に会ったことあるな。コンコンのところで何度か……。名前はなんだったっけか。うーん、思い出せん……。

 俺がその狐人の少女の名前を思い出そうと、じぃ~っと見つめていると少女は僅かに頬を染めて俺から目を逸らした。

 爺さんがクスクスと笑う。

 

「デルゲンや、妙齢の娘をそうまじまじと見るのは失礼だ」

「ああ、それもそうだな。ごめん、名前が何だったかなーって思い出そうとしてただけなんだ。許してくれ」

「デルゲンや、それはもっと失礼だ。名前は忘れててもそれを口に出さないのが紳士の所作ぞ」

 

 なるほどな。流石は爺さんだ。年長者の年の功は伊達じゃないな。

 そういうことで俺は少女の名前を忘れてはいるものの、覚えている振りをして話を進めることにした。リテイクがわかりやすいようにコホンと咳をする。

 

「よお久しぶりだな。会えて嬉しいよ。今日はわざわざ爺さんに手紙を届けてくれたんだってな。ありがと……。ん? どうかしたか?」

 

 何やらぷるぷると震えてらっしゃる。鬱憤でも溜まっているのだろうか。それは良くない。早く吐き出させてあげねば。

 

「言いたいことがあるなら何でも言っていいぞ。俺は別に怒ったりしないからさ。……えーっと、誰さんだっけ?」

 

 ……直後

 

「私の名前はフィールです!!!!! 忘れないでください!!!!!」

 

 あー、そう言えばそんな感じの名前だったな。思い出した思い出した。

 

 ◆

 

 闇の民による大規模イベント『バグサーカス』の開催中により、外は今日も騒がしい。朝っぱらからフーラの戦闘員と魔蟲が戦っているため、その戦闘音が響き渡っているのだ。魔蟲どもは早朝であろうが深夜であろうが関係なしに攻撃してくるせいで戦闘員共は日夜ギャースカとやかましい。

 

 あーあ、これならまだ地下で避難生活をしてた方が静かでよかったかもな。爺さんも地下でのんびりすれば良かったのに。

 そんなふうに思っていたが、爺さんは俺とは違う意見を持っているようだった。

 外で魔蟲と戯れている馬鹿を眺めながら、朝食を口に運ぶ姿はなんとも穏やかだ。俺のように荒んだ目をしていない。

 

「皆が楽しそうにしていると、この国が良い国なのだと思える。デルゲンや、これが長生きの秘訣ぞ」

 

 長生きをしているだけあって、爺さんは俺とは異なる目線を持っている。深く多彩な人生経験がそれを作っているのだろう。まだ人生経験の浅い俺には爺さんが言っている意味を正確に理解することはできなかった。

 だが、今はそれで良い。俺は敢えて爺さんに尋ねたりはしなかった。人生経験というのは言い方を変えればプライバシーだ。探るものではない。

 ……が、しかし、フィールはそうじゃなかった。

 

「この国が良いというのは分かります。他国は……特にワルフガングは現在酷い状況ですので。ですが、長生きというのはわかりません」

 

 ……そっちか。俺としては長生きの方よりも、フーラが良い国だと思えるって方が気になったんだけどな。長生きの理由は俺でも何となく分かる。多分、闇の民も何となくは分かっているはずだ。だから、てっきりこんなのは周知の事実だと思ってたが、そうじゃなかったのか。

 爺さんはフィールの質問に対し、暫くの沈黙を挟んでから、俺へ一瞥した後、やっとかっとして答えた。

 

「この歳になるとどうしても何度も死を経験することになる。そのたびに、歳をとって行くたびに、更に強く思う。もう十分なのではないかと。デルゲンや、君なら分かるだろうぞ」

 

 俺は僅かな沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

 俺はまだ青二才だから実感はできないが、爺さんが言っていることをなんとなく理解はできる。今が良くても、数十年の時間があれば今が良くないと思えるときが来てもおかしくはない。その時に一体俺はどういう選択を取るか……。

 あまり考えたくないことだ。だから俺は考えないようにしているが、爺さんはもうかなりの歳だ。若い俺とは違って、そういった余計なことを俺よりも多く考えてしまっているのだろう。経験が増えるということは、つまりはそういう経験も含まれるのだ。

 

 しかし、ここはフーラだ。女王フーラが治める国だ。その国民は常に新しい体験を俺達に与えてくれている。今開催されている『バグサーカス』だってそうだ。

 俺は爺さんの言葉を首を縦に振ることで肯定しつつも、同時に否定的な意見を述べた。

 

「でも、爺さんはまだ十分だと思ってないんだろ? だったら、爺さんのその考えは間違ってるってことなんじゃないか?」

 

 爺さんは笑った。

 

「ふふ、ははッ、はははッゲホゲボッッ……! ゴホッ! ウオッホン! ゴハガハッ……!」

「おいおい爺さん大丈夫か? 飯食ってる途中なんだからあんまり派手に咳き込むな」

「そうですよ。ゆっくり、ゆっくり深呼吸をしてください。ゆっくり、ゆっくりです……。はい、どうですか?」

「ああ…………ありがとう。助かったよ。笑うだけのはずが、むせてしまった」

 

 爺さんはそう言って、茶を一杯口に含んだ。ごくりと飲み込んで喉を潤す。どうやら落ち着けたようだ。

 それから大きく息を吐くと、老人特有の余裕が現れてくる。余裕というよりは超然の方が近いだろうか。どこか浮世離れした落ち着きがある。

 一息ついた爺さんは少し話題を変えた。

 

「この家はいつも私の娘とその家族で住んでいるんだ。でも、今は旅行に行っていて、私は一人でお留守番になってしまってね。デルゲンとフィールのお嬢さんが来てくれたのは本当に助かったよ。一人じゃこの家は広すぎる」

「なんてことないって。俺は爺さんのおかげで屋根のある場所でぐっすりできてるわけだしな。別に朝食を作るぐらいは、なぁフィール?」

「え? ああ、私ですか? そう、ですね……。デルゲンさんの朝食を頂けるのは初めてなので、良いと思いますよ」

 

 ん? 会話が通じていないな……。俺の記憶だとフィールは狐の御宿の中でも優秀な狐のはずだったんだが、記憶違いだったかな。いや、手紙を届けに来たのがフィールだから、記憶違いじゃないはず……。

 ん? あれ?

 

「お前、食べてないけどどうした? 具合でも悪かったか? それとも和食は好みじゃないとか?」

 

 フィールは食が進んでいないようで、器にはまだ一口も手が付けられていなかった。

 俺に指摘されたことでフィールがあたふたする。

 

「ちがうんです! そういうのじゃなくて! その、何と言いますか……。良いのかなって……」

 

 良い? 何が?

 

「女将様に、お小言を貰いそうで……」

 

 女将様ってのはコンコンのことか。何であいつが? いや、ああ、そういうことか。

 あいつは俺の料理に胃袋をつかまれてるからなぁ。

 

「安心しろ。あいつはプライドだけは一丁前だから小言なんて言ってこないさ。主を差し置いて俺の朝食を食って来たからって、部下に嫉妬してブツクサ言うなんてダサいことはあいつには出来ん。あ、でも、もし言ってきたらその時は俺に報告してくれ。あいつをおちょくるネタが増えるのは歓迎だからな」

「……それも、そう、ですね。デルゲンさんの仰る通り女将様は部下の前で小言を吐いたりは……しませんね。…………はい」

 

 随分と歯切れが悪いな。もしかしてコンコンは部下の前では普通にブツクサ言ってるのか? プライドの高いあいつに限ってそんなことは無いと思うが、フィールの反応からしてそうっぽいな……。いや、まさかな。

 

「では有難く頂かせてもらいますね。実は私もデルゲンさんの料理には興味があったんです。なので、この機会は私にとって千載一遇だったりするんですよね。お爺さんにも感謝します」

「よいよい。いつも手紙を届けてくれることの礼が出来て私も快く思っている」

 

 爺さんとフィールと俺。傍から見ると俺とフィールは孫に見えていそうだな。外が騒がしいことを除けば、この雰囲気は和やかな至福のひと時になったろうに。まあ、爺さんがさっき言ってたように外の騒がしさは悪い事ばかりじゃない。これがフーラの日常で、これが長生きの秘訣だ。

 居候の仕事も終わったし、俺もちょっくら遊びに出かけるとするか。

 そう思って席を立った俺は、しかし、フィールに呼び止められた。否、正確にはフィールの口から発せられた内容に興味を引かれて、俺が動きを止めてしまった。

 

「ワルフガングが酷い状況だと私が口にした時、やけに関心を示してましたよね? 聞きたくはないですか?」

 

 ワルフガングはフーラの西にある国だ。蒼騎士の英雄譚の発祥の地であり、ラーディが以前に居た地でもある。俺が無視できるわけがなかった。

 

「狐の御宿が取り扱う配達類のほとんどはフーラ国外のものだったな。その手紙もそうなのか? ワルフガングからの…………いや、良い……。他人のプライバシーを覗くのはモラルが無かったな。聞かなかったことにしてくれ」

 

 俺としたことが家主に無礼をはたらくところだった。不甲斐ないな。さっさと去るか。

 

「合っている。これはワルフガングから届けられた手紙ぞ。デルゲンや、少し、老人の話し相手になってはくれないか?」

 

 是非もない。家主が望むのなら。

 

 

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