今日のイベントも死屍累々   作:卵のかなっしー

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カオスパーティ

 大気に砂煙のような灰色の塵が混じっている。灰が砂煙のように見えるこの現象はフーラでは割と知られている現象だ。詳しいことは分からないが、大気中に存在する死の魔力の濃度が高くなると魔力が可視化できるようになるらしい。つまり、今のフーラは死の魔力の濃度が高い状態にあるということだ。

 それがどんな弊害をもたらすのか。俺はそれを良く知らない。知る必要が無かったからだ。俺達フーラの民はマミー……女王フーラと契約することで死の魔力に対して無敵に近い耐性を得ている。そのおかげで、死の魔力の濃度がどれだけ高くなろうが俺達には一切の影響がない。

 だから、大半の人は死の魔力が濃くなっていようが気にしていない。今はそんなことよりも、イベント『バグサーカス』の方が人々の関心を引いていた。

 

 イベントは一人で楽しむものではなく、常に大勢で楽しむものだ。参加者は数多くいて、その全ての人はイベントのために様々な努力をしている。主催者だけでなく、そうやって一人一人が活発に動くことでイベントは祭りとして成立するのだ。

 逆を言えば、誰か一人が……俺が何もしなくても、俺以外の沢山の人達がイベントを成立させてくれる。

 それは俺という一人の個人がないがしろにされているようで寂しいような気がしなくもないが、俺は寧ろ逆にそれこそがイベントの醍醐味だと思っている。

 

 治安維持組織、闇の民、光の民、俺、ラーディ。

 

 日頃、生活圏の違いのせいで重なることのない住民たちが一堂に会することができるのはイベントだけだ。俺はこの瞬間が途方もなく好きだ。これが俺がイベントに参加したがる一番の理由かもしれない。

 愛するマミーの治める国の愛すべき国民がイベントを介して、一つの目標を達成するために顔を合わせている。地域の行事に積極的に参加している。それは彼らが俺と同じようにフーラを愛していることの証拠だ。俺はそれをとても愛おしく思っている。

 

 今回のイベントの名称は『バグサーカス』だったか……。このイベントも俺が居なくても他の参加者によって先に進められている。闇の民の意図を読み解いてイベントの概要を探るのはさぞ困難で苦痛を伴う試練だが、イベントというのはそういうものだ。参加者が投げ捨てることは滅多にない。

 今回は治安維持組織のパラディンを中心に組織されてた検証班が、イベント開始からここ数日の短期間を経て、『バグサーカス』の大方の概要を掴んだようだ。パラディンの目は終幕への道筋を見据えているかのように真っ直ぐなものだった。

 

 魔蟲との激戦区から少し離れた建物の屋上に集められた俺達はパラディンの見解を傾聴する。ここにはパラディン、闇の民、光の民からそれぞれ数名ずつ、それに俺とラーディが集められていた。傍から見ると異例の集会に見えていることだろう。これが今日の俺達のパーティだった。

 

「『バグサーカス』の基本的な趣旨は魔蟲と共にあるサーカスだ。サーカスというのは曲芸を披露して観客を楽しませるショーのことだね。見世物と言ったほうが通りは良いかな?」

 

 見世物とは良く言ったもんだな。俺達戦闘員と魔蟲が戯れてる場面が傍から見ると面白いって言いたいんだろ。ということは何だ? このイベントを企画したクズ共は戦闘行為を良い見世物だと思ってるってことか? なんとも野蛮な脳みそしてやがんな。

 

「街全体を大きなサーカス会場に見立てて、その中で複数の演技を披露する。戦闘員の私達は演者といったところかな。そして、戦闘を見物する人達は観客ということになる」

「……観客も参加者に入るのか?」

「ああ、演者だけでなく、観客もイベントの参加者だ。だから、観客が居ないまま演者だけで演技をしたとしてもイベントは先に進まない。これは検証したから間違いない」

 

 街を巻き込む大イベントの絶対条件は全員が参加できることだ。その条件を外すとほぼ間違いなくイベントは失敗に終わる。流石のクズ共もそこは抑えてきたか。

 俺は闇の民共への評価を小指ほど上げた。

 

 隣のラーディが質問があるようで前脚をちょんと出す。話のまとめをしているパラディンはラーディの発言を許可した。ラーディが鳴く。

 

 がうがう。

 

 俺はそれを通訳した。

 

「観客の前で演技をこなすことでイベントが先に進むという認識で良いのか?って言ってる」

「その認識で合っている。さしずめ私達戦闘員は観客を楽しませる道化師という訳だ。そして、道化師には多彩な技能が求められる。まとめると、『バグサーカス』は演者が観客に多彩な技能を披露するイベントだ」

 

 やっかいなイベントだな。

 ただ魔蟲を駆除するだけじゃダメで、条件を満たしながら魔蟲を駆除しないといけないわけだろ。多彩な技能ってのが特に厄介だ。道化の技能となると普段の戦い方では条件を満たせそうにないしな。脳筋共じゃこれをクリアするのは厳しいか。

 そう思いつつ俺がパラディンに進捗を尋ねると、意外な答えが返ってきた。

 

「それが……何故かほとんどの条件がクリアされている。条件の一覧……演目の一覧と呼んだほうが良いかな、があるんだが見て欲しい。少しびっくりすることが書いてあるぞ」

「はぁ、びっくりすること、ねぇ……」

 

 フーラで生きていれば大概のことは慣れてくる。紙に書かれた一覧を見ただけで驚くなんてのは考え辛い話で、俺達が半信半疑になるのは当然だった。

 パラディンがボードを中央に置く。集まった俺達はそれを覗き込むように頭を近づけた。

 

「おいおいおい、これ考えた奴は…………控えめに言って馬鹿だろ」

「これはちょっと……狂ってるね。一周回って尊敬しても良いぐらいには、ちょっと……」

 

 光の民の君もそう思うのか……。ってことはよっぽど酷いんだな。まあ、流石に演目が多すぎるよな。これを考えた奴は一人じゃないんだろうが、それにしたってこれだけの演目を持ってきたのは狂ってるとしか言いようがない。

 具体的には、演目はLv1~Lv5までの難易度の段階があり、それらLvごとにAtoZのそれぞれ26種類の条件がある。全部の演目を合わせると130個あることになる。

 

 つまりは最低130回はサーカスをやれという訳だ。しかも、演目にある演技を出来なかった場合はやり直しを要求されるから、数をこなすための雑な演技はできない。更に言うなら、130の演目は全てが器用にも重なりの無い異なる条件を示していて、演技の使いまわしができないようになっている。

 ……ちなみにLv2には避難誘導に関する演目があって、俺はそれを知らない間に満たしていたようで俺の名前と共に“済み”になっていた。

 

「よくこんなに考え抜いてきたもんだな。演目にある、この、なんだ? 忌み師ってやつとか俺は知らないんだが。……つーか、達成済みになってるけど、こんなのフーラに居たのか? ……蟲混じりもそうだな。知らない名詞がちらほらある。でもどれも達成済みだ。何が起きてる?」

 

 130の演目は俺の眼からすると訳が分からないものばかりだ。こんなのを数日のイベント期間で達成できるとは思えない。だが、現実は達成できている。

 俺の認識が誤りだったのか? そんなはずは……。みんなはどう思ってるんだ?

 俺は他の人の考えを聞こうとボードから目を離して顔を上げた。

 

「あっ」

 

 同じタイミングで顔を上げたせいで他の人と不意に顔が合ってしまった。なんか気恥ずかしいな。でも、行動が同じということは他の人も俺と同じように考えていたということだろう。

 やはり何かがおかしい。これは普通ではない。

 顔を見合わせて、俺達が一通りの認識の確認を終えると、パラディンがぽつりと呟いた。

 

「シャルルは……シャルルは裏で誰かが動いていると言っていた」

 

 ……それはガンザイのことかもしれない。でも、ガンザイにはそれほど大きな力はないはずだ。あいつに出来るのは精々が武器を作る程度でしかない。だが、シャルルはガンザイを警戒していた。それはシャルルがガンザイを脅威だと判断しているからだ。これからするに、シャルルはガンザイを危険だと思っているが、そうじゃないものは優先する必要がないと判断しているということになる。

 この異質な流れはシャルルにとって危険には該当しないのか? シャルルは何を考えてる? いや、ガンザイは何をしようとしてるんだ?

 

 思考を巡らせる中、視界に入っているのはボードだった。大量の文字がびっしりと羅列されている頭が痛くなるようなボードだ。イベントを達成するための条件である演目がLv1~5のAtoZまで隙間なく書かれている。これを書いた奴も書く内容を考えて提案した奴も狂っていると言わざるを得ない。

 少し距離を置きたくなるような、そんな気色の悪い熱意があった。普通の人からは遠ざけられるだろう。闇の民と関わることの多い俺でさえ気色悪いと思ってしまったぐらいだ。

 

 だが、俺はそんな気色の悪いボードを見て、胸の芯から来る笑いを抑えることが出来なかった。

 シャルルだのガンザイだのと考える必要は全くなかったのだ。

 ここに集められたのは『バグサーカス』を終幕に向けて進めるためのメンバーだ。何を考えることがあろうか。やることは既に決まってるじゃないか。

 

 ハッとさせられた俺はボードを凝視し、まだ“済み”のマークが付いていない演目を漁った。その中から、このメンバーで達成できる最も難易度の高い演目を探す。

 

「へぇ、お前ら頭良いな。丁度良いのが残ってるじゃねーか」

 

 俺の呟きに答えたのは闇の民だった。

 

「だろ? Lv5、光と闇と魔物と魔蟲を演者にしたカオスパーティだ。お前にピッタリの演目だろ。丁度、活きが良いのが居る」

 

 言って闇の民は立ち上がると、腕を水平に伸ばして遠くを指さした。その先には家以上の大きさの巨大なカマキリが暴れ回っている。

 あれをお手玉にしてサーカスをやれということらしい。

 ヒヒッ。おっと、ついつい気持ち悪い笑い声が漏れちまった。

 

「これは観客を沢山呼ばないといけないな」

「ミスったら恥だぞ?」

「良いじゃねぇか。サーカスってのは道化師の小粋で滑稽な演技も含まれるんだろ? なら丁度道化で相性が良い」

「つまりお前が道化師役をしてくれると。良し乗った! おーい皆、今日のミスは全部デルゲンが背負うってさ!」

「マジかよ! サンキュー!」

 

 あーもう面倒くせぇな。上げ足取ってワーワーと言いやがって。ガキかよ。

 だがまあ、今日はパラディンと光の民も居るんだ。いつもは悪ノリするクズのせいで俺がクズに貶されながら孤軍奮闘する羽目になるがそうはなるまい。

 このクズが幾ら喚いたところで、心優しき光の民には無視されるのが関の山……

 

「ほう、デルゲンが全ての責を負ってくれるのか。それは助かるよ。あれほど巨大な大鎌主(カマキリ)を相手にするのは少々不安だったんだ」

 

 わふっ。

 

 パラディンもラーディも……。お前ら、マジかよ……。

 光の民は案外悪ノリもいける口らしい。クズに倣って光の民も俺にミスの責任をなすりつけようと盛り上がり始めた。

 

「まあ、いいか。こんなのいつものことだしな」

 

 街がぶっ壊れるような野蛮なイベントで、死んでも死なない奴らが集まった。秩序はとうに失せていて、何をしても咎める者はおらず、何をしても許されてしまう。

 そんな街だから、俺達は何だってするし、何をされても受け入れられる。

 

 死屍累々のイベントはそうして作られるのだ。

 

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