欠点だらけのイベントだ。
多くの参加者を募らないといけないのに、放流された魔蟲の数が多すぎたせいで、肝心のイベントは戦闘狂しか生き残れないようになっていた。そのせいで非戦闘員は避難を余儀なくされてしまって、肝心のイベントに参加する余裕を持てる人が激減した。
これじゃあイベントを起こした意味がない。
イベントクリアの条件の演目も良くなかった。演目の数が単純に多すぎるのだ。それ以外にも、演目の一つ一つの難易度が高すぎるのも良くない。数が多いとそれを理解するのに長い時間を要するから気軽に参加できなくなるし、難易度が高すぎるとやる気を無くしてしまう。
今回は何故か奇跡的に難易度が高い条件が軒並みクリアされているから良かったものの、そうじゃなかったら参加者はとんでもない苦行を強いられることになり、その結果イベントは終幕を迎えることなく打ち切りになったことだろう。
参加者を葬り去るような致命的な欠点が二つもある。これ以外にも運営の不手際や細かい点も含めればもっと増えるだろう。闇の民連合が初めて主催するイベントだ。不手際や想定外のことがあってもおかしくはない。
総じて、『バグサーカス』は致命的な欠陥を複数抱えたイベントだと言える。
しかし、しかしだ。
短所が長所と成り得るように、欠点もまた長所と成り得る。
魔蟲の数が多すぎて避難民が出てきたのは確かに欠点だろう。しかし逆を言えば、街を脅かすほどの大量の魔蟲を集めることができるだけの特異なイベントということになる。フーラというありとあらゆる荒らしに耐え抜く力を持つ屈強な街を脅かせるのは生半可なことではないため、これは明らかな長所と言えなくもない。
イベントクリアの条件である演目もそうだ。数が多く、難易度が高いのは参加のハードルを上げるため良くないことだが、ハードルが高いということは乗り越えたときの達成感が高くなることでもある。悪い事ばかりではない。
俺達がこんなクソイベに付き合っている理由は大体こんな感じだ。短所と長所が表裏一体ならば、どんなイベントにも参加するメリットがあるということだ。メリットばかりを見てデメリットを見て見ぬふりをするのは馬鹿のやる事なのは百も承知だが、なあに、死んでもリスポーンしてくる俺達がデメリットを気にするのは繊細すぎるというものだろう。
フーラの民はメリットだけを見て行動するぐらいが丁度良い。多少向こう見ずで、糞溜まりの中に沈んだ宝石を探すぐらいがベストだ。
俺は言い訳のようにそんなアホなことを考えながら、男どもの身だしなみをチェックしていた。身だしなみというのは武器とか防具とかではなく、ファッションセンスとか清潔感とかの方の一般的な身だしなみの方だ。
横一列に並んだ男どもが俺に合格を貰えるだろうかとドキドキしながら待っている。闇の民だけでなく光の民も同様に待っていた。
俺はまず光の民の男の前に立って身だしなみチェックを始める。
「んー。もうちょっと前髪を切った方が良いかもな。服は、まあこんなもんだろ」
「地味じゃないですかね」
「地味なのは特に問題じゃない。戦ってる内に服に傷が入ったら派手になるんだ。それを含めると寧ろ多少地味な方がカッコよくなる。考えてみろ。派手な服ってのは少なからず装飾があるだろ? あれに傷が入ると訳が分からなくならないか? 地味な服は傷がアクセントになるが、派手な服は逆に邪魔になるんだよ。特にお前は前衛だろ? なら派手さは必要ないと思うぞ」
「そう……なんですね」
「そうなんだよ。今まで服に傷を入れまくってきた俺を信じろ。はい次!」
まさかこんな面倒なことになるとは思ってなかった。先程作戦会議が終わり、これからカマキリと戦うぞとなった時のことだ。
光の民が急に自分の身だしなみを見て、観客の前で演技をするのに恥ずかしくない格好になっているかを気にし始めたのだ。俺は最初、血を流して戦うってのに身だしなみを気にしてどうすると光の民の説得を試みたものの、他の奴らも便乗しだしたばかりにとんだ道草を食うはめになってしまった。
ちなみに、パラディンは女子たちの身だしなみをチェックしている。ほんとは女子たちへのアドバイスは俺がしたかったのだが、女子たちがパラディンに見て欲しいと言って聞かなかったのだ。
そんなこんなで、俺が野郎どもの身だしなみをチェックしている今この瞬間、パラディンは女子に囲まれてきゃっきゃとしている。
はあぁ、思わずため息がでそうだ。最近、俺にもようやっとモテ期が到来したと思っていた矢先にこれだ。
だが俺はパラディンへの嫉妬をぐっとこらえて、次の男のチェックに移った。
そいつはクズの中でも突出した酷い見た目の男だった。
「おまえは……まずそのドラゴンの刺繍を外せ。はっきり言うがダサい」
酷い見た目だ。闇の民は中二病アイテムを好む習性があるとは思っていたが、ドラゴンの刺繍って……。ガキの中でも最も初歩的な痛いデザインじゃないか。
俺の指摘に対し、クズは不遜にも反論してきた。
「悲しいぜ、デルゲンよぉ。お前ならこの良さが分かると思ってたのにさぁ。はぁ、お前はまだまだその程度だったんだな」
こいつムカつくなぁ。俺にアドバイスを求めておきながら上から目線で文句つけてきやがって。チッ、めんどくせぇな。もうこいつはこのままで良いか。
「よし、お前はそれで問題ない。合格だ」
俺は意見を反転させ、クズの頭髪がモヒカンになっている事実から目を背けた。次の野郎に移る。こんなクズを相手にしてる時間はないからな。
と、ガシッと肩を掴まれた。
「もうちょっと構ってくれよぉ。ほら、俺のこの姿に言いたいことがあるんじゃないのかぁ?」
うっっっっざ。
これだからクズの相手は嫌なんだ。俺もパラディンみたいに可愛い子たちと……。チラッ。
「ですよねー。これ可愛いですよねー。今流行りの髪留めなんですけどー」
「ああ、皆似合ってるよ。これなら観客の前に出ても恥ずかしくないし、それどころか注目の的になるかもしれないね」
「え~、ありがとうございます! 大勢の知らない人達の前で何かするって初めてなので不安だったんですけど、おかげで頑張れます!」
「それは良かったよ。私達パラディンは魔蟲の駆除を第一にして活動をしているけど、やっぱりみんなにイベントを楽しんでもらえるのが一番だからね。不安を取り除けたなら光栄だね」
「「「キャー」」」
俺はパラディンと女子達のやりとりを見た後、再度野郎どもを見た。
モヒカンヘアーでドラゴンの刺繍が入った服を着ている痛い男が俺の目の前に立っている。
俺は溜息を吐いた。
「はぁ、なんでこんなことになったんだ」
チヤホヤされなくても良いが、せめてこのクズ共からは解放されたい。
俺達は身だしなみのチェックを済ませてから、ようやっと巨大カマキリとのサーカスを開始した。演目名は「
◆
観客席は大勢の人で埋め尽くされていた。大人から子供まで性別に関わらず、多種多様な人々がこのサーカスに足を運んできている。
その中には繁華街で飴を売っていることで知られる飴屋の姿もあった。でっぷりとした腹と穏和な見た目、それらからくる奇妙な親近感が特徴的なおっさんだ。繁華街ではその見た目と本人由来の人柄のよさから、子供たちに大人気なマスコット的な存在でもある。
今日もいつもと同様に子供たちを引き連れている。どうやら親たちにサーカスの引率を頼まれたようで、いつもよりも群れている子供の数が多い。
飴屋は巨大なカマキリと戦っている奇妙な劇団を囲むように設けられた椅子にドカッと背中を預けながら、劇団の演技に注目してた。
「一時はどうなるかと思ったが、案外上手く行くもんなんだなぁ。避難所生活は一日で終わって、数日後にはもうイベントが最終段階にまで来てるってなぁ。一時期は街が魔蟲に支配されかけたってのに、底力が半端ねぇよ」
「おっちゃん! おっちゃん! デルゲンが居るって聞いたのに居ないよ!」
「ああ? どうせ死んでるんだろ? 直ぐ戻ってくるだろうから待ってな」
「おっちゃん! おっちゃん! あの魔術師のお姉さんめっちゃ美人!」
「ああ、そうだなぁ。馬鹿共と違って服装もこだわってるのもあって、戦場の華になってるなぁ。……というか、おいガキども。今日は女の子も居るんだぞ。そういうマセたことをいうもんじゃねぇ」
「そうよ男子! そういうのは他所でやってよね!」
「ゲッ……。うるせぇやい!」
「うるさくない! そうやって反抗ばかりしてたらデルゲンみたいになるよ! 良いの!」
「べ、別に良いやい! ……やっぱ良くないやい…………」
「おいおい、本人が戦ってる前で言ってやるなよなぁ……」
ガヤガヤと飴屋と子供たちが騒いでいるのは傍から見るとなんとも愉快で良い。しかし、当の本人たちからしてみれば、下手に注目を浴びるのはあまり心地良い事ではないだろう。
だがまあ、それは飴屋と子供たち以外にも言える話だ。
今現在目の前で繰り広げられている演目が正にそれを物語っているだろう。巨大なカマキリと死闘を繰り広げている本人達からしてみれば、常に晒されている状況は心地の良いものではないはずだが、傍から見ている観客席の人達は彼らの死闘を見て随分と愉快にしている。
それは飴屋や子供たちもまた同じだ。
「あいつらノミみたいに跳び回って気持ち悪いなぁ。それが最適解なんだろうが、あ、また死んだ。……ほんとにこれが最適解なのか怪しくねぇかぁ? ちょっと死に過ぎだろぉ」
「ねえ、デルゲンまだ戻ってこないの?」
「なんだ見て無かったのか? あいつはさっき戻ってきて早々に死んでたぞ」
「えぇ……。ノミ未満の寿命じゃん……。やっぱ時代は魔術師だな」
家ほどに巨大なカマキリを中心にして、周囲を囲むように瓦礫が宙に浮いている。劇団の前衛達はその瓦礫を足場にして、次々と宙を跳び回っていた。そうすることでカマキリと同じ高さの目線を保ち、戦いやすくしているようだ。カマキリからすると厄介な事この上ないだろう。
なんせ、自分と同じ高さのラインに小さい何かが右に左に動き回っているのだ。腕をぶんぶんと振り回して追い払いたくなるのも仕方がない。前衛達のこの動きがこの戦いにおいての最適解なのは観客にもすぐ理解できることだった。
しかし、悲しいことにそのようにしてカマキリの周囲を跳び回る前衛達は遠くからだと、カマキリとの体格差も相まってノミのように見えてしまっていた。
ノミのように見える前衛。それは見世物としての戦闘の絵面としてはとても地味な光景だ。観客の歓心が本来なら裏方に当たる後衛の魔術師やそれを護衛するパラディンの方へ向いているのも、花形とも言える前衛がノミと化しているからというのが大きい。
だが、何事にも例外はある。ガキが目を見開いた。
「す、すげぇ!! 人間にあんな動きが出来んのかよ!!」
空中の瓦礫を足場にして飛び跳ねている前衛はものの見事な挙動をしていた。跳んだ直後は軌道を変更することができない。そこをカマキリの鎌に狙われた場合はほぼ確実に死亡コースだ。
だが、前衛達は仲間同士で衝撃を与え合うなどして攻撃を避けていた。時には腕や長物を伸ばして身体を飛ばしたり、身体同士をぶつけて互いに反発するようにして軌道を逸らしたりしてカマキリの狙いを逸らして躱している。
それはまるでサーカスで行われる空中での綱渡りのような特別な技能を要求される曲芸だった。
子供たちが目を輝かせて見てしまうのは当然だ。
「すげぇよ。あのカマキリの動きに完全に対応してる。さっきまで死にまくってたデルゲンも今は別人みたいに攻撃を受けてないし……、あ、言ってる傍から……」
約一名、肩に深い切り傷が入ってしまった。ダラダラと流れる赤い血が腕を伝って地面に落ちている。かなりの重症に見えるがまだ腕は動くようだ。本人は気にするなと言わんばかりに舌を出して正常をアピールして続行している。
「あとは、攻撃手段だなぁ。見てる感じあいつらじゃ攻撃は通せそうにないんだよなぁ。そうだ、ラーディはどうした? お前らラーディは見たか?」
「お犬さん? まだ見てないよ」
「奇襲狙いってことかぁ? それだと面倒だなぁ。まだカマキリが隙を見せてないってことになる。このまま消耗戦をやるのは悪手だぞぉ。観客が飽きて逃げちまうからなぁ。何か手があるとしたら……」
飴屋があれこれと考えていると、子供の一人がパラディンや前衛の光の民を指さしてからツンツンと飴屋をつついた。
「ねえ、何で所謂光の民の人達は闇の民の人達と一緒にぴょんぴょんしてないの? あの人たちも一緒にぴょんぴょんすれば良いんじゃないの?」
最初はパラディンと魔術師以外の光の民も空中で飛び跳ねていたのだが、暫くすると、飛び跳ねるのは闇の民だけになっていた。
それはどうしてかと子供ながらに疑問に思ったのだろう。
問われた飴屋は子供特有の純粋な質問であるが故に答えるのに躊躇いを覚えた。だが、ややあってから答える。
「リスポーンを武器として扱えるのが闇の民だけだからだなぁ。普通は一度死んだだけで尻ごんでしまうだろ? 自分を一度殺した相手に再び挑むのはかなりの勇気かネジの外れた脳みそがないと出来ない。闇の民は後者を持ってるがなぁ、光の民はどっちも持ってねぇんだ」
「……へぇ。言われてみればそう、かも……」
リスポーンを武器にできたなら、それは何よりも強い武器になり得る。
単純に試行回数が増えることで勝利できる確率が上がるというのもあるが、一番はその者との戦闘経験が蓄積されることでどんどん相手に適した行動ができるようになることだ。この特性は弱者が強者に挑むときほど効力を上げる。強者が弱者と戦っても得られる戦闘経験は平凡なものだが、弱者が強者と戦って得られる戦闘経験は貴重だからだ。
カマキリと戦っている闇の民の動きが段々と良くなっているのは、リスポーンによって何度も戦うことで段々と最適化されたからだと言える。
フーラにおいて、リスポーンを武器にできる闇の民は大きなアドバンテージだ。逆を言えば、光の民は最も偉大なる武器をひとつ失っていると言って良いだろう。
けれども、だから劣っていると決めつけるのは早計だ。
空中を跳んでいる闇の民達が一斉にカマキリから距離をとるように遥か上空に向かって跳び始めた。予め設置されていた瓦礫を次々に足場にして行って、ぐんぐんと上へ上へと昇っていく。
数回の跳躍の後、最も高い位置にある瓦礫を足場にして跳んだ直後、その中の一人が腰に手を当てて何か丸い物を取り出した。血塗られた腕が丸い物……爆弾を手にする。
そいつの口元がニッと吊り上がった。他の闇の民たちも勝利を確信したかのように笑みを浮かべている。
そして、爆弾を投げるための腕が振り上げられ──
──ツルッッッッ………………
血によって滑った爆弾が空中に置かれた。
そのシーンを見ていた会場の誰もが思わず「あっ……」と言葉を漏らす。壇上で演技を披露している闇の民達は爆弾を投げる直前にしていた笑みを捨てていた。口と目を大きく見開いてミスをした男、デルゲンを穴が開くほど凝視している。
爆弾の周囲には闇の民しかいない。本来であれば遥か直下に居るカマキリに投げつける予定だったのだ。
爆発予定地点であるカマキリの位置から爆発が当たらない程度に距離を取っているため、その真逆、闇の民の地点で爆発した場合は闇の民にしか爆発は当たらない。
そうして闇の民は全滅し、後衛は前衛がリスポーンしてくるまでの時間稼ぎを余儀なくされた。